-75-:オロチのマスターが・・ここにいる!?
ツウラは、長電話している間に随分と周囲が騒がしくなっている事に気付いた。
腕時計に目をやると休み時間が残り15分ほどしかない。別に急ぐ用事など何も無いのだが。
「私みたいにマスター替えたい奴もいるだろうし、霊力の高い人間でも探して来ようかしらね。いたとしても、私だったら女のマスターなんて願い下げだけど」
鼻歌を歌いながら女子トイレを出て階段へと進んだ。
ふと階下の踊り場で数人に囲まれ踏みつけられている女子を発見。
(アラ。イヤなもの見ちゃったわ・・。どこにでもあるのよね。ああいう陰湿なイジメ)
見ず知らずの少女を助ける義理も無ければ、気すら起こらない。
あんなの放っておいて、この階から探索に入るか。
と、向きを変えたその時。
ツウラの額から止どめも無く汗が流れ出てきた。
胸も苦しい。心臓の鼓動が早くなる。まるで全周囲から槍先を突き付けられているような、精神そのものが受ける冷たさ。
「何この感覚!マズいわッ」
それは、かつて感じたドス黒さを秘めた圧倒的なまでの霊力…。
黒側クィーンズ・ルーク、一つ目巨人のアンドレをマスターのベンケイ(本名三平・蓮)ごと跡形もなく食らい尽くした白側クィーン、九頭龍のオロチから発せられていた霊力そのものだった。
「オロチのマスターが・・ここにいる!?」
人前であることなど、この際構っていられない。
魔者の力を発揮できる甲冑姿へと変身して校舎反対側の階段へと駆け出した。振り向く他の生徒たちの髪を巻き上げるほどのスピードで。
階段に辿り着くと、変身を解いて一気に階段を駆け上がった。
胸苦しさは治まりつつある。ツウラは壁に背を預けて休憩を取った。
「まさか、こんな場所で“女王様”の霊力に出くわすとわね。あの場にいたら確実に殺されていたわ。霊力が強いだけじゃない。すさまじい殺気ってヤツ?全身の毛穴が開いたようなイヤな感覚だったわ…」
どうやら遣り過ごせたようだ。
気持ちを落ち着かせようと大きく息を吐いて。
「この棟にいる目ぼしい相手は御手洗・達郎と御陵・御伽くらいね・・」
神経を研ぎ澄まして霊力の強い者を探し出す。だけど。
「どういう事なの?一体、何がどうなっているの?何故?あれほど強力な霊力を今は全く感じ取る事ができないの!?」
不安に押しつぶされようとする中、必死に心を落ち着かせてさっきの状況を思い出して整理してみた。
一瞬だったが、あまりにも霊力が強すぎて、どの方向から感じ取ったのか判別できなかった。
だけど、その前に、ひとつだけ不自然な点があった。
「もしかして、アイツがオロチのマスター・・?」
思い当たる人物がひとりだけいた。
人形みたいに全く霊力を感じなかった人物。それは―。
「他の女子生徒に踏みつけられていた、あの娘…?」
確かめたいけど、あの場所へ戻るのは危険過ぎる。もしかしたら、こちらの存在に気付いたから霊力を解放したのかもしれない。だとすると、この棟にいるのはとても危険だ。
退散しようと怪しまれないように平常を装って歩き出すと。
「―ッ!?」
後ろから制服の裾を引っ張られている事に気付いた。いや、ただつまんでいるだけの様だが、この状況、捕らわれている事に違いは無い。
ツウラの額から恐怖のあまり、またもや止どめも無く汗が流れ出てきた。
(ヤバい・・。やっぱりさっき気付かれていたんだわ。わ、私、こ、殺される―!)
声すら上げる事も出来ない。
さらに、今にも呼吸が止まりそう。
つまんだ裾をさらにクィッと引っ張られる。
もう逃げられない。強く目を閉じた。
最後の最後、オロチのマスターがどんな顔をしているのか?せめて拝んで死んでやろう。
電池の切れかかった時計の針のように、ゆっくりカクカクと振り返る。
するとそこには、小柄の金髪の可愛らしい少女の姿が。他の生徒と明らかに違う異国の少女が佇んでいた。
「は?貴女ダレ?」
姿はともかく、彼女から感じる霊力は微々たるもので紛いも無く一般人そのもの。
「あの・・。ワタシを・・教室まで連れて行ってもらえませんか?」
名乗る余裕も無いほど困り果てた少女は、いきなりツウラに用件を伝えてきた。




