第一章
第一章「青春+思春期=変態協奏曲」
「だからよぉ! やっぱり女は巨乳がいいんだって!!」
雲ひとつなく、朝日が磨かれた窓からさんさんと降り注ぐ教室。登校時間ということで教室には数人単位の生徒がチラホラ入ってくる中で清々しい早朝に似つかわしくない品のない台詞が馬鹿でかい声が教室に響き渡る。その台詞を発したのは椅子に座っているがそれでも身長が低いのがよく分かる男子生徒からであった。
彼の名は斑谷恵吾。制服の上着を肩にかけるようにはおり、首元には燃えるような真っ赤なマフラーが巻かれている。
「いいや、女性は慎ましやかであることが大事だ。だから僕は貧乳、もとい品乳を断固推すよ」
さきほどの台詞に丁寧に答えたのは、背が高く少し痩せ型で銀縁の眼鏡をかけた知的な顔つきの男だった。
彼の名は華穂本敦司。斑谷とは打って変わって制服のボタンを全て閉じ、校則の通りきっちり着こなしている。
「ばっか! 貧乳は揉めねーじゃんか! 揉めてこその乳だぜ! お前もそう思うよな!?」
「う~む……」
斑谷の呼びかけに答えようと唸っているのは、身長も体格(主に贅肉)も村谷を遥かに凌駕している、いわゆる肥満の男だった。
彼の名は草壁二千翔。制服はしっかり着ているのだが、その身体はボタンが今にもはじけ飛びそうなくらいパンパンに太っている。
「…………貧乳」
「ほら見たまえ! やはり女性はそうでなくてはな!」
「…………ロリの」
「待て待て待て! 最後にロリのって足したぞ! これある意味違う意見だろ!?」
「貧乳は貧乳だ。まったく往生際が悪いぞ恵吾」
「へーんだ! たとえ俺は一人になっても巨乳派を唱え続けるぞ! せーかいーにひーとーつだーけの巨ー乳。ひーとりーひとーりー」
「朝からやかましいのよあんたはぁ!!」
「ちがーう巨ぼばあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
少年の卑猥な替え歌は横から飛んできた少女の鮮やかな蹴りが炸裂したことで悲鳴に変えられた。
そして少女は教室の隅に飛んでいった斑谷の頭を髪をつかんで拾い上げ、自分の顔の前まで持ち上げた。
彼女の名は月見里花蓮。ふんわりとした肩甲骨辺りまで伸びた茶髪。制服として着ているセーターを柔らかく押し上げる大きな胸。短くしたスカートから伸びる脚は美脚という言葉がぴったり合う美しいものだった。
「お、お前何てことしやがる! 俺が首無じゃなかったら完全に殺人犯だぞ!?」
「あんたが朝っぱらからロクでもないこと言ってるからよ!」
「俺たちが何を話しててもいいだろーが!」
「話すにしてももっと小声で話なさい!」
「痛い痛い髪を掴むんじゃねぇ! もっとデリケートに扱え!」
「あんたなんかこれくらいで十分なのよ!」
花蓮がバーテンダーがカクテルを作る時のように斑谷の頭(以下斑谷頭)をシェイクする。
「あば、あばばばばばばば! て、てめぇ! 俺の頭を離しやがれ!」
花蓮の後ろから斑谷の首から下の本体が歩いてくる。だが頭がないせいでまっすぐ歩けずふらふらとゾンビのように手を前に突き出して歩いている。
それでも後もう少しで斑谷頭を救出できるところまでやってきたところで、机の脚に足をとられて前に倒れてしまった。
「おわぁ! っと!」
斑谷の本体はとっさに倒れたところにあったものに本体をしがみつかせた。が
「ひゃん!」
斑谷本体は花蓮の背中に倒れ、その両手はがっしりと花蓮の胸を鷲づかみにしてしまっていた。
「…………………………」
花蓮が羞恥で顔を真っ赤に染める。斑谷は手のひらに伝わるマシュマロのような柔らかい感触を感じながら、苦悶の一言。
「……ほ、ほらな。やっぱり乳は巨乳に限るだろ?」
「じ……地獄に、堕ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
花蓮は斑谷本体を突き飛ばし、仰向けに倒れたところで村谷頭を振りかぶり思いっきり股間に叩き付けた。
「かぁっ!! ~~~~~~~っっっっっ!! (……ごとん)」
斑谷は声にならない叫び声をあげて頭がゴロゴロとのた打ち回り、やがてブリキ人形のゼンマイが切れたかのように気絶してしまった。
・ ・ ・
「はーい、皆さんおはようございまーす。では出席を取っていきますねー。足立くーん」
教室は朝のホームルームになり担任による生徒の点呼が取られていた。
担任の名は早乙女小雪。純白の髪に粉雪のような白く透き通った肌。あまり肉付きの少ない慎ましやかな体系ながらも整い引き締まった美しい身体。まるでエロ漫画に出てくるようなミニスカートの教師用スーツを身にまとった大人の女性。それが斑谷たちのクラスの担任教員である。
「次は、斑谷くん……斑谷くん?」
「…………………………」
「む、斑谷くん? いるのならいつものように元気な返事を聞かせて欲しいなー先生」
