JOKER (ジョーカー) 「夏詩の旅人 スペシャル」
1987年7月
渋谷公園通り ライブハウス「エッグメン」
天井の照明機具を伝わって、ジュンは恐る恐るステージの真上へと移動していた。
うわぁ…、高っかぁ~…。
天井からステージを見下ろす彼女は、そう思った。
当時高3の櫻井ジュンは、バンドの先輩からの指示で、エッグメンの天井を登っていたのだった。
「なぁ…、もういいじゃねぇか…。お前らの目的は達成しただろ…?」
バンドの先輩が、ステージにいるピエロのメイクをした男にそう言った。
ピエロの男は、名古屋からわざわざ渋谷までバンド狩りに来た、「JOKER」というバンドのリーダー、サジである。
「なんだテメェは!?、こいつらの知り合いかぁ!?」
正座させられているマサシの後ろに立つサジが、バリカンを手にして彼に言った。
「いや…、まったく知らん…。赤の他人だ…」
サジの言葉に彼がサラッと言う。
なぜ先輩は、元バンドメンバーだったマサシの事を、知らないと嘘をついたのだろう…?
「だったら引っこんでろッ!、クソがぁッ!」
ピエロが彼にそう怒鳴ると、先輩の目が座った。
「いいかげんにしろって言ってんだろ…。今どきバンド狩りたぁ、オメェらは団塊の世代かぁ…コラぁ…?」
低いトーンで先輩が、ピエロを挑発する。
「お前、俺のこと知らねぇんだぁ?」
ピエロがニヤニヤしながら言う。
「知ってるよ…。マックのドナルドだろ?」
先輩がニヤついて、サジをバカにした様に言う。
「テメェ…」
サジの表情が怒りに変わった。
「なぁ…、あいつも殺っちまおうぜ…」
ピエロの隣にいた、身長の高い男が言う。
背の高い男の名は、池田ジン。
JOKERサジのバンド狩りに協力してる、東京の悪名高いパンクバンド「Sad On Death」のボーカルだ。
「よし!…、イソメ!、ゴカイ!、ワーム!、やっちめぇッ!」
サジがJOKERのメンバーに指示を出す。
「お前らもやっちめぇ!」
池田ジンも、サドンデスのメンバーに言った。
木刀を握ったメンバーたちが、サジや池田の前に出て、ステージ上から先輩を睨みつける。
その様子を不安そうに、マサシとドラムのハチが見つめていた。
「なんだぁオメエらぁ、その細っちい木刀はぁ…?、修学旅行のお土産かぁ…?」
先輩がやつらを挑発する。
「ヤロウ…」
敵の1人、イソメが呟く。
「俺のはそんな安モンじゃねぇぞ…」
先輩はそう言うと、肩に掛けていた竹刀袋から木刀を取り出す。
スッと正眼(中段の構え)に構えた先輩。
敵が一瞬、たじろいだ。
彼は高校時代で、既に剣道三段を取得した有段者であった。
「援護頼んだぜ…」
先輩の少し後ろに立つ人物へ、彼がチラ見して言った。
「まかせとけ!」
両手にエアガンを構えた男が言う。
その男は、ジュンの高校時代からの先輩であるカズであった。
ギタリストのカズはモデルガンマニアで、エアガンを使ったサバイバルゲームの名手である。
本人曰く、「早打ち0.3秒のプロフェッショナル」で、「義理堅く、頼りになる男」なんだそうだ。(次元大介か!? 笑 )
「かかれぇぇえええッ!」
サジが号令をかけた!
うぉおおおおおッッ!
敵が先輩に襲い掛かる!
「くぉらぁッ!」
敵の1人が先輩目がけて木刀を振り下ろす!
ビュンッ!
それをバックステップでかわす彼。
バシッ!
「ぐぁッ!」
空振りして無防備になった相手の顔面に、木刀を叩きつける先輩!
その横から別の敵が先輩に襲い掛かる!
パンッパンッ!
「ギャッ!」
援護するカズのエアガンが、その男の顔に命中。
そこへ先輩が、すかさず敵の側面を木刀で振り抜いた!
バシッ!
