36話
視点 天上 優
ルールリアさんの顔は、不気味だった。
あの顔を真正面で受け止められていたアドランさんは、一体どうやって正気を保っていられたのだろうか。
それでも僕は彼女の前に立つ。
背中に打ちつけられた時のアザ、骨折等は既に治っている。
「アドランさんを……よくも」
口ではそう言うものの、脚は動かなかった。しかもあの笑みを、直視することもできなかった。
恐怖しているのか……
「どうした? 来ないのか?」
「……クッ」
「ならこっちから行くぞ」
次の瞬間、彼女は僕の目の前にいた。
そして振られたハンマーを加護のサポートで避けると、急いで距離を取る。
「無駄だ」
しかしその途中、彼女は巨大ハンマーを投げてきた。
巨大な割には速度が速く、避けられたが間一髪だった。
減速を知らないハンマーはそのまま壁に激突する。
だがそのハンマーは消滅し、再びルールリアさんの元に戻る。
「よく避けたな。だが、こっちは君が傷ついてもらわなきゃ困るんだ」
彼女は手を翳し「アルケミー・スピアー」と言うと床が削れ、彼女の手に柄が木製で先が金属の槍が現れた。
「【錬金魔術】って知っているか? まぁそう言う私も、この存在を知ったのはこいつの記憶を見たからだけどな。案外やればできるものだ」
「錬金魔術って……木は床だとしても、金属は」
「そんなの決まっているだろう。この娘の血だ。血というのは鉄分が入っている。それを利用させてもらった」
そう言うと、彼女は槍を僕に向けて投げてきた。
投げやりかよ!
「ウアッ⁉︎」
投げられる槍の速度に、僕は反応することはできなかった。
槍は肩を貫き、肩ごと壁に刺さる。
まずい。速く抜かなきゃ。
僕は刺さった槍をもう片方の腕で肩から抜こうとするが、壁に固定されて抜けない。
「まっずいっ!」
僕は必死に槍を抜こうとする。
「さぁ、まだだ」
だが、彼女にそんなことはお構いなし。ハンマーを持つ悪魔は接近してくる。
やばい! 来る!
しかしどう焦っても肩の槍は抜けようとはしない。
「砕けろ」
彼女は僕に向かって駆け出し、近づいてくる。
「クッソ」
ダメだ! 間に合わない!
僕は最終手段である能力を自分に掛けることを実行する。つまり部位の自爆だ。
片腕に全力の能力を流し込み、爆破させる。
血が飛び散るのと同時に「ウグッ!」と痛みを堪えていると、僕は固定していた壁から解放された。
そして瞬時に腕を再生させ、攻撃してくる彼女の攻撃をギリギリで避ける。
「ほぉ、自爆か。面白い能力の使い方だな」
「クッ……どうする?」
近距離、遠距離もできるし、その攻撃も激しい。こんなの近づけない。
それ以前に、ルールリアさんをどうやって救い出す? 彼女は言っていた、『この娘を解放する方法は1つ。この肉体の活動を停止させることだ』と。
もしそうなのだとしたら、僕は彼女を……いや、待てよ。何故彼女には方法が1つだと分かるんだ?
「やはり、娘を生きたまま解放する方法を考えているか。お前らしい甘い考えだ。だがそんなことでは時間の無駄だ。殺す以外方法など無い……!」
再び彼女は攻撃をしてくる。
僕はそれを避けながら、反発する。
「そんなわけない! 必ず方法がある筈だ! けど貴方はそれを悟らせない為に方法は1つしかないと僕に信じ込ませよとしている! そんなのには引っかからない。僕はその方法を見つけ出す! 貴方の思い通りにさせない!」
加護がなかったら、こんなに喋る余裕などなかっただろう。
「そうか。なら、それ以外の方法があるか考えてみろ」
「……やってやる」
僕は再び距離を取り、接近してくるルールリアさんを見ながら思考する。
彼女を見て気になる点は1つ、頬に付けられたあの紫のタトューだ。
虫のような形をしたあんなタトュー、前までは付けていなかった。まず彼女自身そんなことはしない筈だ。
そういえば、彼女は『作られた』と言っていた。作られたのならば、ホムンクルスとかそこら辺か?
ということは……ありえるのか、そんなことが。
「でも、やってみるしかない」
確証は無い。だが可能性としては十分にありえる。
なら試してみるまでだ。
僕は彼女に向かって駆け出す。
彼女は錬金魔術を使い再び遠距離攻撃を仕掛けてきた。
「それがなんだ!」
僕は腕で顔をかばい、その攻撃を全て腕で受けようとする。
幸い、飛ばしてきたのは剣だったので腕に食い込む程度にまでは抑え込めた。
しかしそれでも痛みはあるし、出血する。
だが脚は止めない。
その可能性が当たっているのかの確認をする為に、彼女に触れなければならない。
けれど避けているだけでは近づけない。
なので捨て身で行く!
捨て身で行った結果、もう彼女は目の前だ。
よし、これで彼女の皮膚に直接……なっ⁉︎
当然、彼女はそれを黙っている筈がなく、ハンマーを振り払って僕を吹き飛ばした。
「グァッ!」
僕の吹き飛ぶ体を受け取った壁は衝撃で破壊する。
だが僕はそれでも再び捨て身で駆け出す。
「まだ、だ!」
結果は同じく吹き飛ばされる。
「ウッ!」
それでも近づく。
結果吹き飛ばされる。
「カハッ!」
まるで馬鹿の一つ覚えだ。
しかし、工夫しようにも彼女の前ではさせる隙を与えさせてくれないのだ。
そんな僕に彼女は言う。
「もう諦めるべきだ。何をしようとしているのかは分からないが、これ以上は体力と時間の無駄だ」
僕は言う。
「いや、諦めない。僕は、それでも、貴方を助ける」
彼女の言っていることに反対するが、体が悲鳴を上げている為震えた声でしか返せない。
再生の能力はただ単に再生するだけだ。痛みまでは元に戻せない。
なので今の僕の精神はボロボロだ。ずっと痛みに耐えているからだ。
頭がおかしくなりそうだ。
「そうか。なら、すぐに諦めさせよう」
片手に巨大ハンマー、もう片方に剣を持ちながら、彼女は迫ってくる。
僕は避けようとする。しかし僕の体は動こうとはしなかった。
痛みの蓄積で体が動かないのだ。
「クッ、動けよ!」
体に向かって叱咤するが動かない。
そんなことをしているうちに、彼女は目の前に来る。
ここまでか? そう思った時だった。
僕の目の前に、誰かが現れた。
暗闇でよくは見えないが、その誰かは彼女の剣を弾き、ハンマーの攻撃を片手受けた。
「何っ⁉︎」
当然彼女は驚く。
そして目の前にいる誰かは口を開いた。
「さっきは危なかったよ。大丈夫かい、ユウ?」
僕はその声に聞き覚えがあった。
いや、この声はついさっきから聞いていた。
月明かりが彼を照らし、その姿を表す。
それは、吹き飛ばされた筈のアドランさんだった。
「ア、アドランさん……」
「なんで生きているのかって顔をしているな。いいか? これでも俺はこの学園を引っ張る生徒会長なんだ。こんな簡単に死ぬわけがないだろ」
この時僕の中にはアドランさんの生きていたという安堵と彼女を救い出せるかもしれないという希望が出てきた。
やれる……やれるぞ。彼が生きているのなら、彼女を生きたまま解放することができるかもしれない。いや、いける。
そして、僕らの反撃が始まった。
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