「…………………………」
「本当にどうしたの斑谷くん!? よく見たら真っ白に燃え尽きたボクサーみたいになってるじゃない!?」
「大丈夫です先生。彼は朝方校舎の周りを逆立ちで三十周しただけですから」
「あ、そうなんだ。疲れてるならしょうがないよね」
死に体の斑谷をフォローした華穂本だったが、よく今ので納得したなと思った。
「はい。次は月見里さん」
「はい……」
「あれ? どうしたの? なんだか機嫌悪いようだけど……」
「大丈夫です。朝方気持ち悪い害虫を退治しただけですから」
「あ、そうなんだ。虫は嫌だよねぇ。先生も苦手」
クラスメイトの全員が理解している。この先生は天然であると。
「はい、今日もみんな元気に登校してくれて、先生嬉しいです。皆さんが入学して今日でちょうど一ヶ月ですが、学校には馴れましたか? 少なくともクラスのみんなとはお友達になれたと思います」
小雪先生はそういいながら後ろの黒板に文字を書き出す。そこには「部活動開放日」と書き出された。
「さて、今日から各部活動が解放されます。具体的には全ての部活動が自由に見学に行くことができるのです。どの部活も歓迎の準備をして待っていますので、気軽に行ってみてくださいね~。では、これでホームルームを終わりま~す」
小雪先生は噛まずに言えたことに満足しながら教室を出て行った。
いつものように斑谷と草壁は席に座っている華穂本の元に集まる。
「部活見学か。確かお前ら入りたいところあるって言ってなかったっけ?」
「あぁ。少し、いや大いに興味をそそられる部活はある」
「おいも、ある」
「そうかそうか。じゃあ放課後に行ってみるか。俺も興味のある部活があるんだよなぁ……ぐへへ」
「まったく……朝あんな目にあったばかりでよくやましいことを考えられるね」
「は! あの程度でくじける俺じゃねぇよ!」
「でも、恵吾、ホームルーム、死んでた」
「まぁ確かにな。てか全く容赦ねぇぜあの女! 首無相手に頭ぶっ飛ばすか普通!? それに俺の将来の息子を再起不能寸前まで追いこみやがって!」
「それは惜しいことしたわね」
「いやぁ間一髪だった……ってうお! お月見!?」
「だれがお月見よ! 月見山って書いてやまなしって読むって何回言ったらわかんのよ!?」
「これこれ、落ち着くのじゃ花蓮。喧嘩を買いに来たわけじゃなかろう」
「う、そうだったわ。あんた! 放課後の部活見学、水泳部に来るつもりはないでしょうね?」
「水泳部? 別に行く予定はねぇぞ? なんだ逆ナンか?」
「殴っていい? ねぇ殴り倒していいわよねぇゆな!!」
「だから落ち着くのじゃ花蓮! こやつを殴っても花蓮の拳が血に染まるだけぞ!」
「まて! 何気なく言ってるがそいつは俺をどんな姿にするつもりなんだ!?」
斑谷が恐怖のあまり後ずさろうとしたが、後ろに悪友二人が並んでおり、斑谷を盾のようにしていた。薄情な友である。
荒ぶる花蓮の腰に両腕を回して取り押さえるこの少女は砂蔵ゆな。中学生ながらが身長が一三十センチと低めで体系も幼児と見まがうほど。そのせいで制服は一番小さなサイズながらぶかぶかである。
しかし見た目に反して口調が何とも年よりくさい。俗な言い方をすればロリババァというやつである。
「そ、そうじゃ! おぬしら、お座敷遊びに興味はないか!?」
「お座敷遊び?」
「京都発祥の娯楽だね。舞妓さんと一緒に独特のゲームで遊んで、負けたら罰ゲームで酒を一気にあおるといったようなものだったかと」
「その通りじゃ。儂が所属しておるお座敷遊び交流会、通称『座会』は皆にお座敷遊びの良さを広めるために活動しておる。まぁさすがに酒はないがの」
「ふ~ん。舞妓さんは気にはなるが、ゲームだけじゃなぁ」
「ところによれば、着てるもの、脱ぐ、罰ゲーム、ある」
「まじでか! じゃああの伝説の女性の帯を引っ張って脱がすあれが、できるっていうのか! ……ふへ、ふへへへ」
「ふふん。もしおぬしが望むのなら、その罰ゲームで儂が相手をしてやっても――」
「あ、やっぱりいいです」
「なぜじゃ!?」
ゆながスカートをぎりぎりのところまでたくし上げて色気を醸し出そうとしていたところで斑谷が容赦なく切った。
「悪いが俺はお前相手に欲情はできん」
「ふえぇぇぇぇぇぇん花蓮ー! 儂は変態にさえ相手にされんのかー!」
「よーしよし、ゆなはとっても小さくて可愛いわよー」
「それは追い打ちになるのではないか……?」
花蓮は泣きじゃくるゆなを胸に抱き頭を撫でてあやし、少し泣き止んだところで
「……(ぽん)」
草壁がゆなの肩に手を置いた。
「おぬし……」
「……(ぐっ)」
草壁はこれでもかというくらい口角を上げた満面の笑みで親指を立てた。
「儂を分かってくれるのはおぬしだけじゃ!!」
ゆながまた涙をためて草壁に抱きつく。草壁はここまでは予想してなかったのか微動だにしない。いやできない。
