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一場春夢

室矢重遠は、ゼロから天までの道のりを歩む!

https://hatuyuki-ku.com/?p=707

 夜空を駆ける和装にかかれば、眼下で繰り広げられる戦国時代など、他人事だ。


 藤堂(ふじどう)紗良(さら)は、俺の背中に抱きついたまま、しがみつく。

 航空機のような風切り音に負けじと、俺の耳元で叫んだ。


「なぜ、『たまひ神社』が!?」


「分からん! だが、想像はつく……」


 言っている間にも、空中からの最短距離で、燃え盛っている神社の敷地へ降り立つ。


 たまひ神社の宮司である老婆は、消火活動をするでもなく、避難もせず、その燃え盛る神社をバックに立っていた。


 今から儀式を始めるような、神社らしい正装だ。


 驚きもせず、昼に会ったような態度で話しかけてくる。


「お待ち申し上げておりました……。姫さま、お覚悟はなさいましたか? 今この時をもって、最後の機会でございまする」


「はい……。あなたは? 息子夫婦か、その係累がいるでしょうに」


 紗良の問いかけに、老婆は首を振った。


「ワシは、良いのです……。あるべきところへ還るだけ! それよりも、姫さまがお戻りになってからが、心配でなりませぬ」


「わたくしは、藤堂家の娘! 逃げるわけには参りません」


 言いながらも、紗良はチラチラと見てくる。


「俺のところに残っても、いいんだぞ?」


 それを聞いた紗良は、嬉しそうな顔で、目を閉じた。


「……そのお言葉だけで、十分でございます」


 両手を自分の胸に当てた紗良は、目を開ける。


氷室(ひむろ)さま! わたくしは……あなたを決して忘れませぬ! 夢のようでございました。本当に……夢のよう」


 ポタポタと涙をこぼした紗良は、それでも笑顔を作り、別れの言葉。


「左様でございますれば……」


「ああ……」


 俺の返事を聞いた老婆は、無言で片手を上げた。


 それが差し示す方向に、揺らぐように時代劇のような光景が見える。


 俺に背中を見せた紗良は、泣きながら、その中へ駆けて行った……。



 ◇



 藤堂紗良が気づけば、様々な匂いが混ざった河川敷。


 心構えをする前に、代官の声が響く。


「では、これより斬首を執り行う!」


 状況を理解した紗良は、とっさに逃げようとする。


「いやあぁああああっ!」


 けれど、周りのサムライに取り押さえられた。


「上意でございますっ!」

「どうか、お覚悟を……」


 夢?


(今までの経験は、やっぱり白昼夢だったのですね……)


 河川敷の汚れた地面に押し付けられたまま、紗良は絶望した。


 あの夢を見る前であれば、粛々と首を斬られただろう。


 しかし――


(楽しかった……。姫という立場もなく……)


 今の紗良は、ただの女子に過ぎない。


 その時に、同じぐらいの年の男子の声。


「姫様ぁあああああっ!」


 刀が振るわれる音が響き、数人の男の悲鳴。


 上体を起こした紗良は、知っている顔を見る。


「ワタル?」


「今のうちに、お逃げください――」


 動きが止まった時に、いくつかの槍で串刺しになる青少年。


 刀を取り落とし、口から血を吐いた。


「ちくしょう……」


 膝から崩れ落ちる、ワタル。


 瞬く間に血の海になった地面で、ボソリと呟く。


「この世界に、神なんていない……」


 しかし、地面で横になった顔が見ている先は、紗良ではない。


「あれは……何だ?」


 気になった紗良が、そちらを見上げれば――


 紫がかった瞳に移るのは、青い光だ。


 城のような高さで、1人の男が和装で立っていた。

 何もない場所に……。


「青い……翼?」


 紗良を含む、その場にいる全員が空を見上げた。



 ◇



 現代の東京国武(こくぶ)高等学校で、日本史の授業。


「前に話した多珠姫(たまひめ)だが……。藤堂紗良から名前を変えて逃げ延びた、という説もある! 神仏の怒りによって、その斬首を実行しようとした武士たちを消しつつ……。まあ、後世に作られたフィクションだろうが――」


 やがて、放課後になった。


 自宅に帰った俺は、2階の自室のベランダを通り、天賀原(あまがはら)香奈葉(かなは)がいる部屋に入る。


「久しぶりなのでー!」


「こっちは、大変だったがな?」


 呆れつつも、香奈葉が指さしたラグの上に座った。


 用意されている茶、菓子を食べつつ、尋ねる。


睦実(むつみ)は、お前のカードで派手にやったようだ……。問題は?」


 クスクスと笑った香奈葉は、高そうな菓子を食べつつ、片手をヒラヒラとする。


西園寺(さいおんじ)睦実は、よくやりました……。褒めこそすれ、責める謂れはありません! 考えなしに所轄署へ乗り込む誰かさんより、活きたお金の使い方でしたよ?」


 天女伝説の村について蒸し返され、俺は話題を変える。


「藤堂紗良は、どうなった?」


「天賀原家といえども、全てを知るわけではございません……」


 否定しつつも、香奈葉は笑顔だ。


 急に、眠くなる。


駿矢(しゅんや)? 色々あって、疲れたのでしょう……。ここで休みなさい」


「そうだな……」


 答えるや否や、夢の世界へ。



 ――駿矢、就寝中


 自分の部屋で無防備に寝た男子を見た天賀原香奈葉は、ニマーッと笑う。


 人差し指で氷室駿矢の頬をつつき、彼がぐっすり寝ているのを確認した後で、耳元で囁く。


「わたくしは、あなたを決して忘れませぬ……。そう、申し上げたでしょう?」


 香奈葉の顔と声で、それは間違いなく、藤堂紗良の仕草だった。


 呼吸を荒げて、興奮した様子。


 無意識に駿矢に手を伸ばした自分を抑えつつ、自分に言い聞かせる。


「ここまで、待ったのです! あと数年ぐらいは、待ちなさい」


 そう言いつつ、ニヤニヤと崩れた顔は、その禁忌を侵すことを楽しみにしているようにも見える。


 ともあれ、駿矢にとっては何事もない日常が続く。

過去作は、こちらです!

https://hatuyuki-ku.com/?page_id=31

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