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黄昏時に落ちる星  作者: 有間ジロ―
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番外編 ゾリーク王太子の回顧録1 王太子の想い

第六十話の所です。

 


 広大な大陸には大小多くの国が存在するがその中でも並ぶものの無い強大なカーメイ王国。もともとは砂漠の遊牧民の集団で安住の地を求め百年余り好戦的な首領が数代次々に近隣諸国を侵略し国とならしめた。その後武力による国土の拡大を止めて他国との交易に力を入れ国内の経済力の向上に力を尽くした王が現れた。そしてその後を継いだゾリーク王は自身も優れた武人でありながらも父王の意志を継いで経済強化のみならず教育や文化の向上に力を入れた賢王として歴史に名を残した。その彼も三十年余りの在位の後王冠を王太子に譲り渡すと宣言した。まだ頭脳も体力も現役でまさか隠居するとは思っていなかった王太子はじめ臣下の者達は慌てて止めた。


 “もう俺は王としても役目を果たした。今後は自分のやりたいことをやる”


 そう言われては誰も止めることは出来なかった。彼のやりたいことが、悠々自適の隠居生活でもなければ旅に出て諸国の文化や珍味を堪能することでもなく、少しでも早く転生していったものたちを追いかけることだとは露とも知らずに。



 七十歳に手が届くというのに鍛え抜かれた体躯に衰えは見えない。冒険者の様な出で立ちで愛馬を駆って国境を越える。ただ者には見えなくとも飾り気のない黒いマントに身を包んだ彼を見て国外では畏怖の対象であり国内では敬われた前カーメイ国王とは誰も思わないだろう。

 彼は迷いなく馬を進めとある神殿の前で馬を降りた。そこは四十年ほど前にギルアドニアの侵略を受け滅びたロンズディン王国の数少ない遺物であった。近隣諸国も同じ神を信仰していたためか運よく戦火を逃れたのだろう。


 俺にとっては何の意味もない神だが。


 ゾリークは心の中でつぶやいた。

 神殿の中にずかずかと入って行くと象徴とされる大理石の像に向かって声を張り上げた。


 ‟聞こえるか、異教の神よ“


 その声色にも態度にも神に対する畏れも敬いもなかった。


 “神と奉られながら罪もない人間をみすみす死なせ国を滅亡に導いた役立たずよ。異教の神とは言え呆れ果てた。お前に多少の慈悲と神としても矜持があるなら俺をレイシャーンのもとに連れて行け!”


 ~~~


<王太子の想い>

 さかのぼること四十年前



 ロンズディンに不穏な噂が流れだしたころレイシャーンはカーメイに来ていた。用事は終わり帰国するまでの空いた時間ゾリーク王太子に伴って遠乗りをしていた。二人の馬は速く、一緒に出た護衛たちを遠く引き離してしまった。しばらく走った後、馬を休ませるために木陰で馬を止め休憩することにした。

 水際の一本の木に馬の手綱をからませ、水を飲ませながら自分たちも汗をぬぐう。


 “最近ロンズディンはあまり穏やかではないようだな”


 “ゾリーク殿下は何でもご存じなのですね。他国の街の者たちの噂話まで耳に入るのですか?”


 とレイシャーンは苦笑する。あまり他国の者に知られて愉快な噂ではない。ゾリークは王族なら当然だ、とふんと鼻を鳴らす。そもそも今回レイシャーンをカーメイに招いたのは彼の安全を危ぶんだからだ。


 “噂の出どころはわかっているのか?”


 “調査中ですがまだわかりません”


 “急に広まるなど、誰かが意図的に流したものではないのか”


 “その可能性もありますね”


 “他人事のように言うな。誰かがお前を陥れようとしているのかもしれないのだぞ”


 “私を陥れて何になるというのです。私には何の力もない”


 “お前は自分の価値をわかっていないのだ。お前を次の王に押すものがいてもおかしくないし、そしてそれを危惧するものもいるだろう”


 “私は王位など望んでおりません”


 “お前が望む望まないは関係がないのだ、こういうことは。お前とミシルカ殿は年が近い。性格も正反対だ。お前は武に優れミシルカ殿は知に優れている。お前は第一子。ミシルカ殿は正室の子。今まで争いが表面化しなかったのが不思議なくらいだ”


 “…”


 少しの間レイシャーンをじっと見つめていたゾリークがまた口を開く。


 “レイシャーン、お前、カーメイに来ないか?”


 “殿下、またお戯れを。その話は何度もお断りしたではありませんか”


 レイシャーンは首を振り答える。


 “戯れではない。確かに今まで正式に申し込んではいなかったがカーメイはお前が欲しい。今回のロンズディンで広まっている噂は何か不穏なことの前触れだ。お前はあそこにいては危険だ。カーメイならばお前を守れる。レイシャーン、カーメイへ、俺のもとへ来い”


 “殿下…”


 ゾリークの言葉にレイシャーンは言葉に詰まる。

 いつになく真剣な面持ちのゾリークが近づいてきてレイシャーンの腕を強く引き寄せた。レイシャーンより頭半分ほど背が高いゾリークはレイシャーンの顎を掴むと自分の方へ仰向かせた。精悍な顔が近づいてきて唇が重ねられる。


 “!”


 一連の動作がよどみなく、かつ予想を超えるものでつかの間レイシャーンは身動きが取れなかった。だが唇の熱さに慄き、我に返って思わずゾリークの胸に手を当てて押しやる。心臓がどくどくいっている。


 “殿下…お戯れはおやめください”


 自分の鼓動を押さえようとするように胸に拳を当てる。ゾリークの腕はまだレイシャーンを離さない。


 “戯れではないと言っただろう。俺はお前にそばにいてほしいのだ”


 ゾリークの腕を引きはがすとレイシャーンは一歩下がり、顔が見えないように深く頭を下げる。


 “もったいないお言葉でございます。なれど、私はロンズディン王家のためにこの身を捧げると誓っております”


 “王家にではないだろう。ミシルカ殿にだろう”


 と、ゾリークの顔がつらそうに歪む。


 “…もちろん、ミシルカが王になった暁には一層の忠誠を誓うつもりです”


 “お前の気持ちはわかっている。だが俺はお前が心配なのだ。ロンズディンではきっと何かが起こる。そしてお前は自分の身が危険にさらされても構わないと思っているのだろう?”


 “それがミシルカと国のためになるならば”


 と、レイシャーンは顔を上げてゾリークをまっすぐ見つめる。

 ゾリークはため息をつき


 “お前というやつは…だが何かあったら必ず俺を頼ってこい、それだけは誓ってくれ。必ず力になってやる”


 “ありがとうございます”


 レイシャーンは改めて深く礼を取った。


 護衛たちが追い付いてきたのを機に二人の会話は打ち切られた。何事もなかったようにカーメイの城に戻り、レイシャーンは帰途に就いた。そしてゾリークはあのままレイシャーンを帰したことを深く後悔することとなる。



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