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すっけべ三人組  作者: 一九山 水京
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第四章

第四章「男たちの夢÷女の力=最終決戦交響曲(シンフォニー)


 チュンチュンと、鳥が囀り声が耳を打つ。

 木々の間から漏れる木漏れ日を顔に受けて、斑谷頭は目を覚ました。

「ん……んん…………ここ、は……?」

 目をこすろうとしたが体がないことを思い出し、それに引っ張られるように昨晩の記憶が思い起こされる。

「昨日は……委員長の尋問を受けて……先輩が来て……それから、うっぷ!」

 記憶から瞬時に吐き気を促す何かが顔を覗かせたので、斑谷は急いで記憶の引き出しを閉めた。厳重に鍵をかけ、二度と思い出さないようにする。

「あっぶねぇ……も、もご」

 斑谷は口の中に何か異物があるので、ぺっと吐き出す。羽婆が彼を投げ飛ばす前に口にねじ込んだものだ。それはビニールに包まれているが、涎のせいで中身が見えづらい。

「さて、どうやって本体と合流するか……ん?」

 帰還方法を模索していると、割と近いところからガサガサと音が聞こえた。

「お! もしや助けが来たか!」

 昨日の羽婆の救援のようなものを期待しているのか、助けが来たと疑わない斑谷に、試練が這ってきた。


 草むらをかき分けてきたのは、蛇だった。人ですらなかった。


「…………」

「…………」

 お互い見つめあう、いや睨み合う。

 斑谷は知らぬ事情だが、この蛇、ここ三日間餌にありつけていなかった。


              ・ ・ ・


「恵吾ー! 羽婆先輩ー! どこだーい!」

「いたら、返事、してー」

 明け方になり、早速羽婆の部屋に向かいノックをして入室したのだが、そこには縄で縛った斑谷本体があるだけだった。どこを探しても先輩はいない。

 もしやなにかあったのではないかと思い、寮を出て、女子寮のまわりを捜索しているのだ。

「明け方までには戻るって言ってたはずだけど……」

「もしかして、先輩、捕ま、た?」

「先輩ほどの変態がそう簡単に捕まるとは思えないけど……難攻不落の女子寮だ。その可能性も考えたほうがいいかな……」

「……ん?」

「なにかあったか?」

「あっち、なんか、ガサガサ聞こえ、る」

「ほんとだ。行ってみよう」

 二人は音のなるほうに急ぐ、斑谷頭か、羽婆先輩か。せめてどっちかではあってくれと思う二人の願いが届いたのか、そこには前者のほうがいた。だが望んでいたものとはかけ離れた光景が広がっていた。


 斑谷頭に蛇が巻き付いている。しかし負けじと蛇の首元に必死に噛みついている親友の姿がそこにあった。


「ふが! ふぎぎぎぎぎ!」

「…………」

「…………」

 心配に心配をした親友と再会した二人だが、あまりにシュールな光景にその場で固まってしまった。二人の姿を確認した斑谷頭も蛇に噛みついたまま固まる。

「えっと……何してるんだい、恵吾?」

「……………………朝飯中」

「ワイルド、ブレック、ファースト?」


              ・ ・ ・


「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉマイボディィィィィィィィィ! 会いたかったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 華穂本と草壁は自称朝食中の斑谷頭を回収し、一時羽婆の部屋に戻ってきた。そこで一晩ぶりの再開を果たした斑谷頭と斑谷本体は自分で自分を抱きしめながら喜び悶えている。

「よかった、よかった」

「感動してるところ悪いけど、昨日の夜、何があったか教えてくれないか?」

「あぁ、実はな……」

 カクカクシカジカ、ベンリダナー

「そうか……それは壮絶だったね……」

「よく、生き残、た」

「あぁ、俺自身もそう思ったよ」

 少し静寂をかみしめてから

「さて、ここで分からないことが二つ。一つは先輩の安否・行方」

「そんでもう一つが先輩の残したこれだな」

と言いつつ三人が囲んでいるちゃぶ台に小さなビニール袋を置いた。

「これ、なに?」

「中身を見る前に先輩はあの夜からどうなったかを考えようか。話によれば恵吾が最後に見た時には先輩は脱出していなかったんだね?」

「あぁ、先輩は出入り口に立ちふさがるナニカから俺を逃がすために一人で戦ったんだと思うぜ」

 ここで斑谷が言ったナニカを皆はご存じであろうが、彼らは記憶を掘り起こさないように正体不明にしている。不憫。

「時間が真夜中だから他の増援が来た可能性は極めて低い。となると結果はナニカに勝って脱出できたか、負けて捕まったか」

「帰って、来てない、負け、ちゃった……」

「くそ! 先輩……俺のせいで……」

「事態はそれだけにとどまらない。言い方が悪いが、僕たちはともかく顔が割れてしまった恵吾は今日中にでも学校に報告されて余裕で退学処分にされてしまうだろう」

「それまでに、言い訳も、作らない、と」

「……先輩は最後に言ってたんだ。自分を救うことが、俺たち自身を救うことにもつながるって」

「それは、どういう意味だい?」

「わからねぇ。だがこの事態を打開する鍵であることは間違いねぇ」

「……今のところ、先輩を救うこと以外道はなさそうだね」

「助け、いく! 先輩、きっと、女子寮!」

「おそらくそうだろうが、昨日のことで警備もいつも以上に強固だろうぜ。せめて先輩が女子寮のどこに監禁されてるか分かりゃな……」

「それは俺が答えてやろう」

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

「あ、あなたは!」

 華穂本だけが驚かずその正体を見た。部屋のドア、音もなく開かれていたそこにもたれかかるように鎮座していたのは

「人体神秘研究部の安部勃狼先輩!」

「げ! あのガチホモの先輩じゃねぇか!」

「ふ、数日ぶりだね。相変わらず掘り甲斐のある身体してるな。ヤラナイカ」

「先輩……///」

「なんでお前は会って数秒で盛ってんだ! やれ二千翔!」

「正気に、戻れ!」

「へぶ! はぶぅ!」

 赤面して蕩けきった顔をした華穂本に往復ビンタを食らわせる草壁。叩いていて不満そうな顔をしているのは彼がMだからであろうか。

「で、先輩は何用で? 羽婆先輩、なら……現在外出中ですよ」

「おいおいナニ用もナニも、ここは俺の部屋なんだぜ?」

「離してくれ二千翔! 僕は今すぐそこのベッドにダイブして深呼吸するんだ! クンカクンカスーハースーハー!」

「もはや、性犯罪。やめて」

「てぇことは、羽婆先輩のルームメイトってのはあなただったんすか?」

「その通りだ。正解した君にはキッスをくれてやろう」

「や、俺女子以外とチューする気はないんで」

 横では華穂本が「初めてーのーチュー!」とか言いながら先輩に向かって唇を突き出して迫っていったが、「カーペットと、しとけ」と言った草壁によって顔面を押さえつけられて止められた。

「さっき聞こえてなかったみたいだからもう一回言うが、羽婆の居場所は俺が知っている」

「な、なんだって!?」

「ふ、教えてやろうか?」

「あれですね! 教えてほしければてめぇらのケツを掘らせろっていうんでしょう!? エロ同人みたいに! エロ同人みたおぼごぉ!!」

「ちょっと、黙って、いようか?」

 興奮しきってズボンを脱ごうとした華穂本の口にティッシュ箱をねじ込んだ。

「安心しろ。普通に教えてやる。あいつは女子寮の地下の一室に監禁され、ティーチャー津田に尋問されているらしい」

「あぁなんてことだ! そんな、そんなこと……うっ、吐き気が」

 ニャン子の尋問を想像してしまった三バカは同じように顔を青ざめ口を手で押さえる。よく我慢できました。

「えっと……それはどこ情報っすか?」

「疑う気持ちもわかる。だがこれは確かな情報だ。電話で女子に聞いたからな」

「な! 女子に直接!? 先輩女子の連絡先なんて知ってるんすか!?」

「んん~予想外の突っ込み気持ちいい……。さっきも言ったが確かな情報だ。聞いた相手は女々院だからな」

「恵吾。これ以上、ない、確固たる、情報」

「頼むから盛るのだけはやめてくれよ? 二対一じゃ止められん」

「俺とあいつは腐れ縁でな。貸しを作っちまったが、わざわざ調べたらしいから間違いはないだろう」

 華穂本は口のティッシュ箱を吐き出して問うた。

「先輩……どうしてそこまで……?」

「ふ……羽婆とは入学時から一緒にいろいろヤラカシタ仲だからな。それに……」

 安部がズボンのチャックを開ける。そこから美しい薔薇がこんにちは。


「まだあいつのケツを掘ってない……こんなことで退学されたら困るのさ」


「先輩……」

「「…………」」

 華穂本がナニに感動したのか分からないが号泣している。

 残り二人は露出したセリフと薔薇のせいでドン引きしている。これが正しい反応です。

「さて、俺ができるのはここまでだ。すまないが俺にも勃ち場があるからな」

 安部がドアに向かう。去り際に振り返って

「無事に帰ってきたら部室に来い。今回のことどころか今までの人生すら忘れそうなくらいとことん気持ちよくしてやるからな」

 人の尊厳に対する死の宣告をして勃ち去って行った。


              ・ ・ ・


「えっさ、ほいさ! オラオラオラァ! ぜぇ、ぜぇ、いひー!」

 その声は地面の中から聞こえていた。

 場所は女子寮裏手の林に隣接した柵付近。ちょうど昨晩羽婆が斑谷頭を逃がすために柵に穴をあけたあたりである。

「うおおおぉ、ぐ、お、おらぁ! ぷはぁ! やっと抜けたぜ!」

 斑谷が柵の手前で穴を掘り、今ようやっと女子寮の敷地までのトンネルが開通したのである。

 息を荒げながら携帯で連絡する。

「くおぉ、腰が……も、もしもし! 開通しましたよ! 作戦なのはわかるが、せめて穴掘るところくらい一緒でもよかったんじゃないっすかねぇ!?」

『大きな声をだすんじゃないよ。それはさっき話しただろう? 僕も二千翔も準備があるんだ。グループ通話にするよ……二千翔、聞こえるかい? そっちはどう?』

『うい、予定の配置、ついた』

『よし、僕のほうも何とか完了した。では、現在午前9時。これより、羽婆先輩救出と僕らの無実を証明、いや、偽証する作戦を開始する!』

『『イエス・サー!!』』


              ・ ・ ・


 時間は少しさかのぼり、1時間前の朝8時。安部先輩に情報をもらった三人は、謎であった斑谷の口にねじ込まれたビニール袋を開いてみる。そこには

「鍵か?」

「そのようだね。一緒に入っていた紙にはなんて書いてある?」

「えと、僕の引き出しの、鍵、って」

「おう、なら開けてみようぜ」

 斑谷が羽婆の机の引き出しの鍵穴に鍵を差し込んで回す。錠が解かれ、中を開くと女性の生足がプリントされた雑誌が見えた。

「うっひょ~! さすが羽婆先輩ですわー! こんな堂々とエロ本を……」

《驚愕! ハイエンドなブス百連発! ~なぜ男はブスに惹かれるのか?~》

 三バカの顔から感情が消え、すっと引き出しを閉めた。

「…………」

「…………」

「…………需要って、どこにでもあるんだね……」

 しかし囚われの彼もわざわざ自分の性癖を曝けだしたかったわけではないだろう。三バカは意を決して引き出しを開け、エロ本(とも認識できないが)をかき分けて中を漁るとそれらしいファイルが出てきた。

「マル秘ファイル?」

「またベタな作りだなぁ」

「でも、きっと、それ」

 中を見て見ると、細かな文字で埋め尽くされた資料が出てき、これは解読不能だと諦めた斑谷と草壁は資料から離れ、下ネタオンリーしりとりで遊び始めた。

「まったく君らは……ふむふむ……ほぉ……おほっ……な、これは!」

「お前一瞬ムラっときただろ! で? 何が書いてあったんだ?」

「あぁ、ざっくりとしか読んでないけど、この資料はとある人間の悪事を暴く活動の詳細が書かれているみたいだ」

「とある人間の?」

「悪、事?」

「そう。先輩が独自に調査した、いわゆる報告書みたいだ」

「どんなことが書かれてんだ? その悪事を働く人間ってのは?」

「量自体も膨大だし、ところどころ暗号みたいな部分もある。内容を読んでいたら確実に日が暮れるよ。対象の人物もk2とコードネームでしか書いてない」

「k2……穢れ無き,股間?」

「いや輝ける股間じゃね?」

「大喜利はだいぶ後にしてくれ。てか人の名前だっての」

 軽く咳払いし、話を区切る。

「いいかい。まず重要になるのがこの資料の意味だ。羽婆先輩が調べていたものを僕たちに預けた理由」

「理由ねぇ……内容から考えるに、自分の代わりにやってほしいからなのか?」

「まぁそう考えるよね。でもなぜ今なのか? そりゃ早く悪事を働く犯人を捕まえたいからって、ここまで自分でやっておいて急に僕たちに渡すのは不自然だよね」

「あ……もしかして、それを、おいたちが、解決すれば、無実に、なる?」

「そう。僕もそう考えたんだよ。今自分たちは女子寮不法侵入プラス覗きの罪が課せられている。しかし仮に僕たちの目的が覗きではなかったとすれば?」

「なぁるほどね。俺たちは学園に潜む悪事を暴くために女子寮に潜入したんですよってことにしてしまえば、覗きの罪を上書きできるってわけか!」

「羽婆先輩は言っていた自分たちを救うことになるってのは、この悪事を利用しろってことだったんだね」

「先輩、男前、すぎ」

「光明が見えてきたところ悪いけど、これはすごい茨の道だよ」

「あぁ。この悪事とやらを解決できなけりゃ、俺たちはさらに罪を重ねることになるんだもんな」

「ハイリスク、ハイリターン」

「だけどもう僕等にはその道しか残されていない」

「ちげぇな。その道に行くのは初めから決まってんだよ。羽婆先輩を救出するってことが含まれている時点でな」

「じゃあ、作戦、会議!」

 そうして三バカはできうる限りの知恵を、ありうる限りの可能性を絞り出して作戦を練り上げる。いつも何をするときも一緒にだった彼らだが、ここまで真剣に計画を立てることは初めてのことであった。


              ・ ・ ・


『よし、俺はいつでも侵入できる。早いとこ事を起こしてくれ』

「了解。じゃあ行くよ」

 華穂本は携帯を切り、バス停のベンチから立ち上がり歩き出す。

「おかえりなさいませ」

「え、えぇただいまですわ」

 女子寮に着き、堂々と正面の門をくぐり、玄関前を掃除していた管理員さんに挨拶を返して中に入っていった。

 なぜ彼は止められて通報されなかったのか?

 理由は簡単、女装しているからだ。

 彼、華穂本敦司はその性格と一緒にいる仲間たちのせいで目につきにくいが、普通にイケメンである。

 ジャニーズにいてもおかしくないし、芸能人だったならば確実にチュー○リアル徳井のようなイケメン芸人ポジションに祭り上げられるであろうルックスなのである。ただやはりホモである。

 その美形な顔立ちもあってか、恐ろしいほど女装が似合っている。さきほどその姿を写真で斑谷と草壁に送ったら

「知らなかったら告ってた」

「美人メガネ委員長、爆誕」

 と喜ばしくない返事が返ってきた。いっそ笑ってほしかった。と本人の談。

 ちなみに女子生徒の制服は羽婆のクローゼットに入っていたので拝借した。なぜ持っているかは聞かないほうがいいだろう。真人間でいたいならば。

「とりあえず似合ってることで怪しまれずに侵入できたんだ。今回は、今回は良しとしよう……。とにかく僕の役目はトラブルを引き起こすことだ」

 本作戦においての華穂本の役目は、羽婆を尋問しているであろうニャン子をいずこかに引きずり出し、のちに侵入する斑谷を動きやすくすることだ。

 寮内でトラブルを引き起こし、そこに生徒や教師を集中させ、その間に斑谷が羽婆を見つけ出し救い出す。そういう算段だ。

 だがここで気を付けなければいけないことがある。それは

「トラブルを引き起こすが、それは僕が引き起こしたと知られてはいけないということだ……」

 トラブルを引き起こしたら女子でも当然しょっぴかれて怒られるし、素性を聞かれ、数分と経たぬうちに男とばれて、羽婆とともに生徒指導という名の拷問を受け、これからの学園生活を女装が趣味の変態野郎と呼ばれながら過ごすはめになる。それだけは絶対に避けねばならない。

「小さいトラブルじゃ大して人は集まらない。大胆に、しかし悟られず穏便にトラブルを起こさねば……」

 男なのに女。トラブルを起こし騒ぎにはするが騒がれるな。なんとも矛盾の多いこのミッションを完璧にクリアせんと、華穂本は小声でブツブツと一人計画を考えながら女子寮の廊下を歩く。

「やはり考えられるのは……蛇口の破壊か」

 華穂本が考えたのは水のトラブルだ。暮らし安心クラ○アンではない。

 食堂の蛇口を破壊し、そうすると水が噴き出す。それと同時に悲鳴を上げれば周囲の人が気づき騒ぎになる。手間もかからず、水で床がびしょ濡れになるためトラブルとしては最適であろう。自分は着替えるなり先生に報告に行くなり言ってその場から立ち去ればよい。

 あとは斑谷に突入の合図を出し、侵入のサポートをしつつ、羽婆を救出してさっさと女子寮を抜け出しミッション完了。という筋書きだ。

 現在9時5分。女子寮の朝ごはんのピークは過ぎ、食堂には起きるのが少し遅かった女生徒が朝食を食べている。それも数人だ。

 彼は食堂の入り口付近にある手洗い場の前に来た。それは手でひねって水を出すタイプで、水垢の汚れ具合を見るにだいぶ年季が入っているのが分かった。

「これなら僕でも壊せるな……よし、誰も見ていない」

 華穂本は懐から用意していたハンマーを取り出し、気づかれないうちに蛇口に叩きつけた。

ゴキン! ガン! ブシャアァァァ!

