奏一郎退場
オーディションより少し前の話
‟玲が主役だって?そんなバカなことがあるか!”
黄昏時に落ちる星のドラマの成功の後、奏一郎にも仕事のオファーが増えた。だが、その続編の製作が噂され小林や瑠衣人、玲に連絡が来たというのに自分には一向に連絡がこない。そのことに焦りを覚えていたが、さらに玲がレイシャーンのオーディションを受けるという話を聞いて仰天した。事務所の社長やマネージャーにはキャストに大幅な変更があるようだから、と言われた。だが頭に血が上った奏一郎はあきらめきれず社長に食い下がり渡利に直談判したいと連絡を取ってもらった。面会はあっさりと承諾された。
待たされること一週間。指定されたのは稽古などで使われる部屋の一つ。中には渡利となぜか佐伯が既にいた。なにやらPCをいじっていた渡利は奏一郎を見るとにっこり笑って椅子をすすめた。
‟こんな、遅い時間に来てもらって悪かったね“
‟いえ、こちらこそ無理を聞いていただいて”
渡利の隣にいる佐伯を気にしつつ頭を下げる。
‟それで、用件はドラマの続編についてかな”
奏一郎は渡利を見据えて頷く。
‟僕は前回、僕なりにダン役を上手くやれたと思っています。続編があるならぜひ演りたいとも思ってました。だからどうして今回呼ばれていないのか気になって…”
渡利は済まなそうに
‟実はね、今回はいくつかのキャストに変更があって、ダンの役はもう別に決まってるんだ”
奏一郎はショックを隠し切れずに声を上げる。
‟そんな!誰なんですか?そいつが、その人が俺よりも上手く演れるというんですか”
‟出来るに決まってるから役に当てたんだろうが“
激高する奏一郎と対照的に低くて冷たい声がした。佐伯だ。前に会った時の紳士的な態度は打って変わって別人のようだ。佐伯の口調に苦笑しながらも
“まあ、それはもう決まったことだから残念だけど…”
渡利もそれ以上説明しようとはしなかった。
膝の上で握りこぶしを震わせしばらく怒りをこらえていたが、
”じゃあ…じゃあ、レイシャーン役のオーディションに参加させてください。前もやらせてくれましたよね。玲が受けるんだったら俺だって“
“悪いけど、今回はそんな暇はないんだよ”
らしくない渡利の突き放したような言い方に奏一郎はひるんだ。
‟オーディションは昨日終わっていて、もうレイシャーン役は決まったよ。君も観るといい“
渡利はそう言うとPCの画面を奏一郎に向けた。それは玲のオーディジョンでの演技だった。前回のドラマでともやがやった場面。王妃の部屋で断罪されるがその中に映るレイシャーンはともやの演じたものよりも更に切なく苦しみを胸に抱え込んでいるようで観ている方も胸が詰まった。自分の知っている玲とは思えない迫真の演技に奏一郎は言葉を失った。
‟これが本物のレイシャーンだ“
佐伯がぽつりと言った。黙り込んでしまった奏一郎をしばらく見つめていた渡利がいきなり質問する。
“雪永君、君に私から聞きたいことがある。君は葛城君をどうしたいんだい?”
“は?”
奏一郎の声が裏返る。
‟君が弟君の事で葛城君を憎んでいる、という様子は伺えた。逆恨みだとしても一応理解はできる。だが、常に傍に置き行動を監視するのは何なんだろう?僕には君が葛城君を恐れているように見えたよ。彼が君の下を離れていくことをね“
奏一郎の顔がカッと熱くなった。
”あいつは…あいつの所為で和音の役者としての未来がめちゃくちゃにされた。あの時俺だって、映画の出演がダメになって。だから“
“だから逆恨みだって言ってるだろう。それにお前の弟はもう玲の事は恨んじゃいないって言ってたぞ”
‟な、和音に会ったんですか?”
