236.
《チノSide》
ジークの妹チノは、ゆっくりと目を覚ます。
見覚えない場所にひとりいた。
体を動かそうとして、じゃらっ、という音ととともに手足が引っ張られる。
自分の腕と足に鎖が巻き付かれていることに気づいた。はずそうと思ってひっぱってもびくともしない。
(なにが起きてる……? 魔王国に敵が襲ってきて、対抗するために戦い……そして私は負けた。そしてこの状況……つまり……)
「私は、捕まったのですね……」
ぐっ、とチノが下唇をかみしめる。
兄から国を任されていたというのに、敗北してしまった。失敗してしまった。
兄の期待に応えることができなかった。兄の大事な国民たちを、守れなかった……それが、悔しくてたまらなかった。
「ふぇふぇ、お目覚めかねえ、ジークの妹よぉ……」
不愉快さを多分に孕んだ声が聞こえる。
声のする方を見やると、そこには、見覚えのある老魔族がいた。
「ジャマー……」
瞬時、今回の首謀者が目の前の男であること、そして、ジークへの復讐心からこんなことをしたのだと……理解した。
「私は、兄さんをおびき寄せる餌ですか?」
「話が早くて助かるぞぉ」
「……兄さん」
兄は、誰よりも家族おもいのひとだ。
きっと自分を助けに来るだろう。
……また、兄に迷惑をかけてしまっている。
なんて自分は弱いのだ。なにが天才魔法使いだ。私は……無力だ。
ぽた……と悔し涙が頬を伝う。
そのときだった。
「チノぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
びりびり、と大きな声が空気を揺らす。
どがんっ! という音とともに現れたのは……。
「兄さん!」
そこに居たのは、ジーク・ベタリナリ。
自分の愛する兄だ。
「助けに来たぜ! もう安心だ!」
兄が、助けに来てくれた。
兄に申し訳なさを覚えると同時に、兄が来てくれたことへの安堵を覚える。
「ば、馬鹿な……超魔王は何をしてるのだ!? あやつには、対ジーク用の……対神属性を付与したというのに!? なぜ!?」
どうやらジャマーは、兄の足止めに、超魔王とやらを配置していたようだ。
「悪いな、ジャマー。親父は……治療させてもらったぜ」
「は? おまえ……何を言って……?」
困惑するジャマーを他所に、ジークが笑って見せた。
「チノ。悪かった。おまえひとりに、大きな荷物を背負わせちまって」
「兄さん……」
「今回のことで反省したよ。チノ……俺はもう二度と、おまえをひとりにしない!」
ジークは一瞬で距離を詰める。
そして、チノを拘束する鎖を、手で引きちぎって見せた。
チノは……ジークにお姫様だっこされる。
優しい兄の匂いと、温かな感触。
それらが……チノの胸に広がる、負の感情を打ち消していく。
「チノ、おまえが好きだ。ずっと俺の側にいてくれ」
「! それって……」
「ああ、結婚してくれ!」
じわ……とチノが涙を流す。
兄が、自分を女として見てくれたのが、一緒に、老いてくれるのが……うれしかった。
「はいっ」
「ぐ、ぬぬぬぅうう! ジークぅ! なにを終わり感だしてるのだぁ!」
……無粋な男の声が、二人の甘い雰囲気をかき消す。
ジャマーが怒りで体を震わせていた。
「ジーク……どうやって超魔王を倒したのか知らんが……手遅れだ! わしの最終兵器は……ついに完成したのだからなぁ!」
ぱちんっ、と指を鳴らす。
ごごごごお……と空中要塞が振動しだした。
「これは……要塞が変形してる?」
「さぁ、目ざめよ! 我が最高傑作よぉ!」