第三章 二幕+幕間
第三章 二幕 「逃走×友情=涙そうそう遁走曲」
あやかし学園の女子寮は変態には厳しい造りになっている。
その昔。一人の男子生徒がパンツ欲しさに女子寮に侵入したという。それも一度ではなく複数にわたって。
その鮮やかな手際はアニメで有名な赤いスーツの怪盗を彷彿させるほどであたと記録されている。
当時の女子生徒も自分のパンツが盗まれるのを指をくわえて我慢していたわけではない。侵入されるたびにあの手この手で捕まえてやろうと防犯対策を施していった。
そうしてあやかし学園女子寮は侵入不可の鉄壁の要塞となったのだ。ちなみにパンツ怪盗はただの一度もつかまることなく正体を明かすことなく、学園を卒業したらしい。変態は社会に解き放たれたてしまったのだ。
そして今宵。変態の歴史は繰り返される。
今回の侵入者は斑谷恵吾・華穂本敦司・草壁二千翔の三名。いまだ正体はばれていないものの現在決死の逃走中。
さて、彼らは無事に逃げおおせることができるのか? 波乱と狂乱に満ちた第二幕は始まりを告げるものか、はたまた終わりを告げるものか……
・ ・ ・
「ちっくしょう! まだ追ってきやがる!」
斑谷は走っていた。いや、走らされているというべきか。後ろからは複数の女子が怒りをあらわにした顔で斑谷を追いかけている。
「そこの変態! 止まりなさーい!」
「逃げても無駄よ! おとなしく捕まりなさい!」
「野郎ぶっ殺してやらぁ!!」
「血の気が多すぎだろ!?」
もはや自宅謹慎などでは済みそうにない。このまま捕まれば病院で謹慎させられそうな勢いだ。
ちなみに彼は顔に先ほど花蓮から奪い取ったパンツをかぶっている。
防犯カメラに顔が映らないようにする苦肉の策だが、どうみても鈴木亮平主演で公開された実写映画で有名な変態仮面にしか見えない。気分はエクスタシィ~!!
「何とか脱出する場所さえ見つければ!」
そう思いながら廊下を走り、T字の廊下が見えてくると、正面から声が聞こえてきた。
「くっそ! 前からもか! ……ん?」
前後で挟み撃ちされ、よもやここまでかと思ったが、何かおかしい。前から走ってくる二つのシルエットは女子どころか人ですらない。一番近いものを挙げれば
「オバQ?」
「わぁぁ前にも女子が!?」
「ちがう、前は、ケイゴ」
「お前らかよ!」
向かってきた二人はリネン室のシーツを被った華穂本と草壁だった。自分たちの正体を明かさないための緊急措置なのだろうが、余計怪しい。イメージとしてはコンビニにサングラスとマスクとヘルメットをして入店するような感じ。
「なんでお前ら外に出てんだよ? あとそのシーツ何?」
「それを言うなら君が顔にかぶっている女子の下着のほうが気になるんだが?」
「旨そう。頂戴」
「「「待ちなさーーーい!!」」」
「やっべ!」
「とにかく逃げるよ!」
「もう、しんどい」
不幸中の幸いと取るべきか、なんの打ち合わせもなく合流することができた。そして示し合わせたようにお互いが来た道と違う曲がり角に逃げた。
「これからどうする!?」
「どうするって! 脱出するしかないだろ!」
「どうやって、ここを出る? ぜぇぜぇ」
「本来なら風呂場で満喫した後来た時と同じ方法で帰るつもりだったがもうそれは使えない!」
「なら他の場所か!? こうなったら女子を振り切って正面玄関から出るしか!」
「ダメだ! 女子寮の門限はもう過ぎてしまってるから扉はしまっている! おそらく男子寮と同じで南京錠で鍵がしてあるからそこからは出れないだろう!」
「あ~そういえば昔外で遊びすぎて門限すぎちまって一晩外ですごしたな~」
「あれは、寒かった。ゴヒューゴヒュー」
「思い出話してる場合か! 聞いてくれ! 僕に策がある!」
「なんだって! 脱出できるのか!?」
「できないことはないが、難しい。三人の力を合わせないと出来ないだろう!」
「それしか、ない。こふっ」
「あぁ! 二千翔がスタミナ切れと酸欠をひき起こす前に説明を!」