「がぁッ!」
「ヤロウ…」
それを見ていたジョーカーのサジが言う。
「まとめて行けぇ~ッ!」
池田が仲間にイラつきながら指示をした。
「うわぁああ乱闘だぁ~ッ!」
ライブに来ていた観客の1人が叫んだ。
わぁ~~~ッ!
きゃぁ~~~ッ!
観客たちが出入口に向かって一斉に駆け出した!
「警察だぁ!、警察を呼べぇ~!」
観客の誰かが逃げながらそう叫んでいた。
わぁぁぁあああああーーーーッ!
敵が先輩目がけて一斉に掛かって来た!
パンッ、パパパパーンッ!
「ぎゃッ!」
「うわぁッ!」
「痛てッ!」
カズが的確な射撃で、敵の顔面を掃射する。
バシッ!
ガンッ!
ビシッ!
「ぐッ!」
「がッ!」
「うッ!」
動きが止まった相手の顔を、先輩が木刀でなぎ倒す!
「行けッ!、行けッ!、行けッ!」
サドンデスの池田が、残りの仲間にそう叫ぶ。
わぁぁぁあああああーーーーッ!
襲い掛かって行く敵たち。
パンッ、パパパパーンッ!、パパパパーンッ!、パパパパーンッ!
カズが敵目がけて連続でエアガンを放つッ!
「うッ!」
「痛てッ!」
「ぐッ!」
バシッ!
バシッ!
ビシッ!
ガンッッ!!
カズの援護射撃で動きの止まった敵へ、先輩が次々と木刀を叩きこんでいく!
「あのエアガン野郎が邪魔だな…」
サジが池田に言う。
「俺に任せろ…」
池田はそう言うとカズに向かって走り出した!
「うぉおおおおおッ!」
両腕をクロスさせ、顔をガードしながら池田が走る!
「うわぁッ!、来やがったぁッ!」
そう言ったカズが、巨体の池田目がけてエアガンを撃つ。
パンッ、パパパパーンッ!、パンッ、パパパパーンッ!
だが顔を両腕で隠した池田は、BB弾を受けながら向かって来る!
「ぬぅおおおおおおおおおーーー!」
「うわぁああ!」
カズが背中を向けて逃げ出した。
「てめぇ~~~ッ!」
カズに追いついた池田が腕を伸ばす!
ドカッッ!!
その時、カズの後ろから誰かが強烈な横蹴りを、池田ジンに喰らわす!
「うげぇッ!」
サドンデスの池田が腹を押さえ俯く。
ガシッ!
がっちりした体格でロン毛の男が、池田の首にフロントからチョークスリーパーを決めた!
「ぐぐぐ…」
池田が苦しそうにあえぐ。
ロン毛は池田の頸を抱えたまま、尻餅を着くように腰をドスンと落とす!
ガンッ!
池田の脳天が床に激突!
プロレス技のDDTが決まった!
池田が失神。
ロン毛は池田の頸から腕を離すと立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
切れ長の目で、ロン毛がカズに言う。
「あ…、ああ…」
カズがロン毛にそう返事をした。
ロン毛は、先輩のバイト先の後輩のヤスである。
テコンドーとレゲエを愛するガタイの良いK大の学生だ。
彼も先輩と一緒に、マサシとハチの救出にエッグメンに来ていた。
「ヤスッ!、手出しすんなって言ったろぉッ!」
敵と対峙しながら先輩がヤスに言う。
「はい…、でも…」
「オメェを巻き込みたくねぇ…」
「分かりました…」
「出口はどうなってるッ!?」
「もう限界だってタカさんが…ッ」
「そうか…」
「外にケーサツ来て、開けろって怒鳴ってます!、時間がありません!」
「分かった…」
そう言うと先輩はサジに向かって言った。
「おい…、もう終わりだ…。お前1人だけだ…」
「うッ…、うるせぇッ!」
サジはそう怒鳴ると、マサシの頸を後ろから腕で抱えながら後退りした。
そして右手でポケットからバタフライナイフを取り出す。
「お前、そんなモンしまえ…、シャレになんなくなるぞ…」
先輩がサジに言う。
「黙れッ!」
イラつき気味にサジが言う。
「そこまでやる必要ねぇだろ…?」
「このままナメられたまま名古屋に帰れるかよッ!」
先輩にバタフライナイフを向けて、サジが言う。
「テメェ…、喧嘩にヤッパ(刃物)使うってこたぁなぁ…」
低く押し殺した声で先輩が喋る。
それを無言で見つめるサジ。
「殺されても、文句いえねぇってことだぞ…」
目が座っている先輩が、一歩前に進んで言った。
「うう…ッ」
サジがマサシを背後から抱えたまま、更に後退りした。
その時、先輩が天井のジュンに叫んだ!
