SPドラマ黄昏時に落ちる星~甦星5 覚悟
寝台の上で握りしめた自分の手を見つめながらレイシャーンは話し続ける。
‟私が真実を告白すれば義母上の企てが公になってしまう。そうすればミシルカもただでは済まない。私はどうしてもミシルカを守りたかった。それにあの場で釈明をしようとしても信じてもらえないと思ったのだ”
ミシルカもレスターも蒼白な顔で聞いていた。ドートリアニシュ神官長だけがいつもと変わらない口調でふうっと一息ついてレイシャーンに問いかける。
‟あなた様には選択肢はあります。このまま死んだことにして名前を変え過去を捨て、よその国に行って新しい人生を歩むか”
ここで、神官長は言葉を切る。それに、びくっと体を硬くしたのはミシルカだった。
‟それとも、真実を明らかにし身の潔白を証明するために戦うか”
ミシルカはレイシャーンの顔を不安げに見つめる。
‟私は…”
レイシャーンはしばし黙り込み、
‟私はああするのが一番いいと思ったのだ。争いの種である私がいなくなればすべてが収まると”
ミシルカを見つめ、そして神官長を見た。
‟もしそれで全てがうまく収まるのならそれでもよいのでしょう”
と、神官長は静かに言う。
‟何を言うのだ、神官長!”
ミシルカが抗議の声をあげるが、神官長はそれすっと手を挙げてそれを留めてから
‟それで、うまく収まるのならば、です。でも実際はどうでしょう。馬番も侍女も死んだ。おそらく口封じに殺されたのでしょう。あなた様の処刑後陛下は気力を失われ、王妃は気鬱のために離宮に閉じこもりきり。ミシルカ様は生きる屍。副将軍は職を解かれ、それに異を唱えた将軍は謹慎中。全てを企てた者のみがほくそ笑んでいるのでしょう…今この国の中枢、特に軍はがたがたです。この機に必ずギルアドニアが動き出します。それも遠くないうちに。そしてレイシャーン様を見捨てたロンズディン王にカーメイが援軍を送るとは思えない。そもそもきちんとした軍事同盟はまだなされていないのですから。モレスロントの王は意外に策士なのではおそらく理由をつけて援軍を出し渋りロンズデインの援護をするのが利となるか見極めようとするでしょう。モレスロントの軍事力などあまり当てにはできませんが、いずれにしても他国から何の軍事援助もなしにギルアドニア相手に今のロンズデインに勝ち目はありません。ギルドニアは征服した国の民に容赦はありません。民も土地も蹂躙されるでしょう。いかがです、これでも、自分の身を犠牲にする価値があると思われますか?”
ズラズラとまくし立てる神官長に二人ともあっけにとられた。神官長はおそらく聡明な人物ではあろうが日ごろから極力政治や権力争いから距離を置いていた。神に仕える身であるからといつも言っているが要は事なかれ主義で面倒ごとに巻き込まれたくないのだ。その神官長が、今この国の置かれている状況を的確に把握しているのだ。
‟あ…”
レイシャーンが何か言おうとしたがすぐに言葉が出ない。そこにすかさず追い打ちをかける。
‟もう一つ。些末なことですが、ここにいるグレイド副隊長、あ、失礼。今は隊長ですね。この方はご自分があの時視察に行かずミシルカ様を行かせたために刺客に襲われ、結果的にレイシャーン様を処刑まで追い込んだ、自分がその原因となったと思い悩み自ら命を絶とうとしました”
レイシャーンがハッと、グレイドを見る。グレイドは顔を伏せ体を震わせていた。その姿からすっと目をそらす。
‟でも、私が戻ったらまた王宮内の諍いがまた…違う。私は怖いのだ。義母上から言われた言葉が頭を離れない。兄上が私を憎んでいた。私さえいなければ、と。兄上の苦しんでいる顔が、義母上の泣き顔が頭から離れないのだ”
レイシャーンはそう言って頭を抱える。
‟宰相が牢に来た。そして言ったんだ“
『あなたは正しいことをなさいました。あなたが罪を被ったことでミシルカ様もエレノリア王妃も救われます。あなたの存在自体が諍いの種。散々王太子や王妃を苦しめたあなたにもこれで少しは罪滅ぼしが出来たという事ですよ。解りますね。あなたが罪を被ることで皆が幸せになる。』
レイシャーンは震えながら宰相が言った言葉を繰り返しその場にいる者達は痛ましそうに彼を見やった。
その時レイシャーンの胸倉が捕まれた。ミシルカがレイシャーンの上に乗り上げ今にも噛みつきそうな形相でにらみつける。
“いい加減にしろ!”
あっけにとられるレイシャーン。ドートリアニシュもグレイドも驚いている。
“何が諍いの種だ。大体諍いって何だ。私たちの意志に関係なく周りが自分たちの思惑だけで騒いでいるだけだ。そんなもののためにお前の命をくれてやるというのか?誓ったではないか、ずっと共にいると。共に民のために働こうと。私はお前を信じていた。だが、お前は裏切ったのだ。私を置いて死のうとするなんて。何が私のためだ、この裏切り者!”
怒りに震えながら両目からは涙が後から後からあふれ出る。
‟お前は言ったではないか、一人だけ生き残っても意味はない、と。どうして私が同じ思いでないと思うのだ?なぜ共に戦ってくれと言わないのだ”
零れ落ちた雫がレイシャーンの手を濡らす。レイシャーンの目からも涙があふれ出る。それでもレイシャーンは食い下がる。
‟だが、それではお前が罪に問われてしまう”
”覚悟はできている。もちろん父上に釈明はするつもりだが私の母と侍女が犯した罪だ。私は甘んじて裁きを受けよう。ロンズディンにはお前が必要なんだ。私をこれ以上がっかりさせないでくれ“
‟済まない、ルカ、済まなかった…”
レイシャーンはミシルカの背中に手をまわした。もう離さないとばかりにミシルカもレイシャーンを抱きしめる。
‟ルードウィック様はお可哀そうなお方でした。努力することすらできなかった。そして王妃様は彼をそのように生んでしまったことにずっと罪悪感を持たれていたのです。ですがそれは我ら人間にはいかようにもできない事だったのです。誰の罪でもない。もちろん、レイシャーン様、あなた様にも何の罪もありません“
ドートリアニシュ神官長は静かに言って目を閉じた。
ひとしきり泣いて気持ちが落ち着いたころ、レイシャーンは神官長に向かって言う。
‟まだ手遅れではないだろうか。私はまだやり直せるのか”
神官長はにっこりう頷くと
”もちろんですとも。それではこれからの事を話しましょうか“
と言って立ち上がり戸を開けた。そこにはマセラニー将軍とモイラン副将軍が立っていた。