「なぁ敦司さんよ。たとえ相手がちんちくりんであっても女子に抱きつかれるなんざ許せねぇよなぁ?」
「そうだね恵吾。たとえそれが親友であっても裏山死刑だ」
友のラッキースケベを許さぬ理不尽な悪魔が二体、ゆっくりと近づいてきて本人の顔を覗いてみると
「あ……蛇口ひねったみたいに鼻血がでてらぁ」
「ふむ、僕らが手を下す前に気絶しているようだね」
草壁は天を仰ぎながら滝のように鼻血を流して気絶していた。その顔は生涯に一片の悔いも無いような晴れやかな顔であった。ロリコンの鑑である。
・ ・ ・
放課後を告げる鐘が鳴る。斑谷は寝起き丸出しの大あくびをかまして、華穂本は授業のプリントをクリアファイルに入れ、草壁は両方の鼻の穴にボールペンを刺したまま(鼻血が出ていた時に二人に応急処置としてボールペンを詰め物にされていた)ぼーっとしている。
鐘が鳴り終えると同時に草壁の元に斑谷と華穂本が集まる。
「よーっし! 授業も済んだし、部活見学に行こうぜ!」
「……フンッ(スポポン!) ……行こう」
「質問なんだが、恵吾はどこの部を見るのか決めているのか? 三人で回るから時間的には一人一つずつになると思うが」
「安心しな。行くところは決めてあるからよ。うっけっけっけ……」
「安心しろというならその薄気味悪い笑い声はやめたまえ」
「じゃあ、まずは、っ!」
「ん? どうかしたのか二千翔?」
「あれ、あれ!」
草壁が教室の入り口のほうを指さす。そこにいたのは
「げぇ! ありゃ津田のババァじゃねぇか!」
今しがた教室の入り口から入ってきたのは派手なピンク色のトラ柄のスーツを無駄に着こなした妙齢の、取り繕わなければおばさんとばばぁの境目くらいの女性だった。
彼女の名は津田ニャン子。この学園の教員であり生徒指導委員の顧問を務めている。大阪のおばちゃんのような天然パーマのかかった頭には信じられないことに猫耳が付いている。これはカチューシャではない。津田ニャン子は山姥と猫又のハーフの妖怪であるためそれは本物なのである。
「わざわざ教室に出向くなんて、嫌な予感しかしないね……」
「あぁ。しっかし相変わらずブスだよなぁ。ばばぁと妖怪であることを差し引いてもこの世のものとは思えないぜ」
「ミサイルを、顔面に、受けたような、顔」
三者三様の暴言を吐いていると、ニャン子が教室を軽く見まわした後、三人に近づいてきた。競歩の選手も顔負けの速さだったので逃げることができなかった。
「ねぇん、あなたたちに聞きたいんだけどぉん」
「ひ、ひげえぇ! ななななんでしょうか!?」
あまりに突然のことだったため斑谷は声が裏返ってしまう。
「今日風紀委員長から足立君という生徒が女子の更衣室に侵入したって聞いたのよ。で、その足立君はどの子かしら?」
ニャン子に問い詰められたので三人は教室を見渡すと足立はすぐに見つかった。足立は教室の右端の自分の席で携帯のバイブレーションかと思えるくらいブルブルと震えていた。
三人と目があった足立は探されていることを察したのか、ジェスチャーで必死にやり過ごしてくれと懇願している。
三人は足立のジャスチャーを理解したので、顔を見合わせお互いの意見が一致したことを確認し、言う。
「「「あいつです」」」
「お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
一斉に指を指して声をそろえて足立を吊し上げた。
「あの子ね。ありがとう」
ニャン子が先ほどと同じように高速の足さばきで足立に詰め寄る。
「ち、ちち違うんです! こここれは、ななななにかの間違いです!!」
「言い訳は生徒指導室で聞くわ。さぁおいで」
ニャン子は足立の襟首をつかむとそのまま引きずっていった。
「い、いやだ! 愛の巣は! 愛の巣はいやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
まるでこれから処刑される罪人のような悲痛の叫びを上げながら、足立はニャン子に引きずられて、教室から連れ出された。
愛の巣。と呼ばれたそこの正式名は生徒指導室であり、規則を破った生徒が指導としてその部屋に連れて行かれ、ニャン子によって人格が変えられるような指導を受けさせられることから。ニャン子がどんなことをしても許されるニャン子のニャン子によるニャン子の為の部屋、ということで「愛の巣」と異名されている。
「足立。お前のことは忘れない……」
「僕も友の冥福を祈っておこう」
「なんまいだ、なんまいだ」
三人は彼の机の前で両手を合わせ適当に祈り、教室に飾られている花をちぎって(綺麗なのをちぎるのを躊躇ったのかほとんど枯れているものを選んだ)机に添えた。
悲しいかな、その枯れた花は彼の指導後の姿を物語っている様でもあった。
・ ・ ・
