-29-:賭けをなさっているのなら、私、協力致しかねます
「そだ!オトギちゃん。突然で何だけど、チェスに詳しい?」
「ええ。嗜むくらいなら存じています。ポピュラーなゲームですから」
今日まで存在しか知り得なかったチェスを“嗜む”に加えて“ポピュラー”だと言ってのけたオトギに『さすがはセレブ』と感嘆するふたりであった。
「じゃあ、ちょっとこの画面見てくれるかな?」ヒューゴからスマホを借りてオトギに本のチェス盤を写した画像を見せた。
とたん、オトギが眉をひそめた。
「貴方達は何をなさっているのですか?」オトギが訊ねた。
「見た通りのチェスだよ。これを何とかして欲しいって、ある人に頼まれたの。『とても大事な』とか言ってたものだから、つい断れなくて」
申し訳なさそうに話すクレハとは対象的に、オトギの彼女たちを見る目が冷ややかになってゆく。恥ずかしさに顔を赤らめる可憐な少女の姿はもう見受けられない。
「こんなの有り得ない…。お二人はこんな事に加担するおつもりですか!?」
「こんな事?」
「賭けをなさっているのなら、私、協力致しかねます」キッパリ。
「賭け?待ってくれ。確かに『命がかかっている』とか『負ける訳にはいかない』とか言っていたが、お金を賭けているとは一言も言っていなかったぞ」
「命なんて、なおさらです!そんな危険な賭けから一刻も早く手を引いて下さい!」
「それはできない。人の命を預かっているヤツらを見捨てる事なんて、俺にはできない」
答えるヒューゴにクレハも頷く。
「お二人の身の安全を思っての警告でしたが聞き入れてもらえないのはとても残念でなりません。これ以上お話しても無意味な様なので、私はこれにて失礼させて頂きます」
オトギは軽く会釈すると二人の元から立ち去った。
「賭けだと?アイツ、何を言っているんだ?」
スマホ画面を改めて確認してみる。
彼女はこの盤面の何を見て「有り得ない」と呟いたのか?それも気になるが。
今思えばココミたちの行っているゲームが賭博だと何故疑わなかったのか?賭けに加担しているつもりは無いが、これが本当に賭けであるならば大変なことになる。
ふたりは顔を見合わせた。
今すぐにオトギに弁明を申し開こう。しかし、非情にも授業開始のチャイムが鳴った。
後は放課後に。オトギに弁明するか?ココミたちと合流するか?
タイムリミットが迫っている以上優先順位はココミたちが上だ。オトギに弁明するのはその後にするしかない。
「うーん。要らぬ仕事を増やしてしまったな・・」
後はオトギが姉である理事に報告しないことを祈るだけ。
不安を抱えたまま放課後を迎えた。
「スズキ、お前は部活に出ておけ。ココミたちには俺から話をつけておくよ」
「ちょっと遅れるくらいだから気にしないで。私も付いていくよ」
クレハとヒューゴは約束場所の校門前へと急いだ。
午後3時15分。すでにココミたちが校門前でクレハたちを待っていた。
「15分前ですか。早かったですね」腕時計を眺めながらココミが到着した二人を迎えた。
「急がせておきながら何ですが、明日の今頃までタイムリミットは延長されましたよ」
「何ですって?」「何?」
にこやかに告げるココミに二人は肩透かしを食らった。が、空を見上げ驚きの表情を見せるルーティに二人の視線は向いた。
目を見開くルーティの眼差しの先には。
「何アレ!?」「あれは一体・・!?」
クレハとヒューゴも思わず目を見開いた。
空に、全身灰色の甲冑のようなものが滞空しているではないか。
「何を二人して鳩が豆鉄砲を食らったような顔して空を見上げているんです?」ココミも3人の視線の先へと目を向けようと振り返った瞬間!
「ベルタさん!どうして!?」
思わず声を上げた。




