第一章 転生したら、公爵の長男でした
今回より本編開始、まだオートブルの段階だけど。
覇道を突き進むエヴェルオベート帝国の帝都アルング。
帝都だけあり、虚飾にまみれた豪華絢爛な建築物の並ぶ都市。
その中でも中央近くに立つ、極めて立派な豪邸の廊下を白髪に白い顎髭を生やした老人がうろうろ、そわそわ。
「お父さん、少しは落ち着いたらどうですか」
老一見冷静に見えるアッシュブロンドの髪をオールバックにした男は言いはしたものの、手が小刻みに震えている。
「しかしのう、ペーターよ、初孫が生まれるんじゃぞ、落ち着いてなんかいられるか」
はっきりとアッシュブロンドの髪の男、息子のペーターに言い放つ。老人にとって孫は宝物。
白い顎髭を生やした老人、父親のテオに反論することなく、ペーターは沈黙を決め込む。彼にとっても初めての子供、気持ちの高ぶりを完全に隠せてはいない。
いきなり元気な赤ん坊の泣き声が響き渡ってきた。
慌てて部屋に飛び込むテオ、ペーターも急ぎ部屋に入る。
「元気な男の子ですよ」
産婆に抱かれたゴールデンブロンドの髪の赤ちゃんを見たテオの両目からは涙が流れ落ちる。大陸一、いや世界一と言われる魔導学者の心の中を熱い物が満たしていく。
一方、父親であるはずのペーターは青筋を立て大きく目を剥き出し、奥歯をギリッと鳴らす。
この日、エヴェルオベート帝国公爵ペーター・ヴァルトシュタインに初めての子供、長男レオンハルトが生まれた。命名したのは祖父のテオ。
☆
「うんしょうんしょ」
祖父の書斎の本棚の前に置いた椅子の上に乗り、レオンハルトは一生懸命手を伸ばし、皮張りの本を取ろうとするが後少しで届かない。
「8歳になったばかりというのに、随分と難しい本を読みたがるのじゃな」
いつの間にか書斎に入ってきていたテオが、皮張りの本を取ってあげる。
「ありがとう、お爺ちゃん」
可愛い笑顔でお礼を言われ、テオの顔は綻ぶ。
「レオンよ、同じ年頃の子供は外で遊び回っていると言うのに、いつもお前は勉強ばかりじゃな」
前世の時の様に日中外に出るのが嫌というわけではなく、今生まで引き籠るつもりなど微塵も無し。
「こ――世界のことを沢山知りたいのです」
この世界と言いかけて止めた。下手なことは言わない方がいい、何がどうあれ、今のレオンハルトは8歳の子供なのだ。
「8歳にして、この才能、流石は儂の孫じゃ」
嬉しそうに顎髭を撫でながらニコニコ。
よいしょよいしょと皮張りの本を両手で抱え、机の上に運んでページ―を開く。
見た目は8歳の子供なれど、中身まではそうではない。
変質者に殺された上村士郎は、異世界で貴族の子供レオンハルト・ヴァルトシュタインに生まれ変わった、前世の記憶を持たまま。
どうやらレテの水を飲まないで済んだようだ。
おぎゃーと生まれた時から自覚があり、よちよち歩きの頃には周囲の状況を大体理解できていた。
当初こそ戸惑ったものの、この状況を受け入れることにした。それ以外、道は無いように思えたので。
「レオン、この書斎の本をならば好きなだけ読むとよいぞ、儂の部屋にも来たければ何時でも来るといい、いろんな話を聞かせてやろう」
楽しそうにレオンハルトの頭を撫ぜた。
レオンハルトはテオに溺愛されている。
「じゃが、決して離れには近づいてはならんぞ、あの部屋には危ない物があるからの」
テオは何かを隠している、果って世界一と言われた魔導学者が何かを……。
「はっ」
勇ましくも可愛い声を上げ、木製の剣を振り下ろすレオンハルト。
大陸最強の軍事国家と言われるエヴェルオベート帝国の公爵息子として生まれたからには、このような戦闘訓練も受けなくてはならない。
前世があのような終わり方をしたので、強くならなくてはならないと考え、頑張って戦闘術を学ぶ。
今度の人生は文武両道を目指す。
「もう少し握りをしっかりし、腰を入れること」
