第八章 蜘蛛の次は……
蝙蝠の次は、やっぱり“アレ”ですよね。
港町の酒場、ウィスキーの入ったグラスを持ち、男は震えていた。
誘拐された人たちを引き渡すまで見張る、悪いことだと知りつつ、高額の報酬目当てに引き受けた“仕事”。
悪事に手を染めたばかりの頃は罪悪感はあったが、何度も繰り返しているうち、罪悪感は何処かへと飛んでいき、帰ってこなくなった。
そんな悪事の常連の彼でも、洞窟で見た蜘蛛男は異様なもの。
先日、長年“仕事”を共した相棒が遺体で見つかった、全身の血が抜かれるという異様な死に方で。
洞窟から逃げ出した他の3人とも連絡が取れなくなっている。
次は自分の番かもしれない。
ウィスキーを呷る、幾らアルコールを飲んでも完全に恐怖心を消し去ることは叶わず。
身の回りの物を詰めた旅行鞄を持ち、男は港へ向かう。
明け方出港する貨物船に乗せてもらい、異国へ高飛び、言うまでもなく非合法。
いくら“依頼主”でも、国外までは手を出せないはず。
どんな国でもどんな時代でも“仕事”はあるもの、稼ぎ口はいくらでもある。
キキィィィ、頭上で何か奇妙な鳴き声が聞こえた。
何だろうと上を向いた途端、羽ばたき音と共に“何か”が襲い掛かる。
悲鳴など上げる余裕なく、“何か”に首筋を噛み付かれた。
翌朝、港で男の遺体が発見される、全身の血が抜かれたのが死因。
☆
ラフトデシャイン裏通りの秘密の会議場所。集まったレオンハルトとディアナ、イーヴォ、ゴゴブレンジャーは椅子に座り、話を始める。
議題は蜘蛛男、人間が変形した怪人。遺体そのものは溶けて蒸発してしまったが、記憶の中にはしっかりと残っている。
「あれは改造人間だと思う」
結論を口にするレオンハルト。
「改造人間? 何なんだい、それは」
少々キザっぽくミドゴブレンジャーが聞いた。
「文字通りの人間を改造すること、肉体の強化や他の生物との合成。多分、あれは蜘蛛と合成したんだと思う」
前世大好きだった仮面のヒーローシリーズの主人公は改造人間、敵の怪人も改造人間。様々な動物、植物との合成、またハサミやバズーカーなどの機械との合成もあり、中には冷蔵庫や扇風機まで。
仮面のヒーロー一号が最初に戦った怪人も蜘蛛男。
そしてレオンハルト自身も改造人間である。
祖父テオがが研究し、編み出した魔導改造手術。
何者かが、魔導改造手術を使って蜘蛛男を生み出したのではないか。
推理と言うより、それ以外、思い浮かばない。
ただテオは悪用されることを防ぐため、研究施設だった離れを焼き払い、自ら命を絶った。
「テオの技術そのものではないだろうが、流出し模倣されたんだろうな」
まとめるイーヴォ。
一体、誰がそんなことをやったのか? それはここにいる全員も解らない。
「誰であれ、こんな真似をする奴は許せはしないな」
親友が自らの命を犠牲にしてまで封印した魔導改造手術を悪用する奴、とてもではないが許せるはずがない。
それはレオンハルトも同じこと。
一見、好々爺の顔にイーヴォは怒りの笑みを浮かべる。
「必ず尻尾を掴んでやる」
イーヴォが本気になった。これでもかというぐらい情報を調べ上げ、それがどんなに小さくてちっぽけな情報でも見逃さず集めるだけ集める。
その甲斐あり、短期間で洞窟から逃げ出した5人の見張りが全身の血を抜かれた遺体で発見されたことを突き止めた。
つまり口封じ。
口封じされたからには本星か、もしくはそれに近いところと繋がっていたのだろう。
幸い誘拐された人たちは本当に何も知らず、調書でもいきなり拉致されたこと以外は何も分からなった。
誘拐されただけで直接依頼者との関われもないし、当面の間は憲兵たちが護衛に就いているので“こちら”は心配ないだろう。
まだ完全に口封じは終わってはいない……。
エヴェルオベート帝国の北にある町、フェングニゲにやってきたレオンハルトとディアナ。
旅人風の暖かな服装、今はスカルマスクや魔道士の服は着ていない。
「寒いね」
ディアナの吐いた息が白く染まる。
「うん、取り合えず、どこかの店に入ろう」
