-56-:スゴイ人を見てしまったな…
6月も中旬に差し掛かれば、日の入りは益々遅くなってくるというもの。
部活も終わって、いざ帰宅となったものの陽はまだ高く、そのまま真っ直ぐ帰宅というのも何だか勿体ない。
“鈴木・くれは”は、未だ沈まぬ太陽を眺めながらそう思った。
うーん。
(みんなとカラオケでも行こうかなぁ?それともアミューズメントに行って久々にガンシューティングでもしてストレス発散しよっかな)
色々と迷う。明るいけど、時間は結構遅い。そんなに長くは遊んでいられないので、ガンシューティングは諦めよう。あれはギャラリーが集まってきてテンションは上がるけど長丁場になってしまう。
じゃあ、やっぱりカラオケかな・・。こういうのは決断力がモノを言う。クレハはそれを教訓として胸に刻み込む事となった。
他の誰かが先にドリバ(ドリンクバーの事)へ行こうと言い出したのだ。
乗れねぇなぁ。ジュース飲んでただダベっているだけは一番つまらない。
とはいえ、部の付き合いはとても大事、無下に断るのも気が引ける。さて、どうしたものか・・。考えている矢先 “御手洗・達郎”の姿が目に映った。
「あっ、タツロー君。今から帰宅?」
「ああ、クレハさん」クレハの声に向いたタツローの鼻頭には横一文字に絆創膏が貼られていた。
「おんやぁ?廊下で走っていて、突然ドアが開いて鼻でもぶつけたのかなぁ?」
からかいながら様々な角度から絆創膏を見やった。
「誰がそんなマンガみたいな怪我なんかするもんですか。この程度で済んではいますけど、結構ヒドイ目に遭ったんですよ」
「ヒドイ目?」訊ねている最中、他の部員たちがクレハを呼んだが、上手い口実が出来たとばかりに、「ごめーん。今日はヤメとく」とドリバへ行くのを断った。
小さく手を振って笑顔で他の部員たちを見送りつつ、「で、ボコられたの?」過激な表現で訊ねた。が。
「殴られたら、鼻の骨なんて削れませんよ。斬られたんです」「斬られた!?」
衝撃の回答に、思わず言葉を繰り返した。
「昨日の帰りでの事なんですけど」
急に真面目な顔をして話し始めたものだから、つい一旦話を止めさせて「それ、話しても大丈夫な事なの?話して後で泣き出したりしても、私、何もしてあげられないよ」
「有難うございます。クレハさんのそういった心遣い、本当に嬉しいです」
予防線を心遣いと感じているとは何とも奇特な。取り敢えず本人が気に留めていない様子なので「じゃあ、聞かせてくれる?」話すよう促した。
「昨日の帰りでの事なんですけど」
彼は何の芸も無く、さっきと全く同じ出出しで話しを始めた―。
男子生徒が少ないせいか、下校して早々に友人たちとは散り散りに帰路につく。
自転車通学のタツローは、一番手で一人になってしまった。そんな時。
誰もいない公園傍を通っていたら、前方に立つ奇妙な姿をした女性の姿が目に入った。
朝から晴天だったのに、雨合羽かテントに使用されるビニール生地のシャツジャケットなのだが、一番上の二連の第一ボタンしか留めていない。しかも下は素肌が覗いている。
おかげで大きな乳房の下部分は丸見えとなり、くびれたウエストもおへそも丸見えとなっている。
そして下はシャツジャケットと同じ生地の、足首を晒したワイドボトムスではあるが、前のボタンを留めていないばかりか、ファスナーも下され大胆にもインナーパンツが覗いている。他人事ながらズレ落ちないかと心配するも、サスペンダーで吊ってある様なので、ひとまずは安心。
足元は“カリガ”と呼ばれる、ローマ軍兵士などが履いていたとされる多くのバンド状の皮革で出来たズレにくいサンダルを着用。
衣裳はともかく、まるで外国人グラビアモデルと思わせる抜群のスタイルと、美しく整った顔立ち。表情も精悍でカッコイイと思わず視線を向けてしまう。…のだが。
果たして目を向けて良いものか・・視線を上に向けるのを思わず躊躇ってしまう。
煮たワカメのような濃い緑色の髪を、中国の時代劇に出てきそうな頭の天辺以外を剃り上げた辮髪状にして、どうやって固めているのか?渦巻き状に巻いて毛先をオレンジ色に染め上げている。
分かり易く説明すれば、“火のついた蚊取り線香”をハゲ頭に乗せているように見える。
スゴイ人を見てしまったな…。
これ以上は見まいと目を伏せつつ通り過ぎようとしたら。
行く手を阻むように手をかざされてストップを掛けられた。
無視しても構わないのだが、もう減速している。止まらざるを得ない。
「キミ、昨日ココミに会っていた生徒だよね?」いきなり訊ねられた。




