-47-:我が武器を持っておらずとも、我自身がすでに凶刃に他ならぬ事を
「で、ナバリィさん。貴女はどういった経緯で魔者になられたのですか?」
ついでに訊ねてみた。
「まったく・・。貴公は抜け目が無くて恐ろしいわ。白側を抜けると言っておきながら、我の情報収集を怠らぬとは見上げた忠誠心よな」
言いつつナバリィは身震いする仕種を見せて、質問には一切答えなかった。
「白側を抜けたなら、これ以上深く関わらぬ事だ。随分手間を取らせたな!では、達者でな」
ノブナガがバッと勢いよく手を掲げて別れの挨拶をした。
「ああ、こちらこそ。有益な情報をありがとう。じゃあ俺はスズキを迎えに行ってくるよ」
いきなりの挙動に驚きつつもヒューゴは礼を述べる事を忘れる事無く、手を振って彼らに別れを告げた。
「ああ。行ってらっしゃい」「行ってらっしゃい」
二人揃って小さく手を振り快く見送ってくれた。
ヒューゴが角を曲がったのを見計らって。
「に、してもマスター。随分と危ない橋を渡らせてくれたものだな」ナバリィが声を掛けてきた。
「橋?とな?」
「そうじゃ。何ゆえ我を彼に紹介したのじゃ?よもや、うっかりとは申すまい?もしもあの男に警戒でもされてベルタを召喚されていたら、とてもではないが、我ではあの男の剣技を得たベルタに太刀打ちなどできぬぞ」
「フン!何を申すかと思えば貴様は心配が過ぎるのだ。ワシはあの男が決してベルタを召喚しないと踏んでおったわ!それに、得物は持っておらぬと両手を挙げて臨むのが交渉事の礼儀、作法というもの」
腕を組んで強がって見せるも、額に流れ出る汗をナバリィは見逃さなかった。
「ほう、作法ときたか。まあ、その時は我がさっさと退散して新たなマスターを得れば良いだけの話だがの」
懐から扇子を取り出して顔を仰ぎながら伝えると、ノブナガの驚く様に少し笑みを浮かべた。
「心されよ。我が武器を持っておらずとも、我自身がすでに凶刃に他ならぬ事を」
「くどい!結果が良ければ全て良かろうなのだ!」
平静を装って見せるも、すでに取り乱しているのは明白。
「結果が良ければ、か。確かにな。我らが命拾いしたのもそうじゃが、勘違いするでないぞ。棚ボタで得たピース・ダウンの件は決して汝の手柄では無いぞよ」
“ピース・ダウン”とは“駒をタダ取りされる”事を意味するチェス用語であって、実際はココミは駒を取られた訳ではなく、単にベルタがマスターを失い盤上戦騎として参戦できなくなっただけである。
「言われずとも解っておる!えぇい!ワシらも学校へ参るぞ。付いて参れ!」
「はいはい。まぁ、せいぜい我が兵士であり宿呪霊だと知れぬよう心掛けてくれればそれで良い」
肩を怒らせて歩き出したノブナガに、肩をすくめて従うナバリィであった。
昨日、ヒューゴがココミたちとケンカ別れしたのを目の当たりにした“鈴木くれは”は、彼に声を掛ける事をためらっていた。
登校途中はもちろん、教室に入ってさえも、まだ一言も声を掛けられず。
昨日はあんなにたくさん話したのにな…。
元々、たまにしか話したことの無い、近くてとても遠い仲だったが。
まるで夢のようだった。
共通の危機に出くわして、共通の秘密を持って、共通の災難に巻き込まれて…。
思い起こせば、良い事は彼に守られるように抱きかかえられた事しかない。他は散々な一日だった。
それに。
声を掛け辛いのは、彼の気持ちを思っての他に、どこからどう見ても今の彼はかなりの“お疲れちゃん”状態なのだ。
席に着くなり、机に体を預けてもう寝入っている有様。
こんな事をしていたら、クラス委員の猪苗代・恐子に大目玉を食らうぞとキョウコの机に目をやったら、彼女はまだ来ていない様子。
「あれ?キョウコちゃんがまだ来ていないって珍しいね」
誰に向かってという訳でもなく、ただ呟くと。
「今日は病院へ行っているそうだよ」
御手洗・虎美がクレハの机に座りながら答えてくれた。
「おはよー」「おはよう」今更ながら朝の挨拶。
「病院?彼女、どこか具合が悪いの?」
クレハが訊ねるとトラミはクスッと小さく笑って。
「あまり大きな声では言えないけど、ココがちょっと、ね」
と自身のこめかみ辺りを人差し指でツンツンと小突きながらクレハの耳元で囁いた。
「偏頭痛?なの?」
「だったら良いんだけどね・・。えと、他の子が話しているのが耳に入っちゃったんだけどさ。昨日この教室で、猪苗代さんと一緒にいた子たちの話によると、空に人型の物体が現れて、皆に避難するよう呼びかけて大騒ぎしたんだってさ」
トラミの話を聞くなり、クレハは胸苦しさを感じた。