 蛇口が外れ、スプリンクラーのごとく水が噴き出した。

「キ、キャア!」

 男の裏声であったが甲高い悲鳴を上げて、ハンマーを懐に仕舞い、仰々しく尻餅をついた。完ぺきな演技だ。

「どうしたの!?」

「なんかすごい音がしたよ!」

「あの、その、とつぜん蛇口が外れて……」

 おろおろと説明すると複数の女生徒が大丈夫? とか、濡れてない? とか甲斐甲斐しく心配してくれる。

「(しかしここまで接近しても僕が男だと気づかないのか……いや気づかなくていいんだが)」

 もしや自分は女装の才能でもあるのではなかろうか? そんな発見が頭をよぎり、さらに女装した自分が男を引っ掛けて手籠めにするシーンを想像してしまい、いやいやと頭を振った。それで男といろんな意味で親しくなれるなら有りか。と思ってしまった自分を恥じたからである。

「あ、あの、私先生呼んできます……」

 そういって立ち上がり、群がる人をかき分けて出口に向かおうとした時である。

「え? うわ!」

「え? あ」

 人ごみを抜け出したと思ったら、ちょうど朝食を受け取ったところなのか、両手で朝食の乗ったトレーを運んでいる女生徒とぶつかってしまった。

 この日の朝食のメニューが空中で見えた。主菜の焼き鮭に副菜のほうれんそうのおひたし、一袋ののりとほかほかのご飯。


 そして具にワカメと豆腐が入った熱々の味噌汁である。


「あっっっつぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「えぇ!?」

「今度は一体なに!?」

 華穂本が頭から味噌汁をかぶり、床に転げまわる。思わず地声で叫んでしまったが、あまりの急な事故だったので気づかれるまではいかなかった。

「ん、ちょっとどいて」

 華穂本が地面にのたうちまわっていると、一人の女生徒が濡れることも気にせず壊れた蛇口の前に立った。

 すると取れた蛇口を嵌め直して、ひも状のもので巻きつけてガッチリ固定してしまった。

「これでひとまずは。雲野、このことを寮長に伝えてきて。あと数名のメンバーに床を掃除させて」

「わかりました委員長」

「はい、ほかの子は解散して。ご飯を食べる人は早く食べてください」

 その女生徒による迅速な対応を合図に野次馬の女生徒は各々の生活に戻っていった。

 残されたのは床に転がる華穂本と

「大丈夫? やけどしてない?」

「え、えぇ、なんと、か……かぁ!?」

 華穂本が声を裏声に戻して返事をしたが、またしても地声に戻りそうになった。

 それは手を差し伸べた相手が風紀委員長の藍田喪玖だったからだ。


              ・ ・ ・


 ブーン、ブーン、ブーン

「お、やっと俺の出番か。もしもし」

 見つかっては侵入も何もないので、自分の掘った穴に入り、今か今かと作戦決行の時を待っていた斑谷の携帯に着信が来た。相手は見るまでもなく、

『僕だ。周囲に人は?』

「安心しな。女子はいねぇし、今朝食い損ねた蛇にも出くわしてねぇよ」

『あの時本気で食べるつもりだったのか……いや、そうじゃない、今はそうじゃないんだ』

「なんだよ? 突入の合図じゃねぇのか?」

 本来の作戦ならば、華穂本は斑谷に電話して、どこで何のトラブルが起こっているかと、一番安全そうな個所を指示し、窓のカギを開けてやるなどのサポートをするはずなのだが、幾分言葉の歯切れが悪い。

『あぁ、実は……その、言いにくいんだが……』

「勿体ぶるなよ。今はそんな状況じゃねぇだろ?」

『わかった。くれぐれも落ち着いて聞いてくれよ』

「おいおい、俺がお前の言葉ぐらいで動揺したりなんか」


『女子と風呂に入ることになった』

「おぅそこ動くなよ。今すぐぶっ殺しにいくからよぉぉぉぉぉぉ!!」


『やっぱりそうなったな! 落ち着け! 大声を出すな! そして穴から出てくるんじゃない!!』

 華穂本は電話越しに聞こえる荒い鼻息と怒気に満ちた声と土をかき分ける音を聞き、いち早く指示を出した。が、こちらの声が届いているとは限らない。

「貴様は裁判をするまでもなく裏山死刑だぁ!」

『大丈夫だ心配ない。僕は男の裸しか興味がない。ゆえに女の裸なぞ赤ちゃんの真っ裸を見るようなものだ』

「違うじゃん! そういう問題じゃないじゃん! 羨ましいじゃん! 死刑じゃん!」

『じゃんじゃんうるさいよ! 写真撮ってくるから! 女子の!』

「最低五枚すぐにメールに添付して送れよ。で、なんでそうなったん?」

『初めからその返事がほしかったよ……原因は長くなるから後で。それと申し訳ないけど、まだトラブルは起せてない。厳密にいうとトラブルにならなかった』

 そう、さきほど華穂本が実行した水のトラブルは喪玖率いる風紀委員の迅速な対応のせいでトラブルというほどの事態にならなかった。ちなみに蛇口は喪玖の糸でがっちりと固定され、普通に水が出るようになっている。業者殺しこの上ない。

 そして頭から味噌汁を被った華穂本を洗濯するため、ついでに制服が濡れた喪玖自身も入るため、女子風呂に連れてこられ、現在脱衣所のトイレで電話するに至るという。

「貴様! 風呂だけでも撲殺級なのに、あまつさえ脱衣所! さらにそこのトイレにいるだと!? もはや溺死級だぞ!!」

『君のそのランク付けは物騒だとしかわからないけど、とにかく話を聞いてくれ』

「しょうがねぇ。慈悲を与えよう」

『慈悲深くないなぁ……作戦ではトラブルを起こしてその隙に侵入だったが、風紀委員が無駄に優秀すぎて付け入る隙がない。だからもう騒ぎを起こして入るのは諦めて、普通に君を潜入させる』

「いけんのか? 普通には無理だから騒ぎに乗じてって話だったろうが」

『大丈夫、策はあるよ。というか見つかった。とにかく君は見つからないようにボイラー室の前まで来てくれ。物資搬入の扉があるはずだ』

「おう、そっからどうすんだ?」

『ここからさきは合流してから言うよ。これ以上トイレに籠っていたら怪しまれる』

「わかった。気をつけろよ」

 これを最後に電話を切る。

「さぁて、女子の生着替えの写真はまだかな~。いや、もしや風呂で撮った一糸纏わぬ姿とか!? ぐふ、ぐふふふふ……」

 写真が届く前に写真より鮮明な妄想をしていると、携帯の着信音が鳴った。先と違いメールが来た音である。

「お! 仕事が早いじゃないですか敦司さ~ん。内容によってはビンタ千発くらいで許してやっても」


 件名:なし

 本文:が の を から より


「女子じゃなくて助詞じゃねぇぇぇぇぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 頭とれるまでビンタしてやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


              ・ ・ ・


 斑谷の依頼をさっさとこなし、携帯をスカートに仕舞いトイレを出る。出た先に大きめのバスタオルで体をまいた喪玖がいた。

 昨夜斑谷が審査した通り、胸は大きいとは言い難いサイズではあるものの、穏やか丘陵を彷彿させる形の良い、いわゆる美乳がバスタオル越しでもわかる。またバスタオルの輪から出ている引き締まった生足が美しい。

 まぁ肉体美として美しいと判断できる華穂本だが、それが興奮に変わることはない。悲しい。

「さきに入ってる。私は干しとくだけだけど、あなたは制服を脱いだら洗濯機で洗うといい」

「はい。ありがとう、ございます」

 そういうと喪玖はペタペタと脱衣所をでて風呂場に向かっていった。

「ふぅ、さてと……」

 喪玖が完全に風呂に入ったのを確認すると、テキパキと着ている制服を脱いで服を入れる籠に入れる。上着が多少濡れて味噌汁の匂いがするが、洗濯なんてしていたら女装しての潜入ができなくなるので、喪玖の好意は完全にスルー。

 後はパンティーを脱げば生まれたままの姿に

「(ガラリ)ねぇ」

「ひゃいぃぃ!?」

 なぜか喪玖が風呂場から顔をのぞかせたので慌ててパンティーを穿き直した。あやうく喪玖にイーチモーツを見られるところであった。いかに女子に興味がないとはいえ男の聖剣を見られるのは恥ずかしいし、そもそも見られれば作戦は水の泡だ。風呂場で水の泡とは笑えない。

「あなたはそこの洗濯機、使える?」

「え、えぇ、使えますよ……?」

「ホント? 私には難しすぎて使えない。すごい」

 それだけ言うと扉を閉めてまた風呂場へと戻っていった。

 華穂本はあまりに不思議な質問だったので、洗濯機を見てみた。

 それは結構新しいドラム式洗濯機だったが、何か特殊な機能があるわけでもなく、普通の洗濯機だった。これなら小学生でもできるだろう。

「機械音痴なのか……? ま、まぁいいか。早く入ろう」

 考えても仕方がないので、風呂場に注意しながらパンティーを脱ぎ、備え付けのバスタオルを体に巻いて、風呂場へと足を踏み入れた。


              ・ ・ ・


「ここがボイラー室だな。さて、早く来てくれよ~」

 斑谷はボイラー室の物資搬入用の扉の前に到着していた。

 現在扉に張り付いている状態なのだが、場所を移動したので先ほどのように隠れる穴がない。建物の裏手なので早々人が通ることはないのだが、万が一でも人が通れば一発で見つかってしまう。

 辺りをソワソワしながら警戒していると、

 ゴン、ゴン

 物資搬入用の扉を内側から叩く音が聞こえてきた。

「お、来たな。早く開けてくれ」

「だ、男子の脳みその位置は?」

「下半身」

「ん……今あけるよ」

 変態特有の合言葉を打ち合わせもなくクリアして、やがて鍵が開く音が聞こえた。

「うーし、じゃあさっきのメールの弁解を聞こうじゃ」

「えっく、ひっく、ぐす……」

「なんで泣いてんの敦司!? そんなに裸体が良かったのかこの野郎!」

「ぐず……これには山より青く、海より高い理由があるんだ……とにかく急ごう」

「お、おぅ……」

 死の制裁を加えようとした斑谷だったが、その相手が悲嘆に暮れているとは思いもしなかったので、握ったこぶしを引っ込めて、華穂本の後に続く。

 さて、なぜ彼が涙を流すほど悲壮感を漂わせているのか。皆様にだけ回想でお教えしましょう。


              ・ ・ ・


 時は十分ほど前に戻り風呂場。そこの大きな岩で組まれた露天風呂に、二人の女子(ほんとは男女)が入浴している。

「(昨日ここに入るのに四苦八苦していたのに、昨日の今日でこうも簡単には入れてしまってるのは、なんかすさまじくいろんな意味で複雑だな……)」

 湯煙のように思考をモヤモヤさせていると、声がかかる。

「汚れはとれた?」

「は、はい、おかげさまで……」

 返事はしているが、彼の頭の中ではいかにして喪玖を行動不能にするかを思案していた。

「(ボイラー室で恵吾と合流してもここを通らないといけないから彼女を何とかしないと……桶で頭をたたいて気絶させるか。だめだ間違いなく返り討ちにされる。石鹸で足を……滑らせるような人じゃないな。風呂でのぼせるまで待つか、いや時間がかかりすぎる。そもそもそんなになるまで引き止められる自信がない……)」

 あーでもないこーでもないと頭を巡らせていると

「つつー」

「ひぃ!」

 考え事をしていて喪玖の接近に気付かず、喪玖が華穂本の二の腕を指でなぞる。

「な、なに、を?」

「すごい。とても肌がきれい。それに無駄なお肉がついてない」

「そ、そうですか……?」

 喪玖が言ったとおり、華穂本の肌はむきたてのゆで卵を連想させるほどつやがあり、女子と比較しても羨ましがるほど細い。

 だがこれは美の秘訣があるわけでもなく、肌がきれいで白いのはインドア人間で日に浴びることが少ないのでそうであるだけ。腕が細いのも単純に筋肉がなさすぎるだけ。ただただ不健康なだけである。

「その上身長も高いし」

「(男ですからね)」

「私もあなたくらい身長が欲しい。そしたら委員長としても威厳あるし、子ども扱いもされないのに」

「…………」

 普段委員や生徒の前では気丈に振る舞っているが内心では不安であふれかえりそうになっている。それが藍田喪玖というどこにでもいる普通の少女であったのだ。

 お風呂という開放的な空間がそんな気分にさせたのか、思わぬところで思わぬ心の吐露を聞いた華穂本は、心のケアをするわけでなく、あくまで会話の流れが悪くならないようにセリフを繕って、しかし顔を合わせないように

「そんなことありませんよ。藍田先輩は十分立派に威厳のある風紀委員長ですよ」

「でも、私、昨日変態を取り逃がしちゃって……犯人も一人しかわからなくて」

「そ、それはちょっと運が悪かっただけです。あなたならすぐに犯人を突き止められますよ」

「ホント?」

「えぇ。なんたって私を助けてくれた王子様ですから」

「はぅ!」

 思わぬセリフに喪玖は顔を赤くして華穂本から少し離れ、顔を下半分まで沈めてブクブクと泡を出して恥ずかしさをごまかした。

 一方の華穂本は

「(ふぅ、なんとか凌いだか……? マンガとか小説のセリフを掛け合わせただけだったが、何とかなるもんだな)」

 第三者から見ればなんだこいつ女子のとフラグを立てやがって! と思うだろうが、もう一度彼をよく見てほしい。女装している上救えないくらいホモ野郎だ。

「(しかしこれ以上はまずいな。もうそろそろ恵吾が扉の前に着くだろう。保険をかけたとはいえ他の利用者が来ないとも限らない……くっ)」

 華穂本は唇を噛みしめるほど葛藤する。

「(くそ……この方法以外彼女を行動不能にする方法が思いつかない! やるしか……ないか!)」

 華穂本は意を決してまだブクブクさせている喪玖に近づいて

「藍田先輩」

 申し訳ない気持ちの表れなのか、裏声ではなく地声で

「ん、ん?」

 気恥ずかしながらもいつも通り少しぶっきらぼうな返事で

「ごめんなさい」

 唇を重ねた。

「っ!? !?!?!?」

 ズキュゥゥゥゥン! という効果音が聞こえそうなくらい熱烈なキスを受け、いったい何が起きているのかまったく理解できない、いや理解はできているが頭の中で整理できない状態に陥った。

 しかし彼女は風紀委員長。風紀の乱れはダメ絶対なので、とにかく一旦離れようと華穂本の腰を押すが、離れない。それもそのはず、華穂本が右手を後頭部に、左手を腰に回してがっつりとホールドしているからだ。

 しかもそこからさらに抱きしめ体を密着させる。

あげく舌まで捻じ込んだ濃厚なディープキスまでし始めた。

「ん! んちゅ、ん、ふぅぅ、ずちゅ、ふぁぁ!!」

 必死に抵抗しようとするが、時間がたつにしたがってどんどん体に力が入らなくなり、頭に血がめぐっていき、意識が希薄になっていく。

 やがてお風呂の熱と、それに伴ってあがる血圧、そして人生で一度も体験したことのない愛情表現に羞恥が体を満たしていき、意識がディープキスという名の洪水に流されていく。

「ん、ちゅぅ、ら、らめっ、ちゅぷ、~~~~~~~~~~っっっ……きゅう」

 一分にも満たない時間だが、あまりの濃厚な攻めについに気絶してしまった。

 相手から力が抜けたので、華穂本は唇を離して軽く頬をたたき、意識がないことを確認した。

「はぁ、ふぅ……なんとか、はぁ、成功したか。河童能力奥義・激流操」

 説明しよう。えぇしましょう。

 河童能力奥義・激流操とは、華穂本の能力の延長で液体の流れを操作できる。しかしこの力はすさまじい集中力が必要で精神的疲労が半端じゃない。

 そして能力を使うには対象と極限まで密着する必要がある、今回の場合は肌はもちろん、人の内面、つまり口内の粘膜接触レベルの行為が必要になるのである。なるほど羨ましい。

 そしてこの能力により、喪玖の血流は加速したり低速したりと不安定な状態を作られ、温泉の熱も相まって、頭に血が上りのぼせあがって気絶に至ったのである。この能力は親友である二人にさえ教えたことがない。まさに秘密の奥義なのだ。

 まぁそこにディープキスをされた精神的な体温上昇も加わっての結果なのだが、そこだけは彼も気づいていない。

 いや、気づく余裕すらないと言ったほうがよいか

「ぐふぅ、ぐふうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 喪玖を風呂場の脇にあるベンチに寝かせ、彼は滝のように涙を流していた。

「う、うぅぅ……僕のファーストキスを、しかもファーストディープキスを……女性に捧げることになるなんて……おーぃおぃおぃおぃ……」

 何言ってんだこいつ? とお思いであろうが再度確認してほしい。彼は[あ]から始まって[べ]で終わる二文字の名字のフィクションの人物と同等くらいのホモ野郎である。


              ・ ・ ・


「必ず……必ずこの作戦を成功させよう!」

「お、おう。勿論そのつもりだが……なにがあった?」

「そうでもしなければ僕が浮かばれない……」

「いやほんと何があったの!?」

 この悲嘆の気持ちを斑谷にぶつけて少しでも楽になりたい華穂本だが、そこまで迂闊なことはしない。女子とディープキスして気絶させたなんて言った日には女子風呂の露天風呂が血の池に変わるであろうから。

 華穂本が風呂場を見回り、誰もいないことを確認すると、斑谷を呼んで風呂場を駆け抜け、脱衣所にたどり着いた。

「てかお前誰か女子と入ってたんだろ? その子はどうしたんだ?」

「あぁ、色々あってのぼせて気絶してるから風呂場のベンチに寝かせて待てっ!! 風呂場に戻るんじゃない!」

「離せぇ! 気絶してるなら見放題だろうが! お前だけいい思いさせるかぁ!」

「僕はこの風呂場にきていい思いなんて一つもしてないわ! むしろマイナスに振り切れてるんだよ!」

 女子の脱衣所でギャーギャー騒ぐ二人の男。果てしなく違和感しかない。

「と、とにかく、ほかの女子が来る前にあれに着替えてくれ!」

「あれ?」

 華穂本が指差すほうを見ると、そこには喪玖の制服が掛けられていた。もう濡れたところはほぼ乾いている。

「あーなるほど。俺も女装するわけね」

「そうだ。君の身長はその女子と同じくらいだし、着られるだろう」

 これで斑谷も自由に(違法だが)女子寮を歩けるし、喪玖の制服を着たので絶賛気絶中の彼女が起きても服がないのですぐには動けないはず。メリットだらけの作戦なのだ。ただどれをとっても退学ものの行為だが。

 そうして野郎二人が女子の脱衣所で女装するという、おそらく世界でも初なのではないかという悪行をこなす。

「なぁ、パンツも女子の履かないとダメ?」

「当たり前じゃないか。スカートからトランクスが見えたら不審感丸出しだろう」

「しゃーねーか。……おいおい敦司さん、腰に付いてる刀はずいぶん小振りですねぇwww」

「やかましい。僕の波動砲は起動してからが本番なんだよ。君のだって、親指と見間違うほどじゃないか」

「お、俺のだって抜刀したら半端ねーっつーの! もうフランスパンレベルだっての!!」

「それはヤバ過ぎるだろう……もはや凶器だよ」

 お互いのナニを罵倒と自慢している内にお着替えが完了した。華穂本は自身の不要な技術を嘆きながら、女装に慣れていない斑谷の服をチェックする。

「よし、こんなところだろう」

「あらー、顔さえ見なきゃ俺も女に見えるもんだなぁ。まぁ敦子ちゃんには勝てませんがねぇニヤニヤ」

「敦子ちゃんなんて言うな恵子ちゃん」

「うお、普通にいそうな名前じゃねぇか恵子ちゃん!」

 お着替えを済ませた敦子ちゃんと恵子ちゃんは脱衣所の扉から出た。予定は大いに狂ったが、潜入は成功したのである。

「あとはこれを……と」

「はっはーん。なんで他の女子が入ってこなかったかやっと分かったぜ。札を準備中にしておくなんて、小狡い悪よのぉ」

「計算高いと言ってくれ。あとここからは本当に恵子ちゃんと女口調で通してくれよ」

「えぇわかりましたですわ、敦子ちゃん様」

「君は僕が指示した時以外しゃべらないでくれ」

 エセ女生徒二人はなるべく内股で歩き廊下を進む。

「さぁ、いよいよ本番だ」

「あぁ、先輩は地下で拷問されている。助けに行こう」

 もはや尋問とは言わない。あの妖怪の負を凝縮したような悪魔が行う尋問なぞ、ただの人には拷問にしかならないであろうからだ。

 そして地下で行われているのも頷ける。極限のブスと究極のブス専のタッグだ。そんな二人が女子寮の普通の部屋で犯ろうものなら声が漏れまくってあっという間に警察沙汰だ。教育的指導だといっても通じないだろう。指導中にあんあん言う教育があってたまるか。

