-282-:貴女の言っている事は、全てデマカセだわッ!
「キミが男たちのオモチャにされた事実を知る、ただ一人の女の子を始末できる絶好のチャンスじゃないか」
ジョーカーと名乗る少女の言っている意味が、まるで理解できない。
「な、何を言っているの?」
訊ねずにはいられなかった。
「ボクは廃病院で、キミが男たちに押さえつけられて欲望のはけ口にされていた様をじっくりと見せてもらっていたんだヨ」
何を言っているのか?
「あの時、私は彼らに何もされていない!」
強く否定する。だけど、ジョーカーはまたもやオトギに顔を近づけてクンクンと鼻を鳴らす。
「あの時よりも、つける香水の量が増えているね。フフフ。そりゃそうだよね。あんなに寄って集って体中を舐め回されたんだもの。男たちの涎のニオイが脳に染みついて離れないんだろう?」
反射的にジョーカーに平手打ちを食らわそうと手を上げた。だが、あっさりとその手はジョーかによって掴まれてしまった。
だけど、すぐに解放された。ジョーカーが続ける。
「乱暴は良くないなぁ。認めたくない気持ちは分かるヨ。『アンアン』可愛い声で喘いでいたものね。あんな恥ずかしい姿を見られたと思うと、ボクの口を封じたくなるのも無理も無いよね」
一体、どういう事なのか?
ジョーカーの言っている事は、まるで、あの時、神楽・いおりが挑発してきた時に言っていたのと同じではないか。
「おまけに、その姿をしっかりとビデオに撮られていたなんて。フフフ。もう一度見てみたいなぁ。普段のキミから全く想像もできない、あの時の君の、あられもない姿を」
戦慄が走った!
ジョーカーの言っている事は戯言でない。
ビデオに録画されている!
どうして、そんな映像が残っているのか?オトギには、まったく思い当たるフシが無い。
なのに、どうして録画映像が残っているのか?
あの時、廃病院に拉致された時、逆恨みした女子生徒がビデオを回していたのは事実だ。
半裸姿にされ、下着をはぎ取られたのも、男たちに体中撫で回されたのも事実。
だけど!
体中はおろか、どこも舐め回された覚えも無いし、声を上げた覚えも無い。
「…録画映像が残っている訳ない」
訴えているのか、ただ呟いているのか、オトギの声に生気は感じられない。
「ねぇ、オトギ」
突然声を掛けられ、オトギは「ハッ」と夢から覚めるように、慌ててジョーカーへと向いた。
ジョーカーがオトギの周りを回りながら話を続ける。
「いいかい?オトギ。人はね、信じたいモノだけを見ようとするんだ。それはね、逆に信じたくないモノは見ないようにする。つまり、キミは自分自身に起こった不幸を、必死に無かったコトにしようとしているんだ」
廃病院での出来事は、今でもしっかりと覚えている。
散々酷い目に遭わされたけど、寸前の所でイオリとオロチによって救われた。
それが、もしもジョーカーの言う通りに、強い思い込みだったとしたら。
ふと脳裏をよぎった疑念を、オトギは強く頭を振る事で振り払おうとする。
「ウソよ!貴女の言っている事は、全てデマカセだわッ!」
刺すような眼差しを向けて全力で否定した。
だが、ジョーカーは余裕の笑みを崩さない。
だって。
「だったら、証拠の録画映像で確かめてみたらどう?」
たった一言で、奈落の底へと落とされた気分になった。
「録画…映像・・?それは、あ、貴女が持っているの?」
持っているのなら、今すぐ渡して欲しい。
そんなモノが存在するのなら、今すぐにでもこの世から消し去りたい。
オトギはジョーカーに手を差し出した。
「渡して!録画のメモリーを持っているのなら、今すぐ渡して!」
腹立たしい事に、ジョーカーが慌てる姿を見て楽しんでいるのが分かる。だけど、もうなりふり構ってなどいられない。
オトギは声が嗄れるくらいに何度も何度も、ジョーカーに録画映像を渡すよう求めた。
要求は次第に懇願へと変わり…。
「お願い…どうかメモリーを渡して。お願い・・します」
だけど、ジョーカーはそんなオトギの必死の様相を見て、腹を抱えて笑い出した。
「オトギったら、必死だね。何をそんなに必死になっているの?恥ずかしさで死にそう?それとも」
この女は何もかもを知り過ぎている。
とたん、オトギの目に殺意が宿った。
「大好きな彼氏に見られたら、生かしておかないって顔をしているね」
冗談を言っているかのような軽い口ぶり。
彼女の言っていることには否定などしない。事実、そのとおりにしてやるつもりだ。
人間が魔者に敵わないなど、どうでも良い。
この女だけは断じて生かしておく訳にはいかない!
「大好きだヨ。キミのそのドス黒い霊力」
告げられた瞬間、オトギは自身が抱いた殺意に、自ら恐れをなした。
「私…いま、人を殺しても構わないなんて…」
恐ろしさのあまり手が震え出した。
両手を強く握っても、その手の震えは収まらない。
「何で?どうして?」
心で命じても、もはや制御が利かなくなっている。
そんなオトギの耳に、ジョーカーはふぅっと息を吹きかけた。
突然の出来事に、身体に寒気が走ると、手の震えは収まっていた。
「怖がる事はないヨ。キミは思った事をすれば良いんだよ。思うままに生きれば良い」
なだめるように言い聞かせるように告げながら、ジョーカーはオトギを優しく抱きしめた。
ジョーカーを跳ね除けるなんて出来ない。
先程まで、あんなに脅威を感じていたのに、不覚にも今は安らぎを感じてしまっている。
「誰でも、キレイな体のままでいたいよね」
そそのかされているのは解っている。
怖がっていたはずなのに、心は次第に傾きつつある。
悔しさを噛み締めながらオトギは、ゆっくりと目を閉じた。
「ボクはいつもキミのそばにいるからネ」
ジョーカーが耳元で囁く。
そんなジョーカーの声に、オトギはつい安心を覚え頷いてしまう。
と、目を開けると、ジョーカーの姿は煙のように消え去っていた。
「ジョ、ジョーカー」
呼ぶも、彼女の姿はどこにも見当らない。
ただ、耳の奥から、遠くから聞えるようにジョーカーの声が聞こえてくる。
「録画データは神楽・いおりが持っている」と。




