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すっけべ三人組  作者: 一九山 水京
3/7

第二章

第二章「三バカ×(覗き+先輩)=惨敗諧謔曲(スケルツォ)


 次の日。

 あの後三人のバカはなんとか体育館から逃げおおせ、再び集まることなく家路についた。そして何食わぬ顔で登校してきていつも通り談笑している。

「いやはや昨日はマジであせったぜ」

「おい、少し、やせた」

「それにしても、よくあんな場面であそこまでしらを切れたね?」

「お月見のやつか? あれは自分で自分をほめたくなるほどの名演技だったな! さすが俺!」

「なんて言ってるけど、あれがニャン子だったら演技もなにもなかったろうけどね」

「あぁん!? 元はといえばお前らが俺をハブにしたからだろうが! あれがニャン子だったらお前ら道づれ確定だったからな!」

「はーい、みんなおはよーう。さ、席についてね~」

 教室に小雪先生が来たので三バカの醜い争いは中断された。

 いつも通り出席確認を終えて、小雪先生はいつもと違う連絡を口にする。

「えー。今日は予定通り、午後の授業がなくなって、身体測定がありまーす!」

 教室が騒々しくなる。男子は授業がないから楽だと喜び、女子はこの日のためにダイエットしたーだとか朝ごはん食べ過ぎちゃったーなど、年相応の悩みを仲間内で吐露している。

「いっひっひっひっひ……」

 ただ一人。リアクションの質が違っている者もいた。

「はーい静かにしてねー。みんな体操服はもってきてますね?、昼休みが終わったら体操服に着替えて教室に待機していてください。そのあと――」

 小雪先生は身体測定に関することが書かれたプリントを配りながら午後の身体測定のことを説明していき、ホームルームが終わった。

 一限目の先生が来る前に斑谷は駆け足で草壁の席に駆け寄る。

「おいおいおいおい! これは見逃せないイベントだぜ!」

「また、覗く?」

「当ったりめぇよ! ここで覗かずいつ覗く!」

「覗きは日常的にすることじゃないぞ?」

 後ろから華穂本もやってくる。

「バカだなーお前。いいか? 男ってのは脳みそが下半身にある生き物なんだぜ? つまり覗きをしないということは脳が停止してしまうのと同義よ!」

「それが真実なら脳外科医はいつも患者のチ○ポ弄ってることになるね」

「可哀そう……」

「とにかく! 覗かねぇと男は廃る! この身体測定の日のために策は練ってある!」

「策、練りすぎ」

「まったく、いつも通り僕はパスだよ。脳みそが下半身にないんでね」

「ったく、素直じゃねーなー。まぁ聞けよ」

「なにを?」

「俺の策なら女子と男子、その両方が覗ける」

「さっきは嘘をついたよ。今から僕の頭脳をフル回転させるから期待していてくれ」

「チ○ポ、フル回転?」

 こうして三バカは懲りずにまたしても覗きの計画を進めるのであった。


              ・ ・ ・


 今回の作戦はいたってシンプルなものだ。

 午後から行われる身体測定。場所は種目によって様々なのだが、今回彼らが狙いをつけたのが、保健室で行われる身長体重などの検査だ。

 理由は簡単。聴診器を当てたり胸囲や腹部を測るために脱ぐからだ。脱ぐからだ。大事なとこなので二回言いました。

 しかし保健室の教員もバカじゃない。ドアは出入りするたび鍵が閉められ、窓も当然鍵がかけられカーテンが隙間なく閉められる。

 ではいかようにして覗くのか?

