第九章 僕、メイドになります
ついに依頼者を突き止めたレオンハルトたち。
「みなさん、わたくしがヨナス・ティッセンです」
くすんだ金髪にカイゼル髭を生やした中年の男性、ヨナス・ティッセンが挨拶、頭の上からつま先まで紳士風を滲み出している。
ティッセン邸の庭に集まった人たちの数は1000人以上。着ている服装からエヴェルオベート帝国において、あまり高い地位でないことが窺い知れた。中にはかなり粗末な服を着ている人の姿も。
「この中の何人は正式に使用人として採用されますので、テストを頑張ってくださいね」
集まった人たちに紛れ込んでいるレオンハルトとディアナ。レオンハルトが着ているのは女の子の服装。
誘拐を依頼したのがヨナス・ティッセンだと突き止めた。
ティッセン家はヴァルトシュタイン家ほどでないにしろ、上流貴族、調べるにしても慎重にしなくてはならない、そう思われた矢先、当の本人が多数の使用人の公募を行う、それも好待遇と破格の給料で。
これをイーヴォとレオンハルトは誘拐の失敗の穴埋めと推理。
目的こそ解らないが人を集める必要があったため、ヨナスは誘拐を依頼した。ご丁寧に蝙蝠男まで用意して。
誘拐は阻止されてしまっても人を集める必要がある。そこで代わりに使用人の公募を行ったのではないか。
もしそうならば、これは敵の懐に飛び込むチャンス。
いの一番にディアナが名乗り出たところ、女の子独りじゃ危険だとレオンハルトも名乗り出る。
“女の子独りじゃ危険”の発言が命取り、確かにそうだとイーヴォの悪だくみ(アイデア)で女装させられる羽目に……。
2人は仲良し姉妹設定、これならいつも一緒にいられ、ディアナは安全。
そう言われるとレオンハルト納得せざる得なかった……。
貴族の不審死を調べていたゴゴブレンジャー。
死んだのはお腹が真っ黒な奴ばかり、全員体のどこかに刺し傷があり、おそらくそれが死因。詳しいことは解らないが。
手口からにして、こちらも改造人が関わっている可能性大。
元々可愛い顔立ちのレオンハルト、女装すれば絶品、誰も男の子だと疑いもしない。
「テストは執事のオットマーたちが行いますので」
呼ばれて出て来たのは、何だかヌルっとした感じのする執事オットマーとメイドたち。
「後はよろしくね」
それだけを言い残し、ヨナスは屋敷へ。
クイクイと首を動かし、オットマーは着いてこいとの合図。
使用人の公募に集まった人たちは、ゾロゾロ着いて行く。
テストと言って行われたのは50m走や動体視力検査、どれだけ重い物が持てるかなどの体力テスト。
本気を出したら大変なことになるのでレオンハルトは力を抑え、ほんの少し平均値より高くなるように結果を出す。
イーヴォとの特訓のおかげで、卒なくこなすことが出来てた。
次に受けたのは筆記テスト。
簡単な問題や難しい問題が混在、全部で百を超す。
前世の頃、趣味に偏っているとはいえ沢山の番組や本を読んで知識を蓄えていたし、現世では貴族の長男に生まれたため、物心ついたころから、みっちり英才教育受けていので、筆記テストも難なくクリア。
最後はメイドとの面接。
「持病はありますか」
「いいえ」
「後遺症が残るようなケガをしたことは」
「いいえ」
「お酒やたばこはやりますか」
「両方ともやりません」
「何か薬物の依存は」
「そんなもの、するはずないでしょう」
淡々と質問を繰り返すメイド、ちゃんと答えるレオンハルト。
不思議なことに、当然聞かれるべき当屋敷の使用人に公募した理由はなどの質問は一切聞かれなかった。
テスト終了の後、ディアナと合流。情報を交換したところ、彼女も似たような質問をされたとのこと。
レオンハルトはテストの真意を推理。
「嫌な予感しかしないな」
険しい表情。
「どうゆうこと?」
レオンハルトの表情に、一抹の不安を覚えるディアナ。
「多分、あのテストは改造用の素体に適しているかどうかを調べていたんだよ」
やはり、この公募は誘拐の穴埋めの可能性が高い。
「なるほど」
ディアナの顔色が不安に染まる。あんな怪物に改造されるのは誰だってごめん、特に若い女の子ならなおさら。
「ここは危険だ、ディアナは――」
「そんなことは出来ない、私たちは姉妹設定なのよ、私だけが逃げたら、レオンちゃんが怪しまれるじゃない」
逃げた方がいいとは言わせなかった。2人はいつも一緒の仲良し姉妹設定。その設定が無くとも、自分だけが逃げるなんて出来ない。
「私もいっぱしの魔術師よ、自分の身ぐらいは守れる」
安易な判断ではない、真剣そのもの。
「解った、一緒に切り抜けよう」
ディアナの言うことは最も、レオンハルトも納得する。
2時間後、テストの結果が発表された。レオンハルト、ディアナ2人とも合格。
テストの真意を知らない分、合格できた人は喜び、落ちた人はがっくりしている。
知っているレオンハルトとディアナは複雑な気分。
何はともあれ潜入の第一歩に成功したことにはなるので、一応は喜んでいいのかな?
