ドラマ黄昏時に落ちる星 EP28 災害
気がめいるような出来事ばかりの国内の空気を映したかのように国中で長雨が続いていた。
ロンズディン王の暗殺未遂事件の真相を明らかにするべく軍の側でも宰相の側でも躍起になって動いていたが一向に調べは進まなかった。
不可解なことはまだあった。長年勤めてきた馬番の男が急に辞め、その後すぐミシルカの侍女の一人が年老いた親の具合が悪いということで暇を取った。彼女は王妃が嫁いできたときに一緒についてきた侍女である。二人とも慌ただしく出て行ってしまったので、宰相が後から見舞金を届けさせに人をやったのだが、使いに行った者が役目を果たせずに戻ってきた。馬番は行方知れず、侍女は帰国の途中で事故にあい死亡していたのだ。報告を聞いた者たちは何か釈然としないもののそれ以上追求する暇が無く、その話はそのままになった。
ようやく長雨が落ち着き、噓のように晴天が広まった。気温が上がったせいか春めいた空気が漂っていたが王宮内外はそれどころではない状況だった。
‟ムンバートリ隊長、今朝カーメイより急の使者が届いた。これより、カーメイ国境へ向かう準備をししろ”
マセラニー将軍からの急な呼び出しで駆けつけてみるといきなりそう言われた。
ここ十日ほど続いていた大雨は河川を増水させ、地盤を緩ませ国内外のあちこちに大小の被害をもたらした。軍は報告が入る度に被害の状況を確認し救済や修復をするために連日総動員体制で休みなく働いていた。
‟は、しかし私はこれよりギルアドニア国境付近の治水工事の視察に向かう予定ですが代理はいかがしましょうか”
‟わかってる。そちらは通常の進行状況の確認の視察だからグレイド副隊長に行ってもらって問題ないだろう。大雨の影響がなければいいし、問題があった場合はそれを文官に提出できるよう報告書にするように伝えておいてくれ。カーメイからの書状ではカーメイとロンズディンの国境で大きな土砂崩れがあったとのことだ。被害の仔細はまだわからないがとにかく大通りが塞がれてしまっているらしいから物資の供給と救助は両国側から行わないと追い付かない。カーメイ側はゾリーク様が救援に当たって下さっている。ムンバートリ副将軍はすでに出発した。お前もできるだけ早く準備を整えて後に続いてくれ”
将軍は続ける。
‟私は王都の被害の確認と救助に向かわねばならん。全くこの度の大雨と大風は大変な被害をもたらしてくれたものよ”
‟わかりました”
と足早に立ち去る将軍の後ろ姿に敬礼しレイシャーンは急いで出発の準備を始めた。
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慌ただしく出て行ったレイシャーンを見送り、ミシルカが建物の中に戻ろうとした時グレイド副隊長と他の隊員の声が聞こえてきた。
‟副隊長、何とかならないのですか?誰か代わりに行ってもらうことは?”
‟これは重要な任務だ。隊長がいない今、私事で行動するべきものではない。しかも今は大きな被害があちこちで起こっていて軍隊も救助で出払っていて人手も足りない”
と言いながらも彼の口調には苦渋がにじんでいた。
‟どうしたのだ、グレイド副隊長”
と、ミシルカがでていくと
‟ミ、ミシルカ殿下”
慌てて礼をとる二人に構わない、というように手で制して
‟何か問題が?”
言いよどむグレイドの代わりにもう一人が話し出す。
‟実は少し前にグレイド副隊長の実家から連絡が届きまして、御父上がたいそうなケガをされたそうなんです”
ダン.グレイドの実家は大きな商家だ。城下に店を構えている。
‟何?ケガの程度は?”
‟どうやら崩れかけた建物の傍でケガ人を助けようとしたところに瓦礫が崩れてきたらしく下敷きになったそうです”
と、グレイドが説明する。
‟詳しいことはわかりませんが、かなり重体のようです”
‟それならすぐ帰った方がいい”
‟私も半日でも暇をお願い出ては、と進言したのですが、隊長がカーメイ国境の土砂崩れの対応に駆り出されたので治水工事の視察を副隊長が任されたのです”
‟今は緊急事態故、個人の事情で役目を休むわけにはいきません。私はこれから視察に出発いたします”
と,表情を隠して礼をして立ち去ろうとするグレイドに少し考えてからミシルカが言った。
‟まて、私が代わりに行こう”
‟え?”
二人が驚く。
‟何を驚くことがある。今までそういう視察になら私も行ったことがある。治水工事の進み具合を見てくればよいのであろう?あのあたりの被害は東側より少ないと聞いている。大雨の影響が出ていなければよし、出ていればその程度を確認するだけだ。今出発すれば日暮れ前には帰ってこられる。書類も見てるから内容も把握しているし、だいたいお前が行ってきたら報告するのは私にだろう?手間が省けていいではないか”
‟いえ、まさかそんなことは出来るわけがありません”
とグレイドは慌てる。
‟この緊急時、細かいことは気にするな。せめて御父上の状態だけでも確認して来なければ其方も気が休まらないであろうし、お母上も心細くしておられるだろう。御父上の容態が落ち着いているようなら城下で将軍に合流し指示を仰げばよい”
‟しかし…”
‟グレイド副隊長!”
と、ミシルカが声を強める。
‟其方、王子である私の言葉に逆らうのか?”
‟いえ、滅相もありません!”
と二人とも姿勢を正す。ミシルカは表情をやわらげ
‟なら、さっさと行け。上の方には私の方からうまく言っておく。そっちのお前は私と一緒に来い”
と言ってミシルカはさっさと身をひるがえす。グレイドはその場で深く頭を下げた。
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ミシルカが出発して半刻ほどしたころ王妃のもとに近衛騎士の一人がやってきた。王妃付きの侍女が伝言を伝える。
‟王妃様、ミシルカ殿下が先ほどレイシャーン様の代わりに治水工事の視察に向かわれたそうです”
お茶を飲んでいた王妃がガチャンっと茶器を置いた。
‟な…なぜです?なぜミシルカが視察に?レイシャーンが行くはずでは”
近衛騎士が直接説明する。
‟今朝がたカーメイより早馬が参りまして、カーメイトの国境で大きな土砂崩れがあり副将軍並びにレイシャーン殿下が急遽そちらの方に向かわれることになったのです”
‟しかし、だからと言ってなぜミシルカが視察に?”
‟は、それはミシルカ殿下ご本人が…”
と近衛騎士が口ごもる。
王妃は立ち上がり、
‟早く書くものを持て!”
と侍女に命じた。