「よし! じゃあ今から女子寮脱出作戦の内容を話す! 一回しか言わないからよく聞いてくれ!」
・ ・ ・
大前提として女子寮は正門からしか出入りできない。
先にも言ったとおり女子寮の周りには高い柵があり先端部分は電気が通っているので上って逃げることもできない。
唯一の出入り口である正門も今は硬く閉ざされている絶望的な状況で、華穂本が考えた打開策とは。
「屋上ダイブだ」
「俺らに死ねと!?」
「せめて、窓」
「いやダメだ。窓からでは柵を越えることは出来ない。飛んで柵を超えられるのは屋上以外では不可能だ」
「じゃあ今から屋上に向かうのかよ!」
「それしかない。今僕たちがいるのは1階で、屋上は三階の上だ。普通に行くと間違いなく女子に捕まる。風紀委員によってもうすでに包囲網が敷かれているだろうからね」
「あの無愛想なスパイダーウーマンか! やりかねんな!」
「だからまずは……まずい!」
説明の途中で正面から女子が鬼のような顔で突っ込んできた。運動部なのだろうか、皆男子顔負けのゴツイガタイをしている。
「ひぃぃ! 漫画のドドドドって擬音がリアルに聞こえるぅ!」
「二千翔! そこの消火器を使え!」
「イエッ、サー!」
草壁は廊下に備え付けてあった消火器を持ち、安全ピンを抜き、ホースの狙いを定めて、噴射した。
「きゃあぁぁ!」
「いやあぁぁぁん!」
「あっはあぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「はっはー! 白いのぶっかけてやったぜ! ゴリゴリのくせにいい声で鳴くじゃねぇか!」
「くそったれぇぇぇぇぇ!」
「こけにしやがってぇぇぇぇぇぇぇ!」
「干物になるまで潰してやらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「すいません調子こきましたぁ!」
優勢になったかとおもいきや、火に油を注いだだけであった。しかしそれでも多少の足止めにはなる。
「よし! そこの角を曲がって!」
二人は華穂本の指示する廊下の角を曲がる。そこは
「おいおい行き止まりじゃないですかぁ~!」
「間違、えた!?」
「いいやこれでいい! 二千翔! 僕たちが来たほうに消火器をありったけ撒き散らせ!」
「了、解!」
ブシャァァァァ! とホースから白い粉が絶え間なく噴射される。曲がり角からもうもうと溢れる煙を見逃すほど女子はマヌケではない。
「あそこね! そこは行き止まりだから逃げ場はないわ! 確実に追い詰めて捕まえなさい!」
リーダー格の女子が後ろの女子に指示して曲がり角の廊下を包囲する。煙が包囲している女子に到達するかというところで
「きゃ! 冷た!」
「何!?」
「煙探知機が作動しちゃったの!?」
天井に貼り付けてある煙探知機が、あまりの煙の量に反応し、放水をしてしまったのだ。
「ちょ、びちゃびちゃなんだけど!」
「もー最悪ー!」
「絶対捕まえてギタギタにしてやるんだから!」
消火器の煙は放水によって瞬く間に消えていき、行き止まりの廊下を明らかにした。
「さぁ覚悟して……え?」
女子がたまった鬱憤を晴らそうと廊下にいる犯人を捕まえようとしたが、そこには使い倒された消火器が転がっているだけで、犯人どころか人一人存在しなかった。
「ちょ! どこに言ったの!?」
「窓は!? 降りて逃げたんじゃない!?」
女子の一人がすぐさま窓を開けて外を見る。が、犯人が通ったような後はどこにもない。
「ダメです! 音も足跡も見当たりません!」
「くそ! 煙が出てるときに上手いこと脇を抜けたんだわ! すぐに戻って見つけ出して!」
女子たちが慌てて来た廊下を戻り、犯人の捜索を再開した。
・ ・ ・
「……い、行ったか?」
「ん、そのようだね」
「じゃあ、がんばって、登ろう」
今回は草壁の能力は使っていない。それでいて三バカがどうやって女子から雲隠れしたか?
