ドラマ黄昏時に落ちる星 EP28 刺客
レイシャーン一行は北東へ向けて進んでいた。
‟ムンバートリ隊長!”
と呼ばれ振り返る。伝令を乗せた早馬が追いかけて来たらしい。伝令から受け取った書状には封に王家の印が押されていた。何事かと急いで開き読み進むレイシャーンの顔が険しくなった。
それは、北のギルアドニア国境付近の村で行われている治水工事の進行具合を視察に行っているミシルカ一行へ刺客が差し向けられているというものだった。位置的に北東に向かっているレイシャーンが一番近いため救出に向かってほしいというものだった。
突飛な内容だったが最近不穏な出来事が立て続けに起こっているため少しでも可能性があるのなら、しかも狙われているのがミシルカであるのなら行かないという選択肢はなかった。そもそも王妃の著名が付いた書状を無下に出来るものではない。
隊の中でも腕の立つものを数名選びレイシャーンは進路を変え、残りの隊員はこのまま物資と共に北東へ向かい将軍たちと合流させることにした。
数名の兵を連れてレイシャーンは馬を走らせる。必死に鞭を当てるが全速力で走る馬の早ささえももどかしく感じられる。心臓が早鐘のように打っている。悪い想像が次から次へと頭をよぎる。最短距離の森の中を通っているため、目の前に迫ってくる木の枝が時折体や顔をたたくが痛みを感じる余裕さえなかった。レイシャーンが王城を出発して二刻程。ミシルカがその後に準備をしてとしてもまだそんなに経っていない。一刻というところか。なぜグレイドではなくミシルカが、とか、なぜ王妃が伝令をよこしたのか、などという疑問がちらっと頭をかすめたが深く突き詰める余裕はなかった。
刺客が襲うとすればおそらく山道に入ってからだろう。可能性が高いのは渓谷にかかる橋のあたりか。
ここからならほどなく追いつけるだろうが、馬がもってくれることを祈りながらレイシャーンはたくみに手綱をとり起伏のある山道を急いだ。
渓谷が見えてくる。黒い塊が橋の手前でうごめいているのが目に入った。おそらくすでに刺客は襲撃を始めているのだろう。時折小さな塊が橋から落ちるのを見てレイシャーンの心臓がドクンッと打った。
ルカ!
ミシルカの乗馬の技術は悪くない。どうか隠れているか逃げているかしていてほしいと祈りながらもみ合っている集団に向かっていった。集団から一人の人間が離れ、橋の中央に向かって走っていく。フードを被っているため顔は見えないが手前で数名の護衛らしき者達がその人物をかばうように追撃者たちの前に立ちふさがり切り結んでいる。おそらくあれがミシルカだ。
“ルカ―!!”
馬に乗ったまま刀を抜きつつ突っ込んでいく。後ろからいきなり切り込んできたレイシャーンに刺客たちはぎょっとして気を取られる。それらを手加減せずに刀でなぎ払いながらレイシャーンは進んでいくが橋の上で結構な人数がひしめき合っているために動きづらい。ちっと舌打ちしてレイシャーンは馬から飛び降りた。そのせいで視界が低くなりミシルが見えなくなる。
‟ルカ―!!”
大声で叫ぶがレイシャーンの声は周囲の怒号や金属ががぶつかり合う音でかき消されてしまう。
向かってくる敵の刃を交わしては、一刀のもとに切り伏せながら突き進んでいく。倒れこんでくるものは容赦なく蹴り飛ばした。
視界が開け前方を見据えた時、ミシルの姿が目に入った。フードが取れ長い髪が風にあおられ乱れている。ミシルカも剣を手に襲ってくる刺客の斬撃を防いでいたが大きな体格の男にのしかかられ次第に押されていた。ミシルカの上半身はほとんど橋の欄干から押し出されていてかろうじて踏みとどまっている状態だ。もし相手が急に身を引けば、それだけでもミシルカは橋から落下してしまうだろう。
レイシャーンの足が地面をけり思いっきり跳躍した。ミシルカを押さえつけている男を後ろから袈裟切りにしその頭を横殴りにした。自身にのしかかっていた重みが急に消えミシルカがバランスを崩し上体が空に浮いた。欄干に倒れ掛かった男の体を踏み台にしてレイシャーンも空に飛び出した。剣を放り投げその手でミシルカに手を伸ばす。二人の目が合った。伸ばされたミシルカの手をつかむとおもいきり引っ張って両腕で華奢な体を包み込む。
下には川。運が良ければ深い水に落ち助かる可能性があるが浅瀬だったら二人とも死ぬ。為す術もなく落下していく中、ぎゅっとミシルカの手に腕を掴まれた。その瞬間、レイシャーンの心がふっと温かくなった。
このままお前と共になら死んでもいいか…
そうすれば面倒なしがらみからも解放される。
ミシルカの頭を抱えさらに手に力を込める。
そして衝撃。
激しく全身がたたきつけられたのは水だった。大雨で増水していたのが幸いした。しかし安心したのもつかの間、強い水のうねりにミシルカの体がレイシャーンの腕の中から離れてしまった。
‟ルカ…”
思わず声を上げると口に水が流れ込んでくる。今度は息ができない。ようやく水面に顔を出し咳込みながらもなんとか息を吸い込んでミシルカの姿を探す。ミシルカの着物が流されていくのが目に入り、力の限り手足を動かしそれを掴もうとする。腕が鉛のように感じられたがそれよりもミシルカが離れていく恐怖が勝った。なんとか着物の端に指がかかり手繰り寄せるようにミシルカに近づく。左腕でその体をからめとると、岸に向かって必死に手足を動かした。橋の上から近くに降りてきた護衛たちに引き上げられた後ようやくその手を緩めたのだった。
ミシルカの目は固く閉じられたままだ。顔は青ざめ体は冷え切っている。レイシャーンの体に震えが走った。
まさか…?
‟ルカ!ルカ!”
顔に手を当て名前を呼ぶが反応はない。胃がせりあがってくるような恐怖がまたしてもレイシャーンを襲った。
‟いやだ。ルカ!目を開けて!”
ミシルカの頭をかき抱き名前を呼び続ける。傍にいた護衛の一人が脈をとるためにミシルカの手に触れようとするがレイシャーンにはねのけられる。
‟触るな!”
お前が死んだら俺が生きている意味はない!
それは、まぎれもないレイシャーンの本心だった。
普段のレイシャーンからは想像もつかない取り乱した様子に周囲は一瞬唖然とする。いつも自信に満ち、例え自らが危険な状況に陥っても決して冷静さを失わないレイシャーンがまるで親を失った幼子のように全身を震わせている。
‟ムンバートリ隊長、ミシルカ殿下は息はされております。幸い大きなケガは無いようですが体が冷え切っております。早く温めないと”
側近の一人に愛刀を手渡されながらそう諭されてようやく顔を上げた。
足や腕に傷はあるが大きなものではない。乾いた布をかき集めてミシルカの冷えた体を包み応急処置をした後、馬車は使い物にならなかったのでレイシャーンが自分の馬に乗せ片手でミシルカの体を支えながら帰路についた。刺客たちはほとんど切り捨てられ数名は取り逃がしてしまったが、レイシャーンとミシルカの救助とケガ人の手当を優先させたため追ってはかけられなかった。
帰路の間レイシャーンの表情は硬く必要最低限の指示以外は一言も話さなかった。時折ミシルカの寝顔に何か話しかけるときだけ表情が緩み頭に口づけを落とし、そしてあとはじっと前を見据えて馬を進めた。




