-61-:その辺で止めときな。変態野郎
殴った感触は間違いなく人の頬だった。
だったら、今地面に転がっているアレは何?いつの間に偽物と入れ替わったの?
転がる頭部から目が離せない。すると。
「良イィ!とても良い!強気な娘の表情が恐怖に染まりゆく様は」
転がる頭部がキョウコを見やって狂気の叫びを上げた。
「に、偽物じゃない・・本物の頭!?」
とても移動したものとは思えない。
「はっ!」
驚愕する中、背中に気配を感じた。
首kら上の無い体がキョウコを捕えようと手を伸ばしてきたのだ。
「触るなーッ!!」
叫び、振り向きざまのハイキックをお見舞いしてやる。が、キョウコは気付いた。
蹴り飛ばすはずの頭部はすでにそこには無い事を。
さらに、空振りした右足首を掴まれてしまった!
だが、すかさず左足の蹴りを繰り出すも先に逆さ吊りにされてしまい、折角の反撃も撫でる程度の威力しか発揮できない。
すぐに下されたものの、依然右足首は掴み上げられたまま。スカートはめくれ上がってしまい、ブルー地に黒のレースをあしらったショーツが露わになった。
「おぉッ、良いィッ!この眺め、そしてこの扇情的なデザインの下着、共に良いッ!」
「嫌ぁッ、見ないで!」
掴み上げているのとは、また別の方向から聞える興奮を抑えきれない男性の声。異様に他ならない。
男性の手を振り解こうともがくも、しっかりと握られていて逃れる事ができない。その様は、まるで釣り上げられたばかりの活きの良い魚のよう。
「放してぇ。お願い、放して!」
懇願するも。
「おや、解放しろと?いきなり人の顔を殴って、さらに!蹴り飛ばしておきながら、何の咎めも受けずに解放しろとおっしゃるのですか?」
「咎め!?咎めですって!?」
恐怖に支配されてしまっている今のキョウコには、まるで理解できなかった。
「今から、たっぷりと教えて差し上げますよォ~」
地面に転がる頭は、口からヘビそのもののように長い舌を出して、のたうち回るミミズのようにキョウコへと這い寄ってきた。
「だ、誰か!誰か助けてぇーッ!」
人外の存在に恐怖し叫ぶも、先ほどから誰の姿も見当たらない。もう地面を這って逃げようにも足首を掴まれたままでは、それもままならない。
「助けを求めても無駄ですよ。貴女は気付いていない。先程から大勢の人が周囲にいることを」
「何をバカな事を。誰もいないじゃない!」
男の言葉を即否定した。
「バカな事では無く、これは人払いの魔法の一種で、いわゆる私の固有結界!貴女が他の連中を目にする事が出来ないように、逆も然り!私たちも彼らから一切見える事は無い。だから無駄だと言っているのです」
いつもならば、この場所は帰宅する生徒たちで溢れかえっているはず。否応なしに、彼の言葉を信じるほか無かった。
「おっと、その前に。どうして私が貴女様のお名前を存じていたのか?疑問にお答えしましょう」
訊ねた覚えも無いのに、この男は表情で察していたようだ。
「ベルタの出現場所である天馬学府で、ヤツを目撃した人物がいないか?探っていたところ、“ある少女”を嘲笑している2人の女子高生に出くわしましてねぇ。私はその娘たちに“少女”の素性を訊ねましたところ、貴女様のお名前を快く教えて下さったのですよ」
頭の無い男は、胸元からスマホを取り出すと、転送された一枚の写真をキョウコに見せつけた。
画面には、いつも彼女の傍にいた二人のクラスメートと3人で写っている写真が映し出されていた。
「うそ・・彼女たちが…」
面白半分で見ず知らずの男性に名前はおろか顔写真まで提供していた事実に、裏切られたショックがキョウコを絶望の淵へと立たせた。
「まぁ、彼女たちの頤をこじ開け、私のこの長ーい舌をねじ込ませて差し上げたら、いとも簡単に口を割ってくれましたがね。ククク。文字通り口を割ってねぇ」
聞くに堪えない、あまりにもおぞましい行為に、恐怖心はたちどころに吹き飛び、怒りが込み上げてきた。
「ひどい!そんなの、ただの拷問じゃない!」這い寄ろうとする頭部を睨み付ける。
「おやおや、拷問とおっしゃいましたね?では、心も体も傷ついた彼女たちのご様子はいかがでしたか?」
何て残酷な事を訊いてくるのだろう?と、怒りを覚えると同時にある疑問を抱いた。
彼女たちは、いつもと変わりなく学校へ来ていた。いつもと何ら変わりなく。
今日一日、あの日以来の自分をチラリと見やってはクスクスと嘲笑していた彼女たちのままだった。
「あなた、彼女たちに何をしたの!?」
男を睨み付けながら、強く足を閉じて抵抗を試みる。
だが、少し高く掲げられて、叩き付けるが如く真下に落とされ地面スレスレで止められる、重力落下と急停止を行われてしまっては、折角築いた城門も、いとも容易く開け放たれてしまう。
「特別な事は何もしていませんよ。盤上戦騎の時と同じく、見られていたとしても、5分もすれば記憶から消えてしまうのですよ。何をされたかも、断片も残らずキレイさっぱりとねぇ」
もう一度両脚を強く閉じようと試みるも、淫猥な舌をのたうち回らせて男の頭が両の脚を割って入ってきた。異様な光景に、もはや声すら上げられない。
「だが、貴女は違う。霊力の強い貴女は我!首無しのジェレミーアの名と姿、そしてこれから体に刻まれる恥辱を脳裏に焼き付けるです!」
それだけに留まらずに、さらなる追い討ちを掛けてくる。
「さぁ、ご想像なさい。これから貴女が私にどのような目に遭わされるのか?そして、結界を解かれた後、大衆の前にどのような姿を晒すのか?」
男の言葉は、思考する事それ自体を凶器へと変えて彼女の心に襲い掛かった。
強く抗っていた勇ましい彼女の心はガラスのように砕け散るも、かろうじて働いた脳の防御作用によって、心が壊れてしまわないように頭の中が真っ白になった。
キョウコの目は虚ろとなり、半開きの唇は閉じることを忘れてしまっていた。
「その辺で止めときな。変態野郎」
別の男性の声が、ぼんやりとキョウコの耳に届いた。




