開発拠点
一章は元社畜でフリータースタート。
二章は着任初期で失敗します。
そのため三章が始まるまで暗めの流れが何度かあります。
また初期は設定の為、専門用語が多く出ますが余り気にしないで下さい。
★某所開発拠点
そこは窓も無く、地下っぽい施設だった。
「地下施設ですか…… 秘密拠点って感じですね。試射とかもここで?」
「おお、大分砕けたね! 殆どの人は怖がって逃げてしまうんだ、有難い」
「昔は元社畜のSEで成功か過労死の世界。このくらい何でもありません」
もう二度とSEは御免ですけどね。
「これは掘りだし物だったようだ。もちろん施設内に射撃試験場もある。製品の紹介って事でなんとか使えるようにしようか?」
「それは嬉しいですね! ですが、代表との面談前によろしいのですか?」
いいね! この職場。
自由に試射ができたら楽しそう。
ストレス発散に丁度いいと思う。
「予定時刻よりだいぶ早くついたし、ボスはまだ到着していない。少しなら大丈夫。大仲君がサバゲーで使っていた実銃も有るよ?」
マジで試射をさせてもらえた。愛用だったG3、実銃だと重いな。89式小銃もいいね。海外の銃も現役なら最新型まで勢ぞろい。せっかくだし、ある物は色々ためさせてもらおう。
「よろしくお願いします! 取扱商品の理解は重要ですからね!」
へぇ、ここのトップはボスって呼ぶのか…… 刑事ドラマに出てきそうな厳つい人かな? まあ、見た目だけなら平気だ。ブラック企業は客を選ばない、素性が悪くても看板が会社なら注文は受けていた。
でも、ここは理想の職場の予感!
職務内容は知らないが俺に向いてそうだ。
そんな俺の思いとは逆に、村下さんは驚いていた。趣味は把握していたらしいが、実際に試射をお願いする人はいなかったらしい。
そりゃあ、危ない人に見えるから普通は遠慮するよな。もちろん俺だって生き物や人間を撃てって指示ならお断りです。でも射的は別、施設の特性を考えれば遠慮なんて必要ないね。
それに自衛隊向けなら国に貢献する仕事【武器を嫌って体験や研究をしない方が間違っていると思います】と話すと村下さんは喜んでくれた。
正式な国からの仕事なのにこの業界への風当りは強い。それでも、村下さんは自分の仕事に誇りを持っているようだ。
世の中で仕事に誇りを持てる人間は少ない。しょせん仕事は経営者や株主の意向、なにより企業は利益を追求する物。社会に貢献し誇りを持てる、そんな仕事をさせてくれる企業はまれだ。
それがどれだけ幸運な事か、村下さんは知っているかな? 正直、俺は少し妬ましく思う。
そのあと、村下さんと雑談を楽しんでいたら性格分析の話題がでた。アンケートサイトに偽装した性格診断では【どうしても必要なら殺しも覚悟ができる】とあったらしく、冷たい人間と勘違いしていたと言われる。
村下さんはそういってくれるが、俺には思い当たるふしがある。
元からの性格では無い。余裕がなく厳しい納期で、失敗の許されない仕事を続けていたのだ。当然誰かを切り捨てる判断を何度も経験し、非常時には他に手段がないか、無いなら何を犠牲にするか素早く決断できる様になっていた。
なりたくてそうなった訳じゃないが、悩んで時間を無駄にし、決断の時期を逃して何度か被害を拡大してからは、そうなるしか無いと学んだからだ。
「ブラック企業では同僚が精神を病んだり自殺した者もいます。同業者とは責任の押し付け合いが当たり前。私は相手を自殺させた事も……」
村下さんは俺の告白に驚いていた。
俺がとてもそのように見えないらしい。
そらそうだ、責任の押し付け合いなんて毎度の事。違うのは、負けた同業者の精神が既に壊れる寸前だった事だ……
「負けた者は散々人に責められ、背負いきれない重い負債をおわされます。希望を見失い、生きる事自体が拷問になり、長い苦しみのはてに死を選ぶのです…… 簡単に死ねない悲惨な末路ですよ」
毎度の事だし、ひどい会社は自分の所ぐらいだと思いこんでいた。だから相手が自殺するなんて予想すら出来なかった…… あの時の記憶は今でもトラウマ。もう殆ど見る事はなくなったが、昔は毎回夢に出てきて俺を苦しめた。
だがたとえ結果が分っていても、行動を変える事はなかったと思う。
疲れ切っていた、少しでも休みたかった。それなのに、次の仕事がすでに決まっていた。逃れられないよう、巧みに縛りつけられた仕事が……
そんな状況で俺が負けていたら、仮眠すらとれなくなる。そうなれば、自分や部下から被害が出ていただろう。だから、相手が既に壊れいると知っていたとしても、同じ選択をしたと思う。
「そうするしか無かったのだね…… 仕事柄その手の人とも付き合うので勘で分かるよ。だけど、民間企業だろ? まるで蟲毒の様じゃないか、いつから日本は……」
【日本で外国人実習生が奴隷の様に扱われている】とまれに報道されますよ?
