ドラマ黄昏時に落ちる星 EP27 ロンズディン国王の暗殺未遂
最近ロンズディン王の体調が悪い。ルードヴィックの死に始まり、王妃の気鬱、そして今度は王宮内や城下に流れる噂が彼に心労を与えているのだ。しかしその顔色の悪さと体全体の皮膚が黒ずんだ様子はそれだけではない事をを示していた。
その日、定期的に行われる礼拝に王が現れないことを心配したドートリアニシュ神官長は朝の務めが終わったと王のもとに訪れた。今日は執務もできないくらい気分がすぐれないようで自室で長椅子に体を休めている。部屋に入るなり神官長は眉をひそめた。しかし、すぐ憂い顔は引っ込めて穏やかな笑顔を浮かべロンズディン王に礼をする。
‟陛下、ご気分がすぐれないとのこと。神殿には来られなくともこのドートリアニシュの顔くらいは拝んでいただこうとお見舞いに参りました”
‟ふん、其方のたぬき顔を見ると気分がさらに悪くなるわ”
と憎まれ口をたたく。向かい側の椅子に腰を掛けるように促すと、自分はテーブルの上にあった茶器を持ち上げるがその手がかすかにふるえている。
神官長はそれをじっと見つめていたが、すっと椅子に腰かけると
‟さて陛下、最近王宮内が落ち着きませんな。一体何が起こっているのでしょうか。神殿で神に祈りをささげていると世情に疎くなりますので陛下にお話を聞きにまいりました”
‟其方の口からそんな言葉が出ると体が痒くなる。キツネ宰相に負けす劣らずあちこちに目を光らせ耳をそばだてているくせに。しかし、そうだな…其方も知っておるだろうが気になるのは王宮内にとどまらず城下にまで広まっているミシルカとレイシャーンの噂。一体誰が裏にいるのかまだわからん。あとは、最近ギルアドニアの動きが静かすぎることが逆に気になるところだ”
と言って茶をすする。
それを見ている神官長に気づき、
‟お前も飲むか”
と言って侍女を呼ぶ。
‟そのお茶は?変わった香りがいたしますが”
‟うむ、これはレイシャーンがカーメイへ行った際に買ってきてくれた。東方より取り寄せたものだそうだ。体の毒を流す役割をするらしい。なじみのない香りではじめは気になっていたが牛の乳を入れると気にならないしだんだん癖になってくる”
‟毎日お飲みで?”
‟ああ、毎日ミシルカの侍女が入れに来てくれる。入れ方が難しいらしくその者が入れて毒見をしていく”
‟それはよほど特別なお茶なのですね。わざわざ入れていただかなくとも結構ですが少しだけ香りをかがせていただいてよろしいですか。ご無礼を”
と、王の茶器をすっと取る。信じられない無礼だが王は気に留めないようで黙っていた。
‟おっと、これは重ね重ねご無礼を”
受け取った茶器が傾いでお茶がこぼれた。慌てて懐からハンカチを出して手を拭う。
‟何というか、不思議な香りですね。私にはちょっとなじめませんな”
‟余もそう思っていたのだがな”
と王は小さく笑った。
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レイシャーンはカーメイに来ていた。用事は終わり帰国するまでの空いた時間ゾリーク王太子に伴って遠乗りをしていたが二人の馬は速く、一緒に城を出た護衛たちを遠く引き離してしまった。二人はしばらく走った後護衛の者たちを待ちながら馬を休ませるために水場で休憩することにした。
‟最近ロンズディンはあまり穏やかではないようだな”
ゾリークは馬から降り、水際まで引いていくと自分も水筒を出して飲みながらレイシャーンに声をかける。
‟殿下は何でもご存じなのですね。他国の街の者たちの噂話まで耳に入るのですか?”
とレイシャーンは苦笑する。あまり外聞の良い噂ではない。
ゾリークは肩眉をあげ、
‟王族たるもの自国のみならず他国の情報を常に探るのは当然だろう。どこの王族でもやっていることだ。で、噂の出どころはわかっているのか?”
