163.つかの間のスローライフ
ルゥザーを撃破してから、そこそこ経ったある日のこと。
俺は魔王国の外れにある、湖まで来ていた。
「ふぅー……」
朝からここに座って、釣り糸を垂らしている。
「なーなーおにーちゃーん」
白髪の獣耳少女、ハク。
神獣王の娘である彼女が、俺の膝上に頭を乗っけて言う。
「それたのしいのー?」
「ああ、たのしいよっと」
ロッドを引き上げるが、釣り針には見事に、エサがなくなっていた。
「よいしょっと」
餌をつけてまた放り込む。
「ぜんぜんつれないねー」
「だなー」
ちゃぷっ、と湖面から青髪の少女が顔を上げる。
「あー! シアー! とれたー?」
彼女はシア。竜神王の娘だ。
よいしょ、とシアは湖から上がってくると、その口には魚がくわえられていた。
「おー、シアやるじゃん」
「……どやっ」
魚をバケツの中にペッといれる。
「ぜんぶシアがとってきたやつだねー」
「そうだな」
「おにーちゃんは釣りはさっぱりですな」
「だなー」
俺はあくびしながら釣りを楽しむ。
「楽しい?」
「めっちゃ」
そのときだった。
ずぅーん……ずぅー……んと地面が揺れる。
「わわっ! おにーちゃん! てきしゅーだー!」
「……こわい」
ふたりが俺に抱きつく。
「大丈夫だよ。ちーちゃんだから」
ほどなくして、山のように巨大な竜が顔をのぞかす。
ぽんっ、と音を立てると、茶髪の美少女へと変化した。
「ジーク、ここにいたのね」
「おう、どうしたちーちゃん?」
彼女は元は地竜だったが、存在進化して地岩竜となったのだ。
「朝から見かけないから、心配して見に来ちゃった」
よいしょ、とちーちゃんが俺の隣に座る。
「あら、結構釣れてるわね」
「いや、それ全部シアが取ってきたやつ」
じとっ……とした目をちーちゃんが俺に向ける。
「戦いも治療も超一流なのに、釣りはド下手ね」
「まぁいいじゃん。別に上手くいかなくても。趣味なんだからさ」
俺は釣りをしながら思いをはせる。
宮廷追放から、今日まで、色々あった。
獣の国に招かれ、気づけば魔王として国を治める立場。
ここまでバトルだのなんだのと忙しくて、肝心のゆっくりするって目標を、なんだかんだ達成できずに居たからな。
「最近平和ね」
「そうだな。とても良いことだ」
国内では人も魔も一緒に、仲良くやっている。
ちょっとしたケンカもあるけれど、しかしケンカするほど仲が良いとも言う。
少なくとも、昔のように、血で血を洗う闘争にはならない。
本当に、良いことだと思う。
「あんた、退屈じゃないの」
「退屈な日常こそ、俺が望むものだよ。戦いのない日々、いいじゃないか。退屈最高」
「そうね。このまま何事もなく、ずぅっと平和が続けば良いのにね……」