「今だッ!、ジュンッ、やれッ!」
「はいッ!」
ジュンはそう言うと、手にしたタライを離した!
ガンッ!
「うッ!」
サジの脳天に大型のタライが、ドリフのコントの様に見事に命中!
次の瞬間、先輩が右手でマサシの腕をグイッと引き寄せる!
サジから逃れるマサシ!
「あッ!」
頭を手で押さえたサジが言う。
「てめッ!」
そしてサジは先輩にナイフで切りかかるッ!
マサシを引き寄せた彼は、サジに背中を向けている!
先輩はマサシを離すと、素早く腰をひねった!
そのまま半回転!
サジのナイフを沈んでかわしながら、左手で握る木刀の柄でサジの顎をバックブローで振り抜いたッ!
ガシッ!
「ぐッ!」
サジはそう言うと、膝から前に崩れ落ちた。
ステージでうつ伏せに倒れるサジ。
クロスカウンターで顎を打ち抜かれた奴は、脳震盪を起こした様だ。
「よしッ!、ずらかるぞッ!」
先輩がカズやヤスに叫ぶ。
その号令に、マサシやハチも一緒に駆け出したッ!
(ええッ!、ちょっと待ってよぉッ!、あたし置いてきぼりぃぃぃ~ッ!?)
天井にいるジュンが走り去って行く仲間を見つめながら思った。
人でごった返す出入口へ走って来た先輩たち。
「タカッ!」
出口を抑えていたバイト仲間のタカへ彼が叫ぶ。
「待ちくたびれましたよ…」
ニヒルな笑みで、タカが彼に言う。
出口では、あれからまだ、誰も外に出られない様にタカが抑えていたのであった。
ドアの外では、「ここを開けろ~!」と、警官らしき者たちの声が聞こえる。
「よし!、開けろ!」と先輩。
「あい…」
タカはそう言うと、エッグメンのエントランス扉を開けた。
うわぁあああああああ~~~~~ッ!
次の瞬間、エッグメンに閉じ込められていた観客たちが一斉に外へ飛び出した!
出口から次々と飛び出す人波に、警官は突入できないでいる。
そのどさくさに紛れて逃げ出す先輩やカズたち。
「おお…ッ、おまわりさんッ!、中でナイフを持った奴が暴れてますッ!」
ヤスが、オドオドしながら警官の1人に言う。
「分かった…。みんなぁ~突入だぁああああ~~!」
ヤスの言葉を聞いた警官がそう叫ぶと、警官隊が一斉にライブハウスの中へと走り出すのであった。
「ククク…」
それを見てるヤスが、イタズラな笑みでクスクス笑う。
「バラバラに逃げようッ!、あとで宮下公園で合流だッ!」
「分かった!」
先輩の言葉にカズが言う。
みんなが無言で頷く。
「あ…、あの…、先輩…」
逃げ出さないマサシが、エッグメンの前で彼に言った。
「俺たち…、バンド裏切ったのに…」
隣に立つドラムのハチも、すまなそうに言う。
「いいんだ…。さぁ…、早く逃げろ!」
「は…、はい」
「お前ら…、捕まンなよ!」
笑顔で先輩はそう言うと、公園通りを渋谷駅方面へと駆け出すのであった。
渋谷 宮下公園
「お~い!、みんな無事だったかぁ~!?」
カズが笑顔でみんなの元へ駆け寄って来た。
「あれ?、ジュンは…?」
逃げて来たみんなを見つめながらカズが聞く。
「いっけねぇ~!、あいつの事、忘れてた!」
先輩が思い出す様に言う。
「どうすんだよ!?」
カズが彼に言った。
「ま…、あいつなら大丈夫だろ…?」
彼は笑顔で、カズにそう言うのであった。
翌日
大学近くにある喫茶店「ガラン堂」
「ちょっとぉぉ~ッ!、ヒドイじゃない!、私だけ置いてきぼりにしてッ!」
行きつけの喫茶店にいる彼とカズに向かって、制服姿のジュンが怒鳴り込んで来た。
「でも、大丈夫だったんだろ?」
先輩が笑顔でジュンに言った。
「大丈夫だったけど…ッ、でも、あのあと大変だったんだからぁッ!」
「ほぅ…」