いつから? バブル崩壊後からかな? バブル期に抱えた借金のツケを、社員を殺してでも肩代わりさせようとする経営者。まあ、中小零細で自殺する経営者も多かったけどね。
しかし、それは底辺の会社。真面な企業に勤めていたら実感は無理だろう。実際俺は友人にすら信じてもらえず、話を盛っていると思われてたし……
でも会社の信用を失いたく無ければ、下請けの構造は調べた方がいい。利益のでない報酬、厳しい品質、短い納期。恐らくそんな状態。
設備投資や人材育成の余裕もなく、離職率も高い。そして非正規雇用の愛社精神もプロ意識もない労働者。そんな人達が自社の部品を作っている。
せめて終身雇用か真面な成果主義。そのどちらだったなら、愛社精神かプロ意識。その片方は持てたかもしれない。
実際は、なにをしようが賃金は上がらず非正規のまま。それなのに愛社精神や更なる労働は求められる。
どう考えれば、経営者はそれが実現しえると思えたのだろうか? 俺には不思議でしかたがない。
更に海外に工場を作り、日本の工場では賃下げ。そりゃあ、不安定で収入も少なければ、庶民の購買意欲は無くなる。
老後の貯金は平均3千万なんて、バブル期の残滓。
今の世代だと一千万以下でも貯金が有ればいい方じゃないかな?
自分達が所得と安定をうばっておいて、庶民の懐事情も分らない。だから責任者は保身に走り、言い訳可能な企画しか選ばず衰退する。もしくはニーズを理解出来ず、売れない物を作って失敗する。
俺は射的をしながらそんな事を考えていた。そして、村下さんからボスが帰ってきたと合図される。
やば! うっかり思考が恨み節になっていた。
気楽で適当に生きるアホに戻ろう、病気が再発したら大変だ。怨念めいた思考は特に良くないのだ。
すぐにシューティングゴーグルとイヤーマフを外す。
「丁度時間だね、ボスは顧問室にいるから私が案内するよ。事前調査でスカウトしたのもボスだ、ほぼ採用確定だと思う。自信をもって行きなさい」
「激励、有難うございます!」
せっかくの村下さんの心遣い、無駄にしません。気持ちを有難くもらい、自信を持っていきます。
★顧問室前
「村下正重です。大仲涼太様をお連れしました」
「村下君か、ご苦労。大仲さんは入ってくれ」
言葉は普通だけど綺麗で美しい声。ボスって若い女性なのか? 若い女性の上司なんて初めてだよ。
うまく面談ができるだろうか?
まあ、兎に角入ろう。
「失礼します。大仲涼太と申します! この度はお招き頂き有難う御座います」
ひとまず挨拶はしたが、目の前の女性はどう見ても人間ではない。若干輝いて見えるし人間ではありえない美しさ、そして直接脳に響く様な声。幻覚は治ったから間違いではないと思う。
どうしても天女か女神様にしか見えない……
これは洒落ではなく、本当に【異世界】への出向かもしれない。俺はやっと理解した、望んでいた大手企業のスカウトではないと……