217.
ジークの妹チノは、ちーちゃんとともに、魔王国内に出来た公衆浴場へとやってきた。
ジークの力があれば温泉なんて、文字通り湯水のごとく掘ることができるのである。
ジークは人も獣もみんなが平等に楽しめるようにと、無料で、このとても立派な公衆浴場を建てた。
内風呂だけでなく、露天風呂までもが完備。
さらに24時間営業……と、破格の代物。
外国ならこれで高い金が請求できるレベルのクオリティだ。
「はぁ~……いつ入っても、ジーク湯はすんごい心地良いわ~……」
魔王国公衆浴場が正式名称なのだが、国民たちは敬愛の意味も込めて、【ジークの湯】とか【ジーク湯】などと呼んでいる。
当の本人は全然気にしてないどころか、『ありがと~』とさえ言っていたようだ。
チノたちは露天風呂に入っている。
深夜と言うこともあって、客はほとんどいない。
ほぅ……と息をつく。
この温かいお湯に浸かっていると、緊張がほどけていく気持ちになった。
「ちょっとはラクになった?」
「ちーちゃん……」
やはり、ちーちゃんはチノの体調を気遣ってくれているようだ。
「……すみません。迷惑かけて」
「別に迷惑なんて思ってないわ。同じ群れの仲間でしょ?」
群れ。
獣であるちーちゃんにとっては、家族と同義。
そう……家族なのだ。
同じ男を愛し、やがて同じ群れになる、仲間……。
「今まで、ごめんなさいね」
「え、え? な、なによ急に謝って……」
かつての自分を思い出し、現状と照らし合わせたら、自然と謝罪の口をついたのだ。
唐突だったからか、ちーちゃんは困惑してる様子だった。
チノは説明する。
「……今までずっと、あなたといがみ合ってきたでしょう?」
「そりゃ……まあ」
チノは兄を独占したい気持ちがあった。
同じ男性を愛するちーちゃんとは、何度かぶつかった。
というか、チノがケンカをふっかけていた。
それは愛する兄を取られたくない、一人占めしたいという意識があったから。
敵に対して、そういう冷たい態度で接していた。
……でも、違った。
ちーちゃんは敵ではなかった。
「ごめんなさい。私は間違っていました。あなたもまた……同じ群れの仲間だって」
敵ではなく、仲間。
そして……。
「あなたも……家族なんだって」
ちーちゃんにとってチノは、最初から家族だったのだ。
だからこうしてへこんでいるのを、見ていられなかったのだろう。
チノだけが、勝手に敵だと思って、つっぱね、遠のけていたのだ。
ちーちゃんはそんな態度をチノから取られ続けても、今も変わらず、優しく接してくれる。
……なぜって?
それは、ちーちゃんにとっては、チノはジーク同様、家族だからだ。
なんて単純な話だったのだろうか。
自分だけ肩肘張って、勝手に敵だと思って……。
「……ほんと、馬鹿みたい」
「うーん……そう? チノは馬鹿じゃあないとおもうわよ。天才魔法使いだし」
……きょとんとするちーちゃん。
どうやら、チノが今までどう思っていたか、なんて気づいてないようだ。
「ごめんね、ちーちゃん。今までのこと、全部。ごめんなさい」
するとちーちゃんはニカッと笑うと、
「別に謝らなくてイイでしょ? だってあたしたち、家族なんだから!」
……これからは、もっと仲良くできる。
ちーちゃんと、チノと、ジーク。
三人で、温かい家庭を築いていける……。
そう、思っていた。
そのときだった。
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!
「え、な、なになに!? 爆発音!? 一体どこから……?」
すると……。
「じーーーーーーくうぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!」
いずこより、男の声が聞こえてきた。
……この声に、チノもちーちゃんも聞き覚えがあった。
「この声って……」
「まさか……!」
二人が気づいたと同時に、その声の主も叫ぶ。
「超勇者【マケーヌ】様が、やぁってきたぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
マケーヌ……。
それはかつて、ゲータ・ニィガ王国にいた、勇者の名前。
兄と何度もぶつかり、そして敗北したはずの……元勇者。
チノは素早く状況を理解する。
「兄さんに連絡を!」
「え、何が起きてるの!?」
「勇者マケーヌが復活して、兄さんに復讐しにきたんです……!」