38.国王、氷の竜に王都を壊滅させられる
ジークがハイエルフの国からスカウトされた、一方その頃。
国王は自分の部屋にて、切羽詰まった表情でつぶやく。
「くそ冒険者どもが……! 国王の命令を聞かぬとはどういう了見だ! くそくそくそ!」
冒険者へのクエストは破棄されてしまった。
国を守る魔獣の暴動は、騎士たちが寝ずに対処している。
だが彼らの疲労はたまっていくばかり、崩壊は目前であった。
「だが、まだ水際で押さえられている。そうだ、他に頼らずとも騎士たちをもっともっと酷使すればいいのだ!」
追い詰められて出てきたのは、そんな愚策としか言いようがないものだった。
「彼奴等も国を守るために騎士となったのだ、国のために身を粉にして働けて本望だろう」
くくく、と邪悪に笑った、そのときだ。
「へ、陛下ぁ! 大変でございますぅ!」
「なんだ宰相、騒々しいぞ」
汗だくになりながら、宰相が国王の前で崩れ落ちる。
「ふ、氷竜が! 王都に攻めてきました!」
「な、なんだとぉ!?」
国王と宰相は駆け足で城の外に出る。
そして、言葉を失った。
「ゆ、雪が! 雪が降っているだと!?」
季節は秋だというのに、上空からぱらぱらと粉雪が降り注いでいる。
そして城の上空には、氷でできた巨大な竜が旋回していた。
「な、な、なんだあの化け物はぁああああああ!?」
あまりの大きさに国王は腰を抜かす。
「なぜあんな化け物がここにいるのだ!?」
「さ、さぁ……?」
氷竜。
全身が氷でできた古竜の一種。
めったに人里におりてこないはずの竜が、なぜこの場にいるのかというと……
『突然の無礼をお許しください、人間たちよ。あなたがたに危害を加える気はありません! ここには世界一の獣ノ医師がいると聞きました! お願いします、どうか助けてください!』
単純な話だ。
氷竜は、助けを求めて、人里におりてきたのだ。
もっと言えば、ジークに会いに来たのである。
しかし……。
「ギャァオオオオオオオオオ!」
魔獣の言葉は人間に聞こえない。
もしこの場にジークがいたならば、氷竜の声なき声を聞き取り、治療することができた。
だがしかし、この場にはジークがいない。
それどころか、ここにいるのは、愚かな王がただひとり。
「こ、殺せ! あの竜を殺すのだ!」
国王が下した命令は、氷竜の討伐。
「し、しかし陛下。あの竜が人里におりて来たのには何か理由が……」
「黙れ! 畜生に心などなぁい! われらを殺しに来ただけだ! ならば殺せ! 返り討ちにしろぉ!」
国王の命令を聞き、城の兵士たちがふらつきながら、城壁に登る。
兵士たちが矢を、上空の氷竜に放つ。
『待ってください! 争う意思はないのです! おなかの子に障ってしまいます! お願いです! どうかおやめください!』
氷竜の切なる声も、しかし人間たちには野獣の叫び声にしか聞こえない。
「よーしよし、ひるんでるぞぉ! 殺せ! 殺せ殺せぇえええええ!」
国王の命令で、宮廷魔導士や兵士たちが総出で、氷竜に攻撃を加える。
彼女は、我慢した。
頼んでいる立場であることを理解しているので、必死になって我慢した。
だがそれも限界を迎えた。
『いい加減にしろ! この愚か者どもがぁあああああああ!』
氷竜は首を大きくのけぞらすと、氷のブレスを吐き出す。
それは王の城を、王都を、一瞬のうちに氷漬けにした。
「うぎゃあああああああああ!」
氷のブレスを受けても、しかし人間たちには被害が無かった。
そうなるよう、竜が理性をもってして、加減をしたのである。
ばさりと翼を広げて、竜は王城のてっぺんに居座る。
『獣ノ医師を連れて来なさい! 今すぐに!』
国王たちは、古き竜の偉大なる力を前に、震え上がるしかなかった。
さらに突如として、上空が分厚い雲に包まれて、大量の雪が降り注ぎだした。
死人はないとはいえ、街は氷に包まれ、この寒さ。
それに魔獣が外では暴れまわっている現状……。
「へ、陛下ぁ~……どうしましょう……」
城に竜が居つき、しかし頼りになるリヒターも、冒険者も、いない。
兵士たちは疲弊していて、竜討伐なんて、とても不可能だ。
「わ、わしは悪くない……! 悪くないからな!」
氷竜は言葉がしゃべれずとも、戦いの意思がないことは示していた。
もし本気で人を襲う気ならば、とっくに人間たちは全滅している。
この場にジークがいれば……否、ほんの少しでも、国王が魔獣にも心があると理解していれば……。
こんな惨状が起きることは、なかったのである。
だが、もう遅かった。
この国にジークは、いない。
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