【3】侍殿防護
天照大神より天児屋命(中臣氏)、布刀玉命(忌部氏)に下された「侍殿防護の神勅」の部分。
《此く依さし奉りし》
このようにして
《四方の國中と大倭日高見國を安國と定め奉りて》
周辺諸国と日高見国をも平定し
《下つ磐根に宮柱太敷き立て》
磐石の基盤に太く立派な柱を立て
《高天原に千木高知りて》
屋根には天にも届く立派な千木を備え
《皇御孫命の瑞の御殿仕へ奉りて》
天孫の御殿へ(中臣氏が)仕えて
《天の御蔭日の御蔭と隠り坐して》
雨風を凌げる状態になって
《安國と平けく知ろし食さむ》
安らかな国に平定された。
【日高見國】
論争あり。
東方平定で得た新領を随時で暫定呼称したとの見解が強い。
筆者は飛騨・美濃国の古名説を弱く提唱。
【千木】
鯱虎、鴟尾、沓形の前身と考えられる屋根の装飾。
搏風板の処理技法の名残とされる。
旧くは氷椽と呼ばれ、貯水して防火の実用性等あったとされるが伝えられず。
雄略記により、専ら首長邸の権威象徴の装飾として扱われる。
中国雲南省やタイ等にも紀元前から用いられた痕跡の残る建築様式。
【侍殿防護の神勅】
天岩戸事件で鏡を奉じ祭祀を司る天児屋命と布刀玉命の随行と警護が命じられた。
従って祭祀の厳修を命じた宝鏡奉斎と神籬磐境の神勅も同時に遂行された事を意味する。