「いつもの逆転の発想だよ。中から上がったら見つかるなら、外から登ればいい」
彼らは窓の上の壁に張り付いていた。さっき女子が窓から覗いていたときも、音を立てずに張り付いていたのだ。
「さっすが敦司。お前もだんだん馴れてきたなぁ」
「こんなこと馴れるなんて悲しさの極みだけどね。さぁがんばって登ろう」
「うい、登る(ミシミシ)」
三バカは壁に取りつけてある色んな配管を伝って登り始める。斑谷、華穂本は問題ないのだが、草壁が配管にしがみつくたびに破壊を招く嫌な音が聞こえてくる。
誰も見ていないが、外から見ると壁には上からオバQ(小)、変態仮面、オバQ(大)がよじ登っているという世にも奇妙な光景が展開されていた。
建物の中を女子が必死で捜索する中、静かに、だが必死で屋上までなんとか上がってこれた三バカ。屋上を囲う柵を一旦登り内側に入る。
「はぁ、はぁ、結構、高かったなぁ」
「ぼ、僕も、三階建てが、ここまで、しんどいとは……」
「げひゅー……げひゅー……」
「と、とりあえず、屋上への扉は施錠されているし、僕らが来ているとは思わないだろうから、呼吸を整えてから、ダイブして逃げれば――」
「やっぱり、ここに逃げてた」
三バカは声が聞こえたほうを向いた。自分たちが登ってきた反対の方、まさに同じ方法で一人の生徒が壁を登ってやってきた。
「風紀委員長、藍田喪玖か……!」
三バカは急いでパンツとシーツをかぶり直す。彼女の手からは白い糸が短く出ている。
「やっぱり、糸で、登った」
「まじかよ……いよいよスパイダーウーマンじゃねぇか……」
「ほとぼりが冷めるまで屋上でやり過ごすつもりだろうけど、残念だったね、変態さん達」
喪玖がじりじりと詰めてくる。三バカもじりじりと後退する。
斑谷が小声で話す。
「ど、どうするんだよ?」
「本来ならこのシーツを使ってパラシュートみたいにして降りる計画だったんだが……」
「わりと、大雑把」
「作戦があるだけいいだろ! でも状況が変わった。彼女ならば僕らが背を向けた瞬間に糸で捕縛するくらいわけないだろう」
「絶体絶命じゃねぇか!」
「どう、する?」
「……正直やりたくはないが、他に方法が思いつかない」
「策があるんだな?」
「あぁ。二人とも、僕が合図したら僕の後ろについて全力で走ってくれ。多少の怪我は我慢してくれよ」
「わ、分かった」
「ここまできたらあとは運任せだぜ」
「逃げないの? ならそのまま捕まえるよ」
喪玖が三バカを捕縛せんと糸の出る右手を持ち上げた。
「今だ!」
「「おう!」」
華穂本の合図で三人は直線になって走り出す。その方向は
「っ!? こっちに?」
喪玖は驚いた。どこぞに逃げ出すのは予測できていたが、まさか自分に向かってくるとは。
だがどこに向かおうとやることは変わらないとばかりに糸を発射。それは先頭を走るオバQ華穂本に当たった。だが
「狙い通り! せりゃ!」
「うわ!」
華穂本は糸をシーツでガードして、さらにそれを脱ぎ、喪玖にかぶせることで糸の防御と封印を同時に行った!
「やるじゃねぇか!」
「さすが、メガネ!」
「ありがとう! だけどこれでパラシュートにする布が一枚になってしまうんだ!」
「そんなもん初めからあてにしてねーよ! 早く飛び降りるぞ!」
「受身、とる」
三バカは一目散に柵に向かい登り始めた。あとは柵の上に立って勢いよく飛び降りるだけ
「うぅ……逃がさない」
何とかシーツから上半身だけ這い出た喪玖が手の前に突き出し、今にも飛ぼうとしている三バカに狙いを定めて
「よし! 行くぞ、うおぅ!?」
「恵吾!?」
最後の最後で運が尽きたか。喪玖が放った糸は恵吾の後頭部を絡めとった!
「捕らえた……っ! 首なし!?」
満足そうな笑顔で糸を手繰り寄せようと腕を引くと、胴体を置き去りに頭だけ取れてしまった。
「くそ! 今助けて、え?」
「恵、吾?」
斑谷頭を助けに戻ろうとした二人を斑谷本体が首根っこを掴んで止める。
「バカやろう! ここで戻ったらみんな助からねぇだろ!」
「だ、だが!」
「とっとと行けぇ! そして……」
斑谷本体が二人を掴んだまま虚空へ跳躍した。
「いい夢見ろよ!」
「「恵吾ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
今宵最後に見た彼の顔は、便器に頭を落としたにも関わらず、キラキラと男らしく輝くほどの、満面の笑顔だったという。
幕間「(ブス専×化け猫)ー頭=異種格闘小夜曲」
「やられた……風紀委員長としてあるまじき失態」
頭を抜いた三人が飛び降りた後、藍田喪玖はイライラをぶつけるかのように糸でつながった斑谷頭を遠心力をフルに使いぶんぶん振り回している。
