SPドラマ黄昏時に落ちる星~甦星2 目覚め
それから五日ほどたった。表面上は王宮に日常が戻ったように見えた。朝議の際宰相の傍らに座るミシルカは、その美しさは相変わらず見るものを魅了するものの、表情は硬く冷たくその瞳には誰の姿も映っていないかのようだ。
以前通り宰相を手伝って政務についているが、ミシルカの笑顔どころか仕事で必要なこと以外の言葉を聞いた者はいなかった。
身も心も弱ってしまった王はすっかり気力をなくし十歳も年を取ってしまったかのように見える。王妃は離宮にこもってしまった。宰相や大臣たちは何事もなかったようにふるまっているが王宮内の空気は明らかに依然と違っていた。その原因の一つはミシルカだった。張り詰めた糸のような雰囲気は周囲にいる者をも緊張させ、少しの振動で次の瞬間にも砕け散ってしまうような危うさが誰の目にも明らかだった。
”神官長様“
誰もいない神殿で仕事をしていたドートリアニシュ神官長は入ってくるなり跪く男に目を向けた。
“どうされた?グレイド隊長”
レイシャーンの断罪の後隊長に昇進したダン.グレイドだった。
“神官長様。無礼を承知でお願いに上がりました。どうかミシルカ様をお救いください。今のあの方は息をしていても死んでいるのと同じです”
“なぜ私のところに?”
グレイドはその問いには答えず
“ご存じですか。あの方は毎晩城を抜け出して丘に行き、お一人で泣いておられるのです。しかも昼にそのことを覚えておられない。このままでは心だけでなく体も持ちません”
かつてレイシャーンの傍で幸せそうに微笑んでいたミシルカを知っているこの男は泣いていた。
それを聞いたドートリアニシュ神官長もさすがに驚いた。そしてふと、驚く方がおかしいことに気が付いた。あのような形でレイシャーンを失ったミシルカがどうなるかなどわかり切っていたことではないか。あの二人のことを一番理解していると自負していたのに。
“ああ、わたしはまたもや間違えていたのか。このままミシルカ様に何も知らせずに事を為せるはずはないのにな”
とつぶやき、訝し気に顔を上げるグレイドに、
“グレイド隊長、あなたに頼みたいことがあります”
と言った。
その日、誰もが寝静まる頃になり、フラフラと寝衣のまま裸足で裏門を抜け出す者がいた。丘の上までくるとペタンと座り込み一点を見据えてまるで誰かに話しかけるように何かささやく。しばらくすると応えがない事にがっかりしたように肩を落としはらはらと涙を落とした。
その傍に近づいてくるものがあった。
”ミシルカ様“
ミシルカは答えない。聞こえていないようだ。その腕をそっと取りゆっくりと立たせ粗末なマントを被せ沓を履かせる。ミシルカは抵抗せず促されるままに歩き始めた。連れていかれた場所は下働きの者たちよりももっと身分の低い、汚れ仕事をする者たちが寝泊まりする粗末な小屋だった。
レスターは扉をたたくと、”私です”と声をかける。
返事はなく、扉が静かに開けられる。そこにいるのはドートリアニシュ神官長だった。彼はすっと体を引いてミシルカとグレイドを中へ招き入れると扉を閉めた。
淡い蝋燭の明かりのみの薄暗い部屋の中に入ってもミシルカの目は何にも反応しなかったが、促されて部屋の隅にある寝台の方へ顔を向ける。その瞬間、その瞳が見開かれた。
体を投げ出すように寝台に駆け寄ると片膝を乗り上げて横たわっている人物の頬を両手で包み込む。
“リー…シャ…?”
最後にその顔を見て触れた時は頬は冷たく瞳は固く閉じられていた。でも、今は触れる両手にぬくもりが伝わってくる。そして、その長い睫毛が震えてそっと瞳が開かれる。
“!”
驚きに声も出ないミシルカの顔を見て黒曜石の瞳がかすかに細められる。
“ルカ…”
かすれてはいるがその声は紛れもなくレイシャーンのものだった。
あふれ出る涙が視界をぼやけさせそれが苛立たしい。もっとはっきりとその顔を見たいのに!
“リーシャ。リーシャ”
他の言葉はない。ミシルカはレイシャーンの額、目、頬、そしてその唇に口づける。そしてその頭を抱え込んだ。
レイシャーンの手がゆっくりと持ち上がりミシルカの背に触れる。力が入らないのかそっと背に当てられるだけだが、それで十分だった。
なぜ、レイシャーンが生きてここにいるのか、という疑問すらが浮かんでこなかった。
しばらくしてドートリアニシュ神官長がミシルカに話しかける。
“あなた様には聞いていただきたいことがあります”
“レイシャーン様が飲んだ毒は一時的に死んだような状態になるものです。一昼夜ほどで効き目が切れるか、解毒薬を飲めば目を覚まします。処刑の日私がレイシャーン様に飲ませたのはそういうものです”
ミシルカはレイシャーンの寝台に腰かけ手を握ったまま、驚いて神官長の顔を見る。
レイシャーンも知らなかったのだろう。驚いたようで目を見開いている。
“だからレイシャーンの体を隠したのか、皆には埋葬したと言って”
“はい、あのまま、ミシルカ様がレイシャーン様の傍を離れずにいたら目を覚ましてしまうか、餓死してしまうかと、ハラハラしましだぞ。なんとかあなた様を追い出した後、ここまで運んで匿っていたのです”
ミシルカは少しきまりが悪そうにし、後ろで控えていたグレイドがプッと笑う。
“でもどうして?”
”私はレイシャーン様の無実を信じていましたが、あの時点でレイシャーン様が一連の事件の犯人ではないという証拠がありませんでしたし真犯人についても確証がありりませんでした。そして最悪なことにレイシャーン様がご自分で罪を認められた。処罰の決定は恐ろしく速く、処刑は止められなかったのです。初めはあなた様に黙ってレイシャーン様にはどこか遠くに逃げていただくかカーメイを頼っていただこうと思っておりました。でも、ミシルカ様の様子を見ていてとてもこれ以上隠し通すことはできなかったのです“
その告白を聞きレイシャーンとミシルカはもう一度見つめ合い手を握り合った。
”レイシャーン様はまだ恐らく体に力が入らず話をするのも大変でしょう。今しばらくは体を回復させることが先決です“
“その後にレイシャーン様、あなた様には全て話していただかなくてはいけません”
レイシャーンは何も言わずにごくりとつばを飲み込んだ。
グレイド隊長の昔の名前はレスターなんです。執筆中にいきなり思い立ってレスターからグレイドの変更。このスペシャルドラマの部分はかなり前に書き溜めたものだったのでレスターのままになっていた。。。自分で読んでいても違和感がなかったので怖いです。慌てて修正したしました。




