上意による斬首
室矢重遠は、ゼロから天までの道のりを歩む!
https://hatuyuki-ku.com/?p=707
江戸時代を思わせる、街並み。
河川敷は、増水時に大きな被害をもたらす川を押さえ込むため。
その立地上、汚してもいい広場となる。
多くの河原者が住み、あるいは、楽器による音楽、踊りを披露しての金稼ぎ、家畜のバラし、皮革への加工と、種々雑多な姿を見せていた。
河原者には、歌舞伎や浄瑠璃の源流である散楽も含まれている。
手先で行う職人の一部も住みついており、当時は四民の下と見なされていたのだ。
何かと厳しく、お布施を払う必要がある寺社とは違い、河川敷は自由だ。
顔役はいるものの、基本的に自己責任。
けれど、住居やお店が立ち並ぶ場所から下った河川敷は、上を含めて群衆に埋め尽くされていた。
ツギハギの服ばかりだが、老若男女の視線はどれも批判的。
本来なら、ヤジを飛ばしつつも、様々な余興を楽しむはずだが――
増水で流れ着いた石、椅子代わりになる流木は、すみに退けられている。
そこには、墨で細長い紙に文字を書いている、正座をしたままの少女。
土手の上で壁のようになった庶民とは異なり、珠のような肌と、後ろで一本に縛った長い黒髪。
ところが、明らかに薄汚れており、冷遇されている様子。
異常なまでに静まり返った、庶民芸能のフィールド。
永遠に思える時間が過ぎた後で、筆を置いた。
書いたばかりの、濡れたような黒文字が目立つ紙を持ち上げ、ゆっくりと読み上げる。
傍にいた侍らしき男が、両手でその紙を受け取った。
雑用をしている者たちは、筆記用具を片づける。
姫のような少女は、達観した表情で何かに耐える。
紫の瞳が、閉じられた。
ゆっくりと、息を吐く。
お代官らしき男が、立派な和装で宣言する。
「駒乃の藩主である藤堂家の紗良! そちは、上様への反逆により打ち首、獄門と処す! その大罪により、名前を刻んだ墓に入れること、読経などの供養も禁ずる!」
あまりの沙汰に、世の全てを恨んでいる乞食、悪事をしている面構えの男ですら、絶句した。
死による救い、来世での幸せすら、完全に否定するのだ。
無縁仏。
それも、今から斬首する本人に聞かせた。
代弁するように、土手の上のギャラリーが騒ぎ出す。
「そこまで、するのか……」
「まだ、成人したばかり(昔は15歳ぐらい)じゃない!」
「だ、大名の姫さまを……」
「人の心がないのか!?」
「今からでも、やめろよ!」
「その子が、何をしたって言うんだ!」
ブーイングが続くも、土手の下に立っている代官は何も言い返さない。
同じ気持ちだから。
感情を押し殺した結果としての無表情で、端的に叫ぶ。
「これは! 上意である!!」
封建制度では、上の命令は絶対。
どれだけ理不尽であろうと……。
代官の下にいる者たち、特にこれから首を落とす侍は、顔面蒼白だ。
本来なら、大名の姫を見ることすら不可能。
であるのに、罪人のように……。
「構えろ!」
代官の命令で、音もなく鯉口が切られ、シャアッという鞘走りの音と共に鈍い金属の光。
その切っ先が上へ軌跡を描き、両手による八相の構えへ。
刀が震えることで、カタカタという音。
耐えきれなくなったのか、許しを請うように告げる。
「じょ……上意でございますっ! どうか、お覚悟をっ!!」
上ずった声が、誰も息を殺している場に響く。
こくりと頷いた紗良は、正座のままで頭を下げた。
その先には、落とした首と血を受け止める穴が掘られている。
涙を流しつつ肩を上下させていた侍は、片足を踏み出す勢いで刃を振り落とした。
◇
「珠姫という愛称で親しまれた藤堂紗良は、斬首となった! 当時ですら非難轟轟でな? 次にあったことだが――」
日本史の授業が、終わった。
放課後になった東京国武高等学校から、まっすぐ帰宅する。
(今日は、誰にも邪魔されずにゆっくりできる……)
自宅で早めの風呂を沸かし、途中で買った高価な入浴剤を入れた。
湯船につかりつつ、ぼんやりと思う。
(全国防人剣術大会は、疲れたってレベルじゃなかったからな……)
俺の御神刀を完全解放したまま、何人の死をなかったことにしたやら。
そのせいで、危うく自分も死ぬところだった。
『フフ……。今日は、睦実も乱入してこないし』
独り言が、風呂場によって反響。
『さて、限りある今日はどう過ごそう――』
バシャ―ン!
上から降ってきた物体が、湯ぶねを噴水のように変えた。
俺は、貴重な安らぎを台無しにしてくれた乱入者を見る。
汚れた白い浴衣に、長い黒髪を後ろで一本に縛って、紫がかった瞳……。
(どこかで見たような気がする)
そう思っていたら、俺と同年代に見える少女は暴れ出す。
「こ、ここが、あの世ですか!? あつっ! は、早く上がらないと――」
「ちょっと待て! ここ、俺の家だぞ?」
バシャバシャと暴れていた少女は、ピタリと動きを止めた。
恐る恐る、こちらを見る。
「そ、そなたは……ブホッ!」
途中で吹き出した少女が、ふらりと揺れて、湯ぶねの中に沈む。
気絶したようだ。
(あ! 俺が立ち上がっていて、こいつが正座していたから)
ちょうど、別のものに挨拶する構図だ。
溺れないように抱き起しつつ、考える。
(間違っても、睦実には見つからないように――)
バンッ!
「駿矢! いったい、何が……」
いきなり登場した、西園寺睦実。
彼女は、見知らぬ少女を抱きあげている俺を見て、スッと表情をなくした。
「……説明してくれる?」
過去作は、こちらです!
https://hatuyuki-ku.com/?page_id=31