「あばばばば! め、目が! 回るを超えて、飛び出しそうにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「ふぅ……」
しばらく回して腕が疲れたのか飽きたのか、回転を止めて自分の顔の前まで持っていく。
「さて、質問に答えてもらう」
「胴体が、離れていることに感謝しろよ。今胴体がくっついてたら間違いなく吐いてたからな。げぇぇ」
「あなたはすぐに分かるけど……あとの二人はだれ?」
「あ?」
「監視カメラに写ってたパンツを被った変態はあなた。あとシーツを被ったのが二人。彼らは何て名前の生徒?」
「は、知らねぇな。俺も初めて会ったからな。同じ日に同じ時間に女子寮潜入なんて、奇妙な偶然があったもんだね~」
「仲間は売らないと……そういうの、嫌いじゃない」
「お、気が合うねぇ。じゃあ同じ心持ち同士ってことで、今回は厳重注意くらいで……」
「知ってる? 風紀委員は見回りとかの関係で就寝時間を守らなくていいの」
「へぇ、羨ましい。で?」
「今夜は私と二人っきりで拷問だよ」
「ちきしょう! そんな嫌なルビ振り聞きたくなかった!」
喪玖は来た時と同じように糸を巧みに使って女子寮の壁を下ってゆく。
「……あれ?」
「ちょ、ないと思うけど、俺落としたりするなよ?」
「とりあえずひとつ聞きたいんだけど」
「何? おっぱいのことか? あんたのは形がよくてまさに美乳って感じだが、俺個人の好みからしたらもうちょいボリュームがほしいうわぁぁぁ悪かった! 俺が悪かったから壁に張り付いてる時に振り回すなぁぁぁ! 千切れたらどうするんだあばばばばば!」
喪玖は回転を止め、改めて確認してから、聞いた。
「あなた、被っていたパンツはどこにやったの?」
・ ・ ・
「はぁ、はぁ……」
いつもの風景は夜の闇に溶け、闇をかき消すのは輝く月の光とまぶしい街灯の明かりだけ。
そんな中光を避け、闇にまぎれるように草木をかき分けながら進む者たちがいた。
「もうすぐ、男子寮だ」
「見えた、男子寮」
草壁は舗装された道ではなく、だれの手入れもなく生え放題の草むらをかき分けて歩いていた。その両肩には頭のない斑谷本体と華穂本が担がれている。
「すまない二千翔。僕が着地に成功してたら……」
「着地云々、より、体、鍛えて」
「そうだね……」
斑谷本体と飛び降りて、草壁は持ち前の肉体となぜかある運動神経(ただしスタミナが致命的にない)を生かして無事に着地できた。問題の華穂本は木や草がクッションになり、なんとか無傷で着地したのだが、さぁ逃げようと立ち上がり走ったところで何もないところで足首をくじくという何とも情けない負傷を負ったので、肩に担がれているのだ。
「柵が、見えた」
「よし、この辺に例の場所が」
「こっちだよ。三人とも」
柵の一部から声が聞こえる。暗がりで見えにくいが柵の一部が折れて穴が開いている。そこから羽婆先輩が手招きしていた。
「やぁ、おつかれだったね。あ、君たちが行く前も言ったけど、この隠し通路のことはくれぐれも内密にね。限りある人間にしか教えない決まりだから」
羽婆の傍らに鉄の棒が落ちているところを見ると、簡単に取り外しが可能で、なおかつ完璧に戻せる仕組みになっているようだ。
「はい、重々承知しています」
「うん。えっと、僕も遠目からしか様子を見てないから詳しくはわからないけど、結構大騒ぎだったみたいだね。それに……」
羽婆が三人の内、力なくぐったりしている者を見た。
「大変なことが起こったみたいだね。とりあえず僕の部屋にいこう。成果……というより事情を聞かせてもらいたいな」
・ ・ ・
「そう、事情は分かった」
時を同じくして女子寮。簡単な椅子とテーブルが並ぶホールに三人の女子が一つの席に座っていた。
「示しあった情報を整理すると、花蓮さんが会った清掃員を名乗る男は首なしで」
「喪玖さんが捕まえたのはパンツを被った清掃員姿の首なしの頭……ってこと……ねぇ……」
花蓮は風呂に入った後なのかパジャマ姿で席に座り紅茶の入ったカップを持っている。しかし怒りが爆発する寸前なのか全身を震わせ、紅茶は常に波うち、カップの取っ手はいつへし折れてもおかしくないほど力強く握られている。
「か、花蓮? その、気持ちはわかるが、いったん落ち着いて……」
「で! そいつの名前は!!」
「……斑谷啓吾」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「落ち着くのじゃ花蓮ーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ついに感情が抑えられなくなり立ち上がって雄叫びを上げる花蓮を何とかなだめようとするゆなだが、身長差のせいが全然効果が出ない。