「逆転の発想だ。外からがダメなら中から覗けばいい」

 昼休み。三バカは例の保健室の前にいた。身体測定が始まり女子がこの部屋に来るのは昼休みが終わってからなので、今は誰もいない。

「保健室に携帯をテレビ通話状態で仕掛けて、僕たちは安全な場所で見ると……単純だが悪くない」

「じゃあ、つなぐ」

 草壁が携帯電話を操作して斑谷にテレビ電話をかけ繋げる。あとはこのまま草壁の携帯電話をベストポジションに仕掛ければ、斑谷の携帯電話に女子高生のあられもない姿が生放送される。なるほど実に理に叶っている。法的にはアウトだが。

「てかよ。俺が言っておいてなんだが、別に敦司はこんなことしなくてもいいんじゃないか?」

「ん? どういうことだい?」

 華穂本が首をかしげる。

「だってよ、お前は小細工しなくても男子なんだから見放題じゃねぇか」

「それも、そうだ」

「ふ、愚問だな。では君たち。男の裸を見て、目を充血させて鼻息を荒げて鼻血を噴出している奴がいたら、どうする?」

「眼を潰す」

「腹パンで気絶、させる」

「君たちは味わったことないだろう。見たいもの、欲しいものがすぐそこにあるのに、それを視姦することさえ出来ない苦しみを……!」

 華穂本は溢れてきた涙を袖で拭う。同情を表すように草壁が肩に手を置いた。

「よし。ならまずはこっちを完璧に攻略して、敦司の悲願を叶えてやろうぜ! ドア開けるぞ」

 斑谷がドアを横にスライドさせる。保健室の先生は職員室に名簿を受け取りに行っているのでしばらくは帰ってこないことも調査済みだ。変態に抜かりはない。

「さーて、どこに仕掛けるか……っとと」

 保健室に足を踏み入れた斑谷が蹴躓いた。

「どうした、恵吾?」

「いや、何かに引っかかった感じがしたんだが。気のせいか」

「早く、仕掛ける」

 三バカは分かれて携帯を置く場所を探す。候補はいろいろあったが、最終的に華穂本の「ぬいぐるみの中に入れて穴をあける」とい案に決定した。

「よし、じゃあさっそくぬいぐるみの背中を開けよう」

「うし、二千翔。棚からカッターを取ってき――」

「そうはさせない」

 どこからともなく声が聞こえた。三バカは周囲を見渡そうとしたがそれより先に別のことが起きた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「敦司!?」

 いきなり華穂本が天井に逆さまで宙づりにされてしまったのだ。足には白い糸のようなものが絡まってる。

「な、なにが起こったんだ!?」

「とにかく、逃げよう!」

 草壁が出口のドアを勢いよくスライドさせた。あとは走って逃げるだけ、なのだが事はうまく運ばなかった。

「これでもくらうのじゃ!」

「あばぁ!」

 入口にいた生徒に何かを顔に投げられて、後ろにひっくりかえってしまう。

「目が、痛いぃぃぃぃ!」

 草壁の顔には大量の砂が付着していた。

「くっそ! なら反対の扉から!」

 斑谷はとっさの判断で反対側のドアに手をかける。しかし

「あれ!? なんで開かない!? 鍵なんてかかってねぇのに!」

 なんど横にスライドしようとしてもドアはピクリとも動かない。

「だったら体当たりで、どわぁぁぁぁ!」

 斑谷は強行突破を決行しようとしたが、華穂本と同じように足に糸が絡められ、宙づりにされてしまった。逆さまなので頭がとれて床に転がっている。

「ちっきしょー! いったい誰だ!」

「恵吾、窓だ!」

 床に転がった頭をなんとかひねって窓のほうを見てみると、窓が開けられており、ひとりの女子生徒が窓の外側から上ってきた。

「捕縛完了」

 その女子生徒はさらりとした綺麗なコバルトブルーの髪。眠たそうに瞼が半分閉じられた琥珀色の瞳。身長・胸囲・体格が、花蓮とゆなの中間くらいのスタイル。学校のパンフレットに出てくる模範生徒のように着こなした制服は、今しがた窓をよじ登ってきたとは思えないほど整っている。