「着いたよ。この地下のどこかの部屋にいるはずだ」

「まったく、二度と来たくねぇと思ってたのに、まさか連日で来ることになるなんてな」

 華穂本は鍵穴に河童の爪を差し込み鍵を開けた。もはやこの行為が日常になっているのが恐ろしい。

 いざゆかんと地下への階段を下りる二人。その表情は決意に満ちている。

 しかしそれゆえか彼らは気づくことができなかった。彼らを背後で見つめる視線に。


              ・ ・ ・


 時はさかのぼり作戦実行時間。

 二人とは完全に別行動をしている草壁二千翔はあやかし学園の本校舎の中にいる。土曜日なので学内に人はほとんどおらず、その反面グラウンドでは所狭しと各運動部員の生徒が青春の汗を流している。

「着い、た」

 草壁がいるのは校舎の一階にある、生徒がよく知ってはいるがほとんど立ち入ることのない場所。

 そう、職員室である。

 草壁のミッションは簡単だ。

 羽婆の残したメモの中にあった自分たちの不法侵入を覆すものを手に入れる。それの在り処が、この職員室の一角にあるとメモに記されていた。

 さすがに探し物がどんなものか分らなければ見つけてもわからないのでそれだけでも華穂本に聞くと

「USBメモリーらしいからそれを盗ってきてくれ」

 と言われたのでそれを目印に探す。

 再三確認はしたが、最後の確認としてメモを開く。

 そこには簡略に書かれた職員室の見取り図が書かれ、職員室の中からしか行けない隣り合った部屋、資料室の場所に赤色でバツが記されている。十中八九この場所に例のブツはあるのだろう。

 その簡略図に添えるように

〈汝が求めし宝、魔王の下僕により簒奪されし勇者達の宝を秘めた箱に在り。聖剣を納めし鞘に抱かれて眠る〉

 という謎めいた厨二チックな文章も記されていた。

 華穂本も一応解こうとしたのだが、やはり文章だけでは解けなかったので

「おいが、解かなきゃ……!」

 現場の判断に任されたのである。

 決意を改めて、いざミッションスタートと相成った。

 まずは職員室の侵入だが、それはさして難しくない。

 羽婆の部屋で華穂本が言っていたが、今日は土曜日で教職員は部活の顧問をしているか、各寮の自室で作業をしているので、毎週の土日は職員室には人が全くいない。

 そのため見つけてくださいと言わんばかりの巨体で潜入には不向きすぎる彼だが、この任務を任されたのだ。

 草壁はゆっくりと職員室のドアを開き、誰もいないことを確認して、抜き足差し足で入っていく。

「これなら、なんとか」

「はぁ~、まだまだ終わらないな~」

「っ!!」

 急いでうつ伏せになり能力で床と同化した。対応が早かったので全く気付かれていない。

 なぜ誰もいないはずの職員室に急に人が現れたのか。それはその人物が草壁の目標である資料室から出てきたからだ。

 一体誰だと思いその人物を視界に入れる。

「(あれ、は)」

 こつこつとヒールを鳴らして歩いているのは、三バカのクラスの担任、早乙女小雪その人である。

 学校が休みで寮での仕事が許されているにも関わらず、キチッとスーツを着こなし職員室にいるあたり、生徒の間でまじめで優秀な先生だと評価が広まるのも頷ける。草壁も(ロリ)の悩みがあったら小雪先生に相談しようと決めている。

 しかし今回に限ってはその勤務態度に恨みをぶつけたくなる。

「(うむぅ……困った)」

 確かこれは実に困った状況なのである。

 本来ならだれもいない職員室に悠々と潜入し、ゆっくりと資料室で例のブツを探すはずであった。(ドアは誰もいないので力技で)

 がしかし、小雪が仕事をしているというのでは話が全く変わってくる。これでは潜入することすら難しい。そもそもドアに鍵がかかっていない時点で気づくべきであった。

 床と同化しているので気づかれていないが、危機はまだ終わっていなかった。

「あれ? ドアが開いてる。私が閉め忘れてたのかなぁ?」

「(っ!!)」

 草壁がとっさに隠れたので、ドアは半分以上開いたままだ。

 自分の席に戻ろうとした足を、出入り口に向ける。

 このまま小雪がドアを閉めようとすればどうなるか

 グリィ!!

「(っ~~~!!)」

 当然扉の前の床と同化している草壁は踏まれる。

「わっ、とと……ん? 今何か柔らかいものを踏んだ気がしたんだけど……あれ?」

 小雪は自分が踏んだ床を見て小首を傾げる。

 可愛らしく右手人差し指を頬に押し付けて考える、が。

「うん、気のせいか」

 割とあっさりと考えるのをやめ、ドアを閉めて席に戻ろうとする。この時にまたしても草壁を踏みつけるのだが、今度は気づきもしなかった。

 さて、鋭いヒールでえぐるように背中を踏まれた本人はというと、まぁお察しの通り。

「くふ、くふぅぅぅ……」

 涎を垂らしてニヤケ面である。偶然であるが、女教師にヒールで踏んでもらうことは彼の夢見たシチュエーションの一つであった。盛れずにはいられない。

 それでもこんな時でさえ盛れるとは、ドM根性逞しい。少しくらい頼りなくてもいいのだが。

 小雪の天然に救われた草壁は、小雪が席に着いたのを椅子がきしむ音で確認すると、同化を解いて、だがうつ伏せのまま匍匐前進で進む。これでいつでも床と同化ができるからだ。

 入口の扉の前からズリズリと這いよる大きなナメクジ。

 現在資料室の扉まで通路を通って残り十メートル。

 しかしそこでまたも彼女に阻まれることになる。

「(っ! ……?)」

 小雪がまた立ち上がったので、停止して床と同化。首は動かさず目だけを動かして追う。

 小雪は自分の前まできて方向を変え、草壁が進もうとした通路を歩く。

 草壁は分らなかった。自分のほうに来ないということはお手洗いなどで職員室を出るわけではない、一体どこに向かおうというのか。

 その答えは小雪が彼の進む方の突き当りの壁で立ち止まったことで発覚する。

「ふんふふん、ふふ~ん」

 楽しげに鼻歌を歌いながら、なにやら手を動かしている。小雪が遮り見えないが、軽い機械音とコポコポとお湯が沸騰する音を聞いて、理解した。

「(コーヒー、淹れてる、か)」

 教職員ならだれでも使えるコーヒーメーカーでコーヒーをカップに注いでいる。

 誰でも飲んでいいというので、豆の質は大したことはないが、小雪は自家製ブレンドでも作っているかのように楽しげだ。

「よし出来た。あとは、フー、フー」

 小雪が息を吹きかけコーヒーを冷ます。

一見してみれば普通に愛らしい光景だが、それで済まないのが早乙女小雪という人物だ。

 カキンッ!

「あぁ! やっちゃったぁ!」

 数度息を吹きかけていると、つい数秒前まで出来立てアツアツだったコーヒーが一瞬で氷になってしまった。

 小雪の種族は雪女。その吐息はあらゆるものを凍らせる。リアルいてつく波動。

 雪女は体質的に体を冷えていないと体調を崩す。常温でもあまり好ましくなく、ましてや熱いものを摂取しようものならその熱で内臓が溶けるそうな。

 ゆえにアツアツのコーヒーなぞ自殺ものなので、いつも自身の息で冷まして飲んでいるのだが、息づかいを誤ると、このように意味をとり間違えたアイスコーヒーが出来上がるのである。

 余談ではあるが、彼女は体温調節のため職員室でも授業中でもアイスキャンディーを舐めることがあるのだが、その姿があまりにも性的なナニかを連想させる舐め方をするので、男子の間では非常にありがたいゴチソウと化している。噂ではその姿を写真や動画にしようと躍起になっている集団もいるとか。

「う~、もう一回淹れ直そう……」

 凍ったコーヒーを脇に置いて、涙目で新しいコーヒーを淹れ始めた。

「(今の、うち……)」

 草壁には状況が分かっていないが、まだコーヒーを淹れているのはわかるので、少しでも距離を稼ぐために同化を解いてズリズリと這い進む。

 小雪が席に戻ろうとしても邪魔にならないよう通路の端に寄り前に進むが、目は常に小雪をとらえている。

 苦心の末、なんとか音を立てずに小雪の真後ろまで進めた。この角を右に曲がれば資料室は目の前だ。あとは小雪にぶつからないように角を曲がることが出来れば

「あ! ダメ!」

「?」

 バシャァ!!

「っ!! ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」

 草壁が唇がちぎれるくらい噛みしめる。またしても彼女の天然というかドジが炸裂した。

 新しいコーヒーを淹れ終え、そのカップに角砂糖を入れようとしたときに、肘でカップを押してしまい、床に中身をぶちまけてしまったのだ。

 その上運の悪いことに横を通ろうとした草壁の背中に出来立てアツアツのコーヒーが降りかかったのだ。

 小雪が声を上げた時にはすでに床との同化は済んでいた。やけどレベルの液体を背中に浴びて、常人ならば大声を上げ悶え苦しむところを、声もあげずあまつさえ同化の解除すらしなかったのは、彼が訓練されたドMであるからだろう。憧れてはいけないよ?

「(あ、熱っ! いぎぃ! 肌、ただれりゅうぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! イッグぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!)」

 うん。鼻血を垂らしながら頬を赤らめて喘いでいる変態に憧れる奴なんているはずもない。もし君がそうならすぐ自首したまえ。

「あわわ、えっとえっと、ふ、ふー!」

 コーヒーをこぼしてあたふたする小雪が、何を思ったのかこぼしたコーヒーを凍らせた。

「っき! ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」

 今の今まで高温に苛まれたと思ったら、今度は極限の冷気が背中を襲う。

 高温から一気に低温に。冷たいグラスに熱湯を注ぐと温度の変化に耐えられずグラスが割れる。それと同じことが彼の背中に起きたのだ。いかのドMといえど一瞬声が漏れてしまった。それでも彼は笑顔だが。

「あ、危なかったぁ~。これで床にコーヒーのシミでまた教頭先生に怒られずに済むよぉ~」

 そう言いながら凍ったコーヒーを手でパキポキと剥がしていく、そのたびに肌からべりっといくので当然痛い。イメージとしては芸人が罰ゲームでやるガムテープを体に張り付けそれを一気に剥がすアレのような。

 ただリアクションは芸人のそれとは程遠く、笑顔でビクンビクンしている。

「さてと、凍ったコーヒーはシンクに流したし、また新しいコーヒーを淹れようっと」

 二度もへまをやらかしたにも関わらずめげずにコーヒーメーカーを起動する。

 草壁もここでめげるような男ではない。

 今度は自然に冷めるのを待つつもりなのか冷ますことはせずに、慎重に角砂糖を入れて、自分の席に戻っていった。

 こうなればあとはこっちのものだ。多少の音は気にせずに一直線に突き進む。

 資料室まであと3メートル。

 視覚的にどんどん大きくなっていく資料室のドアを目指しながら、今きっと苦労しているであろう仲間を思い返す。

「(二人、きっと、がんばってる。おいも、がんばる!)」

 仲間との確かな絆を胸に宿し、草壁はついにドアの前にたどり着いた。

 あとはゆっくりと気づかれないようにドアノブをひねって中に入るだけ。

 ドアノブが、回る。

 ガチャリ。ギイィィ……

 そうして扉は開かれた。

 だがこれは彼が望んだことではなかった。

「あら砂蔵さん。探し物は見つかった?」

「いや、まだかかりそうじゃから、それを伝えよう、と……」

 あ! やせいの ロリが 飛び出してきた!


              ・ ・ ・


 薄暗い空間に、石をたたく音だけが聞こえている。

 斑谷と華穂本の二人は女子寮の地下室の廊下を歩いている。

 昨晩羽婆が防犯レーザーを掻い潜った場所だが、夜の警備中ではないので二人を阻むものは何もない。

「見つかりそうか?」

「そう難しくはないよ。きっともう少し進めば……」

 河童の血流感知を働かせる。地下室に人がいるはずもないので、反応があれば間違いな例の二人だろう。

「……っと、見つけたよ。あそこの部屋だ」

 華穂本が右側の部屋の扉を指さした。斑谷は首を縦に振るだけで返事をし、速足で、しかし無音でその扉に向かった。

「さぁて、今助けますよ先輩!」

「待て恵吾。なにかおかしい」

 斑谷を静止して、不意に扉に触れる。と

「扉が、温かい?」

 地下室の扉は鉄でできている。熱を通しやすいとはいえ時期は春で、今日は少し涼しめ。そもそも夏の猛暑であっても地下室の扉が温まるなんてことはあり得ない。

「ホントだあったけぇ。暖房でも効かせてんのか?」

「この分厚い鉄の扉が暖房くらいで温まるとは思えないけど、とにかく中を見てみ、え?」

 中の様子を見るために扉の真ん中より少し上にある格子窓から覗こうとするが

「格子が、歪んでやがる!?」

「いや、これは熱波で光が屈折してるだけだ。ストーブとかのと同じだよ」

 納得はできるが理解できない。それが起こるほどとは、いったい中で何が起きているのか。

「熱いが、覗かなきゃわからねぇよな」

「だね、目が乾かない程度に覗こう」

 意を決して格子窓と顔を重ねる。熱波に目をやられながら、部屋の中を見ると、そこには予想していた人物と意外な人物がいた。それは

「先輩、はいいとして」

「ありゃ、金ちゃんか!?」

 二人が見たのは、天井に鎖で両手を縛られている全裸の羽婆と、その正面に立っている九重金の姿だ。金は扉側から見れば背中向きだが、キツネ耳に金髪、尾骶骨から生えている金色のしっぽをみればすぐに分かった。

「おいおい、ここで拷問してるのはあの化け猫だったんじゃないのか?」

「あの化け猫と普通の女性をみまちがえるはずもないから、阿部先輩の言ってたことは正しいはずだ。ふむ……ということは……」

 華穂本が顎に手を当てて考える。

「ちょいちょい。置いてかないでくれよ、考えを共有させてくれ」

「そうだね、えっと、僕らが想像していたこと、昨日の夜の登場人物は」

「俺、先輩、そし化け猫だ」

「そう。だから先輩を捕まえた化け猫が生徒指導と称して拷問するという筋書きが僕らが得た情報。一応付け加えるなら、君の口にねじ込んだ物の正体を吐かせるための拷問やもしれない」

「だがここで関係のない金ちゃんが拷問をしている」

「それがイレギュラーだ。関係ないと思っていた彼女がここで絡んでくる理由は……」

二人が熟考する。そのおかげで、答えのひらめきは早かった。

「「謎のUSB!!」」

「それだぜ! それしかねぇ!」

「あぁ、ということは、僕らの罪を覆すものは九重先生に関連するもの。しかも拷問を変わってもらっているのを見るに、誰彼明かしてはマズイ代物であるということだ」

「よし、このことを二千翔に伝えて、あぁだめだ、地下だから電波が通らねぇ」

「いや、この情報を伝える必要はない。まだ不確定な情報だし、なにより伝えても目的は変わらないから」

 華穂本が乾いた目を瞬きで潤しながら

「それよりも僕らのやるべきことをやろう」

「そうだな、先輩が干物になる前に助けねぇと。てか肝心の化け猫はどこにいるんだ? いやそんなに知りたいわけじゃねぇけど」

「拷問を変わっているってことは普通にこの寮の自室で仕事をしてるんじゃないかな? それともどこかに出かけているとか。少なくともこの寮に潜入してからは見ていないよ」

「ま、考えるだけで吐き気がするババァはいいか。それより金ちゃんだぜ。すさまじいなあの力」

 九重金の種族は狐。能力は発熱。全身の温度を異常なまでにあげることができる。能力を使うときは華穂本の頭の皿と同じように狐の耳と尻尾が現れる。尾骶骨当たりから生えているそのフワフワの尻尾は最高級の布団ですら足元に及ばないほどの質感を醸し出している。

「あぁ、九重先生はめったに能力を使わないから、あの姿は初めて見るよ」

「ぐへへ、狐耳とはまた萌えあがりますなぁ。モフモフしてー!」

「ガン見するのはいいけど、血走った目がすごい勢いで乾いているのに気付くべきだよ?」

 我に返った斑谷が目を抑えて転げまわるのを無視して、言葉をかける。

「ほらさっさと起きて。別に部屋に隠れるよ」

「な、なんでほかの部屋に? 先輩を助けねぇと」

「今すぐ部屋に突撃して、九重先生を撃退して先輩を助けるのは得策じゃないよ。拷問をしてるんだよ? 不測の事態に備えて何も用意してないわけないと思うし。というか普通に勝てる気がしない。焼かれて干物にされそう」

 華穂本は先輩の捕まっている部屋の向かいの部屋の鍵穴に鋭い指を差し込みピッキングを始める。

「いつまで拷問するかはわからないけど、九重先生だってご飯やお手洗いで部屋を出るはず」

「なーるほど。そのために向かいの部屋に隠れて隙をうかがおうってんだな? ま、穏便に進むならそれに越したほうがいいしな」

「そういうこと。さて、もうちょっとで……誰だ!?」

「おぉう!? 急にどうした!?」

「そこの曲がり角に隠れているのは僕の能力で分かっている。おとなしく出てこい」

「く、見つかってしまったわね……まぁいいわ」

「誰だ!?」

 華穂本のピッキングの手を止め来た廊下の角を指さし、斑谷が声のするほうに顔を向ける。そこには

「昨日の今日なのに、また性懲りもなく侵入してきたのね、このクズ!」

 堂々とした態度で、今にも殴りかかってきそうな視線を二人にぶつけている、月見里花蓮だった。


              ・ ・ ・


 草壁はゆなによって教師に突き出され、しばらく拘束されたのち生徒指導室の主にその巣穴へ連れ込まれ、文字に起こすのもはばかられるほどの教育的指導という名の拷問をこれでもかと受け

「もう大丈夫じゃぞ?」

 ……ることはなく、開かれた扉越しに手招きされて、小雪に見つかることなく資料室に入ることができた。ただ予想外の人物であるゆなにはがっつり見つかってしまったが。

「あの、その、えと、お、おいは、その……」

「よいよい、みなまで言わんでも大体のことは察しておるわい」

「……え?」

「あれじゃろ? 教師に没収された物を取り返しに来たんじゃろ?」

「へ? あ、あぁ、うん、そ、そう」

 あやかし学園も普通の学校と変わらず、学校にお菓子や勉強に関係ないもの持ってきているのを教師に見つかると当然没収される。没収されたものは教師の裁量で扱われ、放課後にすぐに返してくれる教師もいれば、卒業式の日まで返してくれないという教師もいる。