特訓をやってくれているのは、父親の部下であるゲオルグ・バイス隊長。
指導通り、木製の剣を振るって見せる。
「そうです、流石レオン様、呑み込みが早い」
中年だろうが子供だろうが、褒められれば嬉しいもの、例えお世辞でも。
「ゲオルグさんの教え方がいいからだよ」
必殺 褒め返し。
「レオン様に、そう言って貰えるだけで嬉しいです。私が教えることが出来るのは武術ぐらいですから」
照れくさそうな顔が一転、バツが悪そうな顔に。
「私、魔法が苦手でして。精々、応急手当程度の回復魔法が関の山。師匠ならば武術も魔法も凄腕なんですがね」
その時、廊下をペーターが歩いて来るのが見えた、息子にも部下にも一瞥もくれず。その傍らにはアッシュブロンドの子供、どことなくペーターに似ている顔立ち。
アッシュブロンドの子供はレオンハルトの2歳年下の弟、ヨアヒム。
楽しそうな2人、それは親子そのもの。
あんな表情をペーターは一度たりとも、レオンハルトには見せたたことは無い。
「レオン様、休憩になさいましょう。丁度、甘いお菓子があります」
気を利かせてくれるゲオルグ。
誰も彼も気を利かせて気が付かないようにしてくれているが、レオンハルトは知っている、父親のペーターに嫌われていることを。
また祖父と父親の関係が良好ではないことも。
8歳ながらも部屋を与えられているレオンハルト。
貴族の坊ちゃんなので天蓋付きのベット、置かれている家具や調度品はどれもこれも高級品。
前世の頃は何年も掃除もせず、室内は荒れ放題の凄惨な状況であったが、今はメイドが毎日掃除をしてくれているのでとても綺麗。
部屋に置かれた姿見に、今の自分の姿を映してみる。
セミロングの前髪を切りそろえたショタ丸出しの可愛い姿、秋葉原を歩きでもしたら、その手のお姉さま方に取り囲まれること間違いなし。
父親とも母親とも違うゴールデンブロンドの髪と碧眼。
と言っても母親が不倫したわけでもない、テオの部屋に飾られている祖母レオノーラの肖像画、その髪はゴールデンブロンドで目は碧眼。
レオンハルトは美女と評判だった祖母のレオノーラに似ているのだ。隔世遺伝、つまるところの先祖返り。
この容姿こそ、ペーターに嫌われている原因。
美人で器量よし一本筋の通ったと評判のレオノーラではあるが、平民の生まれ。
テオは一族の用意した貴族の娘、はっきり言ってしまえば政略結婚を嫌い、本当に心から愛し合ったレオノーラと結婚した。
そうして生まれたのがペーター。
子供なれど大人の見解も持ち合わせているレオンハルトには、解ってしまっていた。父親のペーターは自分に流れている平民の血に嫌悪感を持ち、憎んでいる。
その憎しみはレオノーラに似ているレオンハルトにも、向けられていることが。
貴族の建前とレオンハルトを溺愛しているテオもいるので、直接手を出すことは無いが……。
☆
16歳になったレオンハルト、ショタ丸出しの容姿はそのままなれど、鎧を着こめばそれなりに立派に見える。
レオンハルトの前には、ゲオルグを筆頭に兵士の一部隊が集結していた。
どいつもこいつも荒れくれ者を絵に描いたような男たちで、武器や鎧て武装済み。
「みんな集まってくれて、ありがとう。でもこれは父さんから指令ではなく、僕自身が頼みたい仕事なんだ」
16歳の子供の演説、中には倍年上の兵士もいる。厳つい顔の兵士たちの視線がレオンハルトへ集中。
どんな反応が起こるのか、レオンハルトの心臓がドキドキ高鳴る。
「そんなの最初から、承知ですよ」
「レオン様のために、俺たちは集まったんですぜ」
「そうだ」
「そうだ」
厳つい顔をニコニコさせ、陽気に声を上げて行く。
受け入れられ、ポッと胸を撫で下ろす。
ここにいる兵士は全員、平民出身、貴族は1人もいない、だからこそレオンハルトの呼びかけに集まったとも言える。
