-292-:いえ、ヒューゴの知識があってこそです
「それで、そのままオトギちゃんを帰しちゃった訳ね」
敵陣の真っただ中である黒玉門前教会で相談する訳にもいかず、ココミはベルタと共に高砂家にお邪魔して、クレハとヒューゴに相談を持ち掛けた。
「それは、さておき、お前たちを呼んだ覚えは無いぞ」
話を聞くヒューゴは、草間・涼馬と真島・導火へと向き言い放つ。
片やしつこく命を狙っているストーカー野郎と、片や元敵の二人。
数少ない実力者として相談相手に迎えるにしても、この二人だけは除外して欲しかった。
「いえ、彼らにも、今回の出来事を知っていてもらいたかったのです」
リョーマは騎士のダナを従えているので、まだ納得はできるが、何でドウカが?不思議でならない。
質問するまでもなく、先にココミが疑問に答えてくれた。
「オロチ様と妲己を失った今、こちらの世界の土着魔者として、長らく滞在しているのは、もうマーマーテイカーさんしかいないのです。ライクのところの魔者も当たってはみたのですが、長期間こちらに住んでいた魔者は、すでにヒューゴさんに倒されてしまった後でして…」
責任を他人に押し付けるような言い回しに、ヒューゴは思わず。
「俺が悪いのか?」
不服を申し立てた。
しばらく見ない間に、少しばかり“ぽっちゃり”が薄らいだドウカは、今まで通り、テクノサングラスで顔半分を隠しているので、今一つ表情を掴む事ができない。
なので、彼が何を考えているのか?まるで察することができない。
「ココミ・コロネ・ドラコット」
そんなドウカが、ココミに声を掛けた。
「魔者たちは盤上戦騎の姿で破壊されると同時に、ライフの姿も失う訳だが、実際には死ぬ事なく、単にチェスの駒に戻るだけなんだろう?」
今更の事を訊ねていやがる。
この状況で、そんなおさらいは必要なのか?
クレハとヒューゴは、呆れてものが言えなかった。
ドウカが続ける。
「だったら、電話をかけるか、VRアンデスィデで呼び出すかすれば、また話を聞けるんじゃないのか?わざわざアーマーテイカーに頼まなくても」
言われて見れば、彼の言う通りだ。
叫霊のツウラとは電話で話せたし、猪苗代・恐子はVRアンデスィデでV‐10と会話をしていた。
「それも、そうですね」
ココミは、ついうっかりを自覚し、謝罪の意もかねてテヘペロをして見せた。
「じゃあ、お前たちは帰れ」
さっさと二人には、お引き取り願いたいヒューゴであった。
「いや、待って下さい。ヒューゴさん。彼らにも事情を把握してもらわないと」
理屈はわかるけれど、そんなもの、後でメールで報せれば良いだけの事ではないか。
「お茶を入れ直してくるわ。話を続けておいてくれ」
皆の茶卓を回収すると、ヒューゴは台所へとお茶を入れ直しに向かった。
理由など、どうでも良く、ただ、リョーマとドウカの二人と顔を合わせたくなかった。
どうも敵意を向けられている様で、落ち着かない。
「では、話を聞こうか。ココミ・コロネ・ドラコット」
ヒューゴを置いて、ドウカが切り出した。
とにかく、ココミはスマホをスピーカーモードにしてオロチを呼び出した。
「何だい?姫様」
オロチが電話に出た。
「オロチ様。早速ですが、ジョーカーについて教えてください。あの者は、前回の王位継承戦に参加していたそうですが、他に何か知っていることがあれば、是非、教えて頂きたいのですが」
新たな情報を求めるも、オロチが知っているのは、先の王位継承戦にジョーカーがワイルドカードとして参戦している事。こちらの世界の魔者である事と、すでに聞いた内容でしかない。
「すまないね。姫様。力になれなくて」
謝るオロチに、ココミはなおも問い掛ける。
「では、先のアンデスィデで妲己を乗っ取ったジョーカーと直接戦った貴女に訊きます」
前置きを入れて。
「実際に戦ってみて、ジョーカーとはどんな魔者でしたか?」
質問にしては、あまりにもザックリとし過ぎているなと、クレハをはじめ一同が感じた。
「うーん」とオロチがしばらく考え込む。
……。