暖を取るため、良さそうな食堂に入る。
貴族が不審死するという事件があり、そちらもキナ臭いのので、ゴゴブレンジャーはそちらを調べに行っている。
食堂の中は暖房が効いているので席に着いた2人はコートを脱ぎ、椅子の背もたれに引っ掛けた。
店内には結構、客がいる。料理を食べ、楽しそうに話しているところを見れば客の数の理由は気温だけではないだろう。
体を温めようと、玉ねぎとベーコンのパンの入ったチーズたっスープを注文。
運ばれたきたチーズのスープ、まずはスプーンで掬って一口。
「「美味しい」」
レオンハルトとディアナの声が揃う。
スープを飲めば飲むほどお腹の中から温めてくれ、心身ともにポカポカ。
この食堂は大当たり、客が集まるわけである。
「ここの料理美味いだろ、オレもフェングニゲに来るたびに入っちまう。女将の料理は世界最高だ」
酔った丸縁メガネの男が話し掛けてきた。
「嫌だわ、グンターさんたら」
恰幅のいい女将は照れる。
「その行商人の言う通りだよ、女将の料理は世界最高だ!」
「そうだ」
「そうだ」
他の客も囃し立て、ますます女将は照れる、その仕草がとことなく可愛い。
「それにフェングニゲには、いけ好かない貴族は滅多に来ないし」
口調や表情から、グンターは貴族嫌いのようだ。
元貴族のレオンハルトには嫌われる理由は理解できる。貴族と市民、両方の視線で世界を見ているので。
食堂を出るレオンハルトとディアナ、入ってきた時とは違って体は温かなまま。
態々チーズのスープを飲むためにフェングニゲに来たのではない、目的はこの町にある監獄。
洞窟から逃げ出した見張りの5人は殺害されてしまったが、エンドポールを食らい、縛り上げられた入り口の2人は茂みに隠していたことで他の仲間に見つからず、置き捨てられてしまう。
その後、レオンハルトの匿名の通報で憲兵たちに発見され、フェングニゲにある監獄に投獄された。
2人とも黙秘を貫き何も話してはいない、今のところは。
黙秘を続けていることが原因なのか、先日、もっと厳しい監獄に移送されることととなった。
投獄されている間は高い塀が囚人を守る防壁にもなり、脱走防止の看守の見張りは外からの侵入を防ぐことにもなる。
皮肉なことに監獄と言う環境は生き残った2人の見張りを守る盾になっているのだ。
だとすれば最も刺客が狙いやすいのは移送中。
そんなわけでレオンハルトとディアナはフェングニゲにやってきた。 チーズのスープの効果があるうち、今夜の寝床の確保に向かう。
監獄に近い宿屋を見つけ宿泊。監獄に近いだけあり、料金は格安。
チェックインの際、近くに監獄が出来てえらい迷惑だと店主がぼやいていた。
移送は明日の昼、今夜はゆっくり休み旅の疲れを取ることに。
ベットに入るなり、即眠りに落ちたディアナ。
明かりの消えた暗い部屋の中、レオンハルトは天井を見つめていた。
改造された体は疲れ知らず、暑いのは暑いと感じるし、寒いのは寒いと感じる、でも辛くはない。多分、裸で大氷原を歩いても平気、そんな真似はしないけれど。
華奢な見た目に反し、強靭な身体。前世の頃から、大好きで憧れていた改造人間仮面のヒーロー。
自らも改造人間となり、強い“力”を持ってしまったからには、“力”に相応しい行動をやるべき、彼らのように。
いろんなことを考えているうち、いつの間にかレオンハルトも眠りの渦中に入っていた。
翌日、ほんの少し遅れて囚人の移送が始まる。
監獄から出てくる馬車。4頭の馬に引かれる内側からは開けられない箱型の車両、と言うより動く牢屋。中に収容されているのは見張り2名を含む囚人たち。
馬車の左右には馬に乗った憲兵が着く。
一定の距離を保ち、気づかれないよう馬に乗って追跡するぼさっとした大きめのローブを纏ったレオンハルトとディアナ。
見つかったらかなり怪しい2人、だから見つからないよう細心の注意を払う。
日が沈み、夜になり始めた時刻。一頭の馬が嘶き、倒れた。
一頭だけに収まらず、二頭三頭四頭と続き、馬車が転倒、放り出された御者が道端まで転がる。
「大丈夫か」
