9話
視点 天上 優
現在時刻3時
「準備終わりました」
グレーの清掃員の服を着た僕は眠たい頭を無理矢理フル稼働させながらそう先輩に言う。
「よし、行くか」
彼女の名はブレア、僕のこのバイトの先輩であり、僕の唯一の先輩だ。
ブレア先輩は扉を開ける。
まだ午前3時だ、冷たい空気が流れ込む。
だが、もう慣れた。
「よし、それじゃあユウは道の点検、私はその周りの芝生だ、その後は」
「トイレ掃除、校舎その他の建物の点検、10分で朝食からの掃除、でしたよね」
「よく覚えていたな、よし、校門が開く7時まであと4時間、急ぐぞ」
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この土地は、学校とは思えない程広大であり、その面積は、王城の約2分の1に上るらしい、なんでそんなに土地使ったのかは僕には分からなかった。
その土地を清掃員僕を含めた2人でやらなくてはいけない。清掃のバイトに誰も入らなかったのはそれが理由だ。この広さを相手にこの少人数で戦うなんて、誰もやろうとなんてしない。
さらにその内容もハードだ。
まず、清掃をする建物を上げていくと、本校舎は勿論、魔術3棟、錬金術建物3棟、屋内実技場4棟、さらに屋外実技場、道、その周りの芝生などの点検、ゴミがあった場合すぐに処理、芝生の長さは均等にしなければならない。
流石にこれだと時間に間に合わないので、学校の特定の場所に移動できる『転移石』を、清掃員には配られる。
これだけならまだ楽そうに聞こえるが、これは休日の内容だ。この時はまだ辛うじて良かったのだが、2日目から内容はさらに壊れだした。
平日の起床は午前3時前、7時に生徒が来る前にこれらを再び点検と清掃、その後生徒達が勉強中も清掃、帰った後も清掃、結局寝られるのは11時、寝られるのは3時間程だ。
3日目までの僕に記憶の無い、4日目から壊れたのか少しずつ慣れ始め、10日目、当たり前のように3時前に起きられるようになった。
この内容を1人でやっていたブレア先輩は絶対に人じゃない、いや、人を捨てているのだと(確信)。
そしてここまでやる理由は校長の指示らしい。
僕は思う、絶対校長も人間の考えを捨てていると(確信)。
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時刻は6時、点検も掃除も終わり、宿舎に戻ってきた。
宿舎はというと、中に入ると狭いエントランスみたいな空間を狭い部屋が4つ囲んでいて、それぞれの部屋にはベッド、トイレ、キッチン、シャワーなども完備されている。なので、たとえ狭くても問題は無い。
僕は自分の部屋に入ると作り置きしておいた朝食を10分もしない5分程で済ませ、再び清掃に向かう。
正直に言うとあまり元クラスメートとは顔を合わせたくない、しかし、お金を稼ぐためなら話は別だ。顔を晒してでもお金を手に入れるんだ。
「おっ、あれ天上じゃん」
「本格的に清掃員に浸ってて草」
「おーい清掃員さーんお疲れ様でーす、ははははは」
僕の存在に気がついた道を歩いている生徒は、この清掃員姿を冷やかしている。
だが別に僕はそんなことで怒るほど沸点は低くないので、軽くその人達の顔を見たらそのまま校舎に入っていった。
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正午
「あ、天上くーん!」
ちょうど食堂を通りかけた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
僕はその声のした方を見ると、手を振っている青葉さんと茅野さん、そして2人の友達のアリアさんがテーブルにいた。
「お昼一緒に食べなーい?」
お昼ご飯の誘いは嬉しいのだが、流石にまだ時間的にも無理だ。すると、
「いいじゃん行ってやれよ」
「ぶ、ブレア先輩、いつの間に」
気がつくと、すぐ側に僕と同じ服を着ているブレア先輩がいた。
「ですけどまだ仕事が」
「いいよ後の残りは私がやるから、ユウは青春してきな」
「これは青春と言えるのか分かりませんけどね」
僕はそんな顔を呟きながら3人の元へ向かう。
「お疲れ様」
僕がテーブルに来ると、青葉さんはそう言う。
「本当にお疲れだよ」
「貴方は食べないのですか?」
「いや、さっき食べたよ」
昼食の時間が1番校舎が汚れるので、昼前に昼食は済ませて、昼に清掃をする。
「ちゃんと眠れてる?」
「うん、もう慣れたし、大丈夫だよ」
僕は茅野さんにそう答えたら、僕に茶色い紙袋を渡してきた。
「さ、差し入れ、よかったら食べて」
僕はそれを受け取ると、中を覗く。その中には野菜中心の食材がたくさん詰まっていた。
「こんなに⁉︎」
「ささやかな量でごめんね」
「いやいやいや、こんなにたくさんありがとう。結構高かったでしょこんなに」
「いや、値段はいいんだよ。でも喜んでくれて嬉しい」
茅野さんはにっこりと笑顔になる。
て、天使だ……
そんなことを僕は考えていると、
「おい、なんで劣等人なんて校内に入れてるんだ?」
この食堂全体に響く声で、誰かがそう言った。
劣等人って……僕かな?