「あ、あなたは!」

「知ってんのか敦司!?」

「知ってるも何も! 彼女はこの学園の風紀委員長、藍田喪玖(あいだもく)だ!」

「な、なんだってー!」

「ふふん。まさにお縄についた状態じゃな。おぬしら」

「全く、やっぱりろくなことしないわね」

 窓と反対にある保健室の入り口から砂蔵ゆなが入ってきた。手には木材が握られている。

「あれ? 砂蔵だけ? 今お月見の声も聞こえたと思ったんだが……」

「だからお月見って言うなって言ってんでしょ!」

「まさか、それが、月見里さん?」

 いつの間にかきっちり糸で拘束されていた草壁が答える。

 月見里花蓮の種族は狸。能力は本人が見たことあるものに変身することができる。ただし自分より大きなものには変身できない。

「その通りよ。さっきドアが開かなかったのは私がつっかえ棒になっていたから。残念だったわね」

「ちなみに草壁を止めたのは儂じゃ。悪く思うな」

 砂蔵ゆなの種族は砂かけババァ。能力は手から砂を生み出すというもの。しかし一度に自分の握りこぶしほどしか出せない。

「と、いうことは。この糸は委員長様の能力ってか?」

「正解」

 彼女の名は藍田喪玖(あいだもく)。あやかし学園の三年生で、風紀委員のトップを務めている。口数が少なく、冷静沈着に校則違反者を取り締まる姿から、陰では「必殺仕事人」なんて名で呼ばれていたりもする。

 そんな彼女の種族は女郎蜘蛛。指先からでる糸はどんな変態も逃さない。手首からは出ません。

「じゃあ後はよろしく」

「えぇ、ありがとうございます」

 喪玖はいまだ棒のままの花蓮と短く会話する。

「お、俺たちを連行しないのか?」

「うん。今回は事前に犯行を防げたし、彼女との約束もあるから、特別に風紀委員での処罰はなし」

「よく分からないけど、愛の巣行きはなくなったってことか!」

「ありがたや、ありがたや」

「安心しないほうがいいかも、それじゃね」

 喪玖は手短に忠告らしきものをすると、窓に足をかけてそのまま飛び出してしまった。

「え? ちょ、まだ糸が解けてないんですけど?」

「さておぬしら。覚悟はできておるかの?」

 三バカが何とか糸を抜けようともぞもぞしていると、ゆなは花蓮が化け直した野球のバットを片手に近づいてきた。

「えっと……何をなさるおつもりで?」

「わからない? 私たちが委員長に代わってお灸をすえるのよ」

「えっと、ほんき?」

「当たり前じゃ。風紀委員も津田先生もお忙しい。おぬしらにかかずらっている暇もない程な」

「だからあたしたちが代わりに処罰をするってわけ」

「一つ聞こう」

「なに?」

「本音は?」

「いつも私を小馬鹿にするあんたをボコボコにできるから☆」

「このド畜生がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「まてまて分かった! 潔く罰を受けよう、しかしバットは洒落にならなくないか!?」

「安心するのじゃこのバットは鉄や木ではない」

「プラスチックか。なら安心――」

「プラスチック(の塊)で出来たバットじゃ」

「それもうほとんど木と変わらなあびぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 華穂本の弁は途中で悲痛に変わっていた。

 三人はひたすらプラスチック(の塊)バットでボコボコに殴られた。

 二人は普通に重傷だが、もう一人は幼女にバットでお仕置きされるというシチュエーションに興奮し、血流が耐えられず大量の鼻血を噴き出して大量出血で重傷となった。

 唯一の救いなのか、やられた場所が皮肉にも保健室であったことである。


              ・ ・ ・


「まったく、ホントお馬鹿さんなんだから」

 保健室のベッドは満員状態になっている。

 それもそのはず、本来保健室自体教室ほど大きい部屋ではなく、気分の悪いものを寝かせるベッドも三つしかない。それを女子の身体検査を覗こうとして級友にボコボコにされたバカ三人が占領しているからだ。