憲兵の1人が御者を様子を見に行き、もう1人が馬の様子を見に行く。
馬の首には短槍が刺さっていた、四頭とも。
「どこからこんな物が」
キョロキョロ辺りを周囲を見回し襲撃者を捜すが、一向に誰の姿も見えない。
「キキィィィ」
奇妙な声が聞こえてきた。
「上だ!」
もう1人の警告を聞き、上を見る。そこにいた、声と同じく奇妙な物体が。
大きな羽根、大きな耳、豚みたいな鼻、蝙蝠の特徴を有していても大きすぎる、さらに顔立ちや体形が人間に近い。
腰にベルトには短槍の入っていた空の4つの鞘。こいつが短槍を馬に投げ付けたのだ、上空から。
「何なんだ、あいつは」
驚愕と生まれて初めて見るものに対する好奇心、ボケっとしている憲兵に蝙蝠男が襲い掛かった。
「うがぁっ」
首筋に噛み付き、血を吸い始める。
「何しゃがる」
もう1人の憲兵が馬で駆けつけ、ロングソードで斬りかかる。
「キィィ」
飛び上がる蝙蝠男、空を切るロングソード。
「大丈夫か」
相棒を心配する。
「大丈夫だ」
吸われた血の量は大したことは無い、少しふらつく程度。
憲兵2人はロングソードを構えるが敵は空の上、全然届かない。
「キィィィィッ」
いきなり急降下、投げ尽くした短槍とは別に携帯していたシックルを抜き攻撃。
咄嗟にロングソードで受け止め、もう1人が反撃するも、上空に逃げてしまう。
何度も繰り返される上空からの攻撃、防御して反撃に転じても、上空に逃げる。
蝙蝠男は憲兵たちが疲れるのを待っている。それが解っていても打開策が見つからず。
「キィキィキィ」
蝙蝠と人間の混ざった顔で勝利を確信した笑み。
憲兵たちにとって不利な状況。
唐突に近づいて来る馬の走る音が聞こえた。最初は仲間が来てくれたのかと思ったが、馬に乗っているのはぶかぶかのローブを着た2人、全く知らない相手。
1人がぶかぶかのローブを脱ぎ捨てる、下は魔道士ローブ。
「変身」
の掛け声でぶかぶかのローブを掴み脱ぎ捨てた、下に装着しているのはスカルマスクの衣装。
既に幻惑の魔法で青年体型。
「スカルマスク、参上」
変な格好のスカルマスクと名乗る乱入者、長年働いた憲兵の勘が教えてくれた敵ではないと。
上空の蝙蝠男はスカルマスクを敵と確信、攻撃のタイミングを探る。
「どうした、俺が怖くて降りて来れないか、臆病者の羽根豚」
挑発するスカルマスク。
「キィキィキィィィィィィッ!」
怒り心頭、お得意の急降下攻撃、もう憲兵2人は眼中の外。
シックルを籠手て防御。反撃前に上空へ逃げる、蝙蝠男のおなじみの攻撃パターン。
「ウノ・タウカン・ゾロカ・キゼ・コタ《ルーンヒュル》」
ディアナが冷気風の魔法を放つ。
魔法攻撃に距離は関係なし、慌てて蝙蝠男は躱す。
「チィ、惜しい」
悔しそうに舌打ち。
チラッとスカルマスクの視線が馬の首に刺さった短槍で止まる。
「ウノ・タウカン・ゾロカ・キゼ・コタ《ルーンヒュル》」
放たれる二発目の冷気風。ギリギリで避けた蝙蝠男、だからこそ躱せなかった、飛来する短槍を。
馬の首に刺さった短槍を引き抜き、投げたスカルマスク。
自身が馬殺しに使った短槍で羽根を破られ、
「キィキィィキィィィィ」
円を描くように落下した蝙蝠男、思いっきり地面に叩き付けられる。
「ギギィ」
羽根に穴が開いては飛ぶことは叶わず、受けたダメージは大きく、起き上がることさえ出来ない。
馬から降りたスカルマスクは蝙蝠男に近づき、
「お前をそんな姿にしたのた誰だ?」
静かだが力のある声で質問する。
沈黙、何も答えない蝙蝠男。
「誰がお前をそんな姿した!」
再度、きつめに問う。
「レダ・オナイ・ト・マハ」
呪文を唱え、蝙蝠と人間の混ざった顔でニヤリと笑う。
「逃げてスカルマスク!」
「いかん!」
「危ない、伏せろ!」
呪文の意味が解ったディアナと憲兵2人が警告。既に憲兵たちは馬を走らせていた。
反射的にスカルマスクは蝙蝠男から距離を取り、地面に伏せる。
次の瞬間、自爆の魔法を唱えた蝙蝠男の体は爆発、木っ端微塵。普通の人間が至近距離にいたのなら、巻き込まれ一緒に木っ端微塵になっただろう。
