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黄昏時に落ちる星  作者: 有間ジロ―
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ドラマ収録終盤2

 

 山間の橋の上での戦闘シーンのロケのために撮影隊はまた東京を離れ、地方に来ていた。

 ここではミシルカの一行が刺客に狙われ橋の上で戦闘を繰り広げているところにレイシャーンが助けに入る。橋から落ちそうになったミシルカを助けようとレイシャーンも一緒に川に落ちるのだ。水深はそれほどでもないので実際に水に落ちる瞬間はプールで行われるのだが、橋から落ちるところ、川から這い上がってくるところが今回のロケで撮ってしまわなければならない。気温も上がってきたとはいえまだまだ水温は暖かいと言い難い。着替えやお湯などを十分準備して撮影に臨む。


 玲は刺客の一人として参加していたが、みつきに目を止めて眉を顰めた。


 具合が悪い?


 みつきの様子が気になる。本人は髪を整えられながら他のスタッフと笑いながら雑談をしているが、どうも様子がおかしいのだ。


 一人になった瞬間を狙って声をかける。


 ‟あの、みつきさん、調子悪いんじゃないですか?”


 一瞬きょとんとした後苦笑する。


 ‟なんでわかったの?ちょっと風邪気味なんだ”


 ‟え、じゃあ今日の撮影で水に入るのはきついんじゃ…”


 ‟ちょっと風邪気味ってだけだよ。絶対他に人には言わないでね”


 忙しい俳優たちはスケジュールがタイトで時間に余裕がない。特にこうやって遠出してくると時間は貴重なのだ。体調を崩したりして撮影を遅らせることは他のスタッフにも多大な迷惑をかけることになる。 みつきににらまれて玲はしぶしぶ了承した。


 橋の上のシーンは順調に撮影できた。玲も調子よくミシルカの護衛役相手に切り結び倒れた。次は橋から落ちるシーンだ。

 橋の下に準備をしている間に休憩をとる。

 と、監督の居るほうでさざめきが聞こえてきた。


 ‟うわぁ、楷君大丈夫?”


 ‟んー正直きついです。落ちることはできるけど、みつきさんを抱えて、という体勢が厳しいかも”


 すみません、という声。


 ‟まいったなー”


 珍しく渡利の声が厳しい。


 ‟なんか、楷さん、腕ケガしちゃったみたいですよ。今のアクションシーンで”


 小林君がささやいた。


 ‟楷さんはこの後みつきさんと一緒に橋から落ちるシーンがあるんですけど、落ちる寸前にみつきさんを抱きかかえるようにしないといけないんですよ。でも腕が使えないとなると…”


 近くにいたスタッフが説明してくれる。


 ‟じゃあ、スタントの人が”


 ‟そうするしかないよね”


 その時


 ‟葛城くーん、ちょっと来てくれる―?”


 俺?と自分を指さして玲は呼ばれた方に駆けて行った。


 ‟君さ、レイシャーンのスタントでみつき君と一緒に橋から落ちてくれる?”


 “え?は?”


 渡利がこちらをまっすぐに見つめて言った。口調は相変わらずのんびりしてるが目が真剣だ。


 ‟え?でも、俺がいきなりとか、無理…”


 ‟無理じゃない。今アクション監督とも話してたが、今いる中で楷君に一番背格好が近いのが君だ。スタントもそんなに来てないからみつきの背とのバランス的にも。身体的にアクション出来るのも君。刺客をやってるから全体の流れとタイミングをわかっているのも君”


 確かにそう言われるとその通りだが。


 ‟ごめんね、葛城君、いきなりで。でも、本当に君にやってもらえないと困るんだ”


 腕に白い包帯を巻いたともやに眉を下げて謝られると反論できない。


 ‟大丈夫、玲ならできるよ”


 傍にみつきが来て肩に手を置いた。傍で一緒に刺客役をやっている小林もうんうん頷いている。


 ‟…わかりました”


 正直言って怖い。でも怖いのはアクションそのものではなくて自分が引き返せないところに行こうとしている気がして怖かった。それがなぜなのか解らない漠然とした不安だった。

 でもここまで言われたらやるしかない。


 玲は覚悟を決めた。


 橋の下にはマットレスやネットがセットされている。高さはそれほどではない。肝心なのはみつきに手を伸ばして抱きよせるタイミングだ。それを細かく説明される。


 二度ほど一人でやってみて感覚を掴む。


 ‟はい!用意はいいかい⁉”


 合図と同時に走り出す。

 刺客の刀を必死に防いでいるミシルカに向かって走っている。心臓の音が高まる。


 ルカ!


 目の前が怒りで赤くなった。

 ミシルカを橋の欄干に押し付けている男の頭を横殴りにする。男の体が吹き飛んだ瞬間ミシルカもバランスを崩す。


 宙を掻く細い腕に手を伸ばした。

 掴んだ腕の感触に安堵する間も無くその頭と体をかき抱く。

 そして数秒あるかないかの浮遊感。


 ネットに触れた感触はなかった。



 落ちていく。



 ああ、落ちた場所が悪かったのかな?失敗した?

 俺たち、死んじゃうのかな?




 でも、このままお前と共になら死ぬのも悪くない。全てのしがらみから解き放たれて…

 ミシルカ、命よりも大切なミシルカ




 静寂




 突然、別の場所にいた。高い天井。華やかだがどこか古めかしい豪奢な廊下を自分は速足で歩いている。ここは、よく知っている場所。ロンズディン王国の宮城だ。



『なぜあなたはあんなにも早く刺客の事を知ることが出来たのですか?』

『刺客が狙っていたのは本当は私だったのでは?』

『そんなにも私が、妾の子である私が憎かったのですか?』



 誰かを問い詰めている。そして泣き声と共に残酷な言葉が胸を刺す。


其方(そなた)さえ居なければ!』


 ああ、私の存在がこんなにも愛する人々を苦しめていたのか



 胸が痛い!苦しい!絶望感が押し寄せてきた。





 そしてまた静寂。暗い静寂の中に沈んでいく。





 ‟玲!玲!”


 一気に音が耳に入って来た。

 ハッと目を開けると心配そうなみつきの顔が目に入った。


 ‟玲君!すごかったよ!”


 体を起こすと拍手が周りから起こった。


 あれ?俺、気を失ってた?

 でも、周りを見渡しても誰もそれらしいことは何も言ってこない。みつきだけが何かもの言いたげにこっちを見ている。


 ‟いやーそれにしても一回であの出来とは。プロのスタント顔負けだね”


 いろんなねぎらいの言葉。

 何か長い夢を見ていたようなのに、一瞬の間だったのか。


 ‟葛城君、本当にありがとう。君がいてくれてよかった”


 ともやは玲の手を握って礼を言ってきた。ほとんど泣きそうだ。


 ‟いや、ほんと助かったよ。楷君は後、最後の処刑のシーンだけだから腕はほとんど使わないし、このシーンが出来てよかった。このまま川から上がってくるシーンも撮っちゃおう”



 玲は少しボーっとして頷いた。


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