-53-:私と共に盤上戦騎を駆って心行くまで命のやり取りを楽しみましょう
「初めまして。叫霊のツウラと申します。ご覧の通り、黒のチェスの駒よ」
スカートの裾をつまみ上げて、軽くお辞儀をして自己紹介をしてくれた。
「ご覧の通りだと?ピンクも入っているじゃないか」
「あら、ユーモアもあるのね。じゃあ早速だけど用件を伝えておくわ。もしもココミ・コロネ・ドラコットという女がアナタに接触してきたら、彼女の申し出を断りなさい」
用件を伝えながら厚底のエナメル靴のつま先で地面を小突いている。やっつけ仕事丸出しだ。
「随分とアバウトな要求だな。ココミという女性が僕と接触しないかもしれないのにご苦労な事だ」
リョーマの言葉に、ツウラは肩をすくめて見せて。
「まぁね。アナタの言う通り、予想だけで警告なんて変よね。本来の私の目的は高砂・飛遊午が再びベルタと接触しないかを監視するコト。アナタとの遭遇はハプニングに過ぎないのよ」
「君に“関わるな”と警告を受けている僕には、質問する権利も与えられていないのだろ?」
「ご明察。でもさ、これって、とてもラッキーなハプニングよね。アナタ、あの高砂・飛遊午に勝ったってホントなの?私たち、彼に仲間を2騎も倒されて困っているのぉ」
甘えた声で告げつつ、また日傘をクルクルと回し始めた。
「ああ、本当さ。ケガを負わせはしたけど、試合は見事に反則負けさ」
しかし、問いには答えなければならない。一種の尋問だなと感じつつ。
「じゃあさ、私と契約してみない?してくれたら、高砂・飛遊午と本気の戦いをさせてもらえるようにアークマスターにマッチメイクしてもらうからさぁ」
回した日傘がピタリと止まったかと思えば、微笑みを向けてリョーマに契約を持ち掛けてきた。黒とピンクのチェック柄に彩られたマニキュアをした右手を差し伸べて。
「アナタなら大歓迎よ。強くて頭も良さそうだし、何より格好良いもの。正直、今の主には不満だらけなのよ。デブでデリカシーは無いわ、センスもキツいのよ。学ランの下に横縞柄のTシャツなんか着てさ。デブが横の広がりを誇張してどうするのよ?そんで、子分を沢山従えているんだけど、どいつもパッとしない連中ばかり。まあ、カラオケに誘ってくれるのは嬉しいんだけどね」
確かに不満タラタラ。つまり乗り換えたい腹積もりなのだ。とはいえ。
「彼と本気の戦いをさせてくれると言うのか?僕もあのようなロボットに乗って」
「ええ。私と共に盤上戦騎を駆って心行くまで命のやり取りを楽しみましょう」
さあ、と興味を示したリョーマに、伸ばした手をさらに伸ばして彼を誘う。
「ならば断わる!」
「え?」と手を差し伸べたままツウラは驚いた。固まるとはこういう状況を差すのだろう。
「どうして?」「盤上戦騎と言ったか?そのロボット戦で僕が勝っても、彼は機体の性能差を理由に負けを認めないだろう。そして僕も、そんな不公平な戦いは望んでなどいない!」
ツウラの訊き返す声に被せるようにリョーマは断る理由を述べた。
そして、恐ろしいまでの自信を見せた。高砂・飛遊午との戦いにおいて、あくまでも勝者以外は有り得ないと断言している。今の会話の中で“仮に”とも言わなければ、“勝ったとしても”とも言わなかった。
ツウラは、そんなリョーマの気迫に圧倒された。
「不公平と言われちゃ仕方ないなぁ。盤上戦騎はそれぞれに個性が反映されていて2つとして同じ騎体は存在しないもの」
残念そうに告げつつ、日傘を閉じてバンドも留めた。
ツウラの眼鏡の奥の、ピンクの瞳が怪しく光る。
「では、当初の命令に従ってアナタには病院へ直行してもらうわ。ココミと契約されたら厄介ですもの」
日傘の先にピンクに光る魔法陣が現れ、クルクルと回りながら日傘を這い登ってゆく。
と、何と!日傘が釘バットに変化したではないか。
「手品じゃな―」
驚く間すら与えずに、ツウラはリョーマの眼前にまで迫っていた。
瞬間的にこれほどまでに間合いを詰めてくるとは!あんな厚底の靴を履いていながら。しかも、すでに釘バットを振り上げているではないか。
咄嗟に横へと飛び退いてツウラの一撃をかわした。
振り下ろされた釘バットがアスファルト道路を粉砕、陥没させている。
「道路になんて事を!」
堪らず言い放った。
「道路よりも自分の心配をしなさい。リョーマ君」
圧倒的なパワーの差に酔いしれているのか、リョーマが立ち上がるのをわざと見過ごしている。
そして、彼女は言い放つ。
「スカウトじゃなく、これは命令よ。私の主になりなさい」