「あぁんのクズ妖怪! クズだとは思ってたけど、よもやここまでクズに成り下がるとは思いもしなかったわ!」
「か、花蓮、ひとまず席について、儂の作った八つ橋でも食べて落ち着くのじゃ。甘さは強めじゃがそれがまた紅茶との相性ばっちり……あぁ! ひったくって一口で食べるでない! せめてもうちょっと味おうて食べてくれ!」
花蓮がゆなから半ば奪い取るように貰った八つ橋をガツガツと食べながらそれを紅茶で一気に流し込む。
「でぇぇい!! 今あのクズはどこにいるの!? この怒り! この屈辱! 直接落とし前をつけないと収まらないわ!」
「それはできない」
「なんで!」
「それもそうじゃろう。今のおぬしなら斑谷をしゃれこうべにしてしまいかねん」
「それもあるけど、今回は保健室の時とは状況がまるで違う。今や風紀委員でも手に余る状態。彼の処分はあなたが納得する形にするから、今回はそれでどうか矛を収めてほしい」
「ぐむむむ……わ、わかったわ……」
明らかに納得はしていないが、喪玖の言葉で少し冷静になったおかげでなんとか理性で無理矢理抑え込められた。
「ありがとうございます。では次にゆなさんのほうですが」
「うむ、といっても儂から話せることは少なぞ? リネン室で楽しゲフンゲフン布団を取った時に顔が真っ赤の男を見たくらいじゃ。あまりにおぞましい形相をしておったのでたまげて部屋を出てしまったのじゃ。もっとよく見ておればのぉ……」
「ううん、重要な手がかり。そこには男は一人だった?」
「儂が見たのはひとりじゃったなぁ。ただやはり見たのはほんに一瞬だったゆえ、あまり自信がない。すまんのぉ役に立てんで」
「そんなことはない。十分な証言だった。協力、感謝する」
喪玖は席を立って歩き出す。
「え? もう終わり?」
「うん、これからが本番だから」
喪玖はペロリと下で唇を濡らして、少し微笑みながら
「今晩は忙しくなるからね……♪」
・ ・ ・
「なるほど……そんなことがあったのか……」
羽婆は重く息を吐く。
男子寮の一室。羽婆ともう一人の生徒が使っている部屋。そこに羽婆と草壁、華穂本、そして頭が抜け落ちてぐったりしている斑谷本体があった。ときおり体が痙攣したり暴れたりしているところをみると、斑谷頭が何をされているかが薄っすら想像できる。
「で……君たちはこれからどうする?」
「え?」
「どうする、て?」
「言葉通り二人はどうするかだよ。今日はもうそろそろ終わる。普通なら部屋に戻って寝るものだと思うけど?」
「ん、その……恵吾は、恵吾はどうなるでしょうか?」
「んー……不法侵入・覗き未遂・器物損害・エトセトラ……まぁこれだけ重ねたら退学は免れないだろうね」
「く……」
「今、恵吾、なにされてる?」
部屋の傍らで静かにしていたと思ったらまた急にジタバタと暴れだした。
「おそらく尋問だろうね。話を聞く限り、君たち二人の面は割れていない。犯人を名前を聞き出そうとしてるんだろう。穏やかな方法でないのは見ての通りだね」
「「…………」」
暴れていた斑谷本体も落ち着き、部屋は静寂に満たされた。
「助け、たい」
「そりゃ僕もそうだけど、どうやってさ?」
「それは……あ、敦司は、なにか、案はない、か?」
「え? それは……えっと……」
二人は考え込む。しかしそれは考えると言うよりも落ち込んでいるように見える。少なくとも思考が働いている様子はない。
「……いつもいつも、こういうなにか言い出すときは、恵吾が発端だったね」
「うん……いつも、策があるって、それで、おい達を引っ張って……」
そう。いつも事の起こりは斑谷からであった。
町にナンパに繰り出そうと言って都心に遊びに言ったのも
テストがやばいと言って勉強会を開いて結局どんちゃん騒ぎになったのも
寿司が食べたいと言って川魚を取りにいって塩焼きにして食べたのも
部活動の開放日だから見学に行こうと言って不当な覗きになったのも
おぞましい記憶を消すために女子寮に覗きに行こうと言ったのも
全部、彼が起点となり、二人を巻き込む形で。
巻き込むといても心の底から嫌々というわけではない。
覗きだナンパだと時には危ない橋を渡る行為もあったが、結局は楽しかったのだ。
斑谷が起こすこと。二人では考えもしない、思いつきもしない楽しいことを提案してくれる。彼自身に、悪く言えば依存、よく言えば信頼していたのだ。
「ふむ、じゃあ聞き方を変えようか……君たちは彼をどうしたい?」
「……助けたい。脱出のときは僕が作戦の立案者だった。責任もあるけど、それ以上に友を……親友を救いたい」
「おいも! また、一緒に、覗きとか、したいから!」
「うん……君たちの意思は十分伝わった」