 草壁はロリに嘘をつくことに並々ならぬ罪悪感を抱きながらも、そういうことにしておいた。

「やはりおぬしもその口か。いかに校則違反とはいえ大事なものが返ってこないのは辛い。儂もその辺の気持ちはわからんでもない」

 それに、と言葉を続けるゆな。

「よく知らん奴なら突き出すが、他でもないおぬしじゃ、今回は見なかったことにしようと思う」

「お、おい、だからって?」

「ふふん。儂の魅力をわかってくれる唯一の男子じゃ。やはり意識するし、贔屓したくもなるというものじゃ。……どうした? 急に鼻を押さえて? くしゃみか?」

「いや、なんでも……ない」

 草壁は顔を真っ赤にして鼻血が流れ出るのを必死で止めている。

 それもそうだろう。自分の好みど真ん中のロリに意識しているなんて言われたら鼻血の一リットルや二リットルくらい余裕で吹き出るというもの。

 まぁ彼女はこれっぽっちもそんな感情はない。まさに無邪気で純粋な子供のような心なのである。

「じゃあ儂は引き続き座会の資料を探すゆえ、そっちの探し物が見つかったら言ってくれ。出るときに一芝居うってやろう」

「うい、了解」

 一時は拷問を覚悟していたが、何とも嬉しい事なきを得た草壁は、早速例のブツの捜索に取り掛かった。

「だけど、どこを、探せば……」

 資料室とはいうが、そこまで大した広さではなく、せいぜい十畳くらいの広さしかないが、問題なのが量だ。

 部屋の壁を埋め尽くすように配置された鉄製の棚に、学園の歴史の長さが感じ取れるほどの資料や品が所狭しと詰め込まれている。

 例のブツはUSBメモリーであるらしいので、紙の資料は無視してもいいのやもしれないが、その資料に挟んで隠してあるなどの可能性を考えると、手を出さないわけにはいかなくなる。

 かといって手あたり次第、虱潰しに、闇雲に取り掛かろうものなら余裕で日が暮れるだろう。

 時間制限があるといえばある。今日は土曜日で教師が職員室にいないから、このように潜入できる。次の日の日曜日も休みなので教師がいないのではないか、その日ならば華穂本のピッキングで侵入し、三人で探せばいいのではないかと考えられるが、そう簡単にはいかない。

 日曜日には定例の職員会議がある。会議があるので、教師陣の大半は寮に帰らずそのまま職員室で仕事をするのだ。とても侵入できるものじゃない。

 なにより今も苦しんでいる羽婆を一刻も早く拷問から救い出さねばならないのだ。日をまたいでいる暇などない。

 そうなるとやはりあれをもとに探すしか、と草壁がポケットに手を入れたところで

「どうじゃ? 見つかりそうか?」

「ぅえ!? あ、その、そっちは、見つかった、の?」

「あぁ見つかったぞ。それよりおぬしじゃ。さっきからあたりを見回すばかりで一向に探そうとしてないではないか」

「どこにあるか、分らなくて……そ、そうだ」

 草壁は改めてポケットから例の暗号の紙を取り出した。

「この文章が、ヒント、らしいんだけど」

「んん? 地図に意味深な文章……おぬし……」

「え? あ……」

 草壁は自分だけでは暗号が解けないので、手伝ってもらおうと紙を出したが、今の彼は教師に没収されたものを取り返しに来たことになっている。そこにこんな怪しさしかない文章を見せれば、いろいろ疑われて探られて、最悪の場合このまま小雪に突き出されるだろう。

 彼が己の迂闊な行動に気付いた時にはもうゆなは紙を見つめてプルプルと震えていた。

「えっと、その、それは、その」

「なんじゃおぬし! 宝探しをしていたなら初めからそう言えばよかろうに!」

「は……え? 宝、探し?」

「そうじゃ! いや早合点した儂も悪かったといえばそうじゃがなんと水臭い! 一言言ってくれればいくらでも力を貸そうものを!」

「あ、え、う」

「はぁーいいのぉ宝探し! 口にするだけで夢とロマンで胸が高鳴るのぉ!」

 ゆなは地図と暗号を胸に抱いてくるくると踊るようにまわり始めた。

「冒険、探検、秘密基地。それに続いて胸躍るワードこそ宝探し! ふわぁ、テンションが上がってきたのじゃー!」

「ちょ、そんな声、出すと」

「どうしたの砂蔵さん? 大きな声を出して?」

 ドグシャ!!

「なな、なんでもないのじゃ! その、えっと、虫、そう虫が出てきおったんじゃ! それで驚いて声を上げてしまってのぉ!」

「あ、そうだったんだ。物が多いから、気を付けてね? あとなんで壁に片足をつけてるの?」

「つ、潰したんじゃ! 例の虫をの!」

「わぁすごーい! 先生怖くてそんなのできないわ」

 職員室から顔だけ出した小雪はそれだけ言うと、職員室に引っ込んでいった。

 さて、緊急のため壁に押し付ける形でゆなに足で押さえつけられている彼の様子をうかがってみましょう。

「おげひ、おひひひひひぃ……」

 ご覧くださいこの性犯罪者のような気色の悪い顔と喘ぎ声。幼女に足蹴にされ壁に押さえつけられた挙句、潰された虫という彼にとっては最高のシチュエーションと称号を手に入れたのです。110番は勘弁してあげてください。

 小雪が職員室に戻ったのを確認して、足を離す。

「……その、すまんの。ちょいと、憧れであったのでな。その、おぬしを蹴ったのは……ほんとにすまんかった」

「いえいえこちらこそありがとうございましたぐふふ」

「おぬしやけに流暢に話すな? そしてなにゆえ感謝?」

「あ、いや、なんでも、ない」

「そ、そうか。こほん……では改めて、宝探しを始めるかの。ふんふん」

 それでもワクワクが止まらないのか目を輝かせ多少鼻息を荒げているが、先ほどのことを反省してか落ち着いて取り組もうとしている。

「まずは地図じゃが、これはこの場所で間違いないのでそこまで必要なかろう」

「問題は、次の、暗号文」

「読んでみるのじゃ」

〈汝が求めし宝、魔王の下僕により簒奪されし勇者達の宝を秘めた箱に在り。聖剣を納めし鞘に抱かれて眠る〉

「ふむふむ、なるほど」

「なにか、分かった?」

「うむ、順を追って謎を解いていけば、何とかなるやもしれん。まずは個々の単語の意味を明らかにしようかの」

 ゆなが三つの単語を指さす。

「意味が分からんのは魔王、下僕、勇者じゃな。宝の在り処がこの学校にある以上、学校に関係する人物であろうが……分かるか?」

「学校の人と、いえば……生徒、教師、化け猫、先輩、校長、あと……」

「なにやらおかしな単語が混じっておったが、答えはそれではないか?」

「化け猫?」

「いやそれじゃなくてじゃな、魔王は一番偉いものじゃから校長で、その下僕にあたるのは教師じゃろう。言い方がちと悪いがな。あとトップという意味では部長と部員という線もあり得なくもないが、職員室の横の資料室に宝があるのじゃから、可能性としては校長と教師のほうが高いじゃろな」

「じゃあ、勇者は、生徒?」

「それと仮定して、問題は教師が生徒から宝を簒奪したということになるが、はてそんなことがあるかのぉ……」

 二人は顎に手をやり考える、先にひらめきが降りてきたのは草壁だった。

「あ、もしかして、持ち物検査?」

「おぉそれじゃ! それは確かに教師が生徒から宝らしき物を簒奪しているな! まぁ正しくは没収じゃが」

「そうなると、宝のある、箱は」

「没収された物をまとめて入れている箱じゃな! それならば先ほどそこいらで見たぞ!」

 とんとん拍子で謎が解けてご機嫌なロリっ子は駆け足で目的の棚に向かった。

「く、ぬ、ぬぐぐぐ……」

 しかし棚の上にある箱はゆなでは届かない場所にあった。爪先立ちで背伸びをして目いっぱい手を伸ばしているが、全く届きそうな気配がない。

「届かぬか……ど、どこぞに踏み台でもあれば――」

「おいが、踏み台に、なる」

「よ、よいのか? すまぬな。ちゃんと上履きは脱ぐからの」

 草壁が棚の前で四つん這いになる。その上をゆっくりと体重をかけながら乗る。

 そもそもとして棚の没収品箱は背の小さいゆなが届かないだけであって、草壁は背伸びすれば余裕で届く。ゆなは気づいていないが、当然草壁は分かっていた。

 がしかし、幼女が踏み台をご所望とあればドMが黙っていない。ロリが苦境とあらば粉骨砕身の覚悟でその身を投げ出すのが草壁二千翔という男。ロリよ、この身を捧げます……

「ぐへへぇげへへぇ」

「よし、とれたのじゃ!」

 下から聞こえる下卑た声も耳を貸さず、目的の箱を手に入れた。

 草壁から降りて箱を床に置き、二人で中身を覗き込む。

「ふぅむ、結構あるのぉ」

「でも、二人で探せば、そんなにかからない」

「じゃろうな。では、最後のヒントを頭に入れて探すとするかの!」

 そうして二人は一つずつ物品を見分し始める。

 箱の中身は実に様々なものがある。漫画、ゲーム、カードにおもちゃ。口紅やクリームなどの化粧品みたいな、女生徒の没収品と思われるものもあるが、そのほとんどを占めているのが

「男子の宝、だな」

 そう、宝である。いや、人の価値観によってはゴミなのかもしれないが、男子にとってはまさに何物にも代えがたいトレジャーがそこにあった。

 具体的には頭にエロと付く漫画や写真集や映像資料、赤と白の縞々の道具、中に丸く薄いゴムが密閉された包装、スイッチを押すと頭が振動する玩具、いかがわしさ満点の店の割引券など、実に様々なものが、この世のすべてをここに置いてきたとでも言わんばかりに溢れかえっている。

「う、うぅむ……これは、その、なんとも、手を付けにくいのぉ……///」

 手こそしっかり動かしているものの、顔は羞恥で赤くなっている。それもそうだろう、書籍類の表紙を飾っている女性は服を着ているものを探すほうが難しいほど全裸である。それに加えてたまに男の裸やその下腹部が写っているものもある。そりゃ免疫のない女子高生には筆記試験よりキツイですよ。

 お互い無言で黙々と作業をすること三分。ついに雰囲気に耐えられずゆなが話題を切り出す。

「えっと、あれじゃ、おぬしの女性の好みのタイプはなんじゃ?」

「っ!? (バリィ!)」

 草壁は驚きのあまり手に持っていたエロ本を縦に引き裂いてしまった。

「す、すまぬ! こんな時に出す話題ではなかったな! 忘れてくれ!」

「い、いや、気にしない、おかしく、ない」

「そ、そうか、その、聞いてもよいのか?」

 この時、草壁の脳裏には彼女の発言の意味が三パターン読み取れた。

 1、大好きな草壁の好みに近づいてアプローチしようとしての発言。

 2、その好みに適した女生徒が襲われないよう警告しておくため。

 3、特に意味はない。つまり草壁にそこまで興味がない。

「(ベストはもちろん1。おいに抱き着くほどだから可能性は十分ある。しかし自惚れは時に身を滅ぼす。保健室除きの時で印象が悪くなったことを考えると同じくらい2もあり得る。3はない。あったらおいは土に還る。というかこれはチャンスというかフラグなのでは? このまま告白からの成功ハッピーエンドフラグでは? 1だった場合回答は「好みのタイプはあなたです」でおいの人生大勝利が確定するな。しかし落ち着け草壁二千翔。2だったと仮定した場合、おいの好みとは全く逆の方を言わないとゆなちゃんルートが消滅する。つまりおいの選択肢は正直に言うか嘘をつくか。恐ろしい。なんて恐ろしい二択なんだ……! 神よ、これからのテストの選択問題をすべて外す呪いをかけてもいいから、今どちらを選べばいいか教えてくれませんか? ていうかこれって神が与えた試練? だとしたらおいは復讐を胸に神殺しを完遂しないといけなくなる。やはり信じられるのは友情を誓い合った唯一無二の二人の親友か! 恵吾、敦司、助けてくれぇ!)」

「その、質問をした儂がいうのもなんじゃが、せめて手は動かしてくれんかのぉ」

 人生最大の難問にぶつかっていた草壁はゆなの忠告でひとまず我に返り、お宝の捜索に戻った。

 しかし先ほどの質問が消えたわけではないので、時間稼ぎに質問で返す。

「砂蔵さんは、タイプとか、好きな人は、いるの?」

「ふぇ!? そ、そうきたか……」

 ゆなは予想外の質問に驚きながらも小首を傾けて考える。ちなみに草壁は幼女のリアルふぇぇを聞いて気絶しそうになっていた。

「えっとじゃなぁ……好きな男子というのはおらんのじゃが、タイプというのであれば答えられるかの」

「ふむふむ」

 草壁は一応手を動かしながらも全神経を聴覚に集中させて聞き入る。

「まぁまずは包容力かの。なんでも受け入れてくれる器というのはええのぉ」

「(おいだな)」

「次に食欲かの。おいしいものをいっぱい食べる姿は見ていて幸せよな」

「(おいだな)」

「最後は……まぁ学力とかかの。それでわからないところとかを丁寧に教えてもらえたら頼もしいのぉ」

「(……帰ったら勉強しよ)」

 器の部分を肉体に置き換えてしまっていたり暴食をいい方に捉えていたりと所々解釈を捻じ曲げてしまっているが、本人は大層満足げである。

「しかし、見つから、ない」

 雑談をしながらも手を動かし箱の生身をあさっているが、以降に見つかる気がしない。

「剣~、鞘~。どこにあるんじゃ~」

 ゆなが剣と鞘を求めた発言をする。

 その言葉を聞いて、草壁は頭の中の何かが繋がったような感覚がした。

「聖剣……鞘……抱かれて……ん、ん?」

 草壁は道しるべを見つけたように、箱の中身を忙しくかき回す。そうして目的の物を見つけた。

「もしかして……あ」

「どうした!? 見つけたのか!?」

 ゆなが食い入るように見つめる。草壁の手に握られているのは、男性の自慰を助けてくれる紅白のアイテム。テ○ガだ。

 そのアイテムの穴に指を突っ込み、シリコン製の柔らかい素材をかき分けると、中に違った感触に触れたので、つまんで引っこ抜く。

 それは小さな白色のプラスチックのケースであった。

「な、なるほどのぉ。聖剣を納めし鞘に抱かれて眠る。ここでいう聖剣は、その、つまり、アレじゃ、男子の……アレじゃ。わかるじゃろう!?」

「わ、わかる、わかる」

「そう! 聖剣は男子のアレで! 鞘はそれを諌める道具のことで! 抱かれて眠るはその中にしまってあるという隠喩だったのじゃな! まったくなんとハレンチな暗号じゃ!」

 顔を赤らめながらも最後まで謎解きの答え合わせをしてくれたゆなに草壁は手を合わせて頭を下げてお礼をした。

「ふぅ……暗号が暗号だけに少し気乗りしなくなったが、例の宝を開けてみようぞ?」

「あ、うん」

 苦心の末に見つけたお宝だったが、草壁は腑に落ちなかった。なぜならその中身はきっと求めていたものではないからだ。

 華穂本からは探し出すものはUSBメモリーだと聞いている。しかし手にしている正方形の小さな白いケースにそれが入っているわけがない。正確には大きさ的に入るわけがない。あの長細いものが収まる大きさではないのは明らかな小ささだ。

 SDカードという線もあり得たが、それすら入るか怪しい大きさなのだ。

 それでも暗号とは完全に一致しているはず。なのでそのケースを開けてみる。ケースは結婚指輪を入れておく箱のように真ん中から綺麗に開かれるタイプのものだ。それをゆなに向けて開ける。


 中には箱にほぼぴったり収まるサイズ。ビー玉より一回り大きいくらいの色つきのガラス玉のようなものが入っていた。


「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! き、きれいなのじゃあ!!」

 先ほどの呆れ具合が無かったことのように目を太陽のように輝かせて箱の中身を食い入るように見つめている。

「の、のぉ? 箱から取り出しても構わんじゃろか?」

「う、うん、大丈、夫」

「忝し! ふぉぉぉぉ! すごいのじゃ! 見る角度によって色がどんどん変わっていくのじゃ!」

 ゆなが手に持ったガラス玉を改めてみると、球の中に金粉のような細かい粒子があり、真ん中に近づくほどその密度が増しており、その作用なのか、球を見る角度によって赤青黄色と虹の数倍のバリエーションを披露している。

 光に当てるとより輝きを放つそれは、はたしてビー玉なのか? もしや宝石の類ではなかろうか。しかし宝石でもあんなものは見たことも聞いたこともないような……などと考えるが、それがビー玉だろうと宝石だろうと関係無い。当初の目的のUSBメモリーではないのだから。

「ほかの、か?」

 草壁は箱の中にまだ同じようなものがあったのを思い出して、箱から取り出して、中を探ってみる。すると

「あ、こっちが、正解か」

 二つ目のオ○ホの中にはビニールに包まれたUSBメモリーが出てきた。ビニールの封の方法が、斑谷の口に入れられた鍵と同じ包み方だったので。こちらで間違いないだろう。

 だとするとさっきのは全く同じ隠し方を考えた別の誰かの物なのだろうか? それともこっちも羽婆先輩は隠したものなのか? など考えていたが、ビー玉を手にくるくる回っていたゆなが話しかけてきたので考えるのをやめた。

「はぁ~、暗号の具合からどんな助平なお宝かと思ったが、なんとも美しいものであったな。ほれ、受け取るがいい」

「え? おい、に?」

「当たり前じゃろう? これはお主の持っていた宝の地図のお宝じゃ。当然お主のものじゃろうて」

「いや、砂蔵さんが、いなかったら、箱にも、たどり着かなかった」

「いやでも! 最後の謎を解いたのはお主じゃ! だからお主の物じゃ!」

「……なら、もらうね」

「うむ。楽しいひと時であったぞ!」

 ゆなの手から草壁の手にビー玉が渡される。草壁は手の大きさに不釣り合いのそれを、一度握って、もう一度ゆなに差し出す。

「じゃあ、あげる」

「ふぇ? お主、なにを」

「今日、二人で、見つけた、おいのこれを、砂蔵さんにあげる。おいの物を、あげるなら、なにも、おかしく、ない、よね?」

「………………はわぁ。これは一本取られたのぉ」

 はぁ、と息を吐き、改めてビー玉を手に取る。

「うむ、ならありがたく頂戴しよう。ありがとの、二千翔」

「っ!?!?」

「そ、そこまで驚かなくてよかろう! 別にいいじゃろう、下の名前で呼ぶくらい……ってどうした!? 急に後ろにのけぞりブリッジをするなぞ!?」

「な、ななな、なんででも、ないないなない」

 好きな女の子に下の名前で呼ばれる。それは彼がロリコンでなくても嬉しいことだろう。それで突然ブリッジしてしまうくらいよくあるよくある。

 そのあと二人は散らかした没収箱を片付けて、部屋を出る算段を考える。

「では、儂が小雪先生の気を引くゆえ、お主はその合間に来た時のように出るがよい」

「ホント、感謝」

「拝むのはよさんか。それはここを出たときまでとっておくがよい」

 ゆなが資料室のドアを開き出る。草壁は少し遅れてそれに続くように匍匐前進で進む。

「あら砂蔵さん。探し物は見つかった?」

「お陰様でじゃ。ありがとうございます」

「いいのよお礼なんて、鍵開けただけなんだし」

「さすが小雪先生じゃ。人ができておるとはまさに先生のような人のことを言うんじゃろうな」

「やだもう! おだてても何も出ませんよ?」

「いやいやお世辞なもんか。ところでこの前の先生の英語の授業で聞きたいことがあるのじゃが……」

 ゆながうまく話をして気を引いているうちに草壁はもう職員室の入り口に到達しようとしているところであった。もう数秒もすればドアに手が届く。

 目的の物がどのような効果を発揮するかはよくわかっていないが、これがあれば自分たちの罪を帳消しにできる。また一緒に遊んだり覗きをしたりというバカ騒ぎが三人でできる。そんな期待感を胸に必死でドアに向かって進み、ドアに手をかけようとした。

 だがそんな希望は一瞬で打ち砕かれることになる。

「はぁ~ん。学校にお気に入りの口紅を忘れるなんて、あたしったらド・ジ……あらぁん?」

 もはやデジャブとしか言いようがないので、こう書き記そう。

 あ! やせいの 化け猫が 飛び出してきた!


