30話
視点 天上 優
「ありがとうございます、アリアさん」
僕は助けてくれた彼女に感謝の意を述べる。
「いえ、そう気にしないでください。ルールリアさん、授業が始まりますよ。今の方達とは違うクラスなので問題は無いと思いますが、何かあったら言ってください」
ルールリアさんはアリアさんの言葉にコクッと頷くと、自分の教室へと走っていった。
それで僕は今から、聞かなくてはいけないことがある。
「アリアさん」
「分かっています。もうすぐ私も授業が始まるので、歩きながら手短にご説明します」
アリアさんはそう言い、歩き出した。そして僕もアリアさんを追って後ろを歩き出す。
歩きながらアリアさんは話し出した。
「ルールリアさん、あの人は貴族なので勿論名家です」
「だろうね」
「しかもその実績や名誉、実力では私達プラネット家をも凌駕します。その影響も少しあり、あの人のお兄さんは生徒会長の座まで上り詰めました」
「でもさ、それならルールリアさんはあんなことされないよね。名家ならそれ相応の実力が」
「無いのです」
「え?」
僕はついそのような声を漏らしてしまう。
アリアさんはそんな僕には構わず続けて話す。
「名家だからといって、その家系の人は必ずしも優秀だとは限りません。実際、ルールリアさんは優秀どころか常人より劣っています」
「普通に言うの酷くない?」
「事実ですからね。それでルールリアさんのお兄さんが生徒会長だということもあり、比べられ、次第に家庭でも学校でも差別をされるようになってしまいました」
そんな事情があったのか。だからあんな風に似たもの同士って。
「私があのようなことをした理由は、生徒会長に見守るように言われたからです」
「ん? 生徒会長に?」
「これでも私と生徒会長はちょっとした知り合いでしてね。留守の間彼女のサポートをしてほしいと」
確かに、家庭でも差別されているルールリアさんをサポートしてくれる人なんている筈がない。だからアリアさんに頼んだのか。
「……てことはそれ以前は生徒会長ぎルールリアさんを見守っていたってこと?」
「まあそういうことになりますね」
意外だ。このような場合だと、兄とか姉の方も見下しているパターンが多いけど、しっかりと妹思いな人もいるんだなぁ。
そして歩いていると、アリアさんの教室が見えてきた。
「それでは私はここで」
「うん。僕もルールリアさんをサポートした方がいいよね」
「はい。していただけるとありがたいです」
「じゃあ決まりだ。僕も彼女のことサポートしてみるよ」
僕は口でも心の中でもそう誓った。
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「先輩、それ本当なんですか?」
「ああ、そうだ。明日、校長と生徒会のヤツら達が帰ってくる」
午後4時、僕はブレア先輩にそう告げられた。
明日帰ってくる。つまり、
「今日の掃除時間延長な」
「あ……はい」
僕は力無くそう答える。
「おいどうした?」
「どうしたもこうしたも、つまり今日」
「夜の0時までだ」
「殺す気ですか?」
「大丈夫大丈夫、私は毎年やってるから」
笑いながらそうブレア先輩は言う。この人絶対に人間じゃない、断言できる。人間ならすでに過労死をしている。
「特にあの校舎前の道の整備だな」
「あれ全部ですか?」
「ああ、場合によっては」
「……寝れないですか」
あぁー死ぬぅー。
いつもならアルバイトでもこのような感じにはならなかったのだが、この仕事をしだしてからすごい愚痴などを言うようになった。
そんなことよりも、つまり生徒会長が帰ってくるということか。ルールリアさんのお兄さんが。
「まあ最近タチバナ、(3話に出ていたキャラ)だっけ? あの御一行が学校に姿見せないから結構前よりかは綺麗だけどな」
ブレア先輩はそんなことを言う。
橘くんって確かそんな悪い性格じゃなかったような。元いた世界だととても良い人だった気がするけど。なんでそんな人がグレたんだ?
「まあ早速やりますか。ユウは西校舎な」
「分かりました。東はお願いします」
「おうよ」
僕はモップと雑巾とバケツ、たと木箱という大荷物でその場を後にした。
その後、西校舎の1階でモップを走らせていると、
「ッ? あれは」
壁をじっと眺めているルールリアさんを見つけた。相変わらず、表情は変えていない。しかし、思い詰めながら眺めているように見えた。
「ルールリアさん」
僕は彼女に近づき、声をかけた。彼女はチラッとこちらを見たが、すぐに目線を壁に戻す。
何かを見ているのかな?
僕はルールリアさんの見ている壁を見てみた。
そこにあったのは、賞状だった。その中で、ルールリアさんが注目していた賞状に目を向ける。そこに書いてあったのは『アドラン・アルス・テルラー』という名前であった。
つまりルールリアさんが見ていたのはお兄さんの賞状ということか。
「これ、お兄さんの?」
無言のままコクッと頷く。
喋ろ?
「凄いなぁ」
その賞状の周りの物も見ると、同じ名前の物が複数個見つけられた。
「お兄さんって、本当に凄い人なんだね」
再び頷く。
「好きなの?」
「……」
今の僕の問いだけは、何も反応しなかった。何故だろう。好きではないのだろうか?
すると、ルールリアさんは賞状から目を離し、廊下を歩き出した。
「帰る? ならまた明日」
ルールリアさんは僕なんかには目を当てずに歩いていった。靴の音だけが虚しく響く。
僕は彼女の背中を見送った後、再び掃除に戻った。
翌日、彼らが帰ってくる。