そう言うと羽婆は立ち上がり、部屋のクローゼットを開け、中身を取り出さずにそのまま入っていってしまった。
数秒たって両開きのクローゼットが内側から開けられる。
「後は僕に任せてくれ!」
「「まさかの早着替え!」」
そこには全身真っ黒なタイツを身に付け、腰にもこれまた真っ黒な小ぶりのバックが装着され、頭にはなぜか黒の女物の下着がかぶられていた。
「先輩、その、それは……?」
「ふふふ、見て分からないかな? 潜入用コスチュームだよ」
「まさか、先、輩……」
「君たち、斑谷君の右手を見たまえ」
「右手?」
「あ……」
斑谷の右手を見ると、脱出の時に常にかぶっていた花蓮のパンツがしっかりと握られていた。
「彼の変態としての勇気。そして君たちの友を思う心。これだけそろえば、もう理由なんていらないだろう?」
「せん、ぱい……」
「惚れる……抱いて……」
二人は男気溢れる先輩の姿に酔いしれているが、よく見てほしい。その先輩は全身タイツで頭にパンツをかぶっているのだ。警察に見つかれば速攻で応援を呼ばれること間違いない。
「君たちの気持ちは僕が引き継ごう。必ず、斑谷君の頭を救出してくると約束するよ」
羽婆は窓をあけ、片足をかける。最早彼らは頭にパンツをかぶっていようが突っ込まない。それがフォーマルスタイル。
「君たちは斑谷君の本体のケアを。それと寮長に怪しまれないようにアリバイを作っておくこと。僕は夜明けまでには戻ってくるから、窓の鍵だけは開けておいてね。それじゃ! グッナイベイビー!」
羽婆は窓から勢いよく跳躍し、夜の闇に消えていった。
「先輩……よろしくお願いします」
「無事で、帰って、きて……」
・ ・ ・
騒がしくしていた女子寮も深夜となれば静けさが支配する。
生徒も、教師も、寮の管理人も、完全に就寝している。起きているのは寮の周りを動き回る警備員くらいだ。
しかし今宵はその警備員も夢の世界に招かれることになった。
「ふふ、これだね」
羽婆は眠らせた警備員の懐からカードキーを取り出す。去る前にバックに入っていた女生徒のパンティーを顔にかぶせる。むごい。
難なく侵入した羽婆は物音一つ立てずに警備員室に同じカードで侵入。
「お? まだ交代の時間じゃ……ふぐっ! ~~~っ! (ガクリ)」
監視カメラも見ずにスマホで遊んでいた警備員も眠らせる。監視カメラの映像を全てオフにして部屋を出る。ここで眠らせた警備員にもしっかりとパンティーをかぶせる。抜かりない。
羽婆は女子寮の廊下を悠々と歩く。その足取りは千鳥足とスキップを織り交ぜたような、人をおちょくるような動き。しかし足音は微塵も聞こえない。
迷いなく進んでいった先には扉があった。そこに貼り付けられたプレートには[地下区画 関係者以外立ち入り禁止]と書かれていた。
そこはカードキー式ではなく普通の鍵穴があるタイプであった。羽婆はバックから二本の針金を取り出して、鍵穴に突っ込む。
数秒かちゃかちゃ動かすと、カチンと開錠を告げる音が響く。
ピッキングのスピード。華穂本は一分足らずで開けたのに対して、羽婆は十数秒で開けてしまった。これが歴戦の変態の実力である。
「お邪魔しまーす」
まるで気心の知れた友人の家にでもお邪魔するような気軽さで地下の階段を下りていく。
「さてさて、尋問するなら声が響かないようにするためにここのどこかの部屋で行われていたと思うのだが……」
地下廊下にはスパイ映画などでよく見る侵入者防止用の赤いレーザーが無数に張り巡らされていた。この手には触ると警報が鳴るものと焼き斬られるものの二種類に分かれるが、前者であることを願いたい。
しかしどちらかは分からない。なぜなら羽婆は歩くスピードと同じ速度でレーザーに掠りもせず進んでいるからだ。
しゃがみ、またぎ、ある時はリンボーダンスのように体を反らしてかわす。途中レーザー自体が動く場所もあるがなんのその。スピードは落ちず、その表情は笑顔で溢れている。見よこの華麗なる体捌きを。蛸のように柔軟に、兎のように軽やかに、蝶のように舞い踊る様は舞踏会の貴公子と呼んでも差し支えない。ただしその貴公子は不法侵入をしている変態であるが。
羽婆は一つ一つのドアを確認していく、やがて一つの部屋のドアに目が留まった。
「ふむ、ドアノブに最近触った痕跡……予測通り、ここかな?」
辺りをつけた部屋のドアをさっさとピッキングし、ドアを開ける。
「ビンゴ。見つけたよ」
その部屋はずいぶんと管理の行き届いていない倉庫だった。ボロボロになったボールやハードルなどの数々が放置され、埃をかぶっている。蛍光灯はついておらず、地表からギリギリ出ているところの窓から差し込む月の光だけがこの部屋を照らしている。