              ・ ・ ・


「ば……ばかな、ここでお月見、だと!?」

「あんたいつになったら名前覚えるわけ!? さては覚える気ないわね!」

 羽婆救出のために機会を伺おうと別の部屋に侵入しようとしたところで月見里花蓮に尾行されており、つい先ほど血流感知で見つけたのである。

「まさか尾行されてたなんてね……女子生徒二人組だから不審に思われないとたかをくくっていたのがいけなかったね……」

「全くゲスの極みとはこのことね! 女装して侵入した挙句、か弱い女子生徒を脅して命令させるなんて!」

「……ん?」

「……女子生徒?」

「あぁかわいそうに。きっとそこの変態に何か弱みでも握られちゃったんでしょう! 大丈夫、すぐに助けてあげるからね!」

 花蓮は斑谷をゴミを見るような目で見下し、華穂本を涙目で、しかし決意をあらわにした目で見つめている。

 花蓮の認識を不思議に思った二人は小声で会話する。

「(なぁ、敦司さんよ)」

「(理解しているよ。彼女は尾行していてこちらの様子や声を聴いていたにもかかわらず僕をまだ女子生徒だと思っているようだね)」

「(お前もう女として生きたらどう? そしたら男とチュッチュしてもなんも問題なくなるぜ?)」

「(やめろぉ! 今僕の脳内で天使と悪魔が決死の戦いをしてるんだ! 悪魔に加担しないでくれ!)」

 華穂本が頭を押さえて苦しんでいる。脳内ではドラ○ンボールの悟○とフ○ーザのような戦いが繰り広げられている。なので脳内はどっかんどっかんである。

「(違うよ! 今はそんなことを言ってる場合じゃないよ! これはチャンスだよ!)」

「(は? チャンス?)」

「(彼女は僕を女子生徒がだと思っている。これを生かせばこの場を切り抜けられるはずだよ)」

「(そうかもしれねぇが……まぁここは任せとけ)」

「(任せてもいいのか?)」

「(あぁ。お前は先輩の救出のことだけ考えておいてくれ)」

「さっきから何を小声で話してるのよ! さっさとその子から離れて土に還りなさい!」

「普通そこはその子を解放したら許してあげるわ! っていうところじゃね?」

「馬鹿ね。二日続けて女子寮に潜入した挙句女装してさらには女子生徒を恐喝までしてる人間に情状酌量の余地なんてあると思ってるの?」

「改めて並べてみるとすげぇな俺……てかよ、この状況は詰みなんじゃねぇの?」

「は? 何言ってんのよ?」

「そりゃそうだろう。この場にお前は一人。こっちは二人、いや最悪俺一人でも女のお前くらいならどうにでもできるじゃん。もしお前が叫んだところでこの地下室からじゃ対して声も届かないだろうしな! いやはや一人で来るとは愚か極まりねぇなぁ!」

「おぉ、割と納得できる。いつになく頼もしいじゃないか恵吾!」

「がはは、いつも頼もしいと言えいつもと!」

「全く。これだから目先のことしか見えてない馬鹿は馬鹿ね。愚かなのはどっちかしら?」

「あ? 女一人に何ができるってんだぁ?」

「さっきから思ってたけど、恵吾のセリフなんだか小悪党くさいよ」

「やっかましい! 勝てばよかろうなのだ!」

「小悪党。まさにそのとおりね。こっちが何も準備してきてないと思ってるところとかね!」

 花蓮はスカートのポケットに手を突っ込み、何やらごそごそと中にあるものを動かすと、ピッという機械音が鳴った。

「おいてめぇ! 今何したぁ!」

「なにって、決まってるでしょう? 風紀委員を呼んだのよ」

「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! そこは押す前にこのボタンを押せば風紀委員が来るわ! って脅しの材料に使う場面だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! なに普通にさらっと呼んじゃってんのぉぉ!?」

「いや、だって見つかっちゃったし、脅してまで聞きたいことなんてないし、あんたに泣き叫ぶ絶望の声以外は」

「鬼! 悪魔! 淫乱タヌキー!」

「なんとでもいうがいいわ。今回は何を企んでたか知らないけど、風紀委員を通して後でゆっくり笑い話として聞かせてもらうわ! あーっはっはっは!」

 もはやこちらの勝利は揺るがないといわんばかりに高笑いをする花蓮。若干恵吾の小悪党が移っている気もする。

「ちょ、恵吾! これは普通にやばいよ! この地下室かの出口は来た時の扉しかないんだよ! そこを封鎖されたら脱出できなくなるよ!」

「ふ、ふふふふ……」

「け、恵吾……?」

「ふは、ふははははははははははははぁ!」

「恵吾が狂ったぁ!? し、正気に戻るんだ!」

「ふ……恐怖を露わにするな敦子ちゃん。せっかくの第二の人生を謳歌する美貌が台無しだぜ?」

「く、やめろ! 僕の犯る気スイッチに触れるようなセリフはやめろ!」

「この状況で、俺らが取れる手段はたった一つだ……」

「な……この状況を打開する手段があるっていうのか!?」

「あるぜ。革新的な方法がな」

「それは……?」

「それはな……」

 恵吾は足を開き、両手をわきわきさせ、その鋭い眼光を眼前にいる花蓮に向ける。

 そして打開策を言うと同時に全速力で走り出す。それは

「あのアマを人質に取って道をこじ開けるのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ゲスい! もはや妖怪をやめたとしか思えない発案だよこいつ!」

 地下室の廊下を口を開け舌を出しよだれをまき散らしながら全速力で捕縛しようとする変態。ゲスの標的にされた花蓮はこれ以上ないくらい顔が引きつってる。

「キモい! つぶれたカタツムリにも勝るキモさよ! いや、こっちくんな!」

 花蓮が逃げようと後ろを向いた。そのとき

 カチッ

「え?」

「な、なんだ今の不吉の象徴みたいな音は?」

「ゲスゲスゲスゲス!」

 二人は花蓮が床を踏んで鳴ったスイッチの音を疑問に思ってるが、すでに別の生き物となっている恵吾はなおも花蓮を捕らえようと走りこんでいる。

 次の瞬間、花蓮が逃げようとした出口の方向に

 ガララララガシャァン!!

 鉄製の格子が天井から降りてきて、廊下を完全に塞いでしまった。

「ちょっとなにこれ!? なんでこんな時にこんなピンポイントで都合の悪いものが!?」

「げっへっへ……天はこちらに味方したようだなぁ」

「やだ! ほんとこないで!」

「いっひっひっひ、人質にするんだ、それらしい見栄えにしてやろうかねぇ」

「落ちつけ恵吾! 完全に目的が変わってるじゃないか!? それ以上やれば小悪党で済まなくなるぞー!」

 人質ではすまなさそうな雰囲気を感じた華穂本はダッシュで止めに行くが間に合いそうにない。狂った変態が手を出す恐慌を止められそうにない。

「どうせ罪を帳消しにできるんだぁ! なら消す前に歴史に、いや女体に名を刻んでやらぁ!」

「いやぁぁぁぁぁ! こんなクズに好き放題されるなんていやぁ!」

「ふはははぁ! まずは貴様のそのだらしなく育った乳をあぱぁ!」

 官能小説の濡れ場間際といったところで、恵吾の頭が吹っ飛んだ。楽しみにしていた読者の方々、申し訳ありません。

「丸太のトラップ!? なんて古風な!」

 少し離れたところから見ていた華穂本が見たのは、格子の向こう側から天井につるされた丸太が振り子の要領で恵吾の頭に直撃した瞬間だった。首なしじゃなかったら首がポッキリ逝っていただろう威力である。

 吹っ飛んだ頭は後ろにいた華穂本がナイスキャッチした。

「ちょ、大丈夫か恵吾!? 顔は陥没してないけども!」

「う、うぅ……もう少しで、あ、あの乳を……」

「君はたまには自分の命を優先した方がいいよ……あ」

「な、なんだ、今の「あ」は、ごふっ!」

 斑谷頭の顔が苦痛にゆがむ。それもそのはず、頭がなくなって動きがなくなった斑谷ボディを花蓮がパンチキックでメッタ打ちにしてるのだから。

「この! 変! 態! 塵も残さず、滅べ!」

「げば! ごふぁ! あ、敦司! 俺のぐふぅ! ボディの回収をあひぃ!」

「……い、いいぞー。その変態をやっつけちゃえー(裏声)」

「き、汚ねぇ! こんな時だけ女の子になるんじゃねぇ!」

「おっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 乱打殴打の嵐は渾身のアッパーカットでフィニッシュとなった。

 上空に吹っ飛んだ斑谷体は華穂本の横にゴミ袋のように放りだされた。

「ほら、お望みのボディだよ」

「違う……ゲフ、俺のボディは、こんなに薄汚れてない……」

 華穂本が首を本体に装着する。だがやはり首から下は見るも無残な姿に変わり果てていた。

「ふぅ……久々に気持ちよかったわ……あれ?」

「な、なんだ? まだ殴り足りねぇのか!?」

「ち、違うよ恵吾! トラップだよ!」

「はぁ? 今度はなんだ、トラばさみとかかうおぉぉぉぉぉ!?」

 驚くのも無理はない。それはさっきの丸太とは比べるまでもないほど凶悪であるからだ。


 縦横に線が引かれた網目状の電流が二人に向かって迫ってきているのだ。


「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「なんなの!? なんでただの学生寮の地下室にこんな意味わからないトラップが仕込んであるの!?」

「んなこといってねぇで早く下がれ! 当たったらひとたまりもねぇぞ!」

 網目の電流は歩くくらいのスピードで迫ってきている。逃げようとすれば逃げられるスピードだが

「忘れてた! もうここで行き止まりだった!」

「ぐわぁぁぁ詰んだ!」

 羽婆が捕らえられている部屋は地下室のほぼ最奥に位置していたためもはや逃げ場所なぞない。

「な、なんかよく分からないけど、これでひとまずはあの変態を無力化はできるわね。おーい人質にされてる女の子ー。その変態を盾にすればなんとか無事になると思うから! 頑張って! あともう少しで解放されるわよ!」

「…………」

「敦司。真剣に悩んでないでその辺の部屋をピッキングして開けなさい!」

「そ、そうか! そうだよね! 盾にするなんてよくないよね!」

「ここから無事に出られたら覚えてろよ……」

 羽婆が捕らえられている横の部屋のカギ穴に急いで針金を差し込み動かす。

「まだかまだか! もうそこまできてるぞ!」

「もう少し……できた! 開けるよ……あ、開かない!?」

「なんだってぇ!?」

「鍵は開いたけど、部屋の方で何かがつっかえていて、開かないよ!」

「他の部屋は、って試す暇ねぇ!」

 電流はすでに羽婆のいる部屋を通過しようとしていた。

「お月見ぃ! この罠解除しろぉ!」

「そんなことするわけないけど、万が一解除したくても、私解除の仕方わからないんだけど」

「ちっくしょぉぉぉぉぉぉ!!」

「うわぁぁぁぁぁもうだめだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 電流は先ほどピッキングした部屋に差し掛かっていた。もう数秒もすれば奥にいる二人を電流でこんがりと焼くだろう。

 華穂本は諦めムードで念仏を唱えているが、斑谷の目はまだ光を失っていなかった。

「くそったれぇ! まだ念願の裸体を拝んでねぇんだぁ! こんなところで女装してお月見にボコボコにされただけでくたばってたまるかぁ!! せめて一矢報いてくれるわぁ!!」

 斑谷は自分の頭を右手に持ち、後ろに振りかぶり

「え? あいつ、なにして」

「必殺! フライングヘットバットダイナマイトォ!!」

 思いっきり前へ投げ飛ばした!

 説明しよう! フライングヘットバットダイナマイトとは、斑谷が極限に追い込まれたときに使える(別に追い込まれなくても使えるは使える)必殺技だ! 別に能力とかではない! ただの物理である!

 自分の頭を思いっきり投げ飛ばして相手を撃退する捨て身、いや捨て頭の技だ! 名前長いね。

 投げられた頭は電流の網目の隙間をきれいに潜り抜け、吸い込まれるように目的の

「はぁ!? ちょ、ぎゃふん!!」

 花蓮の顔に向かっていき、デコとデコ同士でぶつかった。ジャストミート!

 ぶつかった衝撃で宙を舞う斑谷頭の視界に入ったのは、もう数秒で電流の餌食になる自分のボディとこちらを驚きの目で見つめる親友。

「すまねぇ。頭だけ抜け駆けしちまって……先輩、助けられなくてすみませんっした……」

 落下する頭。床に落ちればたんこぶは必至だろう。

「あと、いまきっと頑張ってくれてるだろう二千翔。すまんな、俺たちはここでリタイヤだぜ……」

 きたる衝撃を受け入れるように目をつぶる。やがて頭には衝撃、体には電撃が

 カチッ

「カチ? おぶ!」

「せめて僕の息子だけは最小ダメージで……あ、あれ?」

 あそこを抑えながら壁に寄り添って震えていた華穂本だったが、いつまでたっても電撃が来ないので振り返ってみると、そこには何もなかったかのように電流が消えていた。

「何で電流が……あぁそういうことか。全く……本当に君はいつ何時でもぶれないな」

 斑谷ボディを引きずりながら斑谷頭のもとへ向かう。頭は何をしているかというと

「うぇっへへへへへへへへ! にょほほほほほっほほほぉ!」

 頭が落ちた着地地点が先に倒れた花蓮の胸の谷間だったので、全力でパフパフを堪能していた。花蓮はフライングヘットバットダイナマイトの衝撃で気絶している。

 電流が消えたのは一番初めに花蓮が斑谷から逃げるときに踏んだ床のスイッチを倒れた時に背中で押したので消えた。もう花蓮が覆いかぶさっているので見えないが、そのスイッチの表面にはオン/オフと書かれていた。

「君には頭がノーダメージで済んだ恩とかはないのかい?」

「俺のボディを散々ボコボコにしたんだ! この胸を堪能してやっとチャラってところだろう! いしゃしゃしゃしゃしゃ! やーらかーいねー!」

「悪いけど、お楽しみはそこまで」

 華穂本はスケベな頭をつかんで引きはがす。

「うおぉ!? お前! この楽しみを奪うのは最後に取っていたショートケーキのイチゴを横取りして食べるのと同罪だぞ!!」

「悪いとは思うけど我慢してくれ! 最初に彼女が通報していたのを忘れたのかい!?」

「よいしょっと。そういえばそうだったな。さてどうやって脱出するか」

 バカァンッ!!

「ようやく開いたわ!」

「え?」

「ま、まさか……」

 勢いよく扉が開かれる音が地下室に響く。その扉を開けたのは

「ふん。やっぱりあなたたちだったのね」

 羽婆をその部屋で拷問してた九重金だった。


              ・ ・ ・


「あなたぁ……こんなところで何をしてるのかしらぁん?」

 草壁は魂が抜き取られたかのように呆然としていた。

 正しくはもうすぐ自分は脱出して三人でまたいつも通りの楽しい生活を送れるという希望を抱いていたところに、絶望の象徴ともいえる人物が現れ文字通り絶望に叩き落されたが故である。

 小雪先生と話して時間を稼いでいたゆなも愕然とした表情をしている。

 誰が見てもこの状況は詰んでいると思うだろう。

 だが彼は状況を打破する優秀な行動をとることができた。

 カサカサカサカサカサカサカサカサカサッ!

「ちょ! 待ちなさぁい!!」

 草壁は匍匐前進の体制のまま、来た道をバックした。前進していた時よりも圧倒的に早いスピードで、それこそゴキブリのような俊敏さで匍匐後退をし

 バタンッ!! ガチャッ!!

 USBを見つけた資料室まで高速で戻り、扉を閉め鍵をかけた。その道十年と言われれば信じてしまうような高速の所作であった。

「な、なんて素早さなのぉん!? 小雪先生!」

「は、はいぃ! なんでしょうか!?」

「ここに太った男子生徒が来てたよねぇん!?」

「だ、男子生徒? いえ、ここに来たのは資料室に用事があった砂蔵さんだけですけど……」

「砂蔵さん。あなたも男子生徒は見ていないのかしらぁ?」

「わ、儂は何のことかさっぱりじゃが、男子生徒なんぞ見てはおらんぞ? で、では儂の用は済んだので、お暇するのじゃ! し、失礼したのじゃ~!」

 逃げるように職員室を後にしたゆな。若干怪しくも思いながらもニャン子は呼び止めはしなかった。

「ふん……まぁいいわぁん。何をしていたかは資料室にいる彼にねっとり聞き出せばいいのだしねぇん。小雪先生、資料室のカギを貸していただけるかしらぁん?」

「え? あ、はいわかりました。い、一体どういうことなの……?」

 全く状況が把握できておらず、小首をかしげながらもカギを渡す。

「教員の目を盗んで職員室に入るなんて、大胆なことをするわねぇん。ただ不幸中の幸いよねぇん。見つかったのがこのあたしなんだからねぇん!」

 それは不幸中の不幸。キングオブ不幸であることはもはや周知の事実であろう。

 さて、機転を利かせて資料室に逃げ込んだ草壁は何をしているかというと

「ケポケポケポケポケポケポケポ……」

 吐いていた。窓から顔を出して盛大に吐いていた。外から見れば滝だと勘違いしてもおかしくないほどの吐きっぷりである。

 なぜ彼がここまでケポケポしているのか、その答えは彼の体勢にあった。

 ニャン子に出くわしたとき、彼は匍匐前進の姿勢で見上げるようにニャン子を見ていたのだ。そしてニャン子はレディーススーツだった。もうお気づきの方もいるかもしれない。

 そう、彼は覗いてしまったのだ。ニャン子の深淵を。

 聞くもおぞましい見るもおぞましいその恐怖の深淵を眼球を通じて脳に届けてしまったのだ。吐血を免れたのは奇跡としか言いようがない。

 ましてや気絶せず資料室に逃げ込むという行動をとった草壁は戦場から生きて帰ってきた英雄にも等しいだろう。

 だがまだ戦いは終わっていない。一時的に逃げおおせ鍵をかけたが、この資料室のカギはあちらが持っている。いつ入ってきてもおかしくない状況だ。

「げふぅ……ま、窓からは、高すぎて逃げれない。出入り口も、当然ダメ。この部屋で、同化、したところで、顔を見られてる、から能力もばれてるから、見つかる……」

 ゲームオーバー。そんな単語が脳裏によぎった。

 だが彼の瞳はまだ曇っていない。まだその心に諦めはない。

 なぜならば、というに及ばず、彼には待っている仲間がいる。自分が戻らなくては助けられない友がいる。その友も今逆境の中で頑張っている。

 それなのに自分が諦めるわけにはいかない!

