-79-:ペリーが草葉の陰で泣いている
「あぁ、ゴメンなさい。何か言った?」
ツウラは、ようやく二人の声に気付いた。
「津浦さん、その握り方だと野球のバットと同じ、いや、それもあるけど、右利きなら右手が上に来るハズなんだけど、その・・左手を上にして握ってますよ」
ヒューゴの指摘にツウラは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした。
(マスターのバカ!ケンカでバットを振り回すくせに持ち方がおかしいってナゼ気付かないの?おかげで私、恥かいちゃったじゃないの!)
マスターの役目は魔力の元となる霊力の供給だけでなく、技量の提供も担っている。
「剣道を初めて目にする人には分からないのも無理はありません。それに野球に興味が無ければバットの握り方を知らないのは当然です」
告げつつヒューゴは竹刀の握り方を実践して見せてくれた。
すると。
「笑わないの?」
呟くようにツウラが訊ねた。
「私、おかしな持ち方していたのに、アナタ笑わないの?」
「知らない事は何も恥ずかしい事ではありませんよ。それを笑う理由も分からないな。俺も知らない事がいっぱいあるし、他の誰かに笑われているのかな?」
笑顔を交えて答えるヒューゴに、ツウラは胸が熱くなるのを感じた。
「今までいっぱい笑われてきたんだ…私…。無駄な事をしているとか、頭がおかしいとか散々人からバカにされて。アンタみたいな人に会ったの、初めてよ」
目頭が熱くなるのを感じた。
「ごめんなさい。私、用事を思い出したわ。これで失礼させてもらうわね」
少し涙声で伝えると、顔を上げないまま上座に礼をして、それからミサキたちに礼をしてから道場から立ち去っいった。
「アンジェさん!」
心配してフラウが追い掛けるも、ツウラの姿はもうどこにも見当らなかった。
明くる朝―。
「バカにしたつもりは無いのに、俺が一体何をしたぁー。あー」
席に着くなりヒューゴは椅子の背もたれに全体重を預けて天井を仰いだ。
「彼、何をやっているの?」
キョウコがクレハに訊ねた。
「昨日、剣道部の部活見学で案内役を任されたんだけど、見学に来た女の子を泣かせて帰らせちゃったんだって。それで後で部長さんにこっぴどく叱られたそうだよ」
「ロクな事しないわね」
世の中、片側の言い分だけを聞いて物事を判断してしまう事例はたくさんある。
事実を伝える責務を負っているはずのマスコミでさえ、裏を取る事を怠ったり、願望に叶う回答以外認めない偏った報道をしたりする。
「反省の色も無いなんて、まったく、見下げた人だわ」
キョウコは非情にもヒューゴをバッサリと斬り捨てた。
「それよりもキョウコちゃん」
珍しくクレハの方からキョウコへと寄った。
「昨日私が食らった・・いや、受けた“フールズ・メイト”みたいに、名前の付いたチェック・メイトって他にもあるの?」
「ええ、たくさんあるわよ。“レ・ガルのメイト”や“ボーデン・メイト”は人の名前から取ったチェック・メイトで、学者メイトはフールズ・メイトに次いで短い手数で終わるメイトなの。後は…そうね、その形にハマった状態で成立するものね」
「形にハマった?」
「つまり状況ね。味方のポーンに前方を阻まれた“バックランク・メイト”、周囲を味方に囲まれた状態でナイトによって受ける“スマザード・メイト”、これは別名“窒息メイト”とも言うわ。それと、味方の駒に逃げ道を塞がれているキングを、ルーク、クィーンのいずれかの駒でチェック・メイトにする“エポレット・メイト”があったわね。私が知っているのはこのくらいかしら」
色々説明してもらったが、どれも頭に入ってこない。
でも、新たな知識はどんどん吸収したい。
「ちなみにエポレットって、何を意味するの?」
「“肩章”の事よ。キングを囲う駒の陣形がちょうどそれに似ているの」
聞くも、“ケンショウ”なる言葉は耳から入ると、どんな意味なのか?さっぱり解らない。検証?懸賞?まったく形が見えてこないぞ。
「ゴメンね。“ケンショウ”って何?」
「海軍の将校さんたちが肩に付けている“総”を垂らしたモノ。えぇっと、どう説明しようかしら?」
キョウコが考えあぐねている傍ら、クレハは「わかった!」と声を上げて。
「ペリーが両肩に付けているデッキブラシの先っぽみたいなヤツの事だよね」
得意顔で確認を求めてきた。
「そ、そうね・・」
見た目似ている事は否定しないが、例えにデッキブラシを持ち出してくるとは…。
ペリーが草葉の陰で泣いている。
朝から頭の痛い思いをするキョウコであった。




