93.森で商人を助ける
ある日のこと。
魔王国への帰り道、地竜のちーちゃんに乗って森を走っていた。
「ごめんなちーちゃん、いつも窮屈な思いさせて」
転移で帰れば一瞬だ。
しかしいつも俺に付き合ってもらっているからな。
こうして帰りがてら散歩しているのである。
『気にしないで。確かに肩こるけど、もう慣れたから。それにジークをこうして独り占めできるし~♡』
きゅいきゅい、と嬉しそうにちーちゃんがのどを鳴らす。
深い森にさしかかったそのときだった。
「だ、だれかー! たすけてくださぁああああい!」
森に響いたのは、若い男の声だった。
「ちーちゃん」
『はいはい、わかってますよーっと』
悲鳴のした方へと、進路を変える。
『はぁあ、まったくジークってば困っている人が居るとすーぐこれなんだもの。でもそういうとこすっごく好きなんだからね♡』
ややあって、横転している馬車と、それを取り囲んでいる柄の悪い連中がいた。
『盗賊ね』
俺はちーちゃんの背中からジャンプして、襲われている男の子の前に立つ。
「大丈夫か?」
「は、はひ……」
悲鳴を上げていたのは、まだまだ幼さの残る子供だった。
線が細く、灰色の髪がより一層、儚げな印象を与えた。
「あぁ? なんだてめぇ~……」
「おれらの仕事の邪魔するんじゃねえぞ」
馬車と、そしてこの子供の格好を見て、どうやら盗賊がこの商人に襲いかかってきたってシチュエーションだろうか。
「子供を襲うなんて感心しないぞ」
「うるせえ……! おれらが何しようとてめえにゃ関係ねーだろうが!」
「大ありだ。俺は冒険者、困っているやつを見過ごせないんだよ」
盗賊のひとりが、俺を見てクワッ……! と目を剥く。
「その仮面に冒険者……ま、まさか! 【魔獣の操者ジークフリート】!?」
ざわ……と盗賊達が動揺する。
「最速でSランクになって、強力な魔獣どもを従えるほどやべーっていう、あのジークフリートか!?」
「だったらなんだ?」
俺が一歩前に出る。
すると、盗賊達が後ずさりする。
「ひっ……! に、逃げろぉおおおお!」
「逃がすか。【麻痺】【眠り】」
ドサッ……! と大量に居た盗賊達が、その場に倒れ伏す。
「す、すごいです……盗賊達を名前だけでビビらせるなんて……」
腰を抜かしている商人に、俺は手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「は、はい……! ありがとうございます! まさかジークフリート様と偶然鉢合わせるなんて、光栄です!」
どうやらこの子は仮面の冒険者を知っているようだ。
『すっかり有名人ね。さすがアタシのジーク!』
ちーちゃんが近づいてきて、頬ずりしてくる。
「ぼくは【ラルク】って言います。ほんと、危ないところを助けてくださり、なんとお礼申し上げて良いのやら……」
「気にすんな。困ったときはお互い様だ」
「ああすごい、これが本物のSランク冒険者だ。強くて、優しくて……あこがれちゃうなぁ~……」
なんか知らんがすごい尊敬されてしまった。
「あ! そ、そうだ……!」
たっ……! とラルクは倒れ伏す馬たちの元へ向かう。
「ボニー、ブライド! 大丈夫かい!?」
ラルクは倒れている2匹の馬に語りかける。
ぶるる……といななく馬たちは、足を骨折している様子だった。
「うう、ごめんよ……ぼくが弱いばっかりに。待ってて、すぐ獣ノ医師を呼んでくるからね」
この子は馬を大事に扱っているのが見て取れた。
俺は彼に好感を抱く。
「あの、ジークフリート様。お願いがあります。ぼくを、魔王国まで連れて行ってほしいんです」
「構わないが、どうしてだ?」
「魔王国の国王様は、とてもすごい治癒の力をお持ちであるとうかがっております。ぼくごときのお願いを聞いてもらえるかわかりませんが、この子達たちのために助力を願おうかと」
「なるほど、わかった。力を貸そう」
「はへ?」
俺は馬たちに向けて手を差し出す。
神の手が発動し、折れていた馬の足が、元通りになった。
「ボニー! ブライド! 良かった! 治ったんだね!」
ラルクは起き上がった馬たちに抱きついて、うれし涙を流す。
『あの子たち、ご主人さま大好きみたいね。ラルクも馬たちを大事にしてるみたい』
「ああ、良い関係だな」
『まるでアタシとジークのようね~♡』
すりすり、とちーちゃんが俺に頬ずりしてくる。
「あの、ジークフリート様! 本当に、ほんとーにありがとうございました!」
ぺこぺこ、とラルクが頭を下げる。
「素晴らしい治癒の力をお持ちなんですね。さすがSランク冒険者……! でも、馬への治癒なんて、獣ノ医師でもないのによくできましたね」
「あー……まあ」
『ふふん、ジークはすごいのよ獣ノ医師でもあるし、魔王でもあるんだから!』
馬がぎょっ、としたように体を萎縮させる。
ぶるる、といななく。
「え、ええええええ!? じ、ジークフリート様は、魔王様なのですかぁあああ!?」
どうやら彼は、馬の言葉が理解できるようだ。
ちーちゃん→馬→ラルク、という伝言ゲームで、伝わってしまったらしい。
「この件は内密に頼むな」
「は、はひ……」
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