「たとえ、おいの体が、どうなろうとも……!」

 草壁は脱出経路に足をかける。

「二人を! 助けるんだ!」

 そして彼は、飛び込んだ。

「さぁ観念しなさぁい!」

 それと同時にドアが開け放たれニャン子が押し入ってくる。だが部屋に草壁の姿はない。

「ふ、あなたの能力は知っているのよぉ? 自主的に出てくることをお勧めするわぁん」

 ニャン子は部屋を歩き回り、草壁がいそうな場所を探す。が

「い……いない、ですってぇ!?」

 結果草壁は見つからなかった。彼の能力は壁の色と同化するだけで透過したり消えたりするものではない。加えて本人の体の大きさに資料室という狭い空間だ。探し損ねると言う事はない。

「まさか窓から? ここは三階よ!」

 三階から飛び降りたら肥満型の草壁が耐えられるわけがない。だがその心配は杞憂に終わる。

「鍵が、閉まってるわぁ……飛び降りたのなら、カギはおろか窓を閉めることさえできないはずよねぇ……」

 窓から下を覗いても誰もいない。あるのは地面とよくわからない色をした液体だけ。

 そうこう考えながらニャン子が資料室の棚の上や隙間などを手あたり次第探しているが見つかる気配さえない。

 さて草壁二千翔はどこに消えてしまったのか? その答えは十数秒前の違う場所で判明する。

「う~~~む、心配じゃあ……二千翔は無事なのじゃろうか……」

 ニャン子がドアを開ける十数秒前、小雪の気を引いていたがニャン子の登場により意味をなくしたので、せめて根掘り葉掘り聞かれないように慌てて職員室を飛び出してきたゆなは、ちょうど資料室の辺りの壁の前で落ち着かない様子でうなっていた。

「見えた限りではまた資料室に戻っていったようじゃが……儂も資料室に行き助けに行くか。いや儂が行ったところで何の助けになるか、それ以前に津田先生が入れてくれんじゃろう……うむぅ、どうしようもないのかのぉ……」

 どう考えても草壁をたすける方法が思いつかない。その事実が余計ゆなを落ち着かせなくする。

「せめて中の様子が分かればのぉ……ん?」

 中の様子を確かめようと苦汁にも資料室に面する壁に耳を当てて中の様子を伺おうとしたとき、おかしな感触がした。

「なんじゃこれ? 壁が柔らかい?」

 耳を当てた部分の壁が水風船のように妙に柔らかいのだ。その上変に温かい。

「ほ、ほんとになんじゃこれは!? ちょ! 膨らんできておる!」

 柔らかいものはどんどん壁から抜けてくるように膨らんできて、やがてその正体が明らかになった。

「お? おぉ!? もしや……二千翔か!?」

 そう、壁からところてんのように抜け出してきたのは資料室に逃げ込んだ草壁二千翔その人だった。

 腹から出て、顔、手、最後に足が壁から出てくると、力なく廊下にべちゃっと倒れこんだ。

「おぬし無事であったか! しかしどういうカラクリで壁から現れたんじゃ?」

「それは、ぜぇ、ぜぇ、おい、の、ヒュー、能力の、ごふっ、奥ぎぐふ」

「もはや壁から出てきたことよりおぬしの異常な疲労が気になってしまうわ! 大丈夫か!? 干からびたナマコのようになっておるぞ!?」

 当の本人が疲労困憊で説明にならないのでこちらで解説しましょう

脱出不可能と思われた資料室から抜け出すために草壁が使ったのは塗り壁のみに許された奥義・抜け崖。

 効果は物理的な壁を物理的にはあり得ない感じですり抜けることができる。

 効果を見れば盗みし放題覗きし放題の素晴らしい能力に思えるが、この奥義は易々と使えない最大のデメリットがある。

 それは異常なまでにスタミナを必要とし、失敗すれば壁にめり込んで動けなくなってしまうという恐ろしいことが起こってしまう。

 スタミナに自信があれば何の問題もないのかもしれないが、草壁の場合運動神経はそこそこだが相撲と組体操のピラミットの土台以外に全く向いていないメタボリックな体に合わせもちろんスタミナが皆無。体が大きい分壁に通す体積も多いので余計に時間がかかるというこの能力に全くと言っていいほど向いていないのである。

 それを踏まえたうえで彼が資料室からこの方法で脱出を試みたのはまさに英断であったといえるだろう。まさにおいの体がどうなろうとである。

「と、とにかく上手く脱出できたのじゃ! 早いところ安全な場所まで逃げようぞ!」

「げひゅー、げひゅー、ちょ、ほんと、指も、動か、せ、ないごはぁ」

「それでもここから逃げんとこの苦労が水泡に帰すぞ! ほら立てぇ!」

 もはや体裁なぞ気にせずうつ伏せに寝ている草壁の頭をペシペシ叩く。疲労であまり表情が変わっていないが、口角が少し上がっている。

「うー、一体何が起こってるのかさっぱりわからないわ……あら?」

「こ、小雪先生!?」

 何用なのか知らないがタイミング悪く職員室から小雪が出てき、こちらを凝視する。それもそうだろう。廊下で男子がうつ伏せで過呼吸になっており、そいつの頭を懸命にたたく女子が廊下にいるのだから。

「…………」

「…………」

「……すまぬが、このことは内密にお願いできないじゃろうか?」

「え? え、えぇ、そ、そうね。先生黙ってますよ? よくわかりませんが?」

 もはや先ほどのことと合わせて脳内の処理が追いついていないのか、見なかったことにするという方法をとってまた職員室に戻っていった。

「ふぅ、あの天然の先生のことじゃ。この場は何とか凌げたじゃろう……」

『あらぁ小雪先生? 外の空気を吸いに行ったのではなくてぇ?』

『あ、そうでした! 廊下に寝ころんだ男子生徒とその頭をたたく女生徒がいたので忘れてしまってました』

「ぎえぇぇぇぇぇぇ天然なのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 小雪の天然により救われたと思ったが余計に状況が悪化した。これではあと数秒でニャン子がこちらに来る!

「二千翔! 本当にまずいぞ! 津田先生が来る! 生徒指導室で怒られてしまうぞ!」

 男子はきっと怒られるだけでは済まない。頭では嫌というほど理解しているが、体がそれについてきてくれない。

 ゆなも頭をつかんで引っ張ったり脇腹をゲシゲシ蹴ったり頬にビンタを食らわせるなど、もはやお構いなしに動かそうとするが、そんなもので体力が回復するはずもなし。ちゃっかり愉悦には浸っているが。

「そこねぇ! 見つけたわぁぁ!!」

「ひえぇぇ! もぉ終わりじゃー!」

 ゆなは涙目で草壁を押して動かそうするが、もうどうしようもない。見つかってしまい距離は3メートルもない。今度こそ詰んだ。

 そう思ったとき、奇跡か偶然か、いかんともしがたいことが起きた。

「くふぅ……ぬぉ!?」

 必死に草壁のケツを押していたゆなの手が滑って前につんのめった。

 その勢いのまま、まるでボディプレスのように草壁の背中にのしかかったのだ。

 その瞬間、草壁の中のリミッターがはじけ飛んだ。

 カッッッ!! M・覚・醒!!!

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」

「ニャ!? な、なにが起きたのぉ!?」

 先ほどまで死んだ魚のような眼をしていた草壁が眼を光らせ突如起き上がり、ゆなを背中に乗せたまま猛ダッシュを繰り出したのだ!

「は、はは、あはははははは! 凄いのじゃ! このまま逃げ切るのじゃー!」

「逃げ切るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「に、逃がさないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 一時はひるんでいたが、逃げていく獲物を見逃すほど化け猫は甘くはない。すぐさま尋常ではない速度で追いかける。

「はははは! しかしおぬし! 先まで死に体であったのに! どこからそんな力が出てきとるんじゃー!」

「ラァヴパゥワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「は!? 何って!? まぁよいか! あはははは進めー!」

 しかしてなぜ彼がここまでの馬力を手に入れたのか、彼は間違いなく抜け崖を使ってスタミナがカラッポになったはずだ。

 ここまでしっかり読んでくれた読者ならもう余裕でお分かりだろう。そう、彼は幼女からエネルギーを補充したのだ。

 頭をペシペシお腹をゲシゲシ頭をグイグイとどめにフライングボディプレスをお見舞いされたのだ。体内にはみなぎるほどのアドレナリンが溢れんばかりに湧き出て気力がみなぎり血流は加速する。まさにドMにのみ許された禁断のドーピング。

 その様はまさにF1カー。先ほどまで廃車寸前であったが、ロリエンジンを積み、ドMニトロを注いだマシンカー。もはや何人たりとも彼の前を走らせることはない。

 だが追いかける化け猫も引きはしない。獣を凌駕した速度と眼光で対象者を追い詰める。

「二千翔よ! おぬしはどこに逃げるつもりなんじゃ!?」

「ただひたすらにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「目的なしか! なら儂が指示するゆえその通りに! 次の角を右じゃ!」

「ヨォォォォォォォォソォォロォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

「廊下は走るにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 校則違反と職員室不法侵入の容疑で生徒指導室送りにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 興奮のあまり猫又としての地が出ているニャン子。しかしこの顔と歳で語尾が「ニャ」というのはキツイ。かなりキツイ。

 廊下に響き渡る怒声と足音。土曜日で生徒がほとんどおらず静かなだけに余計に際立って音が響く。

 そんな音が聞こえない場所で一人の生徒が廊下を歩いていた。

「休みにエロ本読んで心を落ち着かせようと思ったら学校に忘れていたとはな~。この前のニャン子ババァといい、最近ろくなことがないぜ~」

 女子更衣室の覗きがバレ、学友にも見捨てられた足立である。誰こいつ? と思った方は最初の方のニャン子初登場のシーンあたりを読み直してください。

「どくのじゃぁぁぁぁ轢き殺されたくなければなぁぁぁぁぁ!」

「はぁ? 何のことどえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 後ろから妙な忠告が聞こえてきたので振り返ると、顔を真っ赤にして鼻から蒸気を噴き出して走っている学友の姿が真近に迫っていたので間一髪で回避した。

「なな、なんだってんだ!? 今の草壁だよな!? でも声が妙に可愛かったような……」

「逃がさないにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 ついこの間愛の巣で教育的指導を受けたことが思い出されたのか、恐怖に満たされた叫び声をあげる。だが不幸はまだ続く。

「あらぁん!? 没収よぉ!!」

「あぁ! 俺のエロ本!」

 すれ違いざまに回収したエロ本を取り上げられ、走りながら縦に横にビリビリに破った後、廊下にあるゴミ箱に叩きこまれた。

「急いでるからこれで済ましてあげるわぁん!」

「理不尽だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 素直に運が悪かったといえるだろう。やるせない気持ちを抱きながら、廊下で涙を流す被害者であった。

「む? 何やら台風に家を吹き飛ばされた者の嘆く声のようなものが聞こえた気がしたが……気のせいかの。おっとそこの階段を下りるのじゃ!」

「かしこまりぃ! まぁしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 牛戦車の手綱を操り先に進む。向かう先は

「男子寮じゃ! いかに先生とはいえ男子寮には入れんはずじゃ! ……はずじゃ!」

 男子寮や女子寮にはそのまま教員も生活している。そのため教師も異性の寮に入ってはいけないことは厳密なルールとしてはないものの、良識という暗黙のルールが存在する。

 万が一侵入してきたとしても入り組んだ寮の中ならば隠れる場所はいくらでもある。

 なお、ゆな自身が男子寮に入ることに関してはうっかり頭から抜け落ちてしまっている。うっかりならしょうがないね。

「よし! 何とかグラウンドに出られたのじゃ! あとはまっすぐ男子寮に向かえば……ってうえぇぇ!?」

 ゆなが驚いたのは、グラウンドに出て走り抜けるべき校門の方を見たせいである。

 校門の向こう側、その先にあるはずの女子寮が炎に包まれているのを


              ・ ・ ・


「全く、あなたたちはどこまで問題を起こせば気が済むのかしら?」

 二人の前に立つのは狐耳と尻尾を生やした白衣の女性。あやかし学園保育教諭の九重金である。

「ち、そりゃあんだけ騒げば出てくるよな」

「しかしなぜすぐに出てこなかったんだ? いかに防音とはいえあれだけ騒いだから聞こえてないはずないと思うのだが」

「それはあなたたちがこの地下室のトラップを動かしたからじゃない」

「そうか。だからさっき僕がピッキングしてもドアが開かなかったわけだ」

「そりゃあれか? 侵入者をさっきの電撃で確実に仕留めるためってか? うへぇ、なんていやらしい造りになってんだよ」

 金髪の髪でかき分ける金は余裕そうな態度をとる。

「よくもまぁ手間をとらせてくれたわね。大方ここにいる羽婆君を助けに来たんでしょうが、残念だったわね。」

「こ、これはまずいね。実にまずいよ」

 冷静に慌てふためく華穂本をよそに、斑谷は妙な沈黙をとっている。

「恵吾……?」

「金ちゃんよぉ。なんで羽婆先輩を拷問なんかしてるんですか?」

「拷問とは人聞きが悪いわね。羽婆くんは女子寮に不法侵入したのよ? その罰を受けてもらってるだけ。私からはなにもしていないし」

「罰ってんなら普通は生徒指導部長の化け猫がやるもんでしょう? なんであなたなんです?」

「津田先生はとてもお忙しいのよ。だから私が代役を申し出たのよ」

「まぁそういう事ならいいけどよ。罰って割にはさっき羽婆先輩に執拗に「どこにあるの? さっさと教えなさい!」なんておかしなこと聞いてましたねぇ? あれはなんすか?」

「……聞いてたのね。私がデータを探していることを」

「データってなんすか? 自分初耳だなぁ」

「あ、あなた……!」

 金の顔を苦虫を噛み潰したように歪んだ。いつもクールな態度の彼女からは見られない顔だ。

「いいぞ恵吾! あ、それっぽい会話だったんで録音しときましたよ」

「ナイスだ敦司! はっはー! これを他の先生方に提出したらどうなりますかねぇ!?」

 斑谷がカマをかけることに成功して、とんでもなくオーバーに胸をはってふんぞり返る。

「いやぁーボカァ悲しいですよ! 学園が誇る美人教師が? こそこそ悪事を働いて? それが露見しかけてるからって生徒をこんな薄暗い地下に監禁して? 裸に剥き、データの入ったUSBはどこだと拷問するだなんてねぇ! あんたそれでも教師なのかぁ!? あぁん!?」

「ちょ、恵吾! なに言ってるんだよ!」

「は? なによ! 今一番いいところでしょうに!」

「……なんで悪事を働いてる事やUSBのことまで知ってるのかしら?」

 金がさっきの狼狽を引き、嫌悪と憎悪の片鱗を斑谷に向ける。

「…………」

「…………」

「……俺ちゃんしゃべりすぎた?」

「その通りだよこのまぬけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 華穂本の嘆きが地下室に響く。先ほどの有利な立場はわずか1分で終了した。

「そう……なるほどね。どうりで羽婆君が吐かないわけだわ。私を嗅ぎまわっていた羽婆君は囮で、私のデータを探し回って盗んだのは君たちだったということね」

「ほらみろ! なんか的外れな納得しちゃってるじゃないか! 状況的に僕たちが弁解しても絶対に効果ないだろあれ!」

「慌てんなよ敦司。別にやることは変わんねぇだろ。羽婆先輩を助けてここをでる! 今の状況は途中に壁ができただけのことよ!」

「じゃああれの相手は君に任せたよ」

「よっしゃ! ……は?」

「いや、だって僕は羽婆先輩の拘束具を外さないといけないし」

「おいおいおい! ここは二人の友情タッグで危機を乗り越えるところじゃね!?」

「じゃあ友情タッグで乗り超えようか、な!」

「あうち!」

 華穂本は斑谷の頭をむしり取る。そのままピッチャーのように構え、そして

「くらえぇ! ゴーイングヘッドバンキングダイナミック!!」

「おい! ちょういちょい名前がちがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 捨て頭の技のはずだが、再び繰り出された斑谷の必殺技。先ほどと変わらぬその剛速球の効果はいかに!?

 パシン!

「いたぁい!」

 いともたやすく叩き落とされてしまった。冷静に見ればただまっすぐ頭が飛んでくるだけなので、油断さえしなければ当然の結末である。

 だがその無力さも計算のうちだったのか、その隙に華穂本は金が出てきた羽婆のいる部屋に滑り込んだ。

「じゃあ羽婆先輩を開放するまでにその人をなんとかしておいておくれ!」

「友情って儚い!」

 バタンガチャンと手際よく部屋がしめられる。部屋から出るところを捕まえればいいと判断した金は叩き落とした頭を両手で拾う。その手は熱した鉄のように赤熱している。

「で、どうするの?」

「ふ、ふふふふ、ここから俺の中にある封印された秘密のパワーが解き放たれてててて熱い熱いあっちゃっちゃっちゃ! 手で触れてるところが溶ける! 溶けちゃうぅぅぅ!」

「悲しいくらい無抵抗ね。今ここでUSBを渡すか在り処を教えるなら、多少は穏便な処分にしてあげてもいいわよ」

「まだ情状酌量の余地があったんすねあっつい! ちなみにここでノーと答えると?」

「そうね。せっかく女子寮に潜入してきたんですもの、私を強姦しようとしたとかにしてしまおうかしら」

「へへ、そんなことをお望みなら本当に強姦いたしましょうか?」

「あら、私に手を出したらやけどしちゃうわよ?」

「ふ、やけどくらいなんのそのひぎぃぃぃぃぃ! ちょっと勘弁して! もう絶対触れてる部分だけ真っ黒に日焼けしてるよねこれ!?」

 やけどなのだから黒ではなく赤くなっていることに頭だけの斑谷は気づかない。

「もうどうしようもないんだから早く吐いちゃいなさい。これ以上触れてるとそろそろ肌に痕が残るレベルになるわよ」

「馬鹿め! 俺がただ黙ってサービストークしているだけと思ってるとはな! 前を見な!」

 金が顔を上げてみると

 斑谷本体が気絶している花蓮を羽交い締めにしている。羽交い締めのやり方が両手でおっぱいを鷲掴みにするという前代未聞の方法で。

「さぁ! この女が辱めを受ける前に俺の頭を放して道を開けなぁ!」

「私の目にはもうすでに辱めを受けているように見えるんだけど」

「こんなもの序の口よ! あんたが要求を受けなければエロ本の表紙のようにしてしまうんだぜ!?」

「私もあんまり人のこと言えた口じゃないけど、妖怪としてどうなの?」

「ん……ん?」

 このタイミングで花蓮が寝起き悪そうに目を覚ます。当然今の状況をすぐに把握するわけで

「死ね!」

「あっぶねぇ!!」

 花蓮が渾身の鉄拳を斑谷の顔面に叩き込もうとしたが運が悪いのかいいのか、頭がついてなかったので空振りに終わった。

「ちょっとホントふざけんじゃないわよ! どこ触ってんのよこのクズ!!」

「畜生! まだ表紙を拝んでねぇのに!」

 運動部で鍛えた力で斑谷を振りほどこうとするので、本人的には本当に、ほんとーーーーーーうにしょうがなく普通の羽交い締めに切り替えた。

「さ、さぁ仕切り直しだ金ちゃん! こいつがもうお嫁にいけない姿にされたくなかったら道を」

「いや、別にその子がどうなろうと私は全然かまわないのだけど?」

「「……は?」」

 思っていた展開を大きく外れ、唖然とする二人。片方は状況がわからず唖然といているのだが。

「人質にでもしたつもりでしょうが、別にその子がどうなろうと、目撃者の少ない地下室にいる以上後でなんとでも言い訳できるわけだから、今この場でどうなろうと関係ないわね」