‟いま、調べていると事ですがまだ”
‟大方、欲深い大臣あたりではないのか”
‟そうかもしれませんね”
‟他人事のように言うな。誰かがお前を陥れようとしているのかもしれないのだぞ”
‟私を陥れて何になるというのです。私には何の力も後ろ盾もない”
レイシャーンは淡々と答える。
‟お前は自分の価値をわかっていないのだ。お前を次の王に押すものがいても当然だし、そしてそれを危惧するものも大勢いるだろう”
‟ばかばかしい。私は王位など望んでおりません”
‟お前が望む望まないは関係がないのだ、こういうことは。お前とミシルカ殿は年が近い。性格も正反対だ。お前は武に優れミシルカ殿は知に優れている。お前は第一子。ミシルカ殿は正室の子。今まで争いが表面化しなかったのが不思議なくらいだ”
そんなゾリークの言葉にレイシャーンはそれ以上答えず水を飲む馬の鬣をなでていた。
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ロンズディンに戻ったレイシャーンはすぐに将軍の執務室に呼ばれた。
‟下がお倒れに?”
そこにはラストリル宰相も同席していた。
‟それで陛下のご容体は?”
‟良いとは言えないが安定しておられます。倒れられたときは意識を失われていたがすぐに気が付かれた。近頃食欲もなく夜もよく眠れておられずご気分の浮き沈みも激しかった。気力も体力が落ちている一時は予断を許せぬ状態でした。まだ臥せってはおられるが、今は落ち着いておられます”
宰相の説明にほっとしたあと
‟何の病なのでしょうか?”
‟まだわかっておりません。様々な症状が出ていて医師たちも困惑しております。神官長は毒を盛られたのではないかと言われてそちらの方も調べております”
と言いながら宰相はレイシャーンを強く見据えた。その視線を受け流してレイシャーンは王の寝室に向かう。
寝台に横たわっている王の顔はひどくやつれていた。顔いろは黒ずんでいて血の気がない。
不安気に寝台のわきに膝をつくレイシャーンの傍へミシルカが近づいてきた。レイシャーンの肩に手を置く。
‟リーシャ、戻ってきてくれてよかった”
‟父上は目が覚めておられるのか?”
‟わからない。たまに目を開けられるが朦朧としているのかよくわからないことを言っては、すぐ眠ってしまう”
ミシルカの顔にも不安と疲労の色が強く滲んでいる。
‟とにかくお前が無事に帰ってきてくれて良かった。湯の準備をしてある。ゆっくり体を休めて夕食は一緒に取ろう”
先に部屋を出たミシルカはそのまま神官長のもとに向かった。
‟これはミシルカ様、いかがなされました”
ドートリアニシュ神官長は私室で書きものをしていた。
‟レイシャーンが帰ってきた”
‟ご無事でお戻りに。それは良かった”
神官長は手を止めてほほ笑んだ。
‟ドートリアニシュ神官長は本当に誰が毒を盛ったのか考えつかないのか”
‟どうして、私にわかりましょう”
‟でも、神官長が毒ではないかと言ったのではないか。だから毒の種類はわからなくとも最低限の処置ができた”
‟それは、前に同じような症状のものを見たことがあるからですよ。異国の者でしたが。異国にはこの国では知られていない遅効性の毒というものが使われていたりします。銀などでも検出できず、ゆっくりと体が蝕まれていくのですぐには気づかれなかったり”
‟毒の種類はわからないのか?”
‟推測でしかありません。わかったとしても今以上の治療はできますまい。時間はかかるでしょうが陛下もゆっくり回復されるでしょう”
‟神官長、なにか隠しているのではないか?”
ミシルカが疑いの目で神官長を見る。
‟何をおっしゃいます。ただ私はただ神に祈りを捧げる身です。俗世の事には極力関わらずにいるのですよ。人々の思惑など探るのは私の仕事ではありませんから”
神官長は、まだ何か言いたげなミシルカを半ば無視するように書き物を再開した。




