-71-:お勤めご苦労様
彼女の名前はツウラ。
亜世界という平行世界の住人である。
いや、正確には住人であった言うべきであろう。
彼女は不慮の死を遂げて叫霊と呼ばれる、叫び声を発すれば物理的・精神的ダメージを与えるアンデッドモンスターへと変貌を遂げていた。
「私は悪くない…。やっぱりモデルにした、あのブスが悪い・・。あっ、ヤバッ」
不意に高砂・飛遊午が振り向いたので自販機の陰へと隠れた。
「どうしたの?」
一緒に登校している“鈴木・くれは”が訊ねた。
「ん?後ろから念仏のような声が聞こえたような・・」
「アンタ、それ多いね。空耳よ、空耳。じゃなきゃ、虫の羽音でも聞いたんじゃない?この季節、もう結構虫が飛び回っているし」
そうか?と首を傾げながら納得して再び登校の途についた。
「危なかったぁ・・」
安堵の溜息が漏れた。
現在着用している天馬学府高等部の制服には不満は無い。むしろ清楚に見えてさらに可憐なデザインはとても気に入っている。だけど何かが気に入らない。髪や瞳の色を黒に変えているから?違う、違う!きっとあのブス(クレハのこと)と同じ格好をしているのが気に入らないのだ。問題点が解ると無性にアレンジしたくなる。
しかし派手な口紅やマニキュアはNGだ。きっと校則に引っ掛かってしまう。
ツインテールに結っているリボンをちょっとばかり長くして風になびくようにしてやろう。
ちょっとしたアレンジを加えてツウラの不満は解消された。
「アイツ…。弱っちぃ霊力なくせに、やたらと勘だけは鋭いのよねぇ」呟いた。
彼女には、どうしても不可解でならない案件があった。
どうしてココミ・コロネ・ドラコットは生成霊力が一般人とさほど変わらない高砂・飛遊午をベルタのマスターに迎えたのだろう?
確かにVTRで観たベルタの戦いぶりには驚かされた。
圧倒的なパワーの差を力学を駆使して埋めるどころか、見事ひっくり返していたではないか。
とはいえ、いずれ当たるであろう上位騎は基本ステータスそのものが兵士よりも底上げされているため、増々パワーの差は広がるばかり。
どんなに腕が立とうが、さらなるパワーの差を埋める事さえ今のままではキビしいだろう。
だからね。
自分なら絶対に隣に引っ付いているブス(クレハのこと)の方をベルタのマスターに迎えていた。なぜなら!
クレハの生成・保有する霊力は女王を駆るには若干物足りないものの城砦なら軽く持て余す程である。
納得いかない事だらけではあるが、ともかく尾行再開だ。
だが、早々に次の難関が待ち受けていた。
彼らを尾行している内に校門へと差し掛かった。
ふと、校門に立つ警備員の視線に目をやる。
彼らは生徒の顔など見ておらず、門の柱の内側に注視している模様。
校門を抜けてゆくクレハとヒューゴ。
だけどツウラは歩く速度を下げて警備員の瞳に注視し、そしてズームアップ。
瞳に映るものは・・どうやら彼らは柱の裏に据えられたグリーンのランプに注意を注いでいる。何らかのセキュリティーが働いているようだ。
実は生徒手帳にICカードが埋め込まれていて生徒たちのIDをチェックしていたのだ。
このまま通るのは得策じゃないわね。
大勢の人たちの前で構う事無くツウラは魔法陣を展開。すると彼女の衣裳が変わった。
袖の無い肩にスカラップの付いた丈の短いスカートのドレスのような衣裳。オペラグローブとサイハイブーツにはきしめんのような平べったい針金状の装甲が巻き付いている。
頭部には巻き付けた針金であしらったベレー帽型の兜を着用。
甲冑姿へと変身したのだ。
手にした釘バットを肩に担ぐとモデルウォークで校門を通り抜けた。と、警備員が慌てて出てきて「き、君、何だ、その格好は?待ちなさい!」
「どう?格好良いでしょ?」
まるでカメコ(カメラ小僧)たちの前で自慢の衣裳をドヤ顔で披露するコスプレイヤーのごとく堂々としたその風貌は、呼び止める警備員を唖然とさせた。
「お勤めご苦労様」
にっこり微笑むと凄まじい跳躍力で校内へと侵入、瞬く間に姿を消した。一方の警備員は他の警備員に「どうされましたか?校内に向いて」訊ねられると。
「え?どうしたかって?」
訊き返すも彼はすでに自分が何に向いて声を掛けていたのか思い出せなくなっていた。




