ハッカイ
室矢重遠は、ゼロから天までの道のりを歩む!
https://hatuyuki-ku.com/?p=707
『牧島ゆあ』が、私服でトボトボ歩く。
女子向けのスーツケースを転がすも、土道のガタガタにうんざりしたようで、細腕によって持ち上げる。
「ううっ……。せっかく、東京で暮らせたのに」
その独り言は、緑に囲まれた山奥にむなしく響いた。
やがて、塀で囲まれた日本家屋が見えてくる。
立派な表札は、“牧島” だ……。
玄関を掃除していた中年女が気づき、目を見張る。
「お、お嬢様!? 皆さん、お嬢様のお帰りです!」
甲高い声が、静かな山奥を切り裂いた。
――30分後
縁側の障子を開け放った広間で、一段高い床の間でどっしり座る初老の男。
高そうな和服を着たまま、ジロリと睨む。
「お前は、ウチを捨てたのでは?」
正座をしている『牧島ゆあ』が、縮こまった状態で答える。
「あの学校にいられなくなって……。お願いします、お父さん」
上目遣いで見ていたら、初老の男は息を吐いた。
「ウチを継ぐのだな?」
「……はい」
「俺が連れてきた男と、祝言、初夜! ウチの作法も覚えてもらうぞ?」
「……はい」
沈黙。
すみで正座をしている使用人も、気が気ではない。
上座にいる母親らしき初老の女が、口をはさむ。
「今後は、地元のために生きるのですね? 『遊びに行きたい』と、フラフラできませんよ?」
「うん、分かっています……」
それを聞いた初老の女は、促す。
「あなた?」
「良かろう! 『ゆあ』が戻ったのを祝い、宴会だ! 親族や村の方々も呼べ!」
家長の宣言で、騒がしくなった。
「ハ、ハハハ……」
下座で座ったままの『ゆあ』は涙目で、作り笑顔は引きつったまま。
とても、温かく迎えてくれた実家に安心した様子ではない――
「お父さん! あの! 1つだけ、お願いが……」
静かになった広間で、家長が答える。
「何だ?」
「私、東京でハッカイを作ったんだけど……。処分をし損ねて……」
自分の両手で指同士をつんつんしている『ゆあ』は、気まずそうに呟いた。
とたんに、お祝いムードが吹き飛ぶ。
初老の女は、まあっ! と言いつつ、その場に座り込む。
いっぽう、初老の男は険しい顔へ。
「お隠し衆を呼べ! 大至急!!」
「は、はいっ!」
畏まった使用人が、板張りの廊下を走っていく。
ため息をついた初老の男は、両手をそれぞれ反対側の大袖に入れ、腕を組む。
「お前という奴は……。こちらで、処分する!」
「ありがとう、お父さん!」
◇
コトリバコ連続殺人事件が、終わった。
明花女学院にいる日上沢は腫れ物に触れるような扱いになったが、表向きの処分はなし。
(沢佐羽が犯人……。それはいいが)
沢佐羽上鬼に何の感慨もない様子で、日上沢は売春の痕跡を消していく。
警察が見つけたのは、ゲストハウスからの隠し通路だけ。
教職員の寮で、同じような秘密の空間へ。
スタンドアローンの端末で、ランダムに上書きしていくデータ消去を実行。
顧客リスト、応対した女子のリスト、帳簿などが、消えていく。
(あの裏切り者は、とっとと逃げて! ……ん?)
まさに『牧島ゆあ』の文字で、手書きのメモ。
紙の書類をまとめていた日上沢が読めば、“ハッカイ” とある。
(まだ、コトリバコが!?)
厳重に封印されていたコトリバコを見つけたら、息を吐く。
犯罪者の心理で、すぐに遠くへ捨てたいと思う。
(警察は見張っていないだろうから、急がないと!)
――人がいない海岸
青空が眩しい、昼。
とてもレジャーを楽しむ様子ではない日上沢は、売春を仕切っていた時の足がつかない中古車から1人で重そうな機材を降ろす。
「まったく! 冗談じゃありません!」
アウターを脱げば、ダイビングスーツ。
多少は使い込んだ雰囲気と動きから、基礎を修了しているようだ。
一式を身に着けたら、酸素ボンベを背負い、ヨタヨタと海に入っていく。
それでも、視界が海の中になれば、わずかに楽しい気分へ……。
ブクブクという呼吸音が頭に響く中で、海中用のライトを頼りにしつつも、腰のポーチに入れたコトリバコを意識する。
(できるだけ深く、これが二度と浮かばず、見つけられないところへ捨てないと)
上からの光が届かない、宇宙のように暗い場所で両足を動かす。
深度や酸素をチェックしていたら、ふとプレッシャーを感じる。
上を見ると――
(シュモクザメ……。それも、平面を埋め尽くすほど!)
Tの頭部から、ハンマーヘッドシャークとも呼ばれている鮫。
日本の近海に広く分布していて、群れを形成する。
単独行動を好む鮫としては、かなり珍しい。
数十匹は当たり前、下手をすると、数百匹のグループ……。
大きな個体は、4mを超える。
せいぜい2mの水族館とは、違うのだ。
(早く処分して、戻らないと!)
ゾッとした日上沢は、ポーチから木箱を取り出し、足に固定した鞘からダイバーナイフを抜く。
荒い呼吸のまま、ガッガッと、ナイフを突き立てていく。
その音で、上を泳いでいるシュモクザメたちが注目。
基本的に憶病、神経質ゆえ、その音波を嫌がって逃げた個体も多いが、大型とその周りは静観している。
『ゴホッ! ゴホッ!』
日上沢が呼吸器を加えている口から、大量の血が漏れた。
けれど、彼女は自覚せず。
ただの木組みで、今は水圧もある。
じきに、コトリバコは壊れて、木のパーツと中身をぶちまけた。
(やった! 調子が悪いし、早く戻りましょう……)
ところで、鮫の嗅覚を知っているだろうか?
数百メートル先からでも、血の匂いを探知するとか!
死体には反応しないようだが、今の日上沢は吐血している。
そして、シュモクザメも肉食。
彼女の上を泳いでいるサメたちの雰囲気が変わったことが、全てを示す。
以後、日上沢を見た者はいない……。
全ては、サメたちの腹の中。
過去作は、こちらです!
https://hatuyuki-ku.com/?page_id=31




