一場春夢
室矢重遠は、ゼロから天までの道のりを歩む!
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夜空を駆ける和装にかかれば、眼下で繰り広げられる戦国時代など、他人事だ。
藤堂紗良は、俺の背中に抱きついたまま、しがみつく。
航空機のような風切り音に負けじと、俺の耳元で叫んだ。
「なぜ、『たまひ神社』が!?」
「分からん! だが、想像はつく……」
言っている間にも、空中からの最短距離で、燃え盛っている神社の敷地へ降り立つ。
たまひ神社の宮司である老婆は、消火活動をするでもなく、避難もせず、その燃え盛る神社をバックに立っていた。
今から儀式を始めるような、神社らしい正装だ。
驚きもせず、昼に会ったような態度で話しかけてくる。
「お待ち申し上げておりました……。姫さま、お覚悟はなさいましたか? 今この時をもって、最後の機会でございまする」
「はい……。あなたは? 息子夫婦か、その係累がいるでしょうに」
紗良の問いかけに、老婆は首を振った。
「ワシは、良いのです……。あるべきところへ還るだけ! それよりも、姫さまがお戻りになってからが、心配でなりませぬ」
「わたくしは、藤堂家の娘! 逃げるわけには参りません」
言いながらも、紗良はチラチラと見てくる。
「俺のところに残っても、いいんだぞ?」
それを聞いた紗良は、嬉しそうな顔で、目を閉じた。
「……そのお言葉だけで、十分でございます」
両手を自分の胸に当てた紗良は、目を開ける。
「氷室さま! わたくしは……あなたを決して忘れませぬ! 夢のようでございました。本当に……夢のよう」
ポタポタと涙をこぼした紗良は、それでも笑顔を作り、別れの言葉。
「左様でございますれば……」
「ああ……」
俺の返事を聞いた老婆は、無言で片手を上げた。
それが差し示す方向に、揺らぐように時代劇のような光景が見える。
俺に背中を見せた紗良は、泣きながら、その中へ駆けて行った……。
◇
藤堂紗良が気づけば、様々な匂いが混ざった河川敷。
心構えをする前に、代官の声が響く。
「では、これより斬首を執り行う!」
状況を理解した紗良は、とっさに逃げようとする。
「いやあぁああああっ!」
けれど、周りのサムライに取り押さえられた。
「上意でございますっ!」
「どうか、お覚悟を……」
夢?
(今までの経験は、やっぱり白昼夢だったのですね……)
河川敷の汚れた地面に押し付けられたまま、紗良は絶望した。
あの夢を見る前であれば、粛々と首を斬られただろう。
しかし――
(楽しかった……。姫という立場もなく……)
今の紗良は、ただの女子に過ぎない。
その時に、同じぐらいの年の男子の声。
「姫様ぁあああああっ!」
刀が振るわれる音が響き、数人の男の悲鳴。
上体を起こした紗良は、知っている顔を見る。
「ワタル?」
「今のうちに、お逃げください――」
動きが止まった時に、いくつかの槍で串刺しになる青少年。
刀を取り落とし、口から血を吐いた。
「ちくしょう……」
膝から崩れ落ちる、ワタル。
瞬く間に血の海になった地面で、ボソリと呟く。
「この世界に、神なんていない……」
しかし、地面で横になった顔が見ている先は、紗良ではない。
「あれは……何だ?」
気になった紗良が、そちらを見上げれば――
紫がかった瞳に移るのは、青い光だ。
城のような高さで、1人の男が和装で立っていた。
何もない場所に……。
「青い……翼?」
紗良を含む、その場にいる全員が空を見上げた。
◇
現代の東京国武高等学校で、日本史の授業。
「前に話した多珠姫だが……。藤堂紗良から名前を変えて逃げ延びた、という説もある! 神仏の怒りによって、その斬首を実行しようとした武士たちを消しつつ……。まあ、後世に作られたフィクションだろうが――」
やがて、放課後になった。
自宅に帰った俺は、2階の自室のベランダを通り、天賀原香奈葉がいる部屋に入る。
「久しぶりなのでー!」
「こっちは、大変だったがな?」
呆れつつも、香奈葉が指さしたラグの上に座った。
用意されている茶、菓子を食べつつ、尋ねる。
「睦実は、お前のカードで派手にやったようだ……。問題は?」
クスクスと笑った香奈葉は、高そうな菓子を食べつつ、片手をヒラヒラとする。
「西園寺睦実は、よくやりました……。褒めこそすれ、責める謂れはありません! 考えなしに所轄署へ乗り込む誰かさんより、活きたお金の使い方でしたよ?」
天女伝説の村について蒸し返され、俺は話題を変える。
「藤堂紗良は、どうなった?」
「天賀原家といえども、全てを知るわけではございません……」
否定しつつも、香奈葉は笑顔だ。
急に、眠くなる。
「駿矢? 色々あって、疲れたのでしょう……。ここで休みなさい」
「そうだな……」
答えるや否や、夢の世界へ。
――駿矢、就寝中
自分の部屋で無防備に寝た男子を見た天賀原香奈葉は、ニマーッと笑う。
人差し指で氷室駿矢の頬をつつき、彼がぐっすり寝ているのを確認した後で、耳元で囁く。
「わたくしは、あなたを決して忘れませぬ……。そう、申し上げたでしょう?」
香奈葉の顔と声で、それは間違いなく、藤堂紗良の仕草だった。
呼吸を荒げて、興奮した様子。
無意識に駿矢に手を伸ばした自分を抑えつつ、自分に言い聞かせる。
「ここまで、待ったのです! あと数年ぐらいは、待ちなさい」
そう言いつつ、ニヤニヤと崩れた顔は、その禁忌を侵すことを楽しみにしているようにも見える。
ともあれ、駿矢にとっては何事もない日常が続く。
過去作は、こちらです!
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