その部屋の真ん中。天井に吊るされるような形で斑谷頭は吊るされていた。
斑谷頭はサッカーボールを入れる目が広いネットの袋に入れられて吊るされていた。顔に目立った外傷はない。本人は鼻提灯を膨らませて眠っている。
「ほら起きて斑谷君。助けに来たよ」
「ん……ふぁあぁぁ……もう朝か……」
斑谷頭のほっぺをペチペチ叩くと、なんとも緊張感のない声で目を覚ました。
「僕だよ。おはようのチューはいるかい?」
「美少女のなら……って! 羽婆先輩!?」
斑谷が一気に覚醒する。そして涙を流して擦り寄ってこようとする。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 羽婆先輩ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! あいつがひどいんだよぉぉぉぉぉ!!」
「あいつ? 藍田喪玖かい?」
「そうなんだよぉぉ! あいつ俺に残りの二人の名前を吐かせるために俺におっさんの履き古した靴下を嗅がせたり青汁を鼻から飲ませたり顔に洗濯バサミをしこたま挟んでそれを思いっきり引っ張ったり目にレモン汁垂らしたりハリセンでめっちゃビンタしたり夜食とか言ってキャットフード食わせたりあげくには顔に落書きしていきやがったんだぜ! 酷い! あまりにも酷すぎる! これが人間のやることかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「いや僕ら妖怪だけどね? それにしても、藍田喪玖……噂では聞いていたが、ここまでSっ気の強い子だったとは……」
斑谷頭をネットから取り出し、バックに入っているハンカチで[私は度し難い変態です][触ったら変態が移ります]と書かれた両頬をふき取る。
「さぁ先輩! こんな陰気なところさっさとおさらばしましょうや! 先輩のことだから脱出ルートも完璧でしょう?」
「まぁそうだけど、ちょっと寄り道をし――」
「むふん、やはり現れたわね」
羽婆に緊張が走った。そして一瞬で臨戦態勢をとり、振り返る。
「……予想はしていました。嗅ぎ付けてくるならあなたなのだろうと」
「ちょ、先輩!? 誰か部屋に来たんですか!? 俺にも見せてください!」
「あぁ……これは、なかなかお目にかかれないよ斑谷君」
小脇に抱えていた斑谷頭を、今しがた唯一の出入り口から入ってきた者のほうに向ける。
そこにはピンク色で、もはや丸見えといっても過言ではないくらいのスッケスケのネグリジェ。中に見えているのは肌を隠す面積が普通の下着の半分くらいしかないディープルージュといったどぎつい色合いの下着を身にまとった津田ニャン子が
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ殺してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
・ ・ ・
ガタガタガタビクンビクンバンバンバンゴキゴキメキメキドッタンバッタンギリギリギリ!
「け、恵吾の体が今までで一番の暴走を起こしている! お、抑えきれない!!」
「い、いったい、何を、されれば、ここまで……」
・ ・ ・
斑谷が悶絶するのも無理はない。普段のピンクトラ柄スーツの状態でもなんとか視界に入れられるレベル。それがあろうことにも下着姿、それも際どさを究極まで高めたような衣装。硫酸をぶちまけたように眼球が溶けて流れ出してもなんら不思議ではない。
「俺が悪かった……俺が悪かったからすぐに首を後ろに向けてくれぇ! これ以上見たら二度と夢を見れなくなるぅぅぅ!!」
「あらぁん失礼ねぇ。むしろ、永眠したくなるような夢を見させてあ・げ・る」
「だまって肥溜めに還れ糞ババァ!!」
「で、どうしたんですかニャン子先生? 寝ぼけてトイレと間違えたというわけではないですよねぇ? フンスフンス」
羽婆は冷静に斑谷頭を後ろに向けながら、普通に鼻息を荒くして質問する。
「ふふ、いくらあなたのテクがすごかろうとも、私の眼はごまかせないわよぉん」
「ふぅ、これは楽には逃げられなさそうだ……」
「頼む先輩なんとか逃げ切ってくれぇ! 風紀委員長に捕まるならまだしも、あれに捕まったりなんかしたら舌を噛み切って自害するぜ俺ぁ!」
「むふふ、そうねぇ……もう夜も遅いし、夜更かしは美肌の大敵だしねぇん」
「あれ以上肌が劣化するってのか!? か、考えたくもねぇ~~!」
「あなたたちに、いや、羽婆くんに一つチャンスをあげちゃうわぁん」
「チャンスですって?」
「そう、そこのかわいい頭を渡してちょうだい。そうしたら、あなたを見逃してあげる」