………。
体感的に1分は過ぎたであろう。
でも、相手は1000年以上も生きる老齢のドラゴン様。記憶を辿るにしても、一筋縄とはいかないのだろう。
「私が思うに」
この際、感想でも構わない。とにかく何かを言ってくれ。
皆が置かれたスマホに向かって身を乗り出した。
「あのジョーカーとやらは、触れた相手の能力を取り込む事が出来るようじゃ」
それは、録画画像を何度も見直したので、十分と把握している。だが、オロチの話には、まだ続きがあった。「じゃが」
「じゃが、あの者は『オートカウンターは発動しないか』とヌカしておったな…」
どうやら、思い当たるフシがあるようだ。
オロチが続ける。
「これは推測ではあるが、触れた者の能力を取り込むと言っても、長く触れていなければ、すべてを取り込む事が出来ぬのではないか?」
その発想には、いささか疑問が残る。
ジョーカーは、すでにオロチの一部を取り込んでいた。なのに、特殊能力を発動できずにいた。
一方で、太陽のオクの能力は、瞬間的に触れた時点で、そのほとんどの能力をコピーしていた。
その2騎の違いとは、一体何だったのか?謎が残る。
「あの、よろしいでしょうか?」
ベルタが小さく手を挙げた。
「何でしょう?ベルタさん。トイレですか?」
この流れでそれは無いでしょう!
話の通じないココミの代わって、クレハが「何か判ったの?」ベルタに訊ねた。
「もしかしてと申しましょうか…。たぶん、アルマンダルの天使たちは、マスターと同化していたから、いとも簡単に能力をコピーされてしまったのではないでしょうか?」
この場に、ベルタの言っている意味を理解できる者はいなかった。
首を傾げながら、ココミは「続けて」
「はい。オロチ様とイオリ様は同化しておらず、従来通りに騎体とパイロットに分かれていました。その2つの体が離れていたが為に、情報伝達に手間取り、能力を取り込む速度が遅くなってしまったのでは?と推測します」
決定的な違いといえば、それしかない。
だからと、それが対抗策になり得るとは、とても思えない。
ベルタが神妙な顔をして、なおも話を続ける。
「私は、ジョーカーが妲己を取り込んだ動機は、単に生存し続ける為なのではないか?と思っています」
あまりにも突飛な発想に、ココミは鼻で笑いながら、「まさかぁ」
「そう思われるのは無理もありません。しかし、こちらの世界に住む魔者の目的は、そのほとんどが、他の世界から侵入してきた魔者や妖魔の排除です。オロチ様やアーマーテイカーがこちらに長らく住まうのも、それらが理由です」
「Amy『さんも?」
と、訊ねられても、芸能に疎いドウカは黙りこくってはいるが、分からないことには何の反応も示さない。リョーマはしっかりと、ベルタに答えを求めるべく、彼女へと向いている。
「はい。彼が海を渡っていたのも、それが理由です」
彼のような超有名人は、もはや、どちらが本業なのか?分からない。
「いずれ排除される立場なら、事前に対抗策を講じておく事は、考えられない事ではありません」
それが理由ならば、ジョーカーの目的は達成された事になる。
「ジョーカーは、御陵・御伽に取り憑いて妲己のコクピットに侵入し、中から騎体を乗っ取ったのです。騎体の姿なら、妲己の抵抗を受けずに済むから」
これなら、手段も動機も説明が付く。
皆が納得した。
「ベルタ。貴女、意外と頭イイのね」
褒めているつもりでも、自らの過ちに気付いていないクレハであった。
「いえ、ヒューゴの知識があってこそです」
恐縮するベルタもベルタである。
「だったら、御陵・御伽は、もはや用済みという事になるな」
呟き、リョーマはココミへと見やった。
「彼女の事なら、もう放っておいても良いでしょう。彼女は私利私欲の為にジョーカーと結託したのですから」
この状況で、ココミはオトギを斬り捨てる発言をした。
それでも。
「何とかオトギちゃんを見つけ出して、助けないと」
オトギを見捨てることなんて出来ない。
例え彼女が、殺人を犯していたとしても。




