-269-:馬鹿で無い限り、その様な危険は冒さない
今ではすっかり商売繁盛・産業興隆の守護神として信仰されている伏見稲荷大社ではあるけれど、元は五穀豊穣を司る神様だったりする。
多くの人たちが勘違いしている、“狐の神様”が祀られている神社ではなく、狐は、あくまでも神様の使いである。
「霊山、御神木など、この国には人のカタチを持たないものも信仰の対象として崇める習慣があるの」
オトギの説明に、コールブランド、グラム二人揃って感嘆した。
「ほほう。これは長生きをする甲斐があるというものだな。あと数百年も生きれば、私たちも人間から崇められるという訳か」
楽しそうなコールブランドを見やりながら、オトギは、かの菅原道真公を祀る京都の北野天満宮を思い起こしていた。
今でこそ学問の神様として祀られている菅原道真であるが、そもそも北野天満宮が建てられた理由は、都で頻発していた災害を、左遷の果てに大宰府で没した菅原道真の祟りとして恐れ、それらを鎮めるためのものとされている。
“おっかないものは持ち上げて機嫌を良くしてもらおう”、簡単に言えば打算である。
オトギたちの傍を、明智・信長が通り過ぎた。
「明智さん!」
会話の最中、オトギが信長の背中に声を掛けた。
「知っている人物か?」
コールブランドがオトギに訊ねた。
「ええ。貴女たちもご存じのはずよ。先のアンデスィデの最中にロボのマスターに戦いを強いていた人物よ」
告げられ、二人は信長を見やる。
二人はオトギへと顔を戻した。
「まったくの別人なのだが」「似ても似つかないぞ」
二人の反応に、オトギは驚きを隠せなかった。
「あ、貴方たちの目は節穴?」
「その言葉、そっくりそのまま貴女にお返ししますわ」
コールブランドの目が、自身をあざ笑っていると思うと、腹の底から怒りが湧いてくる。
「グラム!」
援護を求めようにも、グラムは肩をすくめて首を横に振る。
コールブランドの言い分が正しいと、無言で伝えている。
「これはこれは御陵の御息女、貴女と会うのは何時ぶりだろうか」
そんな彼女たちのテーブルに信長が寄ってきた。
「白々しいですわね、信長サマ。いえ、今は黒側のリーダー、ノブナガと御呼びした方がよろしいですか?」
「何をおっしゃっているのか?」
『失礼』と一声かけてグラムとの間に割って入る。
「あの程度の変装で、私の目は誤魔化せませんよ、ノブナガ様」
暴くつもりも、問い詰めるつもりも無いけれど、アレで欺いたつもりでいられるのが、まるで侮られているようで気に入らない。
「ああ、彼の事を仰っているのか。彼と私は別人ですよ。よく間違われて困っているのですよ、正直。あのような滑稽な格好、私がする訳無いでしょう?それに、もしも彼の正体が私だとして、顔見知りの貴女の前に、こうして現れるのはリスクが高すぎる。馬鹿で無い限り、その様な危険は冒さない」
言っている事は理に適っている。
しかし、この場合はその逆だ。
あえて本当の姿を見せる事で、別人に思わせようとしている。
それはたぶん、彼自身が変装そのものが稚拙だったと認めたからだろう。だからこそ、逆手を取って別人に思わせようと目論んでいるのだ。
誰がそんな手に引っ掛かるものですか。
どのような理由で正体を隠そうとしているのか?真意は測り知れない。だけど、他人を騙せると認識できる境界線にされるのは我慢ならない。
それなら、いっその事、あえて関わるようなマネなどして欲しくない。
「どこまでも白を切るというなら、それで結構です。私は貴方がノブナガと認識して、今後そのように接してゆくつもりです」
その言葉に、信長は思わず「うっ」少し身を退いた。
一応ではあるが、彼の思惑通りとなった。
だけど、知って知らぬフリをされ続けるというのは、自身が道化を演じ続けるという事。
元々このままノブナガを演じ続けるため、本来なら気にも留めない事なのだが、さすがに掌の上で踊らされ続けると思うと、やはり…。
「仰る通り、私がノブナガにございます」
とうとう観念して、自らをノブナガと名乗った。
「う、ウソだろ…」
グラムは頭を下げる信長の顔を下から見上げて確認をする。
一方のコールブランドは手からグラスを滑らせ落としてしまった。
△ △ △ △
庭園では。
唇を重ねたものの、奥歯を噛み締めて強く唇を閉じるキョウコに、ケイジロウは業を煮やした。
これでは誰の目にも、恋人同士のキスに見えはしない。
それに。
ケイジロウは、一旦唇を離した。
「ノブナガのヤツ、遅ぇなぁ…」
一向に戻って来ないノブナガに苛立ちを隠せなかった。