 よくよく考えたらそうだと考えがついた斑谷。なんとなく状況がつかめた花蓮。

 そんな微妙な空気が漂う中、憐れむような目をした斑谷が、一言。

「お月見……お前使えねぇなぁ~」

「よしわかった。あんたはあとで必ず焼却炉にぶち込んでやる……!」

 そう言った花蓮の目は焼却炉以上に燃えていた。

「てか助けてくださいよ金先生! か弱い女子生徒を見捨てないでください!」

「お前がか弱いっていったら普通の女の子はシャーペンしか持てないなアダダダダ! 折れる! シャーペンの芯みたいに折れるから腕から手を放してください!」

 惜しいところまでいったが、なんとか骨が折れる寸でのところで開放してもらえた。

「先生! 早く助けてくれないと、この男に力ずくで好き放題されてしまいます!」

「見た感じあなたの方が力ずくに見えるんだけど……てかめんどくさいからいやよ」

「な! あなたそれでも教師ですか!?」

「別に子供が好きだからとかそんな高尚な理由で教師なんかやってないわよ。普通にあの学園の給料がいいからやってるだけ。それに」

「それに?」

 視線を斜め下に向け物憂げなため息を吐いた金は


「私、あなたみたいな万人受けしそうな明るい性格の女ってなんか嫌いなのよねぇ……鼻につくというかなんというか。あと普通に胸が大きいの好みじゃないし。デブと一緒で余計な肉がついてる感じがするのよねぇ。やっぱり女の子は全体的にスレンダーなのが一番美しいのよね」


「…………」

「…………」

 二人が沈黙するのも当然である。自分が優位に立っているからなのか、教師であることなぞ頭からすっぽ抜けたかのように急に生徒をディスりはじめたのだから。

「あらやだ。こんなこと言うつもりじゃなかったのだけれど。気に障ったのならごめんなさいね、月見里さん」

「うおぉ……女ってこえぇ……」

「……………………」

「き、気にすることねぇぞお月見?」

「……………………」

「せ、性格はともかく、その胸はただの脂肪の塊じゃねぇ。男のロマンの塊だぜ! …………だぜ?」

 斑谷が懸命に励ましをしているのは、沈黙している花蓮が小刻みに震えて、額には青筋を複数作り、発火能力に目覚めたのかと思うくらい怒りという熱が伝わってきているからだ。

「……………………斑谷」

「はい! なんでしょうか!?」

「今から私の言う事聞いてくれたらここ最近のあんたのふざけた行動を忘れてあげるわ」

「仰せのままに! 何なりとどうぞ!」

「そう……」

 花蓮が顔を上げ立ち上がる。抑え込んでいた怒りと殺意を金にぶつけながら。

「生徒を悪漢からあっけなく見捨てた挙句私自身を不必要に全否定? 何様のつもりよあの女狐! もう切れたわ! 完っ璧にね!」

 後ろにいる性の奴隷を指先の動きで立ち上がらせ、指示する。


「斑谷! 私を使ってあの淫乱女狐をしばき倒しなさい!!」

「イエス! マァァァム!!」


 思いもよらぬ共同戦線が張られ、女子寮の地下で狐と狸(with変態)の一大合戦が勃発したのだった。


              ・ ・ ・


「くそぉ、なかなか外れない……これを、こうして……」

 緊張の戦いが傍らで起こっている最中、元いた者の力によりサウナ一歩手前のように蒸し上がった部屋で、汗にまみれながら手錠をピッキングしている。

「いやぁお手数かけるねぇ」

「それは言わない約束でしょう、と。これでどうだ!」

 ガキン!

 鍵の頑丈さがわかる音が鳴り、手錠が役目を終える。

「助かったよ。迷惑をかけたね」

「やっぱりそれは言わない約束でしょう。迷惑ってなら圧倒的に自分たちの方がかけてるんですから」

 全裸で汗まみれの羽婆に部屋にあったタオルを渡す。汗をぬぐって腰に巻けば完全に風呂上がりの姿である。

「よし、じゃあこの部屋を出て脱出を」

「その前に今の状況を確認させてもらえないだろうか?」

「あ、それもそうだ。今僕たちは……」

 カクカクシカジカ、テットリバヤクー

「なるほど……いや、素晴らしい働きだよ。本当に感謝する」

「それは光栄なのですが……その、資料は僕だけが読み込んだのですが、あそこに書かれていた。悪事っていうのは」

「あぁ、君の言う通りだよ。この学園、というよりこの学園を居場所に奴は密造をしている。造っているものは、読んだかい?」

「いえ、そこまでは。長くなりそうだったので」

「そうだね。簡単に言うと、それは――」

 ボギャオオォォォォォォォ!!

 扉の向こう側からバーナーの音を数倍強力にしたような音が聞こえて。格子窓から勢いよく真横に火柱が飛び出してきた。

「うおわぁ!! あっつっっっ!!!」

「く! どうやら予想以上に短気だったみたいだね。出るよ!」

「は、はい!」

 羽婆と華穂本は急いで部屋を出る。その先で見たものは――


              ・ ・ ・


 時は少し遡り数分前。合戦の始まり始まり。

「よし、じゃあ早速武器にでも変身してくれや!」

「ふん! 言わなくれも! 変化!」

 花蓮が能力を使いボフンと白い煙に包まれる。斑谷が煙に手を入れると人ではない金属質の感触が手に伝わる。

 煙が晴れて、その手に握られていたのは

 ブイイィィィィィィィィィィィィィン!!!

 木を丸ごと両断できる大型のチェーンソだった。

「おいぃぃぃ! 殺す気か!! 明らかにオーバーキルだろこれじゃ!?」

「あの腹立つ狐耳をバッサリいきなさい!」

「アホか! これはゾンビ相手しか使えないの! もっとソフトなやつにしなさいよ!」

「もう、融通が利かないわね。変化!」

 再度変身をして煙に包まれる。変わって手にあるのは

 ショキン! ショキン!

 何を切るのか想像もしたくないほどの特大のハサミ。

「なんでシ○ーマンにならないといけないわけ!?」

「あのあざとい尻尾を根元からちょん切りなさい!」

「毛皮製品にでもしようとしてるわけ!? 切断から離れなさいよ!」

「注文の多いやつね! 変化!」

 三度煙に包まれる。お前のせいだと言いたいがぐっと堪え、次に現れたのが

「……お前って元スケバンだったり?」

「はぁ? この超優良生徒に向かって何を言っているのかしら」

 側面にびっしりと釘が打ち込まれた、いわゆる釘バットだった。

「あの、これ以上文句は言いませんから、せめて釘は抜いてくれませんかね?」

「ち、攻撃力が……」

「優良生徒はそんなところに攻撃力なんて求めねぇよ!」

 渋々ながらバットから釘が消えた。これならば場所を考慮しなければいけないが、無力化できるほどのダメージは与えられるだろう。

「金ちゃんよ! 怪我したくなかったら。今すぐ降参して全裸になってくれや!」

「優しいのか鬼畜なのかわからないわねぇ。まぁ降伏なんて絶対しないけどね」

 金がポケットから小さなリモコンを取り出してスイッチを押す。すると

「な、なんだありゃ?」

 金の隣の扉から白いドラム缶の底に一輪車のように太いタイヤを付けたロボットが現れた。

「防衛用ロボットよ。人一人くらいの相手なら、どうとでもなるわ」

「もはやなんでもありねこの地下室……」

「妙に余裕があったのもこのロボットが、いや、最悪この地下室を自由に使えるからってことか!」

「ご名答。じゃあ頑張ってね」

 クスクスと不敵に笑っているうちに白い機械が斑谷に向かってくる。

「へ! 所詮ロボットだろ? スクラップにしてやるぜ!」

 ロボットの前まで走り、花蓮バットをロボットの頭部に向かって振り下ろした。

 花蓮バットは直撃して快音を鳴らした、が

「んな! かってぇぇぇ!?」

 ロボットには多少の擦り傷を負わせただけで、壊れるどころか動かすことさえできなかった。

 花蓮バットが無力に終わったとわかったのか、ロボットは迎撃に入った。

「え、ちょ、おぼぉぉ!?」

 ロボットの前側面の装甲が一部勢いよく飛び出し、斑谷を突き飛ばした。見た目は特殊部隊が並んで構える盾のようににみえる。

「ちょっと! ちゃんと倒しなさいよ!」

「ちょ、ちょっと油断しただけだわい!」

 そういってまたロボットに向かっていくが、何度叩いても効果がなく、何度も突き飛ばされてしまう。横から回り込もうとしてもぴったり前について行く手を遮ってくる。

「だあぁぁ! 最近の科学はどうなってんだ!? ロボットの逆襲が近日中にでもあんのか!?」

「もう役立たず! なら私を投げて! あのリモコンごとあの女狐をぶっ倒してやるわ!」

「おぉ、その手があったか! ならグッドラック!」

 斑谷は花蓮バットを宙に放った。それはくるくると回転しながら、ロボットの上を通過して

 ニョキッ。ガァン!

 ロボットの上を通過しようとしたまさにその時、ロボットがタイヤの部分から上に伸びて、花蓮バットをはじいた。

「…………」

「…………ドラ○もんの秘密道具でこんなのあったなぁ」

 悲嘆に浸りながら、とりあえず花蓮バットを回収。

「んもぉぉぉぉぉぉぉぉ!! なんなのよあのポンコツゥゥゥゥ!!」

「あっははははははははははは! 無様ねぇ!」

「斑谷! 気合いよ! 気合いで押し切りなさい!」

「いや、ちょっとさすがにそれは厳しいっていうか」

「あぁん!?」

「突撃ぃぃ!!」

 もはや涙目になりながらバット片手に特攻する斑谷。昔の戦争もこんな感じだったのだろうか。争いは涙しか生まない。

 ただやはり結果は同じ。バットを振り下ろしては突き飛ばされの繰り返し。

「ふぅ、これは時間の無駄ね。ここはロボットに任せてさっさと逃げましょうか」

 金が地下室の出入り口に向かうために後ろを向き、歩こうとした、が

「どこに行くのかしら先生?」

「……は?」

 金が呆然とするのも無理はない。そこにいるはずのない者が――

「ぶっとべこのエセ教師女狐ぇぇぇ!!」

「ちょ! ぎゃあぁぁ!!」

 ありったけの罵倒とともに渾身の回し蹴りが繰り出され、金の側頭部にクリーンヒットした。そのままの勢いで壁に叩きつけられて。倒れた。

「ふぅ……すっきりしたぁ」

 晴れやかな笑顔で金を見下すのは先ほどまでバットであったはずの花蓮であった。

「ふぅ……すっきりしたい」

 その足元でニヤニヤしながら花蓮をなめるように眺めるのは、金の手から解放された斑谷頭。なぜなら花蓮の今の姿は、制服がなく、胸と股間を隠す下着しか身に着けてない状態であるからだ。変態が見逃すはずがない。

「フンッ!!」

「ぎょべぇ!」

 花蓮が目を覆うように斑谷頭を踏みつける。どこぞのデブなら喜びあがるよころだが、さすがに彼にその性癖はない。

「あの、このままでもいいんで、とりあえずロボット止めていただけませんかお月見様」

「ほんと調子だけはいいわねあんた」

 花蓮は見られないように目を覆うように斑谷頭をアイアンクローで持ち「こめかみがぁぁ!」倒れている金の傍に落ちているリモコンを操作して、ロボットを止める。

 あれほど元気に何度も突き飛ばしたロボットはゆっくりと横に倒れた。

「お月見ー。頭プリーズ」

「その前にあんたが持ってる私の制服を寄越しなさい」

「は? 制服なんてうわ、バットが制服になってる! チクショー! 頭があれば今すぐクンカクンカスーハースーハーするのにアダダダダダダ! 悪かった! そろそろこめかみにクレーターができちゃうから!」

 おとなしく制服を花蓮に渡し、交換で頭を本体に渡す。

「ふぃ~。頭と体を接着剤でくっつけることを検討しようかな……」

「その前に瞼をくっつけた方がいいわ」

「俺の光を奪わないで! てかなんで瞬間移動してたのよ? あ、見てませんよ」

「見られてたら鳥肌が立つからすぐわかる。狸の能力は私だけを変身させるわけじゃないわ。私が持てる物くらいならそれも変化させられるのよ。制服をバットに。私をネズミに変化してこっそり近づいたってわけ」

「なるほどな~。ん?」

「くぅ……」

 倒れていた金が震えながら起き上がろうしている。だがダメージが大きいのだろう。体を起こすだけで精一杯のようだ。

「タ、タフだな~金ちゃん。起きないほうがよくね?」

「そうね。きっちりとどめを刺すのが優しさよね」

「お、お前実は今回の黒幕だったりしないのか!?」

 ヤンキーの番長のように指をポキポキ鳴らしながら近づき、とどめを刺そうとしたが、待ったが入る。

「ちょっと待てお月見。なんか様子がおかしいぞ」

「……まだ何かする気?」

「ふざ……け……るな……」

 金が頭の狐耳に指を入れて何かを取り出した。それは

「ビー玉?」

 手に持つ小さなガラス玉は金粉のような細かい粒子が中にあり、真ん中に近づくほどその密度が増し輝いている。

「そんなもんで何するってんだ?」

「あんたたちに、こんなところで邪魔されてたまるかってのよ! 私は、私はぁ! これを使って、もっともっとぉ! 力を手に入れるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 先ほどの余裕と美貌にあふれた彼女はもういない。そこには髪が乱れ顔をゆがませ声を荒げる変わり果てた女がいた。

 怒りのまま叫ぶと、ガラス玉を口に含み、奥歯でかみ砕いた。

「下がれお月見!! なんかやべぇ!」

 斑谷の言葉を聞くまでもなく異常を感じた花蓮が下がる。その瞬間。

 ボギャオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!

「かあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 炎が、吹き上がった。


              ・ ・ ・


「な、なんだこりゃあ!! あっつぅぅぅ!?」

「くぅ! これはとんでもないな!」

 拷問部屋から出てきた二人が目撃したのは、地下室の廊下の真ん中で全身が燃え盛っている金と。

「け、恵吾! 無事なのか!?」

「あ、敦司! けほ、羽婆先輩は助けたのか!」

 廊下の奥でうつ伏せで倒れながら答えた。

「これはどういう状況なんだ!? 倒すどころかパワーアップしてるじゃないか!?」

「知らねぇわ! 一回倒したんだがなんかビー玉みたいなのを食べたらこうなったんだよ!」

「ビ、ビー玉? なんのことだ?」

「やはりか。凶玉(まがだま)をつかったな」

「凶玉!? それってもしや例の」

「そう。僕が調べていた悪事の元凶。それがあの凶玉だ。妖怪が使える能力を飛躍的に高める効果のある……麻薬さ」

「そ、そんなものが学園で作られていたのですか!?」

「あぁ。調べた限りだと、この地下室が拠点みたいだ。本格的に調べれば製造室なんかも見つかるだろうけど……」

「今は脱出が先でしょう! これ以上いたら灰になっちまう! おいお月見! 返事しやがれ!」

「そんな、大声出さなくても聞こえてるわよ。なんかすごい大事になってきたわね」

 花蓮は炎が噴き出した時に斑谷に押し倒す形でかばったので、今は斑谷の下にいる。

「きぃぃぃ……殺す、殺すぅ!」

 さっきまで炎を出すだけだったが、意識を取り戻したのか、斑谷と花蓮に視線を向ける。

「げ、やばいんじゃないか!?」

「と、とにかく避けるわよ!!」

「きえぇぇぇぇぇ!!」

 金が掌を多少に向ける。そこから火柱が直線状に放射される!

「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 廊下の奥に飛び込んだ二人はかろうじて回避する。しかし少し火の粉が飛び火したのか、斑谷の服が燃え出した!

「うわぁぁお! アチチチチチ!」

 急いで着ている女子制服を脱ぎ捨てる。そのせいで上半身裸のスカート一丁という弱弱しい姿になってしまった。

「ちくしょう! 発熱の能力がブーストされて発火、いやもうこれ発炎ってかんじだろ! やりすぎだろおい!」

「うだうだいってないで! 次が来るわよ!」

「いいいいぃぃぃぃぃぃぃきゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 しかし今度は見当違いの天井に火柱が放たれた。それは想像もしない惨事を引き起こす。

 ボギャァァァァァァァ!! ボッコォォォォォォォン!!

「ちょ! 天井が!」

 炙られた天井が瓦礫とともに崩れ落ちる。そこから地下室になかった光が差し込む。女子寮の一階に繋がったのだ。

「古い建物だから耐えられなかったのか!?」

「まずいな。あのままだと火の手が女子寮に伸びるぞ!」

 羽婆の言う通り、炎は導かれるように酸素のある一階に勢いよく伸びてゆく。一度燃え移ったらあとは言うまでもないだろう。

「は、早く金先生を何とかしないと!」

「だがよ! あのキャンプファイヤー状態でどうやってどうするんだよ!」

 己の身を守るので精いっぱいというこの状況で

「これはいったいどういう事なの!?」

 新たなゲストが現れた。

「君は……女々院か!?」

 地下室の入り口辺りから聞こえた声は教育実践部の部長、女々院由里華その人だった。

「羽婆君! これはなんなの!? あのバカホモはいるの!?」

「彼はここにはいない! ……そうかいける! 女々院! 君の能力で僕を濡らしてくれ! ありったけ頼む!!」

「はぁ!? あぁもう! あとでしっかりバカホモともども説明に来なさいよ!!」

 女々院は両手を合わせて、ゆっくり開く。その両手の間からチャプチャプと水が球体状を維持して溢れてくる。

 女々院はマーメイドの妖怪。その能力は水を作り出すこと。砂を生み出すゆなの水バージョンといえる。

 だがこちらは手のひらサイズなんてものではない。あっという間に人一人くらいなら包み込めそうなほどの水が作り出された。

「あれに当てなくてもいいの!?」

「僕を濡らしてくれ! 水くらいで鎮火するとは思えない!」

「じゃあたっぷり、受け取りなさい!!」

 女々院が作り出した水が宙に浮きながら放り投げられる。

 風船のようにぷわぷわと弧を描き、そのまま

 バッシャァァァン!

 羽婆の頭から全身を包み込むように水が自由落下し、羽婆が汗だくの時以上に濡れた。

「よし! これなら一撃くらいは」

「こぉぉぉろすぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 ほかの人間が来たのを見たのか、羽婆から水の音が聞こえたからなのかはわからないが、なにかに異変を感じ取った金は羽婆に向けて手をかざす。

「華穂本くん! 一度部屋に逃げるんだ!」

「先輩は!?」

「ケリを着けてくるよ」

 羽婆が華穂本を部屋に向かって突き飛ばす。それと同時に火柱が放たれる!

