-298-:目を覚ますのは、マスター!貴方の方です!
病院から飛び出してきたタツローは、入口のスロープで車椅子の女性とすれ違った。
「マスター。冷静になって下さい」
背後から聞えた声に、タツローは足を止めて振り返った。
コールブランドが病院入口で待ち構えていたのだ。
「コールブランド!?」
どうして彼女が、ココミの元を離れて外出しているのか?
しかも、どうやって病院にいる事を突き止めたのか?
「どうして君が?」
訊ねた。
「残る白側マスター全員に召集が掛かっています。鈴木・くれはからお聞きになられていないのですか?」
てっきりクレハは姉の見舞いに来たのだとばかり思っていた。
当のクレハは、そのような事を一言も言っていなかった。
「あの娘、伝言の一つも、まともにできぬとは」
舌打ち交じりに文句を垂れる。
「マスター。高砂・飛遊午が御陵・御伽の凶刃に倒れました。ですので、後々のアンデスィデについて、姫様から皆にお話があるとの仰せです」
タツローのあまりの驚き様に、コールブランドはそれすらも伝えていなかったのかと、さらに舌打ちを鳴らした。
「ご、ごめん。病院内は携帯電話が禁止だからマナーモードにしていて気付かなかった」
スマホを確認したら、夕方頃から何度もコールブランドから電話が入っている事に気づき、今頃になって謝った。
ことごとくペースを乱してくれるマスターに、コールブランドは業を煮やして、「さあ、急ぎましょう。姫様がお待ちかねです」黒玉門前教会へ急ぐよう促した。
「ダメだ。僕はどうしてもオトギさんと会って話をしなくちゃならないんだ」
同行の拒否をするばかりか、あろう事か、敵となり害を及ぼしているオトギとの接触を図ろうとするタツローに、コールブランドの堪忍袋の緒が遂に切れた。
「あの女と会って、今更何を話すというのですか!?あの女はすでに我が陣営の騎士を2人も殺害しているのですよ!同情はなりません!」
それでも!タツローは断固として同行を拒否。
「オトギさんに間違いを正して欲しいだけなんだ。彼女の目を覚まさせてあげたいんだ」
上手く理由付けできない。もう、思った事を口にして自分の意志を伝えるしかない。
「目を覚ますのは、マスター!貴方の方です!」
当然と言えば当然。こんな子供じみた理由でオトギの元へと行かせてはくれない。
だったら!
タツローはそのまま駆け出した。
コールブランドは車椅子。何が何でも振り切って見せる!
「痛っ!」
突然、左耳に痛みが走った。
思わず宛てた手にヌメりを感じた。
耳に触れた手に視線を移す。
血!?
「コールブランド!君の仕業か!?」
不思議と、それ以上の痛みを感じない。彼女に対する怒りが痛みを忘れさせてくれているのだろう。
「マスター。もう一度申し上げます。我が陣営の騎士が、二人もあの女によって殺害されているのです。すでに彼女は敵なのです。姫様は敵との交渉はなされません」
敵の元へと向かおうとする者は問答無用に敵前逃亡と見なす訳か。
アンデスィデには参戦したけれど、ココミの軍門に下った覚えは無い。
鈴木・くれはが首無しのジェレミーアを撃退したとの知らせを受けて、最初は信じられなかった。
人間が魔者に勝ってしまうなんて…。
到底歯が立たないと思っていたのに、驚くばかりだった。
あの話を聞かなかったら、大人しくコールブランドに従っていただろう。
だけど、今は違う。
立ちはだかるというのなら、コールブランドという壁を乗り越えてやる。
タツローはパンツのポケットを探り、小銭を探り当てた。
霊力をまとった小銭を投げつければ、コールブランドにダメージを与えられるかもしれない。
敗色の濃い賭けではあるが、可能性はゼロじゃない。
霊力を込めるなんて、どうすれば良いのか?全然分からないけど、感情を混めたら霊力も込められるものだと信じるしかない。
タツローはコールブランドを見据えた。
やってやる!
そう覚悟を決めた、その時。
「それで霊力が込められたら、苦労は無いわ」
背後で自動ドアが開いたかと思えば、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「呪符があれば、簡単に武器化できるのだけれど、無いと相当な訓練を積まない限り魔者や妖魔にダメージなんて与えられない」
レクチャーしてくれる声が近づいてくる。
「コールブランド。構えなさい。さもなければ、貴女、死にますよ」
驚いた表情を見せるコールブランドが、慌てて髪の毛の結界を張る。
が、彼女の張った結界は意とも簡単に破られてしまった。
一体何が起きたのか?タツローは見ていたはずなのに、攻撃手段を知る事ができずにいた。
「髪の毛に霊力を込めてコールブランドに発射したのです。ふっ、所詮は僧正ごときが女王に敵う訳ないのに」
タツローは、声の主の正体を、ようやく掴むことができた。
そもそも、声に訊き覚えがあっても、彼女自身を除外していたために判断が遅れただけ。
「コールブランド。訂正なさい。御陵・御伽は、我々白の陣営の誰一人とて殺害などしておらぬと」
ようやく横に並んだ声の主へと顔を向ける。
「何をジロジロと私の顔を見ているの!?気持ち悪い」
この毒舌っぷり。それに煙草を押しつけられて焼けた眉毛。間違いなく“神楽・いおり”本人のものだ。