「先日、トヴァル村でオーク襲撃があり、多くの被害者が出た。オークの習性を考えれば襲撃は一回では終わらないだろう、むしろ始まりと言ってもいい。だからこそ、これから僕たちはトヴァル村へ行ってオークを退治する。異論間あるものはいるか」
異論のあるものは1人も出てこず。
最初、トヴァル村からの訴えを受け取ったのはペーター。トヴァル村はヴァルトシュタイン家の領土なれど辺境、豊かではなく、税金の支払いも滞っており、失ったところで損害はないにも等しい。むしろ、兵を派遣すれば予算がかかる。
これが毛皮が高く売れる黄金狼、角や内臓が薬として取引されるアルツナイシャーフならばペーターは兵士を出しただろう。
オークは売ったところで、誰も買わず金にはなりはしない、それ故、ペーターはトヴァル村を見捨てた。
しかし、辺境の村なれど、困っている人を見捨てておけないのがレオンハルト。生まれ変わっても尚、ヒーローを愛する正義の心は健在。
そんなレオンハルトの呼びかけに、集まってくれたのがここにいる兵士たち。
公爵の長男なので、それなりの報酬は払える。けれど集まった誰も彼もが報酬目当てではなく、レオンハルトの思いに呼応し、困っている人を守りたいという強い信念の元、集結した
異論が無いことを確認。
「では、これより、トヴァル村へ出発」
レオンハルトとゲオルグは馬車に乗り、他の兵士は馬に乗ってトヴァル村へ向かう。
出発するレオンハルト率いる部隊を、2階の窓から見下ろしている弟のヨアヒム。その眼差しは、決して兄を見送る物とは違う。
「辺境の貧乏人を助けるのに自分の資産まで使うなんて、無駄遣いもいいところですね。私の兄ながら、何という愚か者」
ケッと侮蔑を込め、吐き捨てる。
2日後、レオンハルト一行はトヴァル村に到着。
「よく来てくれましただ」
出迎えてくれた村長の出で立ちのは品祖、村を代表者ですらこうである。
村全域の寂れようは、オークの襲撃だけではない。
生まれてから、あまり帝都アルングを遠く離れたことの無かったレオンハルトに重く圧し掛かってくる現実、前世の日本ではテレビで見たことがある程度の景色、寄付を呼び掛けるCMも見たことかある。
実際に見るのと映像で見るのとでは、受ける印象に雲泥の差が出る。何せ映像は視覚聴覚で情報を得るが、実際に見れば五感全てから情報を得るのだから。
ゲオルグが代表して、村長から詳しい話を聞く。
掘っ立て小屋に毛の生えた程度の家々、窓からレオンハルトを見ている村人の視線はオークを退治に来てくれたことに対する感謝とは違う、むしろ対極に位置する感情の込められていた。
それがレオンハルトを見ている村人たちの感情、そんな思いを抱かせることをヴァルトシュタイン家がやってきたということ。
「レオン様、行きましょう」
村長の話を聞き終えたゲオルグが戻ってきた。村人の視線に気が付き、ここから早く離れようとしてくれている。
「解った、これより、オーク退治に向かう」
いろいろな思いはあるが、今はやるべきことをやる。号令を掛け、兵士たちと共にオーク退治へ。
トヴァル村の村長から聞いた、よくオークの襲撃してくるポイントで待ち伏せていると、予想通りの時間にオークの群れが現れた。
オークの体力と攻撃力は高く、振り下ろされる棍棒の一撃は侮れない。
その反面、知性は低く、集団と言えども攻撃はワンパターン。優秀な戦士なれば簡単に先読みできる。
レオンハルト率いる部隊は家柄だけでヘタレでも出世できる貴族のボンボンたちとは違い、実力でのし上がってきた猛者揃い、オークなど敵に非ず。
まずは弓矢と魔法で遠隔攻撃、突破してきた相手は槍などの長柄で叩きのめし、部隊の近くまで来る頃には大幅に数を減らし、体力も勢い落ちている。そこを剣などの近接武器で止めを刺す。
僅かに生き残ったオークは逃亡、追撃は行わず、深追いは禁物。知性は低いとはいえ、痛い目を見たことでこの辺りは危険たと感じ、もう襲撃してくることは無いだろう。