「先ぱ、は?」

 突き飛ばされて、再度先輩を視界に入れようとしたが、そこに先輩の姿はなかった。

 音もない、動きも感じ取れなかった。なにより。

「僕の流動感知にも全くかからないってなんなんだ!?」

 彼はこの地下室にいるくらいなら大体の場所は把握できる。にもかかわらず場所どころか存在すら感じ取れないのは全くの異常だった。

 では先輩はどうなったか? その答えは別の角度から見ていた斑谷が把握した。

「うおぉ!? 先輩が消えた!?」

 羽婆が蜃気楼のように空間に溶けた。もはやそう言うしか状況を説明できない。

「ぬらりひょん奥義……幽歩道」

 どこからともなく声が聞こえた。火柱が外れたがお構いなしに炎をまき散らすそいつの、後ろから

「え! いつの間に背後に!?」

「もう終わらせるよ! はあぁぁ!!」

 羽婆が渾身の手刀を金のうなじに叩き込む!

「ぎゃが! ぎ、ぎぎぎ……く、くそったれぇ……」

 最後の最後で意識を取り戻したのか、悪態をついて気絶した。

「やったのか!?」

「やめて斑谷。それフラグよ」

「大丈夫。手ごたえがあった。確実に気絶してるよ」

「先輩! まだなんじゃないですか!? 倒れていますけどめっちゃ燃えてるますよ!?」

 力なくぐったりと倒れているが、全身からいまだに轟轟と炎が吹き荒れている。

 羽婆がやけどをした手をかばいながら華穂本のいるところまで下がる。

「あれが、凶玉の恐ろしいところだ。一度摂取すれば、命が尽きるまで能力を使い続ける。たとえ本人の意志とは関係なく、意識を失ってもね」

「そんな……そんなものを、この人は作っていたっていうの……?」

 花蓮は恐怖に滲んだ目を倒れている者に向ける。日常からかけ離れた世界を垣間見てしまい、戸惑いを隠せない。

「先輩! 全身火傷だらけじゃないですか! 手なんか特に!」

「ありがとう。でも大丈夫、先にここから脱出する方が先だよ。ここはもう、もたない」

 羽婆が地下室を一瞥する。

 壁や天井や床のあちこちが焦げ付き、廊下の隅に置き去りにされた木箱や袋などが火種の役割を担ってしまっている。

 先の天井に空いた穴を起点に天井がひび割れ、バキバキと軋みをあげている。

「上から悲鳴が聞こえるな。やはりもう火の手が回っているか!」

「なんかどえれぇことになったがもう終わりだ! ほれ逃げるぞお月見!」

「あぁもう! 言われなくてもするっての!」

 倒れたキャンプファイヤーを迂回して出口に向かう。地下室は一本道だから、このまままっすぐいけば出口に出られる、が

 彼女の怨念なのか、そんなことを許しはしなかった。

「うおっ!? お月見あぶねぇ!!」

「え? きゃっ!」

 花蓮が不意の衝撃に押され前のめりにコケる。次の瞬間。

 ボゴン! ガラガラガラガラガラガラガラ!!

「あぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ちょ! 斑谷!?」

 早くも限界が来たのか、天井が崩落し、花蓮をかばった斑谷の上に降り注いだ。

 相当量の瓦礫が落ちてきたので、斑谷は全身を飲まれ、右手だけが瓦礫の山からはみ出してる。

 花蓮が駆け寄って声をかける。

「ちょっと! 大丈夫なの! 返事しなさいよ! 斑谷ぃ!」

「そんなに熱烈なラブコールを送っちゃってもう! 聞こえてますよマイハニーうぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! 唯一無事っぽい右手がぁぁぁぁぁぁ!!」

「は! ついイラッとしたから折ろうとしちゃった! 大丈夫なの斑谷!?」

「てめぇにへし折られそうになった右手以外はな! いや、体のあちこちがいってぇが、頭は瓦礫の外だ!」

 瓦礫の向こう側から声が聞こえる。花蓮を突き飛ばした時に勢いで頭を落としたのが功を奏した。

「待ってなさい。今この瓦礫を退けて」

「無理だ月見里さん! この量の瓦礫は僕等では動かせない!」

「なら頭だけでも!」

「いや君は逃げるんだ。恵吾は僕が助けにいく!」

「やめろぉ! この瓦礫を登っている内に逃げられなくなっちまう!」

「じゃああんたを置いていけっていうの!?」

「恵吾を置いていけるかよ!!」

「大丈夫だ! 今こそ俺の秘められた必殺奥義が」

「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!!」

 地下室の破壊音に負けない声で叫ぶ。現状に理解が追いつかず、振り払うようにしていた花蓮だが、目の前の理不尽を見ないふりするほど盲目になったつもりはない。

「大丈夫。君は僕が助け――」

「せんぱぁい!! 違うでしょう! 今のあなたの怪我じゃそんなこと出来ないでしょう!? 共倒れになっちまう!」

「斑谷君……でも!」

「なにしてるの!? 私の水で火を消して道を開くから、早く逃げるわよ!」

女々院が出口辺りで叫ぶ。火の手が強いのかかなり切羽詰まった声で呼んでいる。

「ほら、先輩は二人をたすけてくれよ」

「くっ……僕は……」

「大丈夫ですよ先輩。俺の、いや、俺らのしぶとさをよく知ってるでしょう?」

 火傷まみれで力が入らないはずなのに、血が出るほど拳を握り、歯噛みする。

「…………無力な僕を、恨んでくれ」

「いやぁそんな。あ、でもちゃんと生き残ってるんでレスキューには来てくださいよ? なんかこのままだと俺生き埋めエンドになりそうだから!」

 羽婆は力を振り絞って助けようとする花蓮を肩に担ぎ、華穂本と女々院の先導のもと女子寮を駆け抜けた。

 残ったのは、今だ火力の弱まらない金と、頭だけ無事な斑谷だけである。

「さーって、どうしたもんかなぁ……体は全く動かねぇし。頭だけ助かるスペースなんてないしあっぶねぇ!!」

 独り言の最中でもお構いなしに落ちてくる天井の瓦礫を間一髪でローリング回避。

「はぁ……これはやっばいなぁ……最後にもう一回お月見のおっぱい揉んどくんだったなぁ……あ、これ死亡フラグわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そのセリフに呼応するように真上の天井が限界を迎える。もう転がって回避できるような大きさではなかった。

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ死にたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 バッカァァァァァァァァァン!!

「……え、えぇ?」

 百キロ越えの力士ほどの大きさの巨岩は、空中で急に爆散した。いったい何が起きたかと薄暗い中地下室を見回すと

「あ……あんたは!」

 そこにいたのは――


              ・ ・ ・


 結果だけを言えば、人的被害は全くなかった。

 火事が起こり、生徒の一部が気づいた時点で教職員よりも早く動いたのが、やはり風紀委員のメンバーであった。

 筆頭として指揮したのは委員長ではなく副委員長の雲野であった。

 地彼女の迅速な指示と対応で女生徒は全員避難。しかし肝心の委員長が見当たらないと思ったら、お風呂場に行っていたと情報が入ったので危険を顧みず行ってみると露天風呂のベンチで半裸で気絶しているという謎な状況で発見したのでお姫様抱っこで救出。これで全員の救助が完了したのである。

「これで全員ですね! 脱出した生徒は順次学園の体育館に避難してください!」

「けほ、雲野……これは……?」

「委員長! お目覚めですか! 火事です! 原因は不明ですが、立ち入り禁止の地下室から出火したものと思われます。一部では崩落した場所もあるそうで」

「そう、なの」

「それより委員長はどうしてあんなところで倒れていたのですか? まさかのぼせたなんてこともないでしょうに」

「私は……私は……っ!」

 混濁した記憶が鮮明になり、その記憶のせいで顔が赤くなる。

「ど、どうしたのですか委員長!? まさかあんなところで寝ていたから風邪でも!? バ、バフ○リン、バ○ァリンを!」

「し、心配ない。そ、そんなのじゃ、ない……ない」

 異常に心配しだす副委員長をよそに、建物が倒壊を始めた。

「委員長! ここももう危険です! 離れましょう!」

「うん。……待って。声が、聞こえる」

「え!? じゃあまだ取り残された生徒が――」

 バシャアァァァァァン!!

 燃えていてわかりにくくなったが、女子寮の玄関から水の塊が飛び出してきて、それに続くように男女複数が出てきた。

「で、出られたわよ! も、もう、水は出せないわぁ……」

「そ、それは……よかった。ヒュー、ヒュー」

「先輩が火にあてられて干物みたいに! 女々院さん! 先輩に飲ませる分だけでいいんで最後に少しだけ水をー!! ヘックション!」

 先頭の女生徒は教育実践部の女々院。真ん中の男は腰に制服を巻いているだけでほぼ全裸でミイラみたいに乾いており、肩に女子生徒を担いでいる。

 その後ろからは女生徒の制服を着たメガネの男が心配そうに付いている。もうめちゃくちゃとしか言いようがない。

「な、なにがどうなってるんですかこれは!?」

「うおぉぉぉぉぉ!? これはどうなっておるのじゃぁぁ!?」

 雲野が混乱してる後ろから、爆走するデブに乗った幼女が駆けてきた。砂蔵ゆなと草壁二千翔である。

 流石に精根尽き果てたのか、地面に倒れこむ。心なしか若干痩せてるようにも見える。

「二千翔! 無事でよかった!」

「あ、敦司……こ、これ……」

 二千翔は最後の力を振り絞り、ポケットから例のUSBを取り出して手渡す。

「君の努力、確かに受け取った!」

「あとは……頼ん、だ……(ガク)」

「二千翔! 二千翔ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 お涙頂戴のシーンのようだが、倒れた方は鼻提灯を膨らませてグーカーあくびをかいて眠っている。お互いムードがかみ合わない。

「離してってば!」

「何言っておるのじゃ! あんな火達磨の中に入れるわけなかろう!」

 燃えている女子寮付近で花蓮とゆながもみ合っている。ゆなだけでは止められそうにもないので華穂本も止めにはいる。

「まだ中にあのバカが! 助けなきゃ!」

「火の手が強すぎるから無理だよ月見里さん! 消火してからじゃないと」

「そんなことしてるうちに死んじゃうでしょう! 早くしないと――」

 ボバァァァン!! ガラガラガラガラガラガラガラガラガラ!!!

「あ……あぁ……」

 花蓮の焦りをあざ笑うかのように、女子寮が完全に倒壊した。

 もはや建物であった頃の面影は微塵も残っていない。あるのはいまだ燻ぶる炎と、焼かれ焦げきった瓦礫と灰の山だけとなった。

「そ、そんな……あ、あぁ……」

「け、恵吾……嘘だ……」

「くっ! また僕は……!」

 一様に落胆をあらわにする。もう、あの地下室に入るすべは、ない。

「……?」

 喪玖が状況を察するが、妙な違和感を耳で感じ取ったので、手を耳に当てて耳を澄ます。

「ど、どうしたんですか委員長?」

「まだ、音が聞こえる……これは、掘削する音?」

 雲野が質問するころには、誰の耳にも聞こえるほど音が大きくなっていた。

「な、なに? どこから聞こえてるの!?」

「華穂本くん! 君の能力なら!」

「もうやってます! 場所は……下です。ちょうど瓦礫の下から!」

 流体感知で分かるという事は何かしらの生き物が地面から登ってきているということになる。

 今しがた崩れた瓦礫の小石が振動でカラカラと転げる。やがてゴリゴリゴリとはっきりと聞こえてきたところで、瓦礫が内側から膨らんで

「マアァァァァァァァァァァァンパゥワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 野太い声とともに瓦礫を吹き飛ばし押しのけてナニかが飛び出した。

 高く飛び上がり天空を舞うそれは、隆々と筋肉の盛り上がった切れっ切れのナイスバディ。しかし全身灰色の体毛で覆われ、首から上は完全にオオカミの目、口、牙。その正体は

「阿部センパァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイイイ!!」

 誰よりも真っ先によだれを垂らしてその名を呼んだのは華穂本だった。あまりのイイオトコっぷりに一瞬で目をハートにしてしまっている。あんたさっきまで絶望していたでしょうが。

 瓦礫から出てきたのは人体神秘研究部の阿部勃狼だった。そしてその背中には阿部ごと巻きつけるように縄でくくって背負われているものがある。

「ま、まさか……斑谷くんか!?」

「ハッハー! その通りさ! ホッ!」

 上昇が終わり落下が始まっても焦ることなく、一回転してシュタっと華麗に着地した。

「愛と薔薇の狩人、阿部勃狼、地獄の底から舞い戻ったぜってな」

「なんで阿部先輩がとかどうして瓦礫の下からとかもうどうでもいいから抱いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇおぎゅう!?」

「こんな、時に、盛るんじゃない」

 瓦礫の音で起きた草壁がアームクラッチを食らわせ目を覚まさせる。

「よくやってくれた勃狼。ほんとに感謝するよ」

「このくらいいいってことよ。ほれ斑谷。仲間に無事を伝えるがいい」

 阿部が縄をほどいて斑谷を立たせる。しかし

「う、うぅぅぅぅぅ……」

「な、なんだろう。僕にはとても瓦礫で潰れたからとは思えない顔をしているように思えるんだけど……」

 確かに斑谷の顔色は真っ青で大変よろしくない。しかしそれは怪我のせいとかではなく、表現するなら嫌いな食べ物をお腹いっぱい食べさせられた後に全力ダッシュさせられて吐きそうになっている人間の顔だ。

「あー……これはな……」

 さてどうして斑谷がこうなったか、ここからは阿部の回想をお届けいたします。ホモンホモンホモモ~ン


              ・ ・ ・


「あんたは! ……誰?」

 女子寮の崩壊が加速する中、落ちてきた瓦礫を粉砕したのは筋骨隆々の狼男だった。斑谷の知り合いに頭が狼のやつは流石にいない。

「おいおい、俺のことを忘れたってのか? しょうがない、俺のナニを見れば思い出すか」

「あーわかったわかった! その耳にねっとり残るしゃべり方と声はガチホモ先輩だ! わかったからチャックはそのままにしてくれ!」

 若干不満そうに下げようとしたズボンのチャックかられを放す阿部。斑谷頭を持ち上げる。

「女子寮から尋常じゃない火が上がったんでな。十中八九お前たちが絡んでいるとみて、潜入したんだが、いやはやこんな危険な状態だとは」

「助かりました先輩! すげーパワーっすね! それ狼男っすよね!?」

 阿部は狼男の妖怪。変身するとアメコミヒーローレベルの肉体とパワーがその身に宿る。

「その通りさ。さて、あとは脱出するだけなんだが……もう切れるな」

 阿部の言葉通り。全身の体毛がなくなり、顔も元の状態に戻ってしまった。

「あれ? なんで戻るんすか? そのパワーがないとさすがに脱出は」

「そうなんだが……君、狼男の変身のトリガーって知っているかい?」

「トリガーって、あれでしょ。真ん丸な満月を見るとか月の光を浴びるとかですよね?」

「そうだな。その話は有名なんだが、正確には『ナニかに興奮する』というのが正しい。月でっていうのは昔のとある狼男の話ってことなんだな」

「へーそうなんすねー。じゃあ先輩ももう一度興奮、す、れ……ば……」

 斑谷は途中から何かを察した。変なところで察しのいい自分を恨んだ瞬間でもあった。

「理解が早くて助かるな。では、いただき――」

「待って待ってまって! 何かおかずとか持ってきてないんすか!?」

「おいおい。常にエロ本を持ち歩くなんて非常識だろう」

「まさかの正論ビーム! も、妄想でなんとかならないんすか!?」

「俺の妄想力をもってしても変身には至れないんだ。自分の力不足を痛感するよ……」

「敦司ぃぃぃぃぃぃ戻ってきてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 最高にお前好みのシチュエーションだぞぉぉぉぉぉぉ!!!」

 斑谷の決死の叫びは華穂本にはくしゃみでしか届いていなかった。

「俺もここまで消耗するとは思わなかったんだ。こんな場所で申し訳ないが、君も死にたくないだろう?」

「今割と死にたいと思ってます!」

「そんなこと言うなよ。大丈夫、男は度胸。何でもやってみるものさ」

「いやぁぁぁぁぁらめぇぇぇぇ! ちょっとホントまって! うぉぉぉぉぉぉぉ動け俺のボディィィィィィィ! ひぃぃ両手でがっちり頭ホールドされて逃げられないぃぃぃぃ! いやぁぁぁぁぁぁぁ目をつぶって顔を近づけないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! あ、ちょ、あ、あ、あ、アァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


              ・ ・ ・


「というわけで俺の愛で逝ってしまったってわけさ。おいおい華穂本ボーイ。今しがた九死に一生を得た友の顔を殴ろうとするんじゃない」

「キサマァァァァァァァァ!! 僕が先にもらうはずだった先輩のチッスをぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「お、俺の今の状態を見て進んで受け入れたと思ってんのか!? こ、こいつを止めてくれ二千翔!」

「合点」

 草壁に暴れる性の獣を押さえてもらっている間に、斑谷はある人物の前まで歩く。

 もうなにがどうなったか分からず混乱して地面に座り込んでしまっている、花蓮の前に。

 斑谷は手を差し出して立たせる。

「あ、あんた……怪我は……」

「おう。体は打撲とかでめちゃくちゃ痛てぇが、骨とかは多分大丈夫だ。今は心の傷の方がキツイな。うっぷ……」

 口元を手で押さえては吐き気を抑え込む。トラウマにならなければいいが。

「でも、サンキューな。お前は最後まで俺を助けようとしてくれてたよな」

「あ……あれは、その、目の前で頭がザクロみたいにつぶれるのが見たくなかったからよ!」

 さっきまでの必死さを思い出して気恥ずかしくなったのか顔を赤らめて視線を外す。

「おぉう。確かにそれは見たくねぇな……でも、それでもやっぱりお前のおかげなんだ。きっと俺がこうして助かったのは」

「え……?」

「あれがあったから、俺は色々頑張れた。どんなピンチでも、どんな時でも、あれに勇気と力をもらったんだ。だけど、やっぱりあれは俺の物じゃない。ちゃんと返さなきゃいけない。その使命も、俺には生きる希望になったんだ」

 斑谷はまっすぐ花蓮を見て、そして


 ほぼ全裸の彼が唯一履いているスカートの中から、ずっと履いていた女物のパンツを脱いで、花蓮に差し出した。


「これはお前のパンツだ。どれだけいいパンツだろうと。やっぱり持ち主が履いてなきゃ意味がねぇ。遅くなったが、返すぜ、ありがとう。ナイスパンツ」

 いい雰囲気を感じとって眺めていた周りのギャラリーが一斉に「うわぁ……」とドン引きの声を漏らした。なぜこの男はこんないい笑顔で本人に盗んだうえ履いていたパンツを返せるのだろうか?

「……………………」

「どうした? あぁ、あれか。洗濯して返した方がいいか? あぁそりゃそうだよな。でも男子寮でこれを洗濯なんてしたら血で血を争う奪い合いになっちまうから、ここは穏便に済むようにそっちで洗濯して―」

「今さらあんたが散々舐めまわした挙句着用していたパンツなんているかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「お、俺は舐めてない! ただ顔に被って履いてただけでぼぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 花蓮の渾身の右ストレートが顔面に炸裂し、斑谷の頭は青空の彼方に飛んでいった。

 結果として大ごとになったが、一応三人の事実偽証作戦は、無事にコンプリートしたのである。コングラッチュレーション!

 ……まぁ、首なしの彼は全く無事とは言い切れないが。

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