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宮島の鹿の角

作者: 沢木 翔

先日、近くに住む母も呼んで、皆で買ってきた鰻のかば焼きを使った鰻丼を食べた。


母は「鰻を蒸らすために10数えてから丼の蓋を取るのがコツよ。」と余り聞いたことの無いウンチクを披露してから、「宮島の鹿の角」と唱えた。


息子が「何それ?」と不思議がった。

「広島や山口では、10数える時に「だるまさんが転んだ」じゃなくて「みやじまのしかのつの」と言うんだ。」と私が解説する。


母は息子のほうを見て「そうそう、貴方のお父さん(つまり私)は小さい時、お風呂が嫌いで、すぐに出ようとするから「宮島の鹿の角」を10回言うまではお風呂に浸かっていなさいってよく怒られていたのよ」と余計なことを言う。


宮島は日本三景の一つで、有名な厳島神社があるが、鹿は島中のいたるところにいて、昔はエサの「鹿せんべい」を売っていた。

そのため鹿が増えすぎて食害なども起きたため、今はエサやりは禁止されているようだ。



もう40年以上前の正月に、亡くなった母方の祖母と二人で初詣に宮島に行ったことがある。


この時、私は大学3年生。

父の学校の同窓会があるというので、名古屋の実家から山口まで私が交代の運転手として父と2人で車で行った。

普段なら「そんなメンドクサイことは勘弁!」と言うところだが、父からアルバイト代が入るのと、当時は免許を取ったばかりで運転が面白かったこともあってホイホイと快諾した。


当時の日記で確認すると、

1/2の早朝に実家を出発し、山口の母方の祖母の家に着いたのはその日の15時過ぎ。


祖母は当時72歳。新潟の資産家の娘として生まれたが、「ひのえうま」生まれだったので、親の「嫁の貰い手が無い」から「その代わり学問を身に着けさせる」という方針により、当時としては珍しく単身上京して学校に通っていたらしい。

「モガだったのよ。」と母はよく言っていたが、私には「モガ?何?」という感じだった。

その頃やはり山口から上京していた「モボ」の祖父と知り合い結婚に至った。

その元モボの夫を早くに亡くし、私の母を含め3人いる子供達は全員山口を離れてしまったので、その頃はずっと一人暮らしをしていた。


父と私は親戚への新年のあいさつ回りを手短にすまし、夕飯は祖母の手製のおせち料理を3人で食べた。

「もう何年もおせちを作っていなかったから、作り方を忘れた。一人暮らしだと正月といっても静かなもの。」と祖母は笑っていた。


翌1/3は朝のうちに墓参りをしてから、昼前に父を車で同窓会場まで送った。

同窓会が終わる夕方まで時間があったので、祖母を車に乗せて厳島神社に初詣に行った。

祖母は「足が悪くなったので、宮島に行くのはもう何年振りかねえ。」と喜んだ。


宮島では鹿にせんべいをやったり、名物のアナゴ飯を食べたり、おみくじを引いたりして夕暮れ近くまでいた。


祖母の家に戻ったのは日没寸前の頃。

祖母を送ったら、今度は父をピックアップしてそのまま名古屋に戻る予定にしていた。


車を降りた祖母はなかなか家に入らない。

「寒くなるから、見送りはもういいよ。」と言っても聞かない。

ルームミラーに映る姿が豆粒になるくらいまで手を振り、

さっきまであれほど楽しそうにしていたのに、時々目頭を押さえていた。


正月三が日なのに、また、ひっそりした一人暮らし。

「人はなぜ年をとるのか。人生が二度あれば」と当時の日記に書いてあった。


父はアルコールが入っていたので、帰りは全て私が運転した。

翌朝、ヘロヘロになりながら名古屋の実家に到着。

母は「昨日の晩におばあちゃんから電話があって、翔(私)に宜しくって。なんか一杯話していたわよ。」と言って目じりをクシャッとさせながら笑っていた。

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