-23-:このゲームには民とその他大勢の方々の命がかかっているのです
いや、待て待て待てッ!
驚く箇所はそんなところでは無い。
驚くべきは、どうやって何も描かれていない本からチェス盤が浮き出て来たのか?もしかして立体映像?
馬の頭部を模した白の駒を触れようと、そろーと伸ばされたクレハの手を、パチンッ!ルーティによって叩き落とされた。
「ナニ勝手に触れようとしとんねん!アカンやろ!」
「あ、ゴメン」
謝りつつ(ガキ娘は加減というものを知らんのか?)骨まで痛む手の甲をさする。
「駒を持ち上げれば動かしたものと見なされるのでくれぐれもご注意を」
「持ち上げる?触れられるの?」
ココミの説明にさらなる驚き。あらゆる角度から本を観察する。
それにしても不思議な本だ。
少し屈んで下から本の外装を覗き込んでみる…。だけど、見た目はやはりただの本。
同じくあらゆる角度から本を観察していたヒューゴが盤面に視線を戻し、「随分と盤面がとっ散らかっているようだが?・・」
局面は随分と動いているようで、黒の駒15個に対して白の駒は9個しか存在していない。
駒の向きからして非常に残念でならないが白側はココミだと推察できる。
この状況、もはや「うわぁ・・」溜息すら出ない。
チャイムが鳴り始め、始業を知らせた。
「いけなーい。ホームルームが始まるよッ。急いで教室に戻らなきゃ」
チャイムが鳴り終えるまでに教室へ入ればセーフ。クレハは教室の方へと向き直った。
「待って下さい。ここからがとても大事なところなんです」
呼び止めるココミの声を背に走り出すクレハ。まだ走り出さないヒューゴを置いて。
「お願いです。ヒューゴさん。このゲームには民とその他大勢の方々の命がかかっているのです。どうしても負ける訳にはいかないのです」
差し迫るタイムリミット。詳しく事情を聞いている時間は無い。
「畳み掛けるな。落ち着け。コイツを何とかすれば良いんだな?とにかく考えるだけ考えてみよう」
スマホで写真を撮り盤面を確認してようやくヒューゴはその場を離れるべく。と、振り返り「で、タイムリミットは何時なんだ?」
「今日の午後3時30分までに駒を動かさないといけないんです」
思考時間としては非常に長い気もするが、ルールすら知らないゼロ出発なので時間があればあるほどコチラとしては助かる。
「時間までに何とか考える。だから校門前で待っていてくれ」
「良いお答えを期待しています」
取り敢えずの別れ。
チャイムが鳴り終えるまでに教室に入りセーフ!!そんなヒューゴに「間に合ってよかったね」クレハの笑顔はどの顔下げて。
「で、引き受けてきたの?彼女たちの用件」
用件を聞くこともなく一人さっさと立ち去った身でありながら何の悪びれもなく訊ねた。
「で、何の話だったの?」当然の質問。
何故ならば“待ってくれ”と伸ばされた手に目をやることもせずに早々に立ち去ってしまったのだから。
「さっき本のチェス盤を見ただろ?あの状況をどうにかして欲しいのだろう」
「アレかな?タカサゴのお父さんはプロの棋士だし、妹の歩ちゃんもまだプロじゃないけど結構強くて有名だもんね。それを何処かで聞きつけて助けを求めてきたんじゃないかな」
「だとしても、だ。親父もアユミもやっているのは将棋だぞ。チェスとは似て非なるモノじゃないか。いや待て。アイツらの事だ。将棋とチェスの区別も付かなかったのかも」
「有り得るね。それでどうするの?」
「ルールなんて解らんが、とにかく努力はしてみよう」
正直、将棋とチェスの違いは“取った相手の駒を自分の駒として使えるか否か”くらいしか知らない。それ以前に、どんな駒があるのかさえも知らない。知っているのは馬の頭部を模した駒がナイトと呼ばれているくらいだ。
ほぼチェスに関する知識ゼロからの出発。
ヒューゴはスマホを取り出すと『チェス』を検索、概要及び歴史はスッ飛ばしてルール説明に目をやった。
右隣の席から聞えてくるコホンッ!なる咳払いは気にしない。