‟ああ、話を聞かせてもらいにな。彼は確かにあの時は混乱してたけど、玲はちっとも悪くない。結局は自分の弱さが役者を辞める原因になったって。まだ自分に自信がなくて玲に会いに行けてないが兄さんと玲の活躍を応援してるって言ってたぞ。だから、お前が玲に突っかかる理由なんか弟の所為にはできないんだよ“
奏一郎はしばらくの沈黙の後、開き直ったように口を開いた。
‟ああ、そうだよ。俺は玲に嫉妬していたよ。あいつは自分が思ってるより才能がある。なにより人を引き付ける魅力がある。だけど後輩として俺になついてたくせにドラマで人気が出て、俺より上に行くとか許せなかった“
“だからSNSで煽ったのか”
”俺はやってない!ただ…”
”小川ミナを唆して写真を流出させたのか“
奏一郎は真っ青になった。そのことも知られているのか、という顔だ。
‟君は小川君が葛城君に助けられてから心酔、または恋心を抱いてることに気が付いた。彼女は随分写真をため込んでいたよ。彼女の持ってた写真の中にはかなりプライベートなものもあって見方によっては葛城君とみつき君の間が疑われかねないものもいくつかあった。君はそれを使ったんだね“
‟大方、緒川ミナにはみつきと仲たがいさせるため、とか言ったんだろう“
‟玲が勝手にどんどん動き出したのが悪いんだ。あいつは俺の下にいればよかったんだ。炎上騒ぎで落ち込んだって、そのうち俺がまた拾ってやるつもりだったんだ“
佐伯がカッとして立ち上がりかけるのを渡利が抑える。
‟それは残念だったね。君はそんなにも葛城君に執着してるとは思わなかったよ。だけど、彼をどう思っていようと僕には関係のないことだ。それに彼はもう自由だ。君のつけた枷からは解き放たれたよ、もうずっと前にね”
もう何も返事はなかった。
‟君は何も法を犯していないかもしれないから罰することは出来ない。でも僕はもう二度と君と仕事をすることは無いだろう。監督としてもだけど、個人的には君をタコ殴りにしたいくらいなんだ“
怒りを含ませた渡利の言葉に奏一郎は息を詰める。
“もう出て行け、お前が何かもう一言でも口を開けば俺はお前の歯を全部折ってしまいたくなるからな”
佐伯の脅しに奏一郎はフラフラと立ち上がった。部屋を出て行こうとした彼に渡利が最後に声をかけた。
”ねぇ、君は誰なの?”
その問いかけに奏一郎は一瞬怪訝な表情をしたが何も言わずに出て行った。
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玲は朝のジョギングのためにアパートから出た。そこにぬっと人影が現れてぎょっとするがその正体に気づきさらに驚いた。
‟奏さん…”
最近奏一郎とはあまり連絡を取らなくなっていた。お互いに違うマネージャーが付いたことや忙しくなった所為だが、いそれ以外にも気まずい距離が二人の間にはできていた。
‟よう。ちょっといいか“
なんだかいつもと様子が違う奏一郎に、玲は黙ってうなずいた。
‟なあ、玲。お前レイシャーン役貰ったんだってな“
‟…はい“
“やめろよ”
‟…“
‟お前になんかできっこないよ、主役なんて。今は色々騒がれて注目されてるけどさ、楷ともやと比べられるのがおちだぜ?”
ひどいことを言われてるしもっともな部分もあるのだが、もうそういうのには慣れっこになっているから傷ついたり怒りが湧いたりしない。だが、何よりも奏一郎の口調や表情が今までのように玲を嘲る様なものでなくむしろ縋るようなものであることが玲を動揺させた。
奏一郎は黙って玲を見ている。玲は大きく息を吸った。
‟奏さん、すみません。俺、やりたいんです。渡利監督からせっかくもらったチャンスなんだ“
玲はそこで言葉を切る。
‟俺はずっと和音や奏さんに申し訳ないと思っていた。俺さえ居なければあんな事にはならなかったんだってずっと思ってた。だけどもう止める“
奏一郎の体がふらりと揺れた。玲は一瞬怯んだがぎゅっと手を握りしめる。
‟俺、頑張ってみたいんだ“
その時玲の視界がふっと暗くなった。玲より少し背が高い奏一郎の腕に頭を抱え込まれていた。
‟お前のレイシャーン、見せてもらった“
“え?”
“頑張れよ”
奏一郎はそう言うと玲を解放して背中を向けて歩き去って行った。