クラスメイトの一人をあの世に見送った三人は気を取り直して当初の予定通り部活動の見学に向かった。
各部活動には部室があり、運動系はそこだけではないが、文化系のほとんどはそこで活動している。そしてその部室が集まった一個の建物、通称「箱庭棟」と呼ばれている。
箱庭棟は学校の裏手。グラウンドの反対位置している。三人は玄関で靴にはきがえ、箱庭棟の前までやってきた。
「野球拳をやろう! 俺たち野球拳部と共に服を脱ぎ! 青春の汗を垂れ流そうではないか!!」
「おっとそこの君。闇金に興味はないか? 我ら闇金部と一緒に楽しい借金取りライフを満喫しようじゃないか」
「新入生よ! 今君たちに足りていないのは毛だ! 育毛部に入ってありとあらゆるところの毛をもっさもさに生やそう!」
箱庭棟周辺は部活動開放日というだけあって、現部員がにぎやかしく新入生に声をかけ、勧誘を促している。
三人は華穂本を先頭に箱庭棟の中に入った。通路は扉とコンクリートの壁なので殺風景だが、それを塗りつぶすように各部が施した壁紙やら装飾で埋め尽くされている。
「しっかし奇妙な部が多いよなぁ。半分以上名前見ても何の部かわかんねーし」
「勧誘、断るの、疲れた」
「さて、まずはどこから回る?」
「じゃあ僕の見たいところから回ろうか。もうすぐそこに……あ、ほらあそこだよ」
華穂本が指差した扉の前に行くと看板がぶら下がっていた。そこには
「なになに……人体神秘研究部?」
「科学部、違うか?」
「入ってみればわかるよ。失礼します」
華穂本が軽くノックしてからドアを開ける。開けた先でまず目に入ったのは、いや目が捕らわれたのは、一人の男だった。
その男は木製のベンチに右手を背もたれにかけ、足を組んで座っており、着ている白のワイシャツの胸元が不自然にガバっと開いている。そして粘っこい視線を向けながら一言。
「ヤラナイk――」
バタンッ!!
「なにするんだ恵吾」
「なにもナニもないだろ! なんなの!? あれはフィクションだろ!?」
「おいおい、目の前にいた人をフィクションだなんて失礼すぎるだろ」
「もっかい、見る」
こんどは草壁がドアを開ける。しかし青い狸が持っているドアのように開けたら風景が変わるわけでもなく、そこにはやはりベンチがあり男がいて、一言。
「ヤラナイカ」
バタンッ!!!
「だからなんで閉めるんだよ」
「閉めるだろ!? 明らかに常人が関っちゃだめなやつだよ!」
「あれ、色々、危険」
「これはとんだシャイボーイ達だな」
「「うわぁぁぁぁぁぁ!!」」
さっきまでベンチに座っていた男が音もなくドアを開け、息がかかるかと思うくらいの距離で話しかけてきた。そこらへんの恐怖体験よりよっぽどホラーである。
「始めましてだな。俺は三年の安部勃狼。人体神秘研究部の部長をしている」
「すみません。僕の友人が失礼しました」
「構わんよ。初めてのことは怖いものさ。初めては、な」
「先輩……///」
「見つめあうな! 顔を赤らめるな! お前はいつからそうなってしまったんだ!」
「僕はようやくわかったんだよ。純愛の前には性別などという壁は些末なものにすぎないと」
「その壁は、分厚い、はず」
華穂本敦司。彼は中学に上がるまでは普通に女の子が好きな変態だった。しかし何が彼を変えたのか、中学に上がるころになってから、男にしか興奮と劣情をおぼえない、いわゆるHOMOになってしまったのだ。
「うれしいこと言ってくれるじゃないの。それじゃあとことん喜ばしてやるからな」
「先輩……///」
「だめだこのままじゃ一線超えちまう! 二千翔、そいつを抱えろ! 次いくぞ次!」
「うい、っしょっと」
「あ、ちょ、待ちたまえ! せめて、せめて先輩の裸体を!」
「大丈夫、また会えるさ。君が薔薇を愛する限り!」
「センパァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイ!!」
草壁に肩で担がれた華穂本は悲痛の声を上げ、その場を離された。
まるで恋人との仲を強引に引き裂かれたかのように。
・ ・ ・
「さて、次はどっち行くよ?」
三人は人体神秘研究部を離れ別の廊下を歩いている。華穂本は少しオーバーなくらい落ち込んで歩いているが、下手に触れても藪蛇なので二人は放置している。
「次は、おいの、とこ」
「一応聞いとくが、ロリが絡むような部じゃないだろうな?」
「あったら、そっち、行ってる」
「そうか、なら安心か」
「うい、着いた」
斑谷は何部かを確認するために看板を見ようとしたが
「あれ? ここ看板がねーぞ? 間違ってんじゃねーか?」
「そんなはずない、入ってみる」
そう言って草壁がドアノブをひねってみると簡単に開いた。そしてそこに広がっていた光景は
「ほらほらぁ! もっといい声で鳴きなさぁい! このガリガリィ!」
シパァン! ビシィ! バシィ!
