-20-:あのぉ、そちらの男性に、ひとつお願いがあるのですが…
ドスンッ!
男はのけ反るように倒れ込み、一方の少女は顔からアスファルト地面へと落下。
「ココミーッ!!」
自動販売機の陰から、髪をツインテールに結った少女が飛び出した。
「大丈夫??」「オイ、大丈夫か?」
クレハとヒューゴも倒れている少女の元へと駆け寄る。
「・・大丈夫です」
少女はムックリ上半身をもたげると、笑顔でヒューゴたちに答えた。が、その両方の鼻の穴から、とめどなく鼻血が流れ出ていた。
ジェット高の連中の姿はもう無い…。そして、彼らは二度と自分たちからヒューゴの前に姿を現さないだろう。
それに加えて仲間に報告などできようか。元“お嬢様学校”で知られる天馬学府の生徒ひとりに、完膚無きまでに叩きのめされましたなどと口が裂けても言えまい。
彼らはきっと、天馬ではない、他の学校(当然ワルで有名な)の生徒、しかも集団にヤラれたと虚偽の報告をして見当外れの“お礼参り”に向かうことだろう。
それで、この件はひとまず収まりを見せる…はず。
「申し訳ありません。こんな姿でお話して」
仰向けに寝かされ、両方の鼻の穴にティッシュを詰めた状態の鼻声で、ココミはクレハとヒューゴに語りかけてきた。
しかし、鼻血止めのティッシュは、吸い上げるように、みるみる血の赤で染まっていった。
「ホンマ、アホやなあ。飛び蹴り食らわすんやったら、受け身ぐらい取らな」
膝枕では頭が高いようなので、ルーティは大きな本をココミの頭の下に敷いた。
そして、またティッシュを詰め直した。でも、またすぐに血の赤に染まる。
「ったく・・ナンボやってもキリが無いわ」とココミの耳元へと顔を寄せて「ここは一発、ウチの治癒魔法で治したるわ。ええな」
と、今度はクレハたちの方へ向き。
「アンタら、しばらく向こう向いといてくれへんか」
言われたので、ヒューゴはクレハの手を引いて二人から距離を取った。
「スズキ、今お金いくら持ってる?」
「今日はお弁当持ってきてないから、学食のつもりで千五百円かな」
部活が終われば、どこにも寄らずに真っ直ぐ帰宅する予定なので、今日はあまり持ち合わせは無い。
「高校生的には妥当な金額か。じゃあ、それをあの子たちに“お礼の気持ち”として渡してこい」
「えっ?全部?それはちょっと・・」
「心配するな。今日は俺がおごってやる。いいな?」
じゃあと仕方なくクレハは手持ちのお金をティッシュに包んだ。
一方。
「あのぉ、お手柔らかに頼みますゥ」
「ウチの魔法は“ブッ叩いて傷を治す”やし、少々痛いのはガマンしぃや」
「ひゃんっ!!」
ココミの小さな悲鳴にクレハたちが振り向いた。
「見せモンちゃうんじゃ!向こう向いとけ言うたやろッ!ボケ共がぁ!」
すごい剣幕でルーティに怒鳴られてしまった。二人は渋々再び背を向けた。
そして5秒も経たないうちに背後から、「お待たせしました」とココミの声。
振り向くと、ルーティを従えたココミが目の前に立っていた。
(あれっ!?鼻血がもう止まってる???どうして???)
驚く二人にココミが微笑んだ。
「???もう大丈夫なの?」「立って平気なのか?」
ふたりの問い掛けにココミはニッコリと微笑んだ。
ケガの程度が浅かったようで安心・安心。クレハたちも笑みを返した。
「あ、あのー。さっきは助けてくれてありがとう・・ございます!」
頭を下げると共に両手を前に伸ばして、クレハはきれいに折り畳まれたティッシュを差し出した。
「い、いえ。もう出血は治まっていますから」
「そうじゃなくて、助けてもらったお礼です。ほんの少しだけど」
意図を察したココミは両手でクレハの手を押し戻し「そんなつもりは、毛頭ありません」
「で、でも…」
すでに勝負は着いていたとはいえ、結果的に助けてもらったことに変わりはない。何が何でも受け取ってもらわないと困る。
ココミの口が動いた。
「あのぉ、そちらの男性に、ひとつお願いがあるのですが…」
??―ッ!?
その言葉を耳にするなりクレハはヒューゴを見やった。と、ヒューゴもクレハに目線を送っていた。何だか悪い予感!!そして。
アイコンタクト成立!!
「あ、もうこんな時間だ。急がないと遅刻しちゃう」
頭を上げるなり素早く腕時計を見やってクレハが言った。
「え、もう、そんな時間?」セリフ棒読みでヒューゴが答え。
「ごめんなさい。お話はまた今度聞きますから。じゃあ、またー」
言って、ココミに“お礼の気持ち”を無理やり握らせると、いきなり全速力で走り出した。
「あっ、待って下さい!!」「コルゥァー、待てやぁッ!!」
ルーティが巻舌で呼び止めるも、ふたりは振り向きもせず。
そして2ブロック先の角を左折した。




