-323-:これで、この世界はボクのものだぁーッ
あぁぁ…どうしよう…。
取り返しのつかない事をしてしまったなぁ…。
妲己の腕を斬り落としてやったとはいえ。
どうして何でベルタなんかを選択してしまったのだろう…。
妲己の騎体が、近接戦特化仕様騎ベルタに向けて、手にする野太刀を構えているではないか。
ムッチャ怒っとるやんけ…。
妲己全身からメラメラと立ち上る強霊力。
その気迫と言ったら、鬼気迫るものがある。
「大人しく取り込まれる気は無さそうだね、クレハ」
唸るようにして声も低いやんけ…。ゼッタイ、ジョーカーの奴、カンカンに怒ってるわ。
彼女の言う通り、取り込まれるつもりは毛頭無いので手にする脇差しを妲己へと向ける。
だが、クレハは目玉が飛び出しそうになるほどに、驚きたまげた。
「な、何なの!?この刀」
引き抜かれたばかりのベルタの脇差しは折り畳まれた状態にある。
そんな形状を目の当たりにしたクレハには、一見して脇差しとは認識できずに、中華包丁を手にしているものと思い込んでしまった。
「こ、こ、こ、こんな武器で、た、戦えっての!?」
「落ち着いてクレハ。一度ブンッ!と振ってもらえば、本来の脇差しのカタチになってくれます」
ベルタから説明を受けた。
言われた通りに、強く振って脇差しへと形状を変えた。
不本意なミミックのカードの発動によって、クレハは気が動転してしまい、つい脳内にインストールされたはずの情報でさえ引き出せずにいた。
自ら招いてしまったピンチに、クレハはジリジリと追いつめられていた。
脇差しの切っ先が微かにブレている。
想定外の近接戦に移行してしまい、無意識に恐怖を感じてしまっているのだ。
「こ、怖くなんか、無いッ!無いんだから!」
両手で脇差しを握ろうと左手を柄へと回す。
だが、掴む部分がほとんど無い。
「クレハ、落ち着いて。私の武器は、ほとんどが片手用武器です」
何なのよーッ!
ベルタからの情報提供にさえ、逆ギレしてしまうほどに、今のクレハは追いつめられている。
だったら!
背腰部からチェーンガンを取り出すなり銃口を妲己へと向けた。
狙いを定めるなんて後からどうにでもできる。とにかく引き金を引く。
カチン、カチン。
「え?え?」
引き金を引いたのに、弾が発射されない。
「クレハ。薬室に弾を給弾しないと、チェーンガンは発射されません」
焦るあまり、銃器の基本さえも忘れ去っていた。
「もう!何なのよッ!クソ武器ばっかりじゃない!」
とうとう逆ギレしてしまった。
ガチャガチャと手際悪くチェーンガンの前床をスライドさせて給弾。
ベルタの騎体を横へと跳び退かせながらチェーンガンの弾を叩き込む。
一方の妲己は野太刀を構えたまま、避けようともしない。
浮遊素のバリアを展開されてしまうと、銃弾は一発とて妲己へは届かない。
「いくら貴女の霊力を得たとしても、チェーンガンでは威力が低過ぎます」
んな事、冷静に解説するなッ!それでもめげずに、なおもチェーンガンの銃弾を叩き込む。
「ったく…。クレハはお転婆が過ぎるね」
溜息交じりにジョーカーが告げると。
瞬時にして間合いを詰められたかと思えば、下段から野太刀の刃が迫っているではないか!
「コイツッ!」
容赦なしの胴体狙い。
このままでは真っ二つに斬り殺されてしまう。
野太刀の刃を止めるべく、野太刀の刀身そのものにチェーンガンを発射。
だけど、一分間に200発も発射できるチェーンガンの弾丸の衝撃などものともせずに向かって来る野太刀の刃は、ベルタが手にするチェーンガンを真っ二つにしてしまった。
さらに!
第二の刃が再びベルタの胴に迫っている。
マジかぁーッ!!
間合いが広すぎる!
斬られる前に脇差しで突き刺してやろうにも、あまりにもリーチが違い過ぎる。
どう頑張っても、妲己には届かない。
「瀕死のキミごとベルタを頂くよォ~」
このジョーカーなる魔者、人間の身体さえも乗っ取る事ができるのか!?
キィィィィーン。
一際高い金属音を立て、そして空舞う脇差しの刃が陽光を受けてベルタを照らす。
「なっ?」
野太刀の一撃は、手にする脇差しを天高く弾き飛ばしてしまった。
得物を失ったクレハたちに、ジョーカーの第三の剣、上段斬りが炸裂するッ!!
「スズキさん!」
アルルカンとの戦いの最中、クレハのピンチに気付くも、距離が離れていて、もはやリョーマにはどうする事もできない。
宙に舞う脇差しの光に気付いたタツローも同じく、すでに距離が離れ過ぎているために、コールブランドの速力をもってしても、クレハの援護に駆けつける事は叶わない。
「クレハさぁーん!!」
魔導書を通して戦場に響き渡るココミの叫び。
悲願だった完全体への成就を間近に控えて、ジョーカーは笑みがこぼれ出るのを抑え切れずにいた。
「これで、この世界はボクのものだぁーッ」
そんなジョーカーの視界一杯に、ベルタの空色の髪がなびいた。
何で?ベルタがこんなに近くでボクに背を向けているんだ?
一瞬の戸惑い。
「うぐぅ!」
今までに味わった事の無い痛みが、突然ジョーカーの両腕を襲った。
画面いっぱいに広がっていた空色の髪が、ハラハラとディスプレーから消え去ってゆく。
視界が戻り、ジョーカーが目にしたものは。
右腕にサバイバルナイフを手にしたベルタが、振り下ろされた妲己の両腕を、駒回転して縫うように串刺しにしている姿であった。
一方のクレハは、今の場面の一部始終を目撃していた。
突然天井から現れたかと思えば、バイクシートの前に跨り、すぐさまハンドグリップを握りしめて。
その大きな背中はゼッタイに見間違えたりなどしない。
「タカサゴォーッ!」
感極まって彼の背中に後ろから抱き着いた。