距離を取って伏せたスカルマスク、元々距離を取っていたディアナと憲兵2人は無傷。音に驚いた馬が暴れそうになったものの、簡単に落ち着かせることが出来た。
「あれは何なんだ?」
何とか落ち着きを取り戻した憲兵が聞く。憲兵ならずとも、誰でも聞きたくなるだろう、あの蝙蝠男は何だったのかを。
「知らない方が身のためだ」
スカルマスクはそれだけを言い、憲兵2人はそれ以上追及しなかった。本当に知らない方が身のためになると解ったから。
道端で倒れている御者の元へ、ディアナが向かう。
「あの、大丈夫ですか」
尋ねても返事が無い。
「大丈夫ですか」
再度、尋ねても同じ。
「あっ」
よく見たら、御者は気絶していた。
落馬が原因なのか、爆音が原因なのか、はたまた蝙蝠男が原因なのか、どちらにせよ、神経が状況に耐えられなかったご様子。
命には別条が無かったので、馬から降りたディアナは御者を休ませる。
憲兵2人の視線が倒れている馬車に向く。
囚人たちは無事なのだろうか、犯罪者とはいえ、ほおっておくわけにもいかないし、死なれれもすれば後味の悪いことに。
憲兵2人も馬から降り、馬車の方へ。
「手伝おう」
スカルマスクも同行。蝙蝠男は自爆したけれど、まだ情報源は残っている。
運が良かったというより、悪運が強くて囚人たちは全員生きていた。ただ余程堪えたらしく、馬車から出されても逃げる気力のあるものは1人も無し。
項垂れる囚人の中に見張り2人を見つけ、スカルナイトは前に立つ。
姿そのもので威圧を与え、
「どうして馬車が襲われたのか、教えてやる」
やや高圧的に、見張り2人が狙わていることと他の仲間は既に口封じに殺されていることを話す。
話を聞き終え、少しの間見張り2人は沈黙していたが、
「俺たちを――」
1人の口が開く。
「オイ!」
慌てて止めようしたもう1人、
「話さなくても、“あいつ”は俺たちを殺すつもりだ。ならば話した方がいい」
「……」
それ以上、もう1人は反対せず。
見張り2人を黙秘させていたものは、喋ったら殺されるという恐怖。しかし、こうして喋らなくても始末しに来たことで、口を閉ざさせていた恐怖は薄くなった。
また話すことで一矢報いることにもなる。
スカルナイトが目配せをすると、憲兵2人は離れて行く。これからの話は聞かない方がいい話、知ってしまえば見張り2人と同じように命を狙われることになる危険性あり。
「俺たちを雇ったのはヨナス・ティッセンだ」
憲兵2人が離れたのを確認してから話す。
「――ヨナス・ティッセン」
その名前にスカルマスクのこと、レオンハルトには心当たりがあった。まだヴァルトシュタイン家にいた頃、父親と一緒に行った貴族のパーティで出会ったことがある。
何やら父親と話をしていたけど、話の内容までは覚えてはいない、元々真面に聞いていなかったし。
話を聞き終えたスカルマスクは、見張り2人を憲兵たちに引き渡す。
「こいつらのことは任せておいてくれ、監獄の奥にぶち込んで置けば、もう手出しは出来ないだろう」
その通り、だから移送までは敵は攻撃して来なかった。
誰でも閉じ込められるのは嫌なものではあるが、見張り2人は進んで憲兵に付いて行く。
外に出たら命が狙われるのであれば、しばらくの間はおとなしくしていた方が賢明、守ってもらった恩もある。
馬車がダメになったので、囚人たちは移送先の監獄まで徒歩で行くことに。
意識を取り戻した御者は憲兵1人の馬の後ろに乗せてもらう。
囚人たちは一本の鎖で繋がれている上、逃げる意思の全くない見張り2人を最前列と最後尾に付けることにより、逃亡を防ぐ。
人目の付かないところまではスカルマスクとディアナも同行。
いくら何でも人目の付くところでは敵も襲って来れないので、町が近くに来たところで別れる。もう安全と言うよりかは目立つから、特にスカルマスクが。
「ありがとう」
「恩に着る」
憲兵は礼を述べ、見張りたちは軽く会釈。
何はともあれ、これで敵の尻尾を掴んだ。
蜘蛛の次は蝙蝠。
ついに敵の手掛かりを掴んだレオンハルトたち