「ご迷惑、おかけします……」

「ちっくしょ~。しこたまぶん殴ってくれやがって……」

「えへ、えへへ……」

 斑谷と華穂本は全身に包帯を巻かれ、草壁は包帯こそ少ないが、出血がひどかったので、鼻にこれでもかとティッシュを詰められ、輸血パックを刺されていた。

「しばらくしたら包帯を取っていいわ。夕方くらいには帰れるから、それまで反省も含めておとなしくしてなさい」

 三バカに優しく語りかけてくれるのは、白衣を着た金髪の女性教員だ。

 彼女は九重金(ここのえかな)。あやかし学園の養護教諭だ。大人びた雰囲気を醸し出す彼女は当然男子生徒の注目になり、彼女に治療してもらいたいがために運動部で異常なまでに精を出し、保健室送りになる生徒も少なくはない。男って単純。

「あぁ、金ちゃんは優しいなぁ! 結婚してください!」

「ごめんなさいね。私男に興味がないの」

「なるほど。僕と同種か」

「合ってるようで、ちがう」

「それだけ話せるなら大丈夫ね。私は小雪にあなたたちの身体測定のことを相談してくるから。それじゃあね」

 金は簡単に要件を告げて保健室を出て行った。

「あーくそ! 作戦は完璧だったのになぁ!」

 斑谷が悪態つく。

「まぁ、風紀委員長が出張ってきて保健室送りで済んでるだけ十分幸運だと思うけどね」

「おいは、満足……デュフフ」

 三人が反省もせず雑談していると、保健室のドアが開けられる音が聞こえた。

「ありゃ? 金ちゃんもう帰ってきたのか?」

「それにしては早すぎると思うが」

「忘れ物、とか?」

「失礼するよ」

 三人の予想はその声によってすべて間違いとなった。ベッドを区切るカーテンが開けられる。そこには背の高い綺麗な黒髪の美男子がいた。

「……どなた?」

「僕は三年の羽婆涼(はねばりょう)だ。よろしくね」

 羽婆と名乗った男は前髪を手で払い、風吹く草原を連想しそうな爽やかな笑顔を三バカに振り撒く。

「えっと、羽婆先輩は僕たちに何か用で?」

「聞いたよ。女子の身体測定を覗こうとしてフルボッコにされたんだってね」

「ごらんの、とおり」

「あはは、ご愁傷様。でもね、僕はそんな君たちのことが気になってね。こうして会いに来たというわけさ」

「あー。ホモ案件なら隣のホモガッパにどうぞ」

「イケメン……いい……」

「ごめんな。俺はそっちじゃなくて、変態のほうで気になったのさ」

「……同志、か?」

「ま、そうだね。まぁ言葉で言っても意味はないと思うから、保健室を出られたら113の前まで来てほしい。それじゃ」

 羽婆はウインクをしてまたしても爽やかに去って行った。

「……どう思う?」

「そこはかとなくリア充臭い。無駄にモテそう」

「殲滅、対象」

「まぁこのまま無視してもモヤモヤするし、行ってみようか?」

「だな」

「うい」

 斑谷と草壁の合意をとり、三人は謎の先輩羽婆涼の言うとおり、金が帰ってきて治療を済ませてもらい保健室を出て、113の教室に向かった。


              ・ ・ ・


「さて、指定されたところはここだが……」

 窓から差し込む光は真っ赤に染まっていた。三バカが保健室で安静にしている間に夕方になっていたのだ。もうすぐ校内のスピーカーで下校を促す放送が流れ始めるだろう。

「ここって……」

「あぁ、はっきり言葉にはしたくないが」

「やっと来たね!」

「「「うわぁぁ!!」」」

 三人は扉の前で話していると、後ろからいきなり羽婆が現れた。

「お、脅かすんじゃねぇっすよ!」

「ははは、ごめんね。でもよく来てくれたね。僕は嬉しいよ」

 華穂本が呼吸を整えて質問する。

「えっと、部屋の名前で呼び出したってことは、この部屋が関係あるのですか?」

「その通りだ。それを聞くって事は、この部屋は何か分かってるんだね?」

「知ってる、でも、ここは」

「あぁ。俺の記憶が狂ってなければ女子更衣室だったはずだぜ?」

 扉の上には名札が張られ、そこには113と明記されていてこの教室の使用用途は女子の更衣室である。今でも中から多少の物音が聞こえてくるので、誰かが着替えをしているのだろう。

