-69-:そろそろお休みの時間です
「それでは、私はこれにて」
ベルタは引き揚げようと屋上出入り口のドアノブに手を掛けた。
「ベルタさん?まさか校内を通って戻られるのですか?」
キョウコが慌てて彼女を呼び止めた。
「ええ。ですが心配は要りません。この姿の私を覚えている者は多くはいませんよ」
「行きは瞬間移動だったのに帰りは歩きなの?」
素朴な質問をクレハが投げかけた。
「ええ。でも、さほど大した距離ではありませんよ」
柔らかい笑顔を向けて、“ほら”と指差しながら「すぐそこの天馬教会でお世話になっています」
「近っ」
反射的に思った事が出てしまった。
丘の上にあるので気付かなかったが、裏に畑まである。さらなる驚き。
ベルタが去ってゆく・・。
そんな彼女を心配そうに見送るも。
「ところでフラウさん」
キョウコはフラウへと向き直った。
「この場所は本来生徒たちの立ち入りが禁止されている場所です。風景を撮影するのは大目に見るとして、それをネットにアップする事は固く禁じます。それと!何を撮ったのか確認させて頂きます」
フラウからスマホを手渡されると収録されている画像を確認した。
すると風景写真の他に生徒会の男女の××な写真が収められていて思わず絶句。そして赤面!
「フラウさん!この写真をどうするつもりだったのですか!?」
激しく問い詰める。
「なかなかお目に係れない―」
「消去です!」最後まで理由を聞くことなく問答無用に即消去した。
一方、高砂・飛遊午がココミたちから解放された事実を知るも、クレハは胸の奥にくすぶるモヤモヤした感情を払い切れずにいた。
夜―。
黒玉教会にて。
「チェック・メイト」
霜月神父の黒のルークがライクの白のビショップを弾き飛ばしてチェック・メイトをかけた。
「また負けちゃいましたね」
ライクは溜め息一つついて椅子の背もたれに体を預けた。
「なかなかの上達ぶりだよ。ライク君。俺はチェスに関しては年期だけだが、君がチェスの腕を上げている事は解るよ」
「その年期だけの神父様に連戦連敗ではまだまだですよ」
再び駒を揃えようとしたライクに。
「坊ちゃま。そろそろお休みの時間です」
執事のウォーフィールドが就寝を勧めた。
「お早いお休みなのですね?ライク様」
声の方へと向くと、部屋の入口に、火の付いた蚊取り線香のような髪型の女性が背を預けながら佇んでいた。
「カムロじゃないか。お帰り」
タツローの前に姿を現した女性の名は“カムロ”と言う。
「ほほぉー!」
カムロの姿を目にするなり霜月神父が歓喜の声を上げた。
だが、当のカムロは残念そうに溜め息を漏らし。
「どうも神父様だと見られてもドキドキしないね。どうしてだろう?タツローの時はあんなにも胸が躍ったのに」
その言葉を聞くなり霜月神父はガックリと肩を落とした。
「で、何の用です?カムロ」
ウォーフィールドが訊ねた。
「そろそろ御手洗・達郎の監視役を解いてもらえませんかねぇ。あの坊やはどう転んでも魔者のマスターにはなりはしませんよ。他人にぶつかる気概が無いせいで部活とやらでも独り浮いていますし」
「それはアナタが判断する事ではありません」
代わりにウォーフィールドが告げた。だが。
「分かった。キミの見解を尊重しよう。マスターの傍に居たいのなら素直に言ってくれれば良いものを」「そ、そんなんじゃ無いよッ!」
カムロは顔を赤らめて即時に否定した。そして咳払いひとつして。
「アタイはただ、アッチソンには御陵・御伽の監視は荷が重過ぎるのでアタイと交代してくれないかなと。彼女、“鬼火”のスピットファイアじゃなくて“カンシャク持ちの女”のスピットファイアなんだろ?元から“ただの人間”では白の魔者には太刀打ちできないだろ?」
不幸な事にアッチソンと呼ばれる女性は、“スピットファイア”の意味をはき違えて召喚された模様。
「確かに君の言う通りだね。だけど君が交代する必要は無いよ」
「どうして!?」
「明日か明後日ごろにアンデスィデに突入しそうなんだ。深海霊の君とカンシャク持ちの女のアッチソン、そして耳翼吸血鬼のスグルの3騎でベルタを叩いてもらう。なので、君たちの監視役は本日をもって解除する」
「ちょっと待ってくれないか」
霜月神父が慌てて話に割り込んできた。
「江河原さん(スグルの事)も駆り出すのかい?それは困るよ。彼には会計士としてもうしばらく居てもらわないと」
「心配ありませんよ。今度は3騎掛かりで袋叩きにするのです。彼なら無事に戻って再び会計士の仕事に従事してくれますよ」
「しかし・・」
彼らのマスターを知る霜月神父は不安でならなかった。
何せベルタは2対1の状況でも勝利を収めている。果たして、あの3人で大丈夫だろうか?
「神父様。彼の使命は兵士の駒として盤上で戦い抜くことです。会計士の仕事は彼がこちらの世界で生計を立てている手段に過ぎません」
ウォーフィールドの説明を聞くまでもなく。
「それは言われるまでもなく理解しているよ。これは俺自身の仕事だという事も理解しているし、溜め込まずに毎日コツコツと続けていれば何の苦労も無い事も十分理解している」
この年になって夏休みの宿題に手を付けないまま2学期を迎えていたあの頃と同じ思いをするハメになろうとは・・。
人間、年を重ねてもその性根は変わらないものだと実感した。
こればかりは神に問うまでもなく答えは出ている。
他の二人はともかく、カムロのマスターであるマサノリこと能見・延緒はまるで期待できない。霊力はズバ抜けているらしいが、何故彼のような狼の群れに放たれた子羊のような少年をノブナガがライクに紹介したのか?未だに理解できない。
しぶしぶ「まあ、頑張ってきなさい」今はそうカムロに告げてやることしかできない。