「しかしこんな簡単な仕事、どうして領主様は渋ったんだ?」
兵士の1人がぼやく、そうペーターはこんな簡単な仕事なのに、兵を出さなかった。領民よりも利益を優先したのだ。またトヴァル村は税金の支払いが滞りがちなので、見せしめの意味があったのかもしれない。
戦士たちの凱旋。
「ありがとうごぜいます」
村長は泣きながら感謝、両手でレオンハルトの手を握り締めた。
トヴァル村の村人たちは閉じこもっていた家から飛び出し、戦士たちへ感謝感激雨あられ。
だが村長以外、レオンハルトへ感謝の気持ちを示す村人は誰1人、いなかった。
「これで終わりじゃない」
帰りの馬車の中、強い思いをレオンハルトは口にした。
これで終わりじゃない。オークを退治しただけで、村人を苦しめていた要因の一つが無くなっただけに過ぎないのだ。
彼ら彼女らを苦しめ追い詰めているものは、まだまだ沢山ある。これはトヴァル村だけの問題じゃない、エヴェルオベート帝国内で豊かな生活をしているのは一握りの貴族だけ。
その貴族が民を苦しめている大きな原因。
レオンハルトは公爵の長男、バリバリの貴族であり、民を苦しめている1人、例え本人にその意図が無くとも。
「僕はこの国をみんなが心から笑って楽しく過ごせる国にしたいんだ、いや、して見せる、必ず」
日本にいた時から変わらない、正義の心がふつふつと湧き上がってくる。
今の自分には権力がある。これも使い方次第で立派な“力”になるはず、正義のヒーローとはかけ離れているけれど。
「レオン様、微力ながら、私もお手伝いいたします」
ゲオルグは子供の戯言と受け取らず、本気で協力を申し出た。
「ありがとう」
その気持ちが嬉しくて、感謝のお礼を述べた。
思った通りというかやはりというか、最初から解っていたことだけど、ペーターはオーク退治の成功を喜ぶどころか会いに出てくれもせず、弟のヨアヒムは、帰ってきた兄に冷たい侮蔑の笑みを送った。
「よくやったぞ、レオン」
杖を突くようになったテオは大喜び。
「流石は儂の孫じゃ」
レオンハルトを抱きしめ、頬をすりすり。
これだけのことでも、レオンハルトは嬉しかった。
孫を溺愛しているテオを見るゲオルグの表情は複雑。
『あの人が噂の魔導学者なのだろうか? 本当に“あんな事”を行ったというのか? あんな非道なことを』
オーク退治から一週間後。
今日はいい天気なので、散歩がてらレオンハルトは買い物に出かけた。お供について来てくれたゲオルグ、ボディーガードも兼ねて。
自分の荷物は自分が持つと言ったのに、ゲオルグが譲ってくれない。
公爵の息子なので会う人会う人、挨拶をしてくれているものの、どことなくよそよそしさをレオンハルトは感じ取っていた。
公爵の位に対する尊敬畏怖妬み、そんな感情と向き合い、レオンハルトは己の信じる道を進むことを決めている。
次に必要な物を買おうと、大通りへ。
子供が1人、道路を渡ろうとした。着ている服装からして、高い身分でないことは窺い知れる。
子供が躓き、こけてしまう。
丁度、そこへ悪趣味な意匠を施した貴族の馬車が迫る。
避ける余裕はなくとも、十分に馬を止める余裕はあるのにもかかわらず、一向に止まる気配なく、中にいる貴族も止まれとは命令しなかった。
エヴェルオベート帝国の法律では貴族が平民を殺しても罪には問われない、例え意図してやったにしても。
自然だった、自然に体が動きレオンハルトは道路へ飛び出し、子供を突き飛ばす。
「レオン様!」
荷物を抱えていたことでゲオルグは出遅れてしまった。
跳ね飛ばされたレオンハルトの体は宙を舞い、強く地面に叩きつけられた。
『折角、生まれ変わったのに、また死ぬのか、まだ何もやりたいことやっていないのに……』
薄れて行く意識の中、ぼんやりそんなことを考えていた。
前世に続き、大変なことになってしまったレオンくん。
次回の展開は昭和シリーズが好きな人なら、ピンと来ると思います。