ここからが正念場、情報の収集、自身のみの安全ばかりではなく、合格した人たちを守らなくてはならない、決して犠牲者にしてはならないのだ。
遠き山に日は落ちて夜。
合格した人たちには其々4人部屋を与えられた。早速、明日から使用人として働くことになる。
女の子と言う立場で公募したレオンハルトの同居人は女の子ばかり。幸いなことは姉妹設定が効果示し、ディアナとは同室。
「ちょつと、トイレに行ってくる」
お断りを入れ、ディアナは部屋を出て行く。聞いていたのはレオンハルトだけで、他の2人同居人はテスト疲れで既に爆睡中。
寝る前に状況を整理していたら、一つの疑問が浮かぶ。
誘拐に失敗し、その穴埋めに使用人の公募を行った。
ならば何故、そこまでして改造人間の素体を集める必要があるのか?
(どうしても、集めなくてはならない理由がある……)
あるとすれば、それは何なのか?
こうして敵の懐に飛び込んだからには、それらを突き止めなくてはならない、そのためにここに来たのだから。
トイレの個室に入ったディアナ。音もなく、天井板が外れ、忍者の扮装をしたアカゴブレンジャーが顔を覗かせた。
衣装の色は赤ではなく黒。流石に赤い色は目立つので、忍者の衣装には向かない、赤いリストバンドが唯一、赤であることを示している。
衣装のデザインは、言うまでもなくレオンハルト。
『こちらは、うまく潜入できたわ』
実際に声に出すのではなく、イーヴォから教わった手振りで会話。ジェスチャーというより、手話近い。
『姐さん、気を付けてくださいよ、もし一連の事件の黒幕なら、とんでもなく狡猾な奴ですから』
こちらも手振り会話。
『そちらも、注意して行動してね』
『承知してます』
音もなく天井板が元の位置に戻る。
使用人として表からレオンハルトとディアナが潜入し、その一方、裏でゴゴブレンジャーは隠密として活動。
今回は裏と表、二段構えの作戦、それだけ力を入れているということ。
「……」
翌朝、支給された制服を見て、レオンハルトは言葉を失う。
制服はメイド服。使用人に採用される目的で、ここに来たのは計画通りであったが、まさかメイドだったとは……。
レオンハルトとディアナのメイドとしての初仕事は町への買い物。
メイド服を着て町の中を練り歩く、恥プレイもいいところ。
「似合ってて、可愛いよ」
ディアナには悪意はなく、本当に可愛いと思って言った。
でもレオンハルトにしてみれば、似合っていること自体恥ずかしいこと。
これも任務だと自分に言い聞かせ、レオンハルトは買い物を進める。
「そこのお嬢さんたち、どっかで会ったことなかった」
ナンパかと思ってレオンハルトとディアナが見てみたら、そこにいたのは露店商。そして確かに見覚えがある、フェングニゲで出会った行商人のグンター。
アッと出かかった言葉をディアナは飲み込む。設定上、グンタ―とは初対面、ましてやレオンハルトは女装中なのだ。
「初対面です」
ごまかすディアナ。
「そうかい」
グンタ―も納得、あの時はかなり酔っていたので、しっかり覚えていないご様子。
バレなくてホッと胸を撫で下ろすレオンハルト。
「その服装からすると、あんたたち、貴族仕えか。立派な目のを使っているところを見ると、雇い主はヨナス・ティッセンか」
ビンゴ、流石は行商人。ヨナス・ティッセンと言った際、嫌悪感隠そうともせず、丸出し。
そう言えば、フェングニゲで出会った時も貴族に対して嫌悪感を丸出しにしていた。
「お嬢さんたち、とっとと止めた方がいい。ヨナス・ティッセンの所は危険すぎる」
口調は貴族嫌いの意見というより、警告とレオンハルトは感じ取れた。
「どうゆうこと?」
だから詳しく聞くことにした。
「行商人として町から町へ旅していると、いろんな情報が入ってくるものなのさ」
商業スマイルが真剣な顔へと変って行き、レオンハルトとディアナだけに聞こえる様声を潜め、
「雇われた使用人が、雇われる前とは別人の様になっちまうんだと」
話してくれた。貴族嫌いでも、そこで働いている人までは嫌ってはいない、むしろ心配してくれている。
「……ありがとう、警告のことは考えておくよ」
少し考え、お礼を言ってレオンハルトはディアナを連れ、グンタ―の元を離れる。
「ねぇ、あの話、もしかして」
ディアナの耳打ち。
「多分そうだと思う、改造人間にされたから、別人の様になってしまったんだ」
その通りなら、ぐずぐずしてられない。今回の合格者たちが大変なことになってしまう、かと言って焦りは禁物。
確実にヨナス・ティッセンの化けの皮を剥がさなくては。
今回は戦闘はありませんてした。




