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傘の下の世界で  作者: 柊木羽哀
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ヒーローと僕と君と

 高校2年生の宮野春樹は夢から覚めた。近くでスマホのアラームがなり続け、僕の鼓膜を揺らしていた。机の方に手を伸ばし、アラームを止める。

 大きくあくびをする。目から少量の涙が出てきて、口の中にスッと入った。しょっぱさで頭の中が現実へと戻されていく。スープを煮込みなおす音とベッドから起き上がったときの音が重なり不気味な和音を形成していた。

 学校に行きたくないという気持ちが強すぎて制服を掴む腕が鉛のように重たい。真っ白なワイシャツと青のチェックのネクタイをわしづかみにした。僕は死ぬ。


 僕は死ぬ。死ねる。今日、これから死のうと思うと、鉛のようだった腕が嘘のように軽くなるのだ。今日、これから何をしよう?よし、今日は自殺をしよう。そんな、軽い考えだ。

 ベッドの下からロープを取り出す。これで首を吊る。吊ると、胃袋の中のものが全て出るらしい。だから、朝食はいらない。数時間後にまた、外に出ることになるんだ、どうせ。

 飛び降り自殺か、首吊りかで、少し迷ったが、吊ることにした。理由は簡単。日本の死刑が首吊りだったから。飛び降りで、失敗するのは怖かった。自殺未遂の高校2年生なんてこの世界からしたら、邪魔者でしかないだろう。


 いつもより青く透き通って見えるそらは、晴れやかな僕の心を写し出しているかのようだった。太陽の、その、ずっと先まで透き通ってみえた、気がした。

 まだ、薄暗い学校に音をたてないように入っていく。誰かと出来るだけ会いたくなかった。死ぬときくらい、一人で静かに、安らかにと願う。それに、僕の右手にはロープが握られている。あえて袋には入れなかった。ロープだって外の景色をみたいだろう。


 屋上までやって来た。ここが、死ぬ場所。ドアノブに手をやる。少しだけ緊張してきた。心臓がバクバクとなる。緊張というより、わくわくに近い。古びたドアに力をいれ、押し開ける。地上を歩いていたときより、ずっとなめらかな風が僕の頬をなでた。


 ふと、目を開けた。人影がみえた。彼処にいるのは、誰だろう。


 僕が予約していたスポットで、人が首を吊ろうとしていた。 

 

 誰だろう。

 死に向かおうとしていた人はロープから首をはずし、こちらに振り向いた。長めのスカート、黒々としたつやのある髪、上品な髪飾り。

 同じクラスの姫川紗耶だった。

 不安そうな目をこちらに向けている。美しい花が光を失っていた。彼女からは、いつも「最近の女子高生」の感じを受けるが、今は違う。何かに押し潰されそうな、圧を感じる。

「ねぇ、君、__大丈夫。何してんの。」

「そうだよ、」

「ジサツ?」

「そうだよ、」

「何で」

「そうだよ、」

会話が、通じない。全く。

 僕は彼女とロープを回収した。そのまま放っておいても良かったが、なんとなくやめた。ここで回収しないと、僕は殺人犯に疑われてしまう。

「座れば」

「そうだよ、」

 まただ。

 彼女は熱におかされたように立ち続けた。

 教室での彼女はもっと、違うのだ。もっと、ちゃんと話すし、友達も沢山いる。

「みててよ」

「見てるけど」

「そうだよ、」

 彼女が手を出すと、その上に雀が一匹乗った。彼女は頬を少しだけ緩めてみせた。

「そうだよ、」

 雀はきょとんとした顔をして、飛んでいった。


              *        

 小さい頃、テレビに出ていた、ヒーローに憧れていた。どんな苦しい状況でも立ち上がるような、たった一つの技しかできなくても、誰かのため、未来のために立ち向かう、ヒーローが。かっこよくて、憧れだった。

 だった、だ。過去の話、今は違う。

 

 ヒーローなんて、いない。

 

 全部、全部どうでもいい。体を動かすことも、息をすることも。ましてや、恋愛や、友情なんて。そもそも、僕は生きている価値がない。生きてるだけ、邪魔だし、疲れるし。

 最近、地球温暖化の問題がしきりに叫ばれている。

 呼吸をすると、二酸化炭素が出る。

 僕が死ねば、その分だけ、二酸化炭素が減る。

 うん、僕が死ぬことは、地球温暖化の手っ取り早い対策になるだろう。だから、首を吊ろうと、考えた。

  

           

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