-50-:私はアナタの敵ではありませんよ
オトギは視線を落とすと。
「私のせいで部の印象を悪くしたと思うと―」
「オトギちゃん。やっぱ場所を変えようよ。ここじゃ何だからさ」
不安は的中。ヘンなハナシになりそうなので場所を変えることに。
誰もいない射場前へと戻ってきた。
「さっきの話なんだけど」
クレハの方から話を切り出した。
「オトギちゃんは私に謝るつもりなんて、サラサラ無いんだよね?ただ、フラウさんの部に対する心証が悪くなる事だけを心配しているんだよね?」
嫌味では無く、言葉を受け取ったままに訊ねた。
オトギは何も反論しない。図星か遠からずといったところだろう。
「オトギちゃんは正しいよ。うん、正しい。家柄とか見た目とか抜きにしてもさ」
「何を仰っているのですか?」
家柄のワードが出たとたんにオトギの表情が少し険しくなった。
「いきなり謝ってきたのには驚いたけど、オトギちゃん自身に非があったかのような口ぶりなのに、最後は私が何か問題を抱えていたからミスを犯したと非難しているように聞こえたのよ」
「非難だなんて。勘繰りが過ぎるのは如何なものかと」
言いつつオトギはクレハから目を背けた。言い方に不備があったと謝罪せずに。
「前もって私を褒め称えたのは『私はアナタの敵ではありませんよ』とアピ・・ううん、気遣ってくれたんだよね。アリガトね」
微笑みを送る。だけど、まだ終わらせない。
「カリスマって言うのかな?こういうの。貴女は常に正しい。だけど、考えてみて。今の私みたいに貴女が認めない人や、貴女が退けたいと思う人は確実に貴女を慕う人たちの敵にされてしまう」
「私がクレハ先輩を認めなかった事はありません。むしろ尊敬しています」
尊敬していると言っているも、心穏やかではいられないようで、声のトーンが急激に上がった。
そろそろ頃合いかなと、オトギを見やって。
「分かっているよ。貴女にそのつもりが無いのは理解してる。だから言わせて。私はともかく、タカサゴやタツロー君の立場を考えてあげて欲しいの」
「タ、タツロー君!?どうして彼の名前を?」
生意気なお嬢様の牙城を崩すのは意外とチョロい。
ついでに、昨日はタツローにオトギの真意を訊いておくと約束しておきながら、すっかり忘れていたので、これは千歳一隅のチャンスとばかりに彼女の真意を確かめることにした。
「昨日、彼から直接頼まれたのよ。貴女がどうして自分を探し回っているのか?不安なので代わりに訊いて欲しいって」
「彼がクレハ先輩に?」
明らかに動揺しているのが見て取れた。
ありのままに告げてタツローが“ヘタレ”と思われようが知った事では無いが(事実そうだし)、追い掛けていた相手に恐れられていると知って愕然としている。
「クレハ先輩?あの・・ひとつ訊いてよろしいですか?」
動揺を隠せないオトギが次に発するだろう言葉はクレハにはすでに予想がついていた。
「何を訊きたいの?」弓道で鍛えた平常心は伊達ではない!ほくそ笑む気持ちを抑えて何が何でも絶対に顔には出さない。
「せ、先輩と・・彼・・タツロー君との関係は・・?ど―」
皆まで聞かなくとも内容は把握済み。
で、ここから慎重に事を運ばなくては。
冗談でもタツローとの関係を『付き合っている』とか『エッチしたことある』とかウソを並べようものなら、オトギの反感を買って最悪退学に追い込まれかねない。
絶対にバカをやらかしてはいけない。
まぁ、脅しをかけてくれた罰としてはこんなものだろうと、ここは正直に話すとしましょうか。
これほどまでに爽快な気分にさせてもらった事だし。
「彼のお姉さんが私のクラスメートなのよ」
「そ、そうだったのですか」
事実を耳にするなり安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、聞かせてくれる?どうしてタツロー君を探して回ったの?理由を聞かせて」
「彼と、その・・お話しがしたかったのです。ただ、それだけで。彼に対して敵意とか全くありませんから!その・・どうか私を怖がらないで欲しいと彼に伝えて下さいませんか」
うんうんと頼れるお姉さんの笑みを返すも内心は『ったく、面倒クセー連中だなぁ』ほとほと呆れていた。
「了解でーす。では、その様に彼に伝えておきまーす」
右手を顔の横で垂直気味に上げる海軍式敬礼をしてオトギの元を立ち去った。
とりあえず、忘れない内にタツローへメールを送った。