「あ、あひぃ! もっと! もっと私にあなたの愛の鞭をくださぁい!!」
バタンッ!!!
「閉めちゃ、ダメ」
「こっちだったか! 忘れてたよお前のもう一つの性癖を!」
草壁二千翔。彼はロリコンというだけに飽き足らずドMにまで染まりきってしまった割とえげつない変態である。
本人は「ロリロリしい女の子に奴隷として飼ってもらうことがおいの夢」と公言しているが、いまだその夢を完璧に理解してくれる人間もとい生物は現れていない。
「おいは、入る」
「おいちょっと待てや!」
斑谷の制止を振り切って草壁はドアを開ける。やはりそこには露出度の高いボンテージ衣装を着て鞭を振るう金髪の女生徒と、体を亀甲縛りで縛られ天井に吊るされ鞭で叩かれ恍惚の笑みを浮かべているガリガリの男子生徒という異常な光景が広がっていた。
「あ、部長! お、お客さまあっはぁぁぁぁぁん!!」
「誰が勝手に喋っていいって言ったかしらぁ!? 命令一つまともに聞けないほど脳みそが腐ってるのねぇ!! (ビッシィ!)」
「おっひいぃぃぃぃいん!! らめぇ! 一生消えない傷が出来ちゃううぅぅぅぅうぅ!!」
「いいなぁ」
「お前分かってる? 傷って絶対トラウマのことだぜ?」
草壁がお菓子を欲しがる子供のように指をくわえて見ていると、必死に男子生徒を叩いていた女生徒がこちらに気づいた。
「あら? 誰か来てるじゃない。なんで私にさっさと言わないのこのゴミクズ! (シパァン!)」
「んほおぉぉぉぉぉ理不尽んんんんん!!」
女生徒はしばらく叩くと満足したのか男生徒を放置したまま草壁のほうに来た。
「新入生? 始めまして。私は女々院由里華。入部希望かしら?」
「はい、そうです」
「二つ返事してんじゃねぇ」
「そもそもこの部は何部なんですか? 看板がなかったので」
「看板がない? ねぇガリガリ? 看板壊れてたから直しといてって言ったわよねぇ?」
「すみませぇん! まだ出来ておりませぇん! お仕置きしてくださぁい!!」
「役に立たない屑にはこれで十分よ!」
「おごぉ! ふごふご……」
女々院はそういって近くにあった雑巾をガリガリ男の口に突っ込んだ。
「これでよし」
「いやよくはねぇよ」
「えーっと、ここの部の名前だっけ? ここは教育実践部よ」
「ここまで意味が捻じ曲がった言葉を初めて聞いたよ僕」
「で、あなたが入部希望者? いい体してるじゃない」
女々院は草壁に近づいて体をなめるように見ると、パンパンに太った腹を思いっきり掴んだ。爪が長いので肉に食い込んで痛そうだが
「おっふ、んふぅぅぅぅ」
草壁はまんざらでもない表情で女々院の顔を見ている。
「んふふ、いい顔するじゃない。ねぇ、勉強と私、どっちが大事?」
いきなり何言いだすんだこの人? と思ったが二人は黙っていた。
「女々院さん、です」
女々院は腹を握る手に力を込める。
「あらうれしい。じゃあお友達と私、どっちが大事?」
「……女々院さん、です」
こんどは空いた左手でちぎれるかと思うくらい服の上から乳首をつねりあげた。
「あらそうなの? じゃあ最後に……あなたと私、どっちが大事?」
「女々院さんでぇす!」
「やばいやばいやばい! 完全に調教されてんじゃねぇか!」
「あぁ、ここに入ると間違いなく両親に顔向けできないほどの人間のクズになってしまう!」
黙ってみてられなくなった二人は草壁の両腕をつかみ力任せに引っ張っていく。
「あ! 待って、まだ、お仕置きが! おいの女王様ぁぁぁぁ!!」
「あら残念。お仕置きはまたの機会にね。かわいい大ブタちゃん♪」
「放置プレイぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
草壁はつらいのか嬉しいのかよくわからない顔をしたまま友人二人に引きずられて教育実践部を後にした。
・ ・ ・
「さーて、次はいよいよ俺のところだな!」
三人は一列に並んで歩いている。
一番前の者はニヤニヤと不気味な笑みをこぼしながらスキップで進んでいる。
真ん中のものは後ろの者に気を配りながら軽くため息を吐きながら進んでいる。