「一体、先輩は何をしようってんだい? 今日のさっきだから俺たちはここの前にいるだけで怪しまれるんだが」

「まぁ見ていたまえ」

 そういうと羽婆は113教室もとい女子更衣室のドアノブを握ってひねり、扉を開けた。

「え!? おいちょっと!」

 斑谷の制止をまったく聞くことなく、羽婆は女子更衣室の中に入っていってしまった。

「ま、まじか……東京タワーからの飛び降りにも等しい自殺行為を、易々と……」

「命、いらないのか?」

「しかし、中で悲鳴どころか物音一つ聞こえない。どういうことだ?」

 普通なら子どもが持つ防犯ブザーレベルの音量の「キャー!」が響き渡るはずが、何も聞こえない上に、犯人をとっちめる騒動が起きてる気配もない。

 三バカはいつでも逃げられるように少し扉から離れて待っていると、五分くらいたってから、羽婆が帰ってきた。


 頭にピンク色の生地で作られた、色気たっぷりの女性物の下着をかぶって。


「これで分かったかい? 僕が君たちと同じ変態だと言うことが」

「「「せ、せんぱーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」」」

 三バカは一斉に羽婆に詰め寄る。

「すっげぇ! あんた本当に変態だったんだな!」

「これほどの所業といとも容易く……あなたは並の変態ではないな!」

「これが、真の、変態!」

 さきほどの疑わしい態度など綺麗に消え失せ、三バカの目は宗教団体の教祖を崇め奉るかのような崇拝の目を羽婆に向けていた。

「おいおい、ベタ褒めはやめてくれよ。恥ずかしいじゃないか///」

 羽婆は後輩の賛辞の嵐に顔を赤らめて戸惑っている。常人から見たら頭に女物の下着をかぶっているほうが恥ずかしいが、変態は違った。

「えっと、これは僕の能――」

「なぁ! 俺たちも行こうぜ!」

「あぁ、これだけの男気を見せられて黙っていられはしない!」

「恐らく、人がいない。だから、今がチャンス!」

「え? あ、あのー……」

「「「突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」」」

 三バカは勢いよくドアを開け放って中に突入した。目指すはパンツorブラジャー。欲望の赴くままに、バーゲンセールで人を押しのけて商品を手に入れる奥様のように、貪欲に、貪るように!


「あらぁん。大勢で押しかけてきて、情熱的ねぇん」


 バッチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

 三バカは自分たちの顔に思いっきり自分の手のひらを叩き付けた!

 それもそのはず、そこには目麗しい下着姿の女生徒なんて夢みたいなものではなく、その逆。津田ニャン子という悪夢が広がっていたからだ。

 逆であるならば、服を着ていればまだ良かったのだが、最悪なことにニャン子が身に着けているのは下着だけ。その溢れんばかりの異形腐肉が衣服にはばかられることなくさらけ出されている。

