こだわりの共演
次の日の午後。
「おう、イズミ。昨日はありがとよ」
「こちらこそありがとうございました」
「さっそくだが、工場に案内していいか?」
「お願いします!」
どうしてそうなったのか、バル達は昨日の晩はひたすら朝まで飲み続け、ご主人の家の屋根の上で器用に寝ていたらしい。朝起きたら大の大人が屋根に積み重なって寝ているから心底驚いた。
今日は1日寝ているだろうと思ったが、自分達の自慢の出来を早く見てもらいたくて、目が覚めたようだ。
バルや弟子達の後ろについて工場に向かうと、まずその外観に度肝を抜かれた。
「すごい……!」
ご主人も思わず感嘆の声を上げる。
この大男のどこにその感性があるのか、ボトルの形をした紫色の細長い建物の横に、半円柱の大きなの茶系の建物が並んでいる。樽だ。樽が半分地中に埋まっているデザインになっている! その樽の上には、大きな葡萄の形のオブジェが乗っていた。
「わぁーこれ左側のはワインボトルの形になってるんですね! えっすごい! 本当にワインが入ってるみたい!! しかも右のは樽のデザインですよね? えー! 上に葡萄も乗ってるし! すごい、憧れのア◯ヒビールの本社みたい!!!」
こんな興奮したご主人は見た事がない。あまりの早口に、目が回りそうだ。
ただ、ものすごく喜んでいるのはわかる。ア◯ヒビールというのはよく知らないが、ビールに反応する所がさすが酒好きと言ったところか。
「ガハハ、その様子じゃ大成功だな!」
「僕達も寝ずに頑張った甲斐があります!」
喜んでもらえてバルも嬉しそうだ。作り手にとって、相手の喜ぶ顔が何よりのご褒美なのだ。
弟子達に至っては、涙目になっている。バルに随分と無理をさせられたのだろう。思わず昔の自分を思い出し、弟子達に共感の眼差しを送った。
「この樽がワイン工場で、隣のボトルは販売スペースになってる。イズミは街まで売りに行くって言ってたが、ここでも販売したら、ここに人が集まって村が活性化するだろ」
「そうですね! ありがとうございます!」
「……ん?」
「どうした? グレイ」
よく見ると、ボトルの建物の後ろにもう1つ小さな建物が隠れて建っている。こっちは普通の民家だ。
「あの、ボトルの後ろの建物は何ですか?」
「おう、よく気付いたな! あれは俺達の住む家だ!」
……ん? 俺達の住む家?
私は確認するようにご主人の方を見るが、ご主人もきょとんとしている。ご主人も全く聞いていない話のようだ。
「俺達もここで働く。いいよな? イズミ」
「えっバルさんこそ、いいんですか? お仕事は?」
「ガハハ、そこは気にすんな! 俺達は美味い飯と酒さえありゃあ、喜んで働くぜ。畑の管理は任せとけ。こいつら元は農家の出だから、役に立つぞ。俺はこの販売スペースで店番でもしとくわ」
「ありがとうございます!」
おじいさんが勧めるだけあって、バルは街で腕がいいと評判の大工だ。バルに建築を頼んだ店は絶対に繁盛すると専らの噂で、店を開く時は誰もがバルにその店の設計を頼みたがる。
だが、気が向かないと仕事を受けないので、最近は殆ど仕事をしていなかった。弟子達も「これじゃ修行にならない!」と嘆いていた所に舞い込んできた久々のお仕事が、このご主人のワイン工場の建設だった。
ちなみに、私達の知る通り、この依頼は15年も前から決まっていた事だが、ワンマン経営者のバルは当然弟子達にその旨を伝えておらず、弟子達には前日にこの仕事が伝えられた。
あまりに急なお達しに最初は驚いたものの、すぐに「これはまたとないチャンス!」と目を輝かせた。弟子達はバルが気が向かない間の別の仕事はないかと常日頃から探していたのだ。
そこで、「ここで働けば、美味しいワイン飲み放題ですよ!」とバルを上手く唆し、その気になったバルが「じゃあ俺達の住む家も作らなきゃな!」と言って弟子達に作らせた、というのが事のあらましのようだ。
そういう事は普通家を作る前に家主であるご主人に相談するものだと思うが……。勝手に作って有無を言わさぬという所がいかにもこの男らしい。
……いや、ただ何も考えていないだけか?
それにしても、こんなガラの悪い大男が接客って……イメージ的に大丈夫なんだろうか。どう見ても接客向きには見えないのだが。
まさか大変な畑仕事は弟子達に任せて、自分だけ楽する為にこの販売スペースを作ったんじゃないだろうな?
「じゃあ、私の分身達が工場でワインの製造をします」
「おう。といっても、そんなやる事はねぇけどな」
バルに案内されて工場の中に入ると、葡萄を入れると自動で粉砕したり圧搾したりする機械が全て備わっていた。
どうやらバルは土魔法だけでなく、錬金術も得意らしい。この街には他にも錬金術を使える者がいるにはいるが、複雑な機械や道具となると、その構造や設計を理解していないと作る事は出来ない。
バルは何も考えていないようで、こと設計に関しては天才的な頭脳を持っているのかもしれない。
……気が向いた事にしかその力を発揮しないムラっ気ではあるが。
「必要なのは、発酵と熟成くらいか」
「それなら任せてください。得意分野です!」
確かにそれは時の力を持つご主人なら自由自在だ。もちろんご主人と同じ力を持つ分身達も。
バル達の工場見学が終わると、ご主人は樽を大量にコピーし、弟子達はそれを貯蔵庫に運んだ。
これでワインの製造と販売の流れが出来上がった。バルの弟子達が葡萄の収穫、ご主人の分身達がワインの製造、バルが販売、ご主人が統括。
全員で円になってスクラムを組むと、ご主人が勢いよく声を上げた。
「皆さん、売れなかったら私達で沢山飲みましょう! 売れても沢山飲みましょう!」
「「「おう!」」」
ご主人の持つ神の力によって、本来1年程かけて作られるワインが、一瞬にして出来上がった。
さらに、この世界にはまだ普及していなかった、本来何十年もかけて出来るはずの濃密なビンテージワインが完成した。
酒好き達によるこだわりのワインが売れない訳がなく、瞬く間に人気を博し、誰もが認める「世界で一番美味しいワイン」の評判を獲得したのである。
ブクマありがとうございます。
次回、久々の神登場です。