一番後ろの者はまるで全財産を賭けた大博打に負けた上に家が全焼したのかと思うような悲壮感を漂わせながら、カタツムリに負けず劣らずのスピードで進んでいる。
「なんだよおまえらー。テンション低すぎだろー」
「うん、まぁ、僕はもう大丈夫だけど……」
「うぅ……おいは……女王様の……焼豚……」
「ごらんの有様だよ」
「なるほどこれは重症だな。いや元々重症みたいなもんだけどな」
斑谷は足を止め、少し考えた末、口を開く。
「よし! なら元気が出るように次に行くところを教えてやろう!」
「んぁ?」
「そういえば箱庭棟を出てしまったね。運動系の部活なのか?」
「さすが敦司。今日も冴えてるねぇ」
「もったいぶらずに早く言いたまえ」
「わりぃわりぃ。俺が目指してる部活。それは……水泳部だ!!」
「水泳部?」
「おいおい。君はそこまで脳細胞が劣化してしまったのか?」
「馬鹿にしちゃいけねぇ。朝にお月見に言われたことだろ? 始めは陸上部のつもりだったが、押すなと言われたら押したくなるってやつだよ。なので予定変更!」
「まぁ君の反骨精神は知らないけど、いくら今日が部活動開放日だからといっても日頃の行いがよろしくない君が行けば彼女を筆頭に部員たちに門前払いされて終わりだろう」
「最悪、愛の巣、行き」
「そんなことくらい百も承知よ。なので俺は正々堂々男らしく……覗く!」
「二千翔。国語辞書を持ってきてくれ。彼に正々堂々という単語を教えたい」
「でも、どうやって? あそこは、地下、だぞ」
水泳部は箱庭棟から少し離れたところの体育館にあるプールで活動している。
しかし問題は体育館の中にあるといっても、地下に設置されていることだ。地下なのでもちろん窓もないし、プールに入る入口は一階から地下に行ける階段を下った正面にある扉のみ。
「安心しろ。こんな時のために策は練ってある」
「どんな策かは知らないけど、僕はパスだね。危険すぎるし女子に興味はない。それに覗きなんかして愛の巣行きにでもなったらたまったもんじゃない」
華穂本が斑谷から離れようとするが本人は動じない。
「おいおいいいのか? せっかくのチャンスを逃すってか?」
「何がチャンスだというんだ」
「今年の新入部員は男子生徒が多いみたいだぞ」
「早く策を言いたまえ。半端な策なら僕が練り直してやる」
「それでこそ、敦司」
こうしてバカ三人による水泳部覗きの計画が始動した。
・ ・ ・
三バカが考えた計画の内容はこうだ。
先ほども言ったようにプールは地下にある。そのため空気を入れ替える通気口が多く存在する。
しかし単純に通気口の格子から除くというのは難しい。スパイ映画などで見るように人ひとり入るのが精いっぱい。草壁に至っては足一本で限界なのでこれは却下。
だが一つだけ皆で入れて皆で覗ける通気口がある。それはプール管理室だ。
プールの中の水はもちろん、室内の温度や音響設備など地下プールのすべてを管理・操作できる部屋がある。
そこには通気口のような空気の入れ替えを目的とした格子窓があり、それならばみなで顔を並べて覗けるというわけだ。
だがまたしても問題はある。そのプール管理室にどうやってたどり着くかだ。
プール管理室はプールの入り口のすぐ横に扉がある。(ちなみに反対には男子・女子の更衣室だ)普通にいけばそこを通った生徒に見つかり追い立てられるだろう。
「ここは、おいの出番」
草壁二千翔は塗り壁という種族の妖怪だ。能力としては壁に張り付くことでその壁の色と同化することができる。しかし体積まではごまかせないので、よく見れば壁が不自然に盛り上がっているように見えてしまう。
三人は抜き足差し足で階段を下りてき、人の気配がしたら草壁が二人を壁と自分で挟み込む。こうすることで三人まとめて壁と同化することができるのだ。すごく便利な能力に思えるが、その代償としてキツイ欠点がある。
「うぎぎ……く、苦しい……」
「はぁはぁ……酸欠になりそうだ……」
「二人とも、黙ってて」
肥満型の草壁と硬質なコンクリート壁のサンドイッチだ。軽い拷問に匹敵する。
壁と同化している三人の後ろを制服の女子生徒が階段を下りる。このまま更衣室に行って水着に着替えるのだろう。
「お、おい二千翔。おまえこのまま動けねーのか?」