「…………なぁ。俺、生きてるかな?」

「僕も自信はない。生きていてもこの手を離した瞬間に奈落の底に叩き落されそうな気がするよ」

「おいは見てないおいは見てないおいは見てないおいは見てないおいは見てないおいは見てないおいは見てないおいは見てないオイハミテナイ」

 先ほどまでのテンションはどこへやら。三人のテンションは葬式のそれをはるかに下回るものだった。

「情熱は認めてあげるけどぉん。残念ながら私は教師。生徒との禁断の恋に溺れるわけには行かないのよねぇん!」

 いつしか必ずどこかの海に沈めて溺れさせてやる。三人は固く硬く決意した。

「だ・か・ら! あなたたちを生徒指導室へ連れて行くわぁん! そこでじっくり話し合いましょう!」

「「「断る!」」」

 三バカはそくざに後ろを向き、今しがた入ってきたドアに手を伸ばす。だが

「馬鹿な! 鍵がかかってる!?」

「この部屋はあたしの思うがままよぉん」

 そう言ったニャン子の手にはスイッチらしきものが握られていた。もちろん三人は腐肉裸体を見たくはないので知る由もないが。

「えぇいどうなろうと構うものか! ドアをぶち破るぞ! せーっの!」

 斑谷の掛け声で三人はぴったり息を合わせてドアに体当たりを仕掛けた。が

「なんで、通れない!?」

「これは、シャッター!?」

「なん……だと……」

 先ほどまでただの木製のドアだけだったはずなのに、今は分厚い鋼鉄のシャッターが行く手を阻んでいた。

「んふふ、逃がさないわよぉん」

 これもニャン子によるスイッチの操作で斑谷の掛け声と同時に閉められたのだが、ニャン子の裸体を見るくらいなら舌を噛み切ったほうがマシなので知るわけがない。

 それでも三人は何とか突破しようと殴ったり蹴ったりを繰り返している。半狂乱状態でもはや息を合わせるなんてこともない。

「さぁ、こっちを向きなさぁい!」

 後ろからニャン子が近づいてきて、三人の頭を掴み、腕力に物を言わせて無理やりニャン子を視界に入れさせた。

 その瞬間。まるでフルパワーで動かし爆音を鳴らしていたスピーカーのコンセントを引っこ抜いたかのように、三人は動くことと考えることをもみ消され、泡を吹いて床に伏した。


              ・ ・ ・


愛の巣。


                            そこは


     まごうことなき


                                        地獄


                  だった


              ・ ・ ・


「――――――――――――――――――――――っは!?」

 唐突に光が戻る。

 斑谷は何も理解できないまま辺りを見回す。白を基調とした部屋。自分が寝ているベッド。ここは彼が覗きを図ろうとした保健室だった。

「恵吾、起きた!」

「ようやく目が覚めたか」

 声をしたほうを向くと、苦楽を共にした仲間、草壁と華穂本だった。

「俺は、一体……アイノス……クチビル……プレイ……ぐぅ!」

「あぁ無理に記憶を掘り起こさないほうがいい。やっと消えかかってきたのに」

「記憶、末梢、して」

「あ、あぁそうだな。そのほうがいい」

 斑谷は先にあった出来事を断片的に思い出す。ニャン子を肉眼に映してしまい、一度気を失った。次に起きたのが愛の巣。この先は何も言うまい。

「えっと……俺はどうやってここまで?」

「やぁ、起きたかい」

 二人がいる方途反対を向くと、そこにはピンクのパンツをかぶったままの羽婆先輩がいた。

「大事に至ってはいるが、人格が歪んでいる様子はなさそうだから安心したよ」

「先輩が運んでくれたってことは何となく分かりました。だが、その……」

 三バカの視線は先輩の頭にあるパンツに集中している。と言っても実際はチラチラと見るばかりでまともに視界には入れていない。

「? ……あぁこれかい?」

 羽婆が頭からパンツをはずすと、鼻先に押し付け思いっきり息を吸った。

「えっと、それは、もしかしてほしくないけど、もしかして?」

「すうぅぅぅ……あぁ。ニャン子先生の下着だよ」

「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」

 三バカは一様に吐き気をもよおす。それもそのはず、かの異物は先ほど苦汁を舐めさせられた津田ニャン子本人の着用物。見ることはおろか同じ空間にいるだけでも三バカにとっては耐え難いものなのだから。