「渋谷警察に親呼び出されて、お母さんに私、めちゃめちゃ怒られたんだからぁッ!」
「まぁまぁ…、落ち着けよ…」
「もう、あんな人たちと付き合っちゃいけませんって怒られたわッ!」
「また君の親の評判を落としちまったなぁ…」
彼はそう言うと、ははは…と笑い出した。
「笑い事じゃないでしょぉッ!」
全然堪えない彼にジュンが怒る。
「だけどこれで、バンドを辞める理由が出来たじゃないか…?」
ジュンへ彼が言った。
「え?」
「これでもう迷うことはない…。プロの道へ進むしかないってことだ…」
「……。」
「頑張れよ…、ジュン…」
「な…、何よ!?、何なのよ、もお…」
ジュンはそう言うと、涙した。
その時、ガラン堂の入口が開いた。
カラン、カラン…。
店に入って来たのは、バンドを辞めたマサシとハチであった。
「先輩…」
彼の席の前に来た2人が、神妙な顔つきで言った。
「ん?」
2人を見上げながら彼が言う。
「あの…、もし許してもらえるなら、もう1度、バンドに入れてもらえないですか?」
マサシが言った。
「それはダメだ…」
彼が落ち着いたトーンでマサシに言う。
「やっぱそうですよね…?、許してもらえないですよね…?」
マサシが沈んだ声で言う。
隣に立つジュンは、その光景を黙って見つめていた。
「そうじゃぁねぇ…」
「え?」
「許さねぇという意味じゃねぇ…」
「じゃあ何で…?」
ハチが先輩に聞いた。
「今回は、お前らがチョーシこいて、こんな騒ぎになっちまったけど…」
「だが、お前らが始めたバンドは、それなりに評判を呼んでバウンス(タワレコのフリーペーパー)にも取り上げられた」
マサシとハチは、彼の言葉を黙って聞いていた。
「だからお前らは間違っていなかった…。お前らはお前らで、自分の信じる道を進め…」
「でも…、今回の件でフアンも離れちゃいましたよ…」
「だったらまた、イチからやりなおしゃ良いじゃねぇか…」
沈んだ表情のマサシに、笑顔で言う先輩。
「それにな…、お前らが抜けたから、ベースとドラム、もうリキとハヤシに頼んじゃったよ」
リキとハヤシは、マサシやハチが加入する前に、ヘルプメンバーとして参加していた2人である。
「こっちから頼んでおいて、やっぱいいやとはあいつらには言えんよ…」
苦笑いで彼が言った。
「そうですか…」とマサシ。
「もう、船は動き出した…」
「え?」(マサシとハチ)
「風が吹き出したんだよ…。俺もカズも、そしてジュンもな…」
「みんなそれぞれの大海原に就航したんだ…。マサシ…、ハチ…、お前らもだ…」
「先輩…」
「達者でな…」
最後に笑顔で、彼はそう言うのであった。
「はい…」
マサシとハチはそう言うと、ガラン堂を後にした。
「あいつら俺たちのこと、店や警察にしゃべるかな…?」
彼らが出て行った店の入口を見つめながら、カズが彼に言う。
「あいつらはしゃべらんよ…」
彼が言った。
「そうだな…。それにお前も、あいつらは赤の他人だってあんとき言ってたから、誰も俺たちとあいつらが知り合いとは思わないか…」
「そういう事だ…」
彼はそう言うと、目を潤ませて立ちすくんでいるジュンにボソッと言った。
「ジュン…」
「何?」
ソファに座る彼を見つめてジュンが言う。
「来週の金曜…、いつもの村八で君の送迎会をやる」
村八とは、いつもバンド練習後にみんなで行った居酒屋である。
「……。」
「だから、もうバンドの練習には来るな…」
「う…、うう…、ううう…」
ジュンは彼の言葉に涙した。
5月の学祭ライブでスカウトされた彼女は、歌手としてデビューする事を迷っていたが、この日、プロとしてやっていく事を決意するのであった。
END