「無理。動いたら、同化、解ける」
草壁は女生徒が見えなくなったのを確認して、壁から離れて再び階段を慎重に下りる。
初めも含めて壁に同化すること三回。ようやく目的のプール管理室の前までたどり着いた。しかし当然のように扉には鍵がかかっている。
「さて、じゃあ僕の番かな」
そういうと、華穂本の手に水かきが現れ、指先が鋭くなる。さらには頭に小さなシャンプーハットのようなものが出現し、その真ん中には陶器のように美しい真っ白な皿がある。
華穂本敦司の種族は河童。能力は液体の流れを察知できる。先ほど近づいてくる女生徒にいち早く気付いたのも、血液という液体の流れを察知できたからである。
華穂本はその鋭利な爪をドアノブの鍵穴に差し込んでカチャカチャと動かす。そして一分もたたないうちにガチャン、と開錠を示す音が鳴った。
「さすがだな。メガネは伊達じゃねぇな」
「この程度の古い鍵ごときで僕は止められないよ」
「一度、言ってみたい、台詞」
三人を代表して斑谷がドアのノブをひねり、ギギギ、とさび付いた音とともに扉を開ける。
中は刑務所の檻の中のように簡素であった。床も壁も天井も白。簡素な机と椅子。そして奥にはたくさんのスイッチと大きな画面が搭載された、部屋の壁一面を占領する機械盤が備え付けてあった。
そして目的の格子窓は右側の壁にある。
「へっへっへ。さぁ心の準備は良いか皆の衆」
「いつでもいいよ。僕の肉眼レフも冴え渡っている」
「幼女、いると、いいな」
三人は意気揚々と格子窓に顔を寄せる。格子窓はプール側からはプールサイドの床から数センチの壁、人でいうと足の脛ほどの高さに設置されている。
それでは全く人が見えないように思えるが、プールで泳ぐ生徒や反対側のプールサイドを歩く生徒はしっかり見える。
「う~ん。見えないこともないが、若干見えづれぇなぁ」
「それでも向こう側を歩く生徒は見える。ウホッ、良い体」
「こっち側、通ってくれたら」
二千翔の願いを神が聞き入れたのか、程なくして覗いている側のプールサイドに男子生徒と女生徒が格子窓の前を横切った。
「うっひょ~! 綺麗な足だねぇ~! prprしてぇ!」
「んふ、んふふ。逞しい脹脛……あ、鼻血が」
「いっそ、ここの前に、座ってほしい」
三人は次の通過者を今か今かと待ち構えている。
「来るよ。女性が」
河童のスキルをフル活用して気配を察知する。斑谷が充血するほど目に神経を集中させ、標的を肉眼に収めようとする。
そして格子窓の前に足が通過した。しかしそれは期待を疑問に変えるものであった。
「……何だ今の?」
「うぅむ、例えるなら『乾かして茶色くシワシワになった大根を水につけて戻したもの』かな?」
「人の、足じゃ、ない」
三人が首をかしげていると、答えはすぐにやってきた。
格子窓に突如として人の。いや、化け猫の顔がドアップで現れたのである。
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
三人はその時だけあらゆる生物を超越した瞬発力で後ろに飛んだ。
「め、目が、目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぅぅ! 今まで肉眼レフに収めた漢たちがなにかおぞましいものに浸食されるぅぅ!」
「し、しぬぅ、しぬぅぅぅぅぅ!!」
三バカは一様に目を押さえながら床にのたうち回る。その様は神経性の劇毒を注射されたと言われれば容易に信じてしまうほどだ。
「そこで覗きをしている者がいるわねぇ! 今行くから待ってなさぁい!」
格子窓の向こう、プールから先ほど足立を葬り去った津田ニャン子の声が聞こえ、びちびちとプールサイドを走る音も聞こえた。
「ぐぅ……お、お前ら無事か? ちなみに俺は視力が下がった気がする」
「それは、皆、同じぃぃぃ……」
「し、しかしこれはまずい! 愛の巣行きという最悪のシナリオが現実のものとなりつつあるぞ!」
いち早く状況を判断した華穂本が全員に状況を伝える。その瞬間斑谷がドアに向かってダッシュし、ドアの鍵を閉めた。
「よ、よし。こ、こここれでひとまずは安心――」
ドゴォォォォォォン!!