「ふ、見くびられたものだ。その程度では僕の天秤はピクリともしない――」
「だけじゃなくぅ~。今晩私と……甘い夢をみさせて、あ・げ・る♡」
・ ・ ・
えろえろえろえろえろえろえろえろおろろろろろろろろろろろろ
「こ、こんどは首から大量ゲロがぁぁぁ!!」
「どれほどの、拷問、受けてる、の……」
・ ・ ・
「すまん、恐らく俺の本体を世話してる二人よ……あれは、無理だ。うっぷ」
「甘い、夢……ですって……」
ニャン子がポールダンスのように体をくねらせセクシーポーズを魅せる。見ちゃダメ絶対。
「そう、生徒と教師の禁断の垣根を越えて、だれにも邪魔されない私の部屋で、お互いの体の境界線が分からなくなるまで、激しく! 奥まで! 何度でも! 溶け合ううのよぉぉぉ!」
「禁断の垣根を越えて……溶け合う……」
「な、なんてこった! 世の中にこんなバカげたハニートラップがあるのかと思ったが! 相手が先輩だと話が変わってきやがる! 気をしっかり持ってくれ先輩!」
「激しく……奥まで……何度でも……」
「ちくしょう! 何もかも汚ぇぞ糞ババァ!!」
「むふふ、勝てばいいのよ。勝てば」
羽婆が鼻血を垂れ流しながら全身をわなわなとふるわせている。それだけですさまじい葛藤を繰り広げていることがわかる。
「さぁ、どぉするのぉん?」
「ぼ、僕は……」
「しっかりしてくれぇ! 先輩はこの程度の色仕掛けで流されるような男じゃねぇ! あんたは俺たちの憧れの変態なんだからよぉ!!」
「はっ!」
羽婆の全身の痙攣が斑谷の一言で止まる。
「ふ、ふふふ……そうだったね」
羽婆が不敵な笑みを浮かべながら、少し下がって月明かりの入る窓を開ける。
「羽婆君? 答えはどうなのぉん?」
「すいませんニャン子先生。素晴らしく魅力的なお誘いですが、今回は遠慮させてください」
羽婆はポーチから小さな包みを取り出し、斑谷の口にねじ込む。
「もごっ」
「いいかい斑谷君。今から君をここから逃がす。僕はおそらく今夜中には脱出できそうにない」
ぐるぐる
「そんな! せんぱい!」
「本来ならば僕一人で何とかしようと思ったが、どうもかっこつけすぎたようだ。だから、僕をたすけにきてほしい。それが、君たち自身を救うことにもつながる」
ぐるぐるぐるぐる
「それは、どういう……!?」
「大丈夫。君たち三人が力を合わせればどんなことだってできる。僕は信じているよ」
「あの、すげぇ真面目な話の最中に悪いんすけど、さっきからなにしてるんすか!?」
優しく言葉をかけているのだが、今彼は斑谷頭を両手でがっちりつかんで右足を軸にぐるぐる回っている。
「最後に……舌、噛まないようにね♪」
「え? ちょ! 待ああああああああああああああああああああああああああああああセンパアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…………」
頭が飛んだ。こう表現するのが一番正しい。
羽婆はハンマー投げの要領で体を回転させ、斑谷頭を窓から外に放り投げた。
「く、バカねぇん! 外には柵があるのよぉん! ここから投げたって越えられないことくらい分かっているでしょおん!?」
「当然、その程度のことは対策していますよ」
その言葉通り、外に放り出された斑谷頭は柵に衝突することなく、バスケットボールほどの大きさに不自然に切り抜かれた穴にジャストで潜り抜けて、無事に敷地外に飛んで行った。
「ふぅん、そこまで用意周到だったってわけ」
「えぇ。ニャン子先生、後は僕たちが踊り明かすだけですよ」
「んふふ……やはり三人の侵入者はあなたの差し金よねぇん」
ニャン子がジュルリと舌舐めずりをする。
「あなたが関わっているなら、そもそもあの子たちの侵入も、脱出ももっと上手く事を運べたはず……なのにそれをしなかった」
「はて、何が言いたいのですか?」
「あなた、別の目的があるわねぇん?」
「……さぁ、よくわかりませんね。それにもしあったとしても、聞く方法が間違っていますよ」
羽婆が両手を突き出して五指をわきわきとさせる。
「そういうのは口じゃなくて体に聞かないと」
ニャン子が爪を鋭利にとがらせて顔をニヤつかせる。
「いいわぁ。あたしもそれが一番、大・好・物♡」
お互い見つめ合う。その視線は闘志に溢れながらも、淫靡な気配を漂わせていた。
「まだまだ夜は長い。今夜は寝かせませんよ」
「言うじゃなぁい。骨の髄までしゃぶり尽くしてあげるわぁん!」
二人のセリフを合図にこの地下室で今夜二回目のピロートークが始まった。
片や達人の域に達した変態。片や野獣も裸足で逃げ出す淫乱教師。
ピロートークとは名ばかりの肉体言語。今宵、人類の誰もが見たくないピンク一色の闘争は、明け方まで繰り広げられた。