106.亡き賢帝との手合わせ
帝国地下の禁書庫にて。
俺は目当ての本を手にすることができた。
帰ろうと思ったそのときだった。
『待ちたまえ』
どこからか声が聞こえた。
振り返ると、俺の前に一冊の本が宙に浮いていた。
「そ、その声は……! まさか!」
妖精リリンがせわしなく周囲を見渡す。
どこか、喜んでいる様子だった。
バラバラ……! と本が勝手にめくれると、そこから半透明の人物が召喚される。
長い銀髪をした、精悍な顔つきの男だった。
「あんたはもしかして、賢帝か?」
『その通りだよ。といっても本人じゃない。記憶と人格をこの本にトレースしておき、魔力で形作った、いわば疑似人格さ』
「そんなことできるのか。さすが賢帝だな」
『まぁもっとも、本を作ったのは僕ではなく、規格外だけど大切な親友なのだがね』
フッ……と寂しそうに賢帝が笑う。
「アンチ賢帝陛下! お久しゅうございます! どうしてここに?」
『おお、リリン。久しぶりじゃあないか。なに、彼と少し話しがしたくてね』
すぅ……と賢帝は俺に音もなく近づいてくる。
透けた体はまるで幽霊のようだった。
まあ実際そうなのだが。
『君の活躍、その強さを見せてもらった。しかしだからこそ、この書物をそう簡単に譲れない』
「なるほど、悪用されると困るからな。どうすれば認めてくれるか?」
『僕と少し手合わせ願えるかな?』
リリンが戦慄しながら言う。
「け、賢帝陛下。それはあまりに可哀想です。あなた様は歴代最強の大賢者。こんなチンケな男が勝てる相手ではございません」
『リリン。彼は本気じゃなかったよ。なぁ?』
「まあな。本を燃やすとあれだし」
「て、手加減してあの強さですってぇえええええええええ!」
賢帝は微笑んで、パチンと指を鳴らす。
周囲に魔法の結界が展開される。
『この中でなら、周りを気にせず戦えるよ』
「なるほど、じゃさっさと始めるか」
俺は賢帝と相対する。
『では手始めに多重展開【颶風真空刃】』
俺の周囲に、4つの巨大な魔法陣が出現する。
そこから極大の竜巻が発生する。
「さすが賢帝陛下! 極大魔法を無詠唱で! しかも4つ同時に展開するなんて! どうだ! まいったかー!」
パキン……! と一瞬で竜巻が壊れる。
「なんですってぇええええええええ!?」
『ほぅ、魔法を手で砕くのかい。反魔法かな?』
「いや、神の手で魔法を魔力に戻しただけだ」
『ははっ、なるほど。すごいな君は』
賢帝は感心したようにうなずく。
『では近接戦闘はどうかね』
彼が一瞬で間合いを詰める。
みぞおちへの掌底を放つ、と同時に魔法を展開。
手から先ほどの風魔法を発動。
至近距離からの極大魔法の使用、だが俺はそれをよんで距離を取っていた。
『【絶対零度棺】』
俺が立つその場にあらかじめ魔法陣が敷かれていた。
一瞬で極大の氷魔法が発動し、俺の体を拘束する。
「さっすが賢帝陛下! 見事な体術! それに洗練された魔法技術! へへーん! どうだぁ! すごいだろぉ!」
『いや、リリン。どうやら彼は僕以上のようだよ』
パキィン! と氷の棺が砕け散って、俺がそこから出る。
「そ、そんな馬鹿なぁあああああ!?」
愕然とするリリンたちのもとへ近づく。
「あ、あり得ない! あるわけがない! あの極大魔法は相手を氷の棺に、意識ごと体を閉じ込めて絶対に外に出さない強力な封印術なのよ!? しかも賢帝陛下の高威力の魔法を打ち破るなんて! どうやったの!」
「素手で砕いた」
「そんなことできるわけないでしょぉおおおおおおお!」
ぐわんぐわん、と体を前後に揺らすリリン。
一方で賢帝はとても感心したようにうなずく。
『なるほど、常に周囲に神の手による円形の防御結界を展開していたのか。だから氷の中でも動けたということか』
「見破られてたのか」
『ふふ、僕は見る目だけは優れててね。さて、うむ、君の実力と性格は把握できた。リリン』
「な、なんでしょう……?」
賢帝は微笑みながら、司書の妖精に言う。
『彼のこの図書館への立ち入りを許可する。以後、もういたずらはしないように』
「なっ!? どうしてですか!」
『彼の強さは本物だ。それにとても清らかな心を持つ。その目は使命に燃えており、悪事を働くとは到底思えない』
「どうして、そう言い切れるのですか?」
『いったろ? 僕は弱いけど、人を見る目はあるんだ』
「いやいやいや! 賢帝様は十分お強いですって! この魔王が化け物じみてるだけですよぉ!」
賢帝は俺を見て、懐かしそうに眼を細める。
『化け物か。君、名前は?』
「ジークだ」
『ジーク。まるで君は僕の死んだ親友とそっくりだ。強く賢く優しい。そんな君だから僕は君を気に入った。ここの書物を君に託そう』
「誠に感謝する、賢帝陛下」
俺はその場に膝をついて、スッ……と頭を下げる。
『よしたまえ。それにたまにでいいから話し相手になっておくれよ。ここは暇で仕方ないんだ』
「敬愛すべき賢帝陛下が……魔王を気に入るなんて……ぐぬぬ、認めたくない……認めたくないよぉ~……」
かくして俺は、禁書庫の立ち入りを許可されたのだった。
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「宮廷鍛冶師がいなくなって後悔しても今更もう遅い~「王家に伝わる伝説の武器に手入れなど不要」と無知な王子に追放され自由を得たので、念願だった最強の魔剣作製に専念する。引く手あまたなので帰る気は毛頭ない」
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