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」」」
「あらぁ!? 鍵が閉まってるじゃなぁい! 用務員に鍵を借りてくるわぁ!」
すさまじい体当たりを扉にブチかましたニャン子は扉を離れ階段を上った。
「じょ、状況を整理しよう。おそらく水泳部の顧問だったであろう津田ニャン子は僕たちの覗きを発見した。今現在この部屋にいる僕たちを捕縛するために鍵を取りに行っている!」
「「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ!」」
「恵吾! 君はここの顧問の事を把握してなかったのかい!?」
「知るわけねぇし知りたくもねぇよ!」
「で、でも、まだ僕たちの姿、見られてない」
そう、彼らは見つかってはいるが正体は知られていない。格子窓越しに顔を見ただけじゃ男子生徒であるぐらいしかわからないだろう。
「でもどうするよ! 出口は今鍵閉めた扉一つだけだし、今から出てもニャン子とはち会うぞ!」
「恵吾、こんなときのための策は練ってあったりするか!?」
「ふ、あると思うかい?」
「今行くわよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
三人は顔をムンクの叫びのようにして絶望に浸っていた。
・ ・ ・
ニャン子は学校指定の教員用競泳水着(なんて言ってはいるが結局はスク水である。おえぇ)を着たまま鍵をプール管理室のドアノブにある鍵穴に差込み、鍵を開ける。そのまま扉を開け中の生徒を捕獲しようとした、が。
「あらぁん?」
部屋はそのまま何もなかった。奥に機械盤があり、申し訳程度に机と椅子がワンセットあるだけである。
ただその部屋にも変化はあった。
さきほど男子生徒が覗いていた格子窓。それが外れて床に投げ出されている。
「プールに逃げたわねぇ! 浅はかよぉぉぉぉ!!」
ニャン子はきびすを返し、部屋を出てプールのほうに向かった。
・ ・ ・
プール管理室にある机。その横にはあるはずのない凹凸が出来ていた。その正体は賢いみなさんならお分かりだろう。ドMの彼である。
「も、もう、行った?」
「よし! 早く逃げるよ! 僕たちがプールに逃げたと勘違いしているうちに!」
「さすがだぜ敦司!」
三人は一目散にドアを出て階段を目指す。後は階段を上って体育館を離れれば逃げきれる算段だった。
だが運の悪いことに階段の正面にあるプールの扉が開き誰かが出てこようとしていた!
「ヤヴァイ! 二千翔頼む!」
「ガッテン!」
「ま、待て! まだ俺が入ってねぇ!」
華穂本は草壁を引っ張り壁に張り付いた。しかし反対側にいた斑谷が置き去りになってしまった。
「あわわわ!」
パニック状態に陥った斑谷は万事休すと思い、プールから出てくる者を見た。
「あ! あんたは!」
「え!? お月見!?」
扉から出てきたのは月見山花蓮であった。
プールから上がって間もないのか、後ろにポニーテールにくくられた髪はしっとりと湿っており、更衣室に行っていないので当然競泳用スクール水着だ。肉好きがよく、しかしまったく無駄のない美脚の全てをさらけ出し、豊かな胸部は柔軟性の高い競泳水着をこれでもかと押し上げている。
花蓮は相手が男。しかも斑谷であると分かると顔を赤らめ扉に隠れてしまう。
「まさか! 津田先生が見つけた覗き魔ってのは!」
「は、はぁ!? 誤解すんじゃねぇよ! 俺は部活動見学にさっき階段を下りてきただけだっつーの! まだやってる?」
「やっててもあんたは入れないわよ! 放課後に言ったこともう忘れたの!?」
「押すなと言われれば押したくなる。行くなといわれれば行きたくなる。これすなわち人間心理の極意なり!」
「なに分けわかんないこと言ってんのよ! あとガン見すんなキモい!」
「首から上くらいいーだろうが! あと、お前が言ってる覗き魔? それさっき俺階段ですれ違ったぞ多分」
「え! 本当?」
「あ、あぁ。妙に慌ててた男子三人組だったから間違いないと思うぞ」
「そう。じゃあその情報に免じて、今回は見逃してあげるから、さっさと帰りなさい」
「ちぇ、ちょっとくらい見せてくれてもいいのに」
斑谷は手を後頭部で組みながら階段に足をかけた。だが一段目で止まって顔だけ振り返る。
「あ、これだけ言っとくわ」
「なによ」
「お前、あれでも着やせしてたんだな。ナイス巨乳だぜ!」
「記憶を墓場に持っていけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
花蓮は持っていたストップウォッチを斑谷の顔面に思いっきり投げつけた。
ひぇぇと言いながら斑谷はからくも回避して階段を駆け上がった。
花蓮は斑谷に聞いたことをニャン子に伝えにプールに戻った。静まり返った階段前で、二人の男がこそこそと逃げるように階段を上ったのを目撃したものはいなかった。