 しかし羽場は信じがたいことにそれを握り締め、あまつさえ匂いを肺いっぱいに吸い込むなどという神すら泣いて遠慮するほどの愚行を恍惚の表情でやっているのだ。

「失礼ですが、先輩は頭がイってしまわれているのですか?」

「人じゃ、ない」

「はぁ。やはりこればかりは受け入れられないか……僕は世間的には批判されるようなものが好ましいんだ。俗な言い方をすればブス専熟女好き、と言う」

「ブス専……」

「熟女好き……」

「ニャン子、ぴったり」

「そうなんだよ草壁君!」

 羽婆が草壁を指差す。指したほうの手にはピンクの汚物が握られており、勢いがあったせいでパンツが手から離れ、指差した草壁のほうに発射された。

 草壁はとっさの出来事に持ちうる反射神経をフルに使い、普段絶対に見られないような機敏な動きで横に飛んで回避した。

「あぶ、あぶ、あぶ……」

「ごめんごめん。それと、君たちがむやみに突入してしまったせいで説明できなかったんだが、あそこに侵入できたのは僕の能力のおかげなんだよ」

「能力……?」

「もしや……ぬらりひょんですか?」

「正解だよ華穂本君」

「ぬらりひょん? なんだそりゃ?」

「ぬらりひょん。人の家に勝手に上がり食べ物をちょろまかして帰るハタ迷惑な妖怪だ。だがそれに由来する能力はバカにできない」

「その、能力は?」

「僕の仮説だけど、恐らく他人に気づかれることなく行動できる能力、かと」

「その通り。いかにニャン子先生でも黙って下着を取らせてはくれない。しかし僕の能力なら透明人間のように事が進められるってわけさ」

「す、すげぇ! そ、それなら正面から堂々と女子風呂に入っても気づかれずにガン見できるってことじゃねぇか! でへ、でへへへ……」

「う、羨まし、すぎる」

「僕も調べて知った。もし能力が本当なら、男子のシャワー室で、バキバキの、ゴリゴリの、キレキレの身体を……うほっ」

「でも僕はブス専熟女好きだからね」

「「「あぁ……」」」

 三バカは一様に落胆する。すさまじい能力も持つ者がこれでは宝の持ち腐れと思っても仕方がない。

「しかし今日はとんでもない一日になったね」

「満身、創痍」

「恵吾も起きたし、このまま帰ってさっさと寝ようかな」

「待て!」

 突然斑谷が帰り支度をする二人を呼び止める。

「なんだい恵吾?」

「忘れ物?」

「いいや違う。……お前ら、このままでいいのか?」

「どういうことだい?」

「このまま寮に帰ってご飯を食べ、風呂に入り、あったかい布団で寝る」

「早く、帰りたい」

「しかし、しかしだ! このまま帰り布団で寝たら、どうなると思う?」

「どうなるも何も……あ」

「気が付いたか敦司……このままでは恐らく、いや確実に夢にニャン子が現れる!」

 羽婆が補足をする。

「ふむ、確かに夢とは寝ているときに一日の出来事を整理するときに起きるものだからね」

「そう! 今日一日の出来事、いや一生で一番インパクトが半端ないあの拷問だ! 夢に見ないわけがない!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 草壁が悲痛の叫びをあげる。それもそうだろう、現実で味わった悪夢が文字通り悪夢となってやってくるのだから。

「だが僕らに何ができる? 夢のコントロールなんてできるはずもないし」

「ふふふ、逆転の発想だよ華穂本くん。強いインパクト、それを消すのではなく、さらに大きなインパクトで塗りつぶせば良いのだ!」

「強い、インパクト?」

「ま、まさか……」

 斑谷がベッドの上に立ち上がる。そして国のトップが英断をする時のように右手を高らかに上げて、言う。


「俺はここで前々から試行錯誤していた、女子寮浴場覗き計画を実行に移すことを宣言する!!」


「「な、なんだってーーーーーーーーーーーー!!」」

「はははは! やっぱり君たちは僕の見立て通りの変態だよ!」

 変態たちは止まらない。彼らが止まる時、それは己が欲望が満足に満たされた時だろう。

 まぁそうなっても翌日には飢えた変